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刀剣遊戯

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4th game

13 Oct.  P.M.0:25

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 法を犯した犯罪者といえども人権はある。
 囚人を檻の中に放り込み、そのまま放置しておくというわけにはいかない。あくまで罪人の更正を目的としている以上、刑務所には人が人らしく生きるための様々な設備がある。
 三食の食事をとれる食堂。病人を治療する保健室。用を足すための公衆トイレ。そして隆一たちがいる運動場もその中の一つだ。
 棟の外にある運動場は周囲を塀に囲まれてこそいるが面積は広く、多くの囚人たちが看守の監視の元、健やかな精神を育てるためにここで徹底的に鍛えられる。
 もっとも、今からここで生死をかけた運動をしようとする二人の狂人は、どれほどの量の血と汗を流そうとも更正の余地は微塵もないだろう。なぜなら彼らは生まれし時より同族を殺すことを使命とした、人の皮を被った鋼の悪魔なのだから。


「勝利条件は対戦相手の刃物にヨる殺害。途中棄権もギブアップも一切認めない――このルールでホントによろしかったのデスか?」


 セコンドについた隆一が心配そうに尋ねると、決闘用の細剣を手に持ちすでに戦闘態勢に入りかけていたギヨームは涼しげな顔で応じる。


「無論。そもそもこの展開はコクホウとチャットで話していた時から考えていた事だ。細剣の素晴らしさを知るには自らの身で味わうのが一番だからね」

「コクホウさんは手強いデスよ。ジャッジとシて間近で見ていた私が断言いたしマす。ちるちるさんとて必ず勝てる保証などどこにもありマせん」

「結構なことじゃないか。確実に勝てるような雑魚の相手はもううんざりでね」


 ギヨームは口の端を釣り上げて不敵に笑う。


「強い奴と闘いたかった。生死のやりとりが楽しめるほどの強者と合間見える日をずっと心待ちにしていた。だからこそ天漢の誘いに乗って刀剣遊戯に参加したが――今宵は実に楽しいひとときになりそうだよ」


 その実力から、その表情から、隆一には彼の言葉に嘘偽りはないように思えた。
 ギヨームは狂人ではあるが、その方向性は隆一や友重たちとはまるで違う。

 ――戦闘狂。
 彼という人物を一言で例えるなら、そう呼ぶのが相応しい。
 今までも多くの強者と闘い、そして失望してきたのであろう彼の全身は、友重という規格外の怪物との邂逅に悦び、うち震えているのだ。


「さあ始めよう。コクホウも待っている」


 すでに血塗れの袴を脱ぎ、日本刀鍛錬用の作業着に着替えている友重が手招きしている。それを見たギヨームはすぐに彼のほうに振り向いた。


「デュエル・スタンバイ!」


 隆一は拳銃を高々と掲げると、空に向かって空砲を撃った。
 それが二人の命運を占う決戦の合図となった。


「私は弱い者いじめが嫌いだ。勝負もできる限りフェアに行いたい」

「くだらない理由で脛かじりくんを殺しておいてよく言うね」


 隆一の足下に置かれた天漢の首を一瞥して友重は吐き捨てるように言う。


「君たちは弱者を虐げる悪だからね。正義の鉄槌が下るのは当然だろう。だがそんな悪にも私は寛大だ。君の高齢と疲労を考慮して先に攻撃する権利をやろう」


 ギヨームは半身の構えを解いて剣を降ろした。
 しかし友重はすぐには動かない。


「耳が遠くて聞こえなかったかい? フェンシングでいうところの先攻権をやると言っているのだよ」

「……後悔しないように」


 一見すると無防備な体勢のように思えるギヨームだが、友重に油断はない。刀を正眼に構えたまま摺り足で間合いを詰めていく。
 じりじりとゆっくり、しかし確実に両者の間合いが失われていく。それは隆一も思わず手に汗を握るほどの無音の攻防だった。
 互いが互いの制空権を侵犯しても、それでも両者は攻撃しない。しかし視線は相手の顔から決して外さない。ギヨームは宣言通り相手の出方を待ち、友重は撃ち込む隙を伺っているのだろうか。達人ではない隆一には推し量る術もない。

 永遠に――時間にして数秒のことであろうが――続くかに思えた静寂は、突如として崩れさる。

 緊張でかいた汗が目に入り、隆一はひとつ瞬きをした。
 次の瞬間、友重の疾風の如き太刀がギヨームの脳天に振り下ろされていた。
 しかしギヨームはその一撃を、まるで山猫のようにしなやかな動きで身体を丸めて後ろに避ける。
 友重は驚く素振りも見せず更に踏み込み、返す刀で再びギヨームを狙うが、その刃も身体を軽く捻ることで華麗に回避した。


「驚いた。どうやらヤクザ如きを相手に粋がっているだけの雑魚ではないようだ」
「こちらこそ。還暦を過ぎた老人のものとは思えぬ鋭い太刀筋。君に尊敬の念を抱くのはこれが初めてだ」


 その後も友重は何度も刀を振るうが、すべて紙一重でかわされ、むなしく虚空を斬る結果に終わる。
 しかしギヨームのほうも決して余裕があるというわけではなく、その額にはうっすらと冷たい汗をかいていた。


「これは余裕をこいている場合ではなさそうだな」


 ギヨームは降ろしていた細剣を構え半身の姿勢をとる。
 どうやら様子見をやめて戦闘態勢へと移行したようだ。


「今回、君のために用意した獲物は『エペ』。十七世紀中頃に決闘用の武器として造られた突き専門の剣だ。フェンシングでは武器の名前がそのまま種目名となっているのだが、エペは他の武器とは違い攻撃権等の細かいルールは一切ない。相手より先に突く。ただそれだけという実に単純明快なものだ。
 ――どうだい、私と君との決着をつける舞台に相応しい剣だとは思わないか?」


 ギヨームはチャットにて細剣による刺突こそが至高と語った。
 友重は日本刀による斬撃こそが最高であると語った。
 二人の言い争いを皮切りに始まったこの祭り。その最後を飾るに相応しい決着のつけかただと隆一は内心ほくそ笑んだ。


「なあちるちる君、この国でフェンシングが流行らない理由、知ってるかい?」


 友重は顎をしゃくりあげながら不遜な態度で言った。


「異国の剣技だからかな? 剣道の普及率のせいで割を食ってるからかな? 教えを受ける場所が少ないからかな? 試合となると肉眼でのジャッジが難しいからかな?」


 友重は上段に構え直すと、ギヨームの前に力強く一歩踏み出した。


「答えは簡単――単に弱ええからだよッ!」


 高々と掲げた重厚な刀身。それを友重は力任せに振り下ろす。
 当然ギヨームはそれをあっさりとかわすが、友重はお構いなしにまた剣を振り回す。


「そんな細い刀身では斧や大剣を受けられない。だから君は、ただひたすらかわすことしかできない!」


 ギヨームは事実、友重の言葉通りの行動をとっていた。剣技もへったくれもないと言わんばかりの大降りだが、攻撃に転じるどころか近づくことさえできない。


「仮に隙を突いて敵に攻撃することができたとしても、そんなしょぼい刃では相手に致命傷を与えることはできん。
 要するに――剣技として終わってるんだよ! だから誰もやりゃしねえんだ! 決闘なんていうお遊びぐらいにしか使えん玩具を振り回して偉そうに剣を語るんじゃねえ! 耳が腐るわ!」


 自らの怒りのすべてをぶつけるかのように友重は刀を乱暴に振るい続ける。
 一見幼稚にも思える攻撃だが意外と隙が見あたらない。先ほど少しだけとはいえ刀を握った経験を持つ隆一は、よくあれを続けていられるものだと感心していた。
 日本刀は見た目よりずっと重い。血糊で刀が斬れなくなった場合、重さで敵を撲殺するためだ。そんな重いものを自在に振り回す友重は年寄りとは思えぬ豪腕だった。
 そして戦術的にも案外有効かもしれない。
 ただ上品に刀を降っているだけでは、いくら細剣といえども簡単に刃を受け止められてしまう。今は優雅にかわし続けているギヨームだが、受けの利かない攻撃に身を晒し続ければプレッシャーを感じてどこかでミスを犯す可能性がある。

 ――ちるちるさん、大丈夫デスかね。
 隆一の不安げな眼差しに気付いたのか、ギヨームは友重から一瞬視線を外し、こちらに向かって「にぃ」と笑ってみせた。
 達人である友重は当然その隙を見逃さない。素早く踏み込みよそ見をしているギヨームに斬りかかる。


「やれやれ、良かったのは最初だけか」


 触れれば即死に至る友重の太刀を、しかしギヨームは軽く後ろに飛ぶことで回避する。
 ギヨームが後ろに飛ぶのはこれで四度目。当然その行動を予測していた友重は先ほどよりさらに早く踏み込み追撃する。


「マルシェ!」


 しかしその次の行動は友重の予想に反するものだった。
 かけ声と同時にギヨームは、友重の踏み込みに合わせて自身も前へと踏み込んだのだ。
 慌てて振り下ろされた友重の刀はわずかに勢いに欠け、エペのお椀型の柄によってゆうゆうと防がれる。それと同時に一直線に撃ち込まれた細い刃が、友重の肩口を深々とえぐった。


「はい終了。お疲れさま」


 ギヨームは剣を引き抜くと、すかさず後ろに退いた友重を追撃せず、細剣を手元でくるくると器用に回して見せた。


「ご高説ありがとうコクホウくん。確かにフェンシングはマイナースポーツだし細剣は凡人が扱える代物ではないかもしれないね。しかし真の貴族であるこの私が使えばご覧の通り。最初の時のように慎重に立ち回っていればもう少しは楽しめたものを……まったく君にはいつもガッカリさせられる」


 ギヨームは心底残念そうに肩をすくめた。
 友重は血塗れの肩で息をしながらも戦意は喪失しておらず、鬼のような形相でギヨームを睨みつける。


「中世の決闘であればこれで終わりなのだろうけど、これは刀剣遊戯だ。勝負はまだ終わってはいない」
「終わりだよ。傷ついたその肩でいったいどうやって闘うつもりかね?」


 ギヨームが突いた瞬間、隆一の立っている場所からでも鈍い音が聞こえてきた。恐らくは骨折しているであろう。友重といえども片腕で刀を操るのは極めて困難、確かに勝敗は明白に思えた。


「ルールではどちらかが死ぬまで闘うとなっているが私は寛大だ。君がひざまずき泣いて許しを請うなら見逃してやらんでもない。決闘というのは本来、相手の心を折って決着とするものだからね」

「馬鹿言っちゃいかん。私は社会人だよ。君のようなニートに下げる頭など持ち合わせちゃおらん。総理などという夢想を抱く前にまず働いてはどうかね、たかしくん?」


 侮蔑の言葉が吐き捨てられた瞬間、ギヨームの鋭い刺突が友重の太股を襲った。


「その名で呼ぶのはやめたまえ」


 太股を突かれた友重は悲鳴をあげてその場にひざまずく。


「エペのルールは少し特殊でね。身体のどこを突いてもポイントになるんだ。君のやっている剣道では足下への攻撃は対応できないだろう?」


 ――強イ。
 今の一撃は速すぎて目で追えなかった。
 部下を皆殺しにされたところからある程度の予想はしていたが、それをはるかに上回るギヨームの実力に隆一は戦慄を覚えざるをえない。


「私の持っている剣が細いのは騎士の鎧の隙間を突くためだ。多くの者はそれが出来ず鎧の上からでも叩ける斧や大剣、またはリーチのある槍へと逃げていった。賢明な判断ではあるが、そいつ等は所詮その程度の器しか持たない雑兵とも言える。
 しかし本物の実力を持つ真の貴族は違う。鋼の精神を以て前に出て、機械の如き正確さで相手の急所を突くのだ。このようにね」


 再び白刃が一閃。ギヨームの神速の突きが、今度は友重の左の眼球を瞬く間にえぐり飛ばしたのだ。
 友重の絶叫が夜の刑務所に響きわたる。
 刀を落とし、失った眼を手で押さえ、苦痛に悶え苦しむ友重。その様を冷たく見下ろしながらギヨームは、優越感たっぷりな口調で持論を語る。


「細剣がこの世でもっとも美しい武器なのは使い手の魂が美しいからだ。細剣が最強の刀剣なのはこの私が使っているからだ。おわかりいただけたかな?」


 ギヨームの魂が美しいかはともかく、最強の使い手が持つ剣が最強という理屈は理解できる。そして、恐らくはこの国で一番強いであろう現代の人斬りを、まるで赤子のようにあしらう彼にはそれを言う資格があるように思えた。


「良かったなコクホウ。ひざまずき、血の涙を流して叫び、後はもう命乞いをするだけだ。一言『まいりました』と口にすればそれで許してやろうではないか」


 それはギヨームの最後の慈悲だったが、しかし友重は痰を吐きかけることでそれを突き返す。


「おとといきたまえ。この童貞野郎」
「そうかい。そこそこ使える者だと思っていただけに、とても残念だよ」


 ギヨームはため息をつくとゆっくりと剣を構える。
 狙いは心臓だということは一目瞭然だが、足と視界を失った友重にそれをかわす術はない。

 ――こレにて決着デスね。
 ラストゲーム <決闘> もそろそろ終演間近。当初は好勝負が予想されていたが蓋を開けてみればギヨームの圧勝だった。親友の隆一も鼻が高い。
 これからこの怪物じみた強さを持つ親友をどう利用していこうかと考えていた隆一だったが、その思考は一発の銃声によって遮られた。


「……不覚」


 気付けばギヨームが呻き、胸を押さえて膝をついていた。
 友重の手の中にある拳銃が硝煙を立てているのを見て、隆一は何が起きたのかを瞬時に理解した。


「何度も言うが社会人は忙しいんだ。年がら年中、細剣などという玩具をいじって遊んでいるクソニートの相手なんてまともにしていられないんだよ」


 ギヨームが止めを刺そうとした瞬間、友重は隠し持っていた拳銃で彼を撃ったのだ。
 友重が使った拳銃は隆一が部下に与えたものと同型のもの。おそらくはギヨームが殺した部下からくすね取ったものだろう。
 つまり友重は初めから、正々堂々と決闘するつもりなどなかったのだ。


「真の貴族たるこの私が、こんな下劣な不意打ちをまともに喰らうなんて……!」


 撃たれた胸を押さえながら、それでも戦意を喪失することなく細剣を握り締め、ギヨームは前進(マルシェ)を続ける。
 すでに半死半生のギヨームだが友重は容赦しない。再び銃声が響くと空の薬莢がいくつも地に落ちた。


「子供は寝る時間だ」


 弾倉の弾をすべて撃ちきると、友重は落とした刀を拾い直し、もはや虫の息になったギヨームを叩き斬った。
 最後の執念もむなしく膝をつき前のめりに倒れるギヨーム。更に追い打ちをかけるように友重は刀を突き降ろす。
 何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。溜まり溜まった己が鬱憤のすべてを晴らすために。
 狂気の作業を滴る汗で衣服がずぶ濡れになるまで行うと、友重はようやく満足したのか剣を手放し隆一のほうを見た。


「僕の勝ちだ。勝利宣言をしてくれ」


 友重のすっきりとした顔とは対照的に、隆一は苦虫を潰したような渋い顔で応じた。


「決着は刃物でつけるトいう話を聞いていなかったのデスか?」

「対戦相手の刃物による殺害が勝利条件なのだから、ちゃんと満たしているじゃないか。天漢くんも似たようなことをしたと聞いているよ」


 ――ドイツもコイツも……。
 隆一は大きく舌打ちしてから、すでに物言わぬ死体となったギヨームを一瞥した。
 ギヨームはお世辞にも善人とは言えない性格をしていた。天漢も隆一の部下も彼の手によって殺されている。
 しかし、たとえ銃で胸を撃たれようとも彼は、自らの言葉通り勇気をもって前に出ることをやめなかった。最期の瞬間は前のめりで、苦痛で醜く歪んでいるであろう顔を衆目に晒すことなく死ぬ道を選んだのだ。
 日本人の無職の青年にすぎないギヨームだが、その精神は紛れもなく貴族だった。隆一は眼を閉じると、わずか数十分間だけの親友の、魂の安らぎを祈った。


「恐ろしい奴だったよ。不意打ちじゃなければ弾丸すらかわされていたかもしれん。遊び半分だったが危うく殺られるところだった。いやはや最近の若者は怖いねえ」

「ちるちるさんは正々堂々とシた決闘をお望みでしタ。単純に狩猟を目的とした天漢さんのケースとは違いマす。そレに、これデはチャットにて語り合った互いの信念に決着がついたトはとても言えないノでは?」


 抑揚のない口調で隆一が訊くと友重はそれを鼻で笑う。


「勘違いしちゃいかん。これはちるちるくんのためでもあったんだよ。年がら年中刃物ばかりいじっていてそれしか能のないクソガキが、得意分野でも負けたらかわいそうだろう? だからせめてあの世で言い訳ができるようにという、これは僕なりの心配りなんだよ。結果的には、それに救われる形になったというだけでね」

「……」

「それと信念がどうとか馬鹿げたことを言うのはやめたまえ。これは刀剣遊戯。その名の通り、あくまでただのお遊戯だよ。本当の決闘をやっていたというわけじゃない。少なくともこの僕はね」

「……」

「僕としてはむしろ善いことをしたと思っているよ。彼に殺された者の無念をその形見で晴らしてあげたんだからね。君の部下の仇を討ってやったんだから、むしろ感謝してもらいたいぐらいだ。
 ああ、またひとつ善いことをしてしまった。善いことをすると気分がいいね」

「……自己弁護モここまで来るといっそ清々しいほどデスね。私個人とシては極めて遺憾な結末ではアリますが、ルールに不備があったコとも事実でシょう」


 隆一は造花を取り出すと友重の胸元に飾る。


「第四のゲーム <決闘> の勝者はコクホウさんデス」
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