刀剣遊戯

飼育係

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4th game

P.M.11:45

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「では、ゲームでの脱落者は棄権扱いとみなしてその勝ち数は没収ということでいいんだよね」

「ええ、その通リです。脛かじりさんと無月さんはすでに脱落シましたのデ、残りの参加者からゲームの勝者を決めマす」


 アジトへと向かうベンツの後部座席で友重は隆一に刀剣遊戯におけるいくつかのルールの詳細を何度も確認してきた。
 無月を殺したのもゲームに勝利することが一番の目的のようで、どうやら裏切ったというわけではないようだ。


「思ッていたよりも、ずっと本気で参加シているようでビックリです。ソんなに優勝商品が欲しいんデスか?」

「単に負けず嫌いなだけだよ。そこは君と一緒さ。
 それに一度やると決めたからには全力を尽くすのが礼儀というもの。なんでも投げ出しがちな現代の若者には理解できないことかもしれないけどね」


 ――ホント、おかしなトコロで真面目ですネえ。
 血染めの造花を手のひらで弄びながら隆一は大きく肩をすくめる。
 その造花は隆一が無月の胸に挿したものであり、彼女の最期を看取った後に形見として頂戴したものだった。


「まだ彼女に未練があるのかい」

「当たり前じゃナいですか。私がサイトの住民を増やすノにどれだけ苦心してるカあなた知らないでしョ。まッ、ルール上の行為ですからショーがないんデスけど」

「では今後は同士討ちをさせないよう気を配るつもりなのかね」

「こレからは積極的に殺し合ッてもらえル方向に持っていくつもりデス」


 この答えには友重も思わず苦笑いを浮かべる。
 どんな狂人にもどこかに正常な感覚はある。想定内の反応に隆一は満足げに笑った。


「刀剣遊戯はデスゲーム。となれば参加者自身にも死のリスクを負わせるのは当然のことデス」


 しかし人とは高慢なもので、他人が死ぬのは許容できても自分が死ぬのは嫌だという者が実に多い。
 リスクを参加者に呑ませるためには相応の餌が必要だし、今のような参加者任せで成り行き任せなゲーム進行ではすぐに破綻してしまう。

 ――もっともっと人を集めなければ。
 ――もっともっと美味しい餌を用意しなければ。
 ――もっともっと楽しいゲームを考案しなければ。

 無月の死を無駄にしてはいけない。隆一の明晰で狂った頭脳は新たなゲームの仕組み作りのためにフル回転していた。


「隆一くんはろくな死に方をしそうにないね」

「確定事項なノでそれは別にいいデス。だから私は今を楽しみマすよ」


 車窓から流れる夜景を楽しみながら隆一は明るく答えた。
 桐崎隆一は死神の道化師。最期の瞬間までそれを演じ続ける宿命を背負っている。愉快で滑稽なその死の踊りは、周囲の何もかもを巻き込み破滅へと誘うのだ。


 暫くして隆一たちを乗せたベンツはアジトである刑務所へと到着した。
 移転のために過去に二度破棄された刑務所の一つを取り壊さずに改装したものなのだが――どうも様子がおかしい。

 見張りとして置いた部下たちが出てこない。帰宅時間は伝えてあるはずなので、何も言わずとも顔を出してきてもいいはずだ。そしてここから明かりが見えない点もおかしい。所内はきちんと通電しているし、まさか全員が寝こけているはずもない。
 不審に思った隆一は、友重と運転していた部下に注意を促し懐の短刀を引き抜いた。


「……コレは酷い」


 所内に足を踏み入れた隆一の第一声がそれだった。
 鼻が曲がるほどの異臭に包まれた廊下には、見るも無惨な姿になった部下たちの死体があちこちに転がっていた。


「賊かね?」

「そのようデス」


 常人なら卒倒しかねない血の池地獄。しかし隆一も友重も死体などとうの昔に見慣れている。特に大きな感慨もなく現状を受け入れると、月明かりを頼りに闇に閉ざされた刑務所内を無音で進んだ。
 照明は点けない。そこに罠が仕掛けられているかもしれないから。
 物音は立てない。敵に気付かれ先制を許せばこちらが不利になる。
 周囲への警戒自体は決して怠ることなく、隆一は正体不明の『敵』の分析を開始する。
 刑務所に配置した隆一の部下は十二名。廊下にあった死体は六名だが、恐らくは全員始末されている。目的は不明だが、桐崎組の次期組長である隆一の首と考えるのが自然だろう。だとすれば『敵』は組と対立するヤクザということになるが、それにしては死体の状態に不可解な点がある。

 ――ナニかがオカしい。何カが。
 しかし、そんな隆一の疑問はすぐに解消されることになる。
 集合場所である牢獄までたどり着くと牢の中に人の気配を感じた。


「夜はいい。闇がすべてを覆い尽くしてくれる。醜い血も汚らわしい死体も」


 古めかしいランプに火が灯される。ぼんやりとした明かりが暗闇に隠れた声の主の正体を露わにした。


「君もそう思わないかね。管理人さん」


 中世の貴族が着るようなきらびやかで美しい衣装を、薄汚い人の血で染めあげて――ギヨームは鉄製の椅子に足を組んで座り、隆一たちを待ち構えていた。


「ナルホド、私の部下を殺ったのハあなたでしタか」

「気付いたか。さすがは管理人さんだ」


 廊下に散らばった部下の死体は、そのすべてが刺殺だった。
 ヤクザ同士の抗争にしては銃火器類が一切使われていないのがおかしいと思っていたのだが、これですべての謎が解けた。


「……理由をご説明シていたダケますか?」

「おいおい。理由も何も、誰を殺してもいいゲームだと言ったのは君自身じゃないか」


 謎が解けたと同時に隆一は内心驚愕もしていた。
 殺された隆一の部下たちは決して素人ではない。隆二に顔が知られていない若輩者を中心に起用していたとはいえ、全員それなりの修羅場を潜った経験のある骨太のヤクザたちだ。拳銃等で武装している者もいた。それを全員刃物のみで始末するとは、たとえ不意打ちであろうと何であろうとおよそ信じ難い事実だった。


「どうにも弱い者いじめは性に合わない。だから自分のことを強いと思っている連中を相手にした。クソ弱かったがね。
 で、それが何か問題でも?」

「イイえ。全然まったく問題ございマせん」


 笑って見せる隆一だが、その口元には硬さが残る。

 ――少々侮っていマした。認識を改メねば。
 ただの貴族気取りのサーベルマニアではない。すべては圧倒的な実力に裏付けされた自信があってのこと。
 初めて知るギヨームの強さに隆一は背中に冷たいものが走るのを感じていた。


「そろそろゲームが終了しマすので、アジトに戻った参加者の皆様の殺人数集計へと移りたいのですガ……」

「ゲームは私は負けで構わないよ。ジャッジも始末してしまったからね」


 あいつは私の腕を掴んで指痕を残したからね――ギヨームはおどけた口調で言う。
 予想通りの答えに隆一は嘆息した。
 国内では初開催の刀剣遊戯。どうやらと言うべきか、やはりと言うべきか、主催者側も穏便には済まされないようだ。


「管理人さんの後ろにいるのはゆびきりのジャッジかな。本人はどうしたんだい?」

「ゆびきりさんはコクホウさんに殺されまシた。よってゲームから脱落デス」

「おや、紅一点だったのにそれは残念。しかしあの猟奇殺人鬼には似合いの最期なのかもしれないね。
 なるほど――結局ラストゲームまで生き残った参加者は、私たち二人だけということか」

 満足げに顎をしゃくるとギヨームは、持っていたランプを机の上に置く。
 その光に照らし出されたものを見て隆一は、再び心臓が止まりかねないほどに驚かされた。
 机の上に置かれていたのは人間の頭部だった。生首など見慣れている隆一だが、その顔が長年付き合った友ともなれば話は変わってくる。
 その生首には後悔と絶望に歪んだ天漢の醜い顔が張りついていた。


「コクホウにはああ言ったものの、斬るというのもなかなか悪くない。あのぶくぶくに太った肥満体を、こうしてコンパクトにして持ち運ぶことができるわけだからね」


 ――ぎッ、天漢さン!
 隆一は黒服の制止を振り切り慌てて天漢の生首に駆け寄る。


「そんナ、どうしテ……ドうしてこンなことに……ッ!」


 すでに熱を失っている天漢の生首にすがりつき、隆一は眼前の光景が信じられないと言わんばかりに何度も何度も彼の名を呟いた。
 隆一の最大の理解者にして彼と共に闇サイト『刀剣遊戯』を立ち上げた陰の管理者の、それはあまりにもあっけない最期だった。


「理由を……お聞かせクダさい。事と次第によっては容赦シませんヨ」

「ふん、今さら独りだけゲームから抜けようとしたってそうは問屋が卸さない。怪我が理由で身体が動かないのであれば首だけでも来てもらう。ただそれだけだ」


 夜の闇を切り裂くかのように白刃が一閃する。
 解き放たれた隆一の短刀は、しかしギヨームのサーベルによって阻まれた。


「泣く子も殺す死の管理人が何をそんなに怒る?」

「当然でシょお! 天漢さンは私の大事な大事な親友なのデスから!」

「……で、その心は?」


 隆一は奥歯をぎりぎりと噛みしめながら、ギヨームの鼓膜を破らんばかりの勢いで怒鳴った。


「次の親友を探スのが面倒でしょッ!」


 隆一の答えにギヨームはくつくつと声を押し殺して笑う。


「では訊くが、君にとって親友の定義とは何かね?」

「愚問ですネ。部下でもないのに無償で私に尽くしてくれる、とっても便利ナ人間に決まってるデしょーが!」


 そこでとうとう堪えきれなくなったのか、ギヨームは大きな声を出して笑い始めた。


「面白い! 実に面白い奴だな君は。気に入った、死んだ天漢くんの代わりに私が親友になってあげよう!」


 ギヨームの申し出に、しかし隆一は露骨に嫌悪感を露わにする。


「ちるちるさんってインターネットの知識トか持ってるんですカ?」

「パソコン関連はさっぱりだ。しかし剣の実力はごらんの通り。少なくとも君が飼っている狗よりはお役に立てると思うが?」


 隆一は少し考える素振りを見せると渋々といった感じで短刀を引く。


「天漢さんのほうガ絶対有能ですケドもういませンし、あなたで妥協しマす」

「貴族相手に無礼な輩だ。親友としての最初の奉仕は君に口の聞き方を教えてあげることだな」


 隆一がすっと手を差し出すとギヨームがそれを力強く握る。
 ここに二人の狂人のインスタントな友情が誕生したのだ。


「サてと……くだらない諍いも終わったトコロで、さっそく第三のゲームの勝利者をコールさせていただきマす」


 振り返った隆一は、先ほどの怒りようとはうって変わって、鼻歌交じりの上機嫌で懐から造花を取り出す。


「 <殺戮> の勝者ハ、見事五十三人斬りを果たしたコクホウさんデス!」


 事の一部始終を静観していた友重は、心底呆れ果てたといわんばかりの渋い面もちでその造花を受け取った。


「一刀のモとに相手を斬り伏せる技量。事前に大量の刀を準備しテおく用意周到さ。そして何より仲間すラ冷酷に殺す残虐性。まさに勝つべくして勝ッたと言えるデしょう。
 ――ではコクホウさん、勝者として何か一言どうぞ!」

「いい医者を知っているから紹介しようか?」


 隆一は思わずずっこけた。


「師匠ぉ、それはナイですよォ~」

「思ったことを正直に口にしたまでだ。悪いことは言わないから、一度病院に行って頭を検査してもらったほうがいい」

「今さラの話なんデもういいデス。ていうか師匠、通院してタんですカ?」

「妻に強く薦められて仕方なくね。だけどいい医者だったよ。何度か精神鑑定をしてもらったけど、すべて正常判定をもらったしね」

「くっそヤブ医者ジャないですカ」


 友重が如き狂人を正常と判定して野に放つとは世も末だ。
 自分のことを棚にあげて隆一は現代医療のザルさ加減に激しい憤りを覚える。


「でも残念でシたね。精神異常者と判定されてイれば仮ニ捕まっタとしても裁判デ無罪判決が出る可能性もあったノに。これで友重さんは死刑確定デスね」

「あれは司法のほうがおかしいよ。良心の呵責のある健常者なら更正の余地もあろうものだが、元から狂ってる連中はすでに人として終わっているのだからさっさと処分するしかないじゃないか」

「ご自身ガ正常判定を貰ったからって言いたい放題デスね。以上が勝者の弁です。コクホウさんありがとうゴざいました」


 これ以上話を続けてもろくな勝者の弁ももらえず不毛なやりとりが続きそうなので、隆一は適当なところで話を切り上げた。


「でハ、夜もスッカリ更けタことデスし、本日のゲームはこれにてお開きにいたシます。次のゲームは明日の朝九時より始メますので、各々指定のホテルにて休憩をとっテ鋭気ヲ養ってくだサい」


 ――流石に早朝からぶッ続けのゲームは疲れマした。
 隆一は肩を叩きながら解散を宣言したが、そこに待ったをかける者がいた。


「最後のゲームのためだけにまたここに集まるのは面倒だ。とっととこの場で勝者を決めてしまおう」


 手を挙げたのはギヨームだった。彼の提案に隆一は眉をひそめる。


「お気持ちはワかりますが、予定されたプログラム通りに行動していタだかないと私としても困りマす」

「警察を抑えていたゆびきり君が死んだ以上、予定通りなんてもう無理だろう。明日にはここに警察がなだれ込んでくるかもしれないぞ」


 その通りカもしれない――隆一は思った。
 宗一郎との密約はあくまで無月との関係があってのこと。彼女の死が公になれば密約は破棄される公算が高い。
 それだけならまだしも最悪、組と警察との全面戦争という事態に発展しかねない。となれば当然ゲームどころの騒ぎではなくなる。


「デスが、第四のゲーム <決闘デュエル> は、関に道場を持つ居合いの達人たちに喧嘩をフっかけるという内容でして、今晩中にドうにかデキるという内容では……」

「達人ならそこにいるではないか」


 ギヨームが指さしたの先ほど勝者宣言を受けた友重だった。


「この短時間に五十三人もの人間を斬殺した希代の殺人鬼。人を斬ったこともない稽古の達人どもよりよほど手強そうだ」


 どうやらギヨームは、この場で一対一で闘うことで決着をつけることを望んでいるようだ。


「私の提案するゲームは <決闘> 。己が信念の象徴である剣を用い、両者合意の上で正々堂々と闘い雌雄を決する。これほど美しいことが他にあろうものか」


 ギヨームはつけていた手袋を外すと、それを友重の足下に叩きつけた。


「コクホウよ、私の挑戦を受けるかね?」


 この申し出は隆一としては一石二鳥のありがたい話だったが、友重が受けないことには成立しない。
 そしてすでに何十人も斬り殺して心身ともに疲れている彼がそれを了承するとはとても思えない。要らぬ揉め事が増えるだけだ。
 明日からの警察の動向が不安ではあるが、ここは早々に話を切り上げるべきだろう。
 隆一は素早くそう判断して二人の間に入った。


「ちるちるさんトは違いコクホウさんはご高齢ですので、これ以上のゲームを続行するのは難しいカと――」

「ああ、もちろん受けるよ。さっさとやってさっさと終わらせよう」


 ところが意外なことに、友重はギヨームの提案をあっさりと受け入れたのだ。


「師匠……ホントにいいんデスか?」

「ちるちる君の言っていることは正論だろう。無月くん亡き今、明日も予定通りにゲームが進行できると考えないほうがいい。それに常に他人の幸福を第一に考えている僕としては、ここで決着をつけたいという彼の熱い想いを無碍にすることはできないよ」


 ――真剣マジで言ってルのなら大した偽善者デスが……。
 隆一は腕を組んで考え込むが、しばらくすると意を決したように隣にいた黒服にいくつか指示を出す。


「元はと言エば、コクホウさんが撒いた種デスからね。ここでキッチリ精算シていただきマすか」


 右腕を高々と挙げて隆一は大声で宣言する。


「これより第四のゲーム <決闘> を開始いたシます!」


 それは人の死を弄ぶ狂人たちの祭典の最後を飾るに相応しい共喰いの遊戯だった。
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