刀剣遊戯

飼育係

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3rd game

P.M.22:45

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 血の雨が降りしきる関の夜闇。その路地裏の片隅に血塗れの老人が肩で息を切らせて座っていた。


「これで何人めかね?」

「合計五十二人です。ようやく折り返し地点とイったところデスね」


 隆一がカウントした斬殺数を聞くと友重は大きく舌打ちした。


「この程度の人数で斬り疲れるとは……歳はとりたくないものだ」

「いやハや、大した体力ですよ。おひとりでよく殺っタものです」


 先ほど斬り捨てられたばかりの年老いた女性の死体を一瞥しながら、隆一は抑揚のない口調で言う。
 耳を澄ませば遠方からはまだ人の悲鳴が聞こえてくる。どうやら無月やギヨームも順調にゲームを進めているようだ。


「刀は何本残っている?」

「あと一振りだけデす」


 隆一の報告に友重は頭を抱える。


「自宅に戻ればまだ工面できるが……ちょっと贅沢に使いすぎたかな」

「数人斬るだけですぐにただの鈍器と化しマスからネえ。百人斬りというのはヤはり夢物語のようデス」


 撲殺は死者数にカウントされないし、友重の腕力的にもそれは難しいだろう。
 気力体力獲物の残数共にすでに限界が近づいている。タイムリミットまでまだ一時間以上あるが、そろそろ潮時であることは隆一も理解していた。


「アジトに帰りまシょう。師匠の記録を越えるノはたぶん誰にも無理でスよ」


「悔しいなあ。この日のために鍛えてたんだけどなあ」


 刀を杖代わりにしてどうにか立ち上がろうとする友重に、隆一は周囲は自分が警戒しておくのでもう少し休むよう進言した。

 ――さテと、この騒ぎをどう収拾シますカね。
 懐の短刀に手を忍ばせながら隆一は今後のことについて考える。
 神宗一郎と結託してすべての罪を刀竜会に押しつける算段はついてはいるが、目撃者多数であろう地元の名士の名を守るのだけはさすがに難しいように思える。せめて顔ぐらいは隠すべきだと忠告したが、夜中に視界が悪くなるようなものをつけてはゲーム進行に支障が出ると言われればこちらとしても強要はできない。
 後は野となれ山となれと言わんばかりの暴れん坊刀匠には辟易させられるが、彼が無様に捕まる様をただ指をくわえて見ているだけというのは刀剣遊戯のゲームマスターとしての沽券に関わる。この町に住み続けるのは無理にしろ、何かしらの救済案を用意する必要があるだろう。


「やっほー隆一。首尾はどうかしら?」


 後ろから声をかけられ隆一は抜刀しかけたが、顔見知りであると気付きすぐに短刀をしまう。
 無惨に切り刻まれもはや男女の区別すらつかなくなった人間の死体を引きずりながら、神無き月に生まれた狂える美女は、まるでモデルのようにブレなく美しい足取りで隆一の許へとやってきた。


「なんだゆびきりさんでしたカ。驚かせないデくだサいよ」

「他人行儀にハンドルネームで呼ばなくても無月でいいわよ」


 無月は本名を誰かに聞かれるリスクというものをいっさい気にしていないし、友重と同じく顔もまったく隠していない。
 バレたところでいくらでももみ消せるという余裕か、それとも単に頭が足りていないのか、いずれにせよ参加者の要望には出来る限り応えるのが主催者の務めである。


「こちラの首尾は上々です。無月さんのほうはドうなんですか?」

「こっちはぜんぜんダメ。友重さんが作った混乱に乗じてボツボツとやってたんだけど、たぶん十人も殺れてないんじゃないかな」


 無月の後ろに控えていた黒服に確認を取ってみると、今引きずっている死体でちょうど八人目らしい。


「ソのご遺体もあなたの芸術品デスか?」

「そうよ。美しいでしょう」


 手足をもがれ鼻を削がれ両目をえぐり取られ――その死体はお世辞にも美しいとは思えなかったが、無月はそれをまるで慈しむように優しく手で撫でる。
 隆二の精神を安定させるために生まれてきて、多少の嗜虐こそあれ基本はただ刃物で殺せればいいというだけの隆一には到底理解できない感性。友重にも十分に驚かされたが彼女もそうとうな精神異常者である。


「これには劣るけど、他の作品もなかなかいい出来だったから大通りに飾ってきたわ。色んなところから賞賛の声があがってたけど聞こえてた?」

「聞こえはしマしたが……」


 ――やれやれ、脛かじりさんの顔が懐かシいですネえ。
 隆一は死体から目を背けるように天を仰き、ここにはいない親友に想いをはせる。
 天漢は父親想いで友達想いなとても優しい男だった。隆一と同じ嗜好を持ち、隆一の事を我が事のように心配し、刀剣遊戯の立ち上げにも尽力してくれた。彼がいなければ隆一は隆二の身代わりになって発狂死していたかもしれない。
 今までずっと二人三脚でやってきた。前回の刀剣遊戯にも参加してくれた。しかしここにその天漢はいない。狂人を自負している隆一だが、いざ独りになると心細さを感じるのだ。


「ごめん、もしかして引いちゃった?」

「いえ、勉強ニなりましタよ。ただ、少しダけ今の自分に疑問を抱いたダケです」


 天漢は快楽殺人という異常性癖さえなければ実にまっとうな人間だと隆一は思う。そんな彼を快く思う自分は、もしかしたら自分で思っているよりもずっとまっとうな人間なのではないだろうか。
 この刀剣遊戯も、本当にやりたくてやっているのだろうか。これが彼との絆だから、それを断ち切りたくなくて惰性で続けているだけではないだろうか。
 一度疑念を抱くと新たな疑念が次々と湧き出てくるのを止められない。


「この身体、そろそろ隆二くんに返しまシょうかネえ」


 隆一はぼそりと呟いた。
 俯き考え込む隆一を心配そうに見守っていた無月は、この一言で血相を変える。


「ダメよ! まだ夜は始まったばかりじゃない!」

「もうジき日付が変わる時間ですガ……」

「そういう話じゃなくて、せっかく外に出てきたんだからもっと今を楽しみましょうってこと!」

「……主催者ですからネ。もちろん仕事は全うしまスよ」


 しかし隆一のゲームに対する熱は確実に冷めかけていた。
 最初こそ胸が躍ったものの、作業的に殺し、無意味に死に、その死体の数を無感情にただ数え続けるだけの行為に、今は言いようのない空しさを感じるのだ。


「そろそろ消え去るベキ時が来たノかもしれませんネ」


 隆二の刃物嫌いはすでに日常生活に支障を来さない程度には回復している。ならば不要になった治療道具は消えるが必然。隆一としてもすでにこの世に未練というものを感じなくなりつつある。
 遊び尽くして飽いたなら無念で消えていい。それは隆一の本心だった。


「そんなの私が絶対に許さない!」


 無月は隆一に強く抱きついた。


「私にして欲しいことがあったら何でも言って。ジャッジに飽きたのなら私が替わりにやるし、ゲームがつまらないって思ってるのならもっと張り切って殺すわ。私、隆一のためにがんばるから。だから、もう二度と消えるなんて言わないで」


 涙声で訴えかける無月に隆一は首を傾げる。


「無月さん。前から思っていたのですが、どうしてソこまで私のことを気にかけてイただけるのデしょうか」

「そんなの、あなたのことが好きだからに決まっているじゃない」


 即答だった。
 天真爛漫で単純明快。無月のこういうところは隆一も嫌いではない。


「おかしな話デス。あなたのような素敵な女性に好意を抱かれるようなコとを、私は何ひとつとしてシておりませんガ」


 隆一の疑問に無月は静かに首を横に振る。


「私と初めて出会ったときのこと、覚えてる?」

「パーティ会場で七面鳥をナイフでグサグサやってまシた」

「その時かけてくれた言葉は?」


 隆一は少しだけ考える素振りを見せてから答える。


「冷やかしましたネ。『つまらないコとをやってマスね』と」

「その次にこう言ったわ。『やっぱり獲物は生にカギる』って」


 ――調理済みのチキンをいくら刺したとコろで絶叫は聞けないし血も出なイ。
 無月のあまりにも虚しい行為に思わずそう呟き刀剣遊戯に誘ったのだが、それが彼女の好意にどう繋がるのか今一つわからない。


「私はこんな性格と性癖だから、今までお父様以外の誰からも愛されずに生きてきたわ。そのお父様だって私のことを心から理解してくれているわけじゃない。ただ高価で美しい人形を愛でるように接していただけ。あなただけよ、私のあの行為のくだらなさを面と向かって指摘してくれたのは」

「思ったコとをそのまま口にしタだけなので、感謝される云われはアりませんヨ。それに――おおかた法律なんテいうくだらなイものを気にシて自重していたのデしょうが――あなたの欲求不満なんて端から見れば誰デもわかりますシ」

「それが誰も理解ってくれなかったのよ。あなたは私のことをちゃんと見てくれた初めての男性。思わず惚れちゃうのは当然のことだって思わない?」


 人は誰もが自らの理解者を求める。隆一にとっての天漢がそうであるように。
 隆一は納得すると抱きついたままの無月を優しく引き剥がした。


「主催者にも関わらズ、弱音を吐いテしまい誠に申しわけございませン。


 大丈夫、私は消えませンよ。これからも無月さんノ理解者をドンドン増やしてイかないといけませンからネ」


「……ホント?」

「もちろん本当デス」

「私は嘘が嫌いよ」

「嘘などつきまセん」

「だったら証明して」


 無月はそっと目を閉じ無防備な唇を隆一に差し出しす。
 隆一は無月を再び抱きしめると、その紅い唇に深く口づけした。


「これは誓いの口づけ。嘘ついたらその口に針をいっぱい飲ませるんだから」

「怖い怖い。こレは将来尻に敷かれそうな予感がシます」


 無月が立てた小指に隆一は自らの小指を絡ませる。
 幼く初な二人の、それは精一杯のスキンシップだった。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます」


 しかし隆一は怖気と共に、次の言葉を待たずに指を解いた。


「……え?」


 無月が呆けたような声を出す。
 隆一に突き放されたことにショックを受けているようだったが、隆一も好きでそうしたわけではない。
 蒼然としている隆一の視線を追って無月が視線を落とすと、自らの胸部から異物が突き出ている事実にようやく気付いた。


「お熱い二人に、僕からのプレゼントだ」


 背後から友重の声が聞こえた。普段通りの優しい声だった。
 無月の胸を刺し貫いた白刃は友重が放った死神だった。


「ケーキよりもこっちに入刀したほうが我々らしいだろう」


 友重が刀を引き抜いた瞬間、傷口から大量の鮮血がほどばしり、無月は力なくその場に倒れ込んだ。
 殺気に気付き反射的に身を翻した隆一はそこでようやく現状を理解する。
 友重が隆一たちを裏切り、後ろから無月を刺したのだ。


「しっかりしてくだサい無月さん!」


 無月を抱き上げ何度も声をかけるが返事が返ってこない。すぐに止血しようと試みたが、あまりに酷い出血量に途中で断念する。
 友重の凶刃は無月の心臓を後ろから正確に捉えていた。
 一目で理解わかる――これは致命傷。つまり無月はもう助からない。


「ちるちる君にはああ言ったものの……なかなかどうして突くのも悪くない。後で彼に謝らないといけないな」


 無月の血で染まった刀で肩を叩きながら、友重はまるで何事もなかったかのようにそう呟いた。


「……どうしてこのような酷いコとを? 無月さんは仲間ですヨ」


 血の海に沈んだ無月の身体を抱き抱えたまま隆一は言う。


「それは登山家にどうして山に登るのか訊くようなものだよ。ただ私個人の趣向で言えば、顔も知らない赤の他人よりは顔見知りのほうが興が乗るかな」

「刀剣遊戯の開催中にこのような蛮行。許されルとお思いカ」

「君こそ僕の出したお題をちゃんと聞いていたのかね。僕は対戦相手を殺してはいけないなんて一言だって明言していないよ。 <殺戮> の名の通り、これは純粋な殺しのゲーム。参加者であり同時に敵でもある彼女を殺して何か問題でもあるのかね?」


 薄笑みを浮かべながら友重は刀についた無月の血を舌で舐めとった。
 隆一は猛然と立ち上がると、友重に持たされた最後の一振りを力強く引き抜く。



「ぜんッぜん、まッたく、問題アリまッせえええええええええええエえええン!」



 抜いた刀を友重に投げ渡すと、今度はけたたましく笑いだした。


「おっしャる通リ! 第三のゲームは殺す対象に一切の制約なし。住所、氏名、年齢、職種、人種、性別、性格、性癖、その他一切不問。その中にはトーゼン参加者だっテ含まれマス! コクホウさんの言い分は正論デス!」


 全身を激しく戦慄かせ、まるで梟のように首を直角に曲げて目を剥いた。醜く歪んだ口元からは、悪魔の言葉が紡ぎ出される。


「それデスよ、それそれそれソれ。先ほどからこのゲーム、なんかツマらないって思っていたんデスが、その理由がようやく理解できマした。一方的に逃げる羊をいくら狩ったところでそレはただの作業。自身に生命の危険がナけりゃスリルもへったくれもありゃシない。ちるちるさんの言うところのただのショーにすぎマせん。遊園地のジェットコースターのほうがナンボかマシというものデス」


 隆一は、友重さえも圧倒するほどの剣幕で己が卑しき胸中をぶちまける。
 刃物で生き物を殺すためだけに生まれてきた悪鬼の、それは新たな愉悦の発見に対する歓喜の吐露だった。


「同じ舞台で戦っテいる以上、参加者同士で妨害シ合うのは必然。愉悦で殺す者は殺される愉悦も楽しまねばならナい。さスがは師匠、ワカってらっしゃる」


「意外だな。愛しい恋人が殺されたのだからもっと怒るものだと思っていたよ」


 呆れ顔の友重に隆一は不思議そうに首を傾げる。


「恋人じゃありマせんよ。それに愛シてもいません。そもソも私、性欲がありまセんから」

「おいおい、愛と性欲は別物だろう」

「同じデスよ。どれだけ綺麗事で着飾ろうとも愛は性欲が見せる幻想ですカら。ああ、勘違いしないデ欲しいのですガもちろん、同志とシての友情は感じておりマしたよ。友情は我欲の絡まない、この世でもっとも美しく尊い感情だト思います」


 ――デスが、


「ですがデスがDEATHが! そんな美しくも尊いモノが失われた瞬間、私は深い悲シみと共に激しい興奮も覚えるのデス! この気持ち、愛する妻や友人を殺した師匠ならきっとご理解イタだけるハズ!」


 口が裂けんばかりの壮絶な笑みを浮かべて同意を求める隆一に、しかし友重は顔を曇らせる。


「確かに取り返しのつかないことのほうが楽しいとは思っているけど……これでも僕は一応の分別ぐらいはあるよ。人をただの肉の塊としか思っていない君のような狂人と一緒にしてもらいたくはないな」


「コレだけ殺らかしておいて今さらそんなツレないことを言うのはナシです。それよりイイのですか?」


 隆一は両腕を大きく広げ不敵な態度で歌うように言う。


「獲物はもう一人残っていますヨ? ジャッジを殺してはならぬというルールは、もちろんございマせんからァ」

「なるほど。投げ渡されたこの刀は、これを使って自分を殺せということかね?」


 友重が抜き身の刀を正眼に構える。それを見た隆一は大気よ震えよと言わんばかりの殺意を篭めて懐の短刀を引き抜いた。


「悪いけど僕は、君とは殺りあわないよ」


 しかし友重は隆一の挑発をあっさり一蹴した。
 構えた刀を力なく下ろし隆一に鞘も返すよう要求する。


「ナンデです? せっかくの機会デスし、心ゆくまで殺りあいマしょうよ」

「どれだけ煽っても殺らないものは殺らないよ。ヤクザと喧嘩したって得なことなど何ひとつないからね」


 ――さっきハ無月さんもろとも殺ろうとシたクセに。
 とはいえジャッジの自衛目的以外のゲーム参加はルールで禁じられている。相手にこれ以上攻撃する意志がないのであればおとなしく引き下がる他ない。ぶつぶつと悪態をつきながらも隆一は友重に鞘を投げ渡した。


「愛する女性と一緒に天国に送ってあげるのが、君にとって一番善いことかなと思っていたのだけれど、特に愛してもいないのなら余計なお節介だったね。ノルマの五十三人斬りも果たしたし、今夜はこれで御開きにしよう」

「はぁ……ソうですか。しかし、どうシてそんなに半端な数がノルマなんですか?」

「とある著名な連続殺人鬼が殺した人数が五十二人だからさ。百人斬りが無理でも最低限このラインは越えておかないと僕の沽券に関わる」

「そのようナことをせずとも師匠はスデに人類史最悪のシリアルキラーですヨ」

「おだてても何も出ないよ。さて、そろそろ時間だしアジトに戻ろうか」


 斬り疲れもすっかり抜けたようで足取りも軽く帰路につく友重。
 隆一はすぐには彼の後を追わず、血の海に沈んだ無月の傍に膝を落とす。


「無月さん……最高のプレゼントをありがとうございます。貴女のおかげで私はまだ現世に存在いられそうです」


 それは彼らしからぬ――まるで隆二のような――とても優しい声だった。
 無月は最期の力を振り絞って隆一に微笑みかけると、静かに息を引き取った。
 隆一はすでに光を失った無月の目をそって手で閉じると、暫し彼女に寄り添い、柄にもなくその冥福を祈った。
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