刀剣遊戯

飼育係

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3rd game

P.M.21:00

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「師匠……すぐに殺らないんデスか? タイムリミットは今日中ですよ?」


 祭りの余韻残る夜の本町通りを隆一は友重と共に散策する。
 友重は袴に帯刀というまるで江戸時代からタイムスリップしてきたかのようないでたちで、スーツ姿の隆一とのギャップもあって通行人たちの目を引いていた。


「まだ三時間もあるじゃないか。慌てる必要はないよ」

「深夜に近づけば近づくホど人通りは減っていきマす。本気で勝つ気なら今スグ動くべきデス」

「こんな大通りでいきなり真剣を振り回して大暴れしろと? 君は刀剣遊戯の管理人のくせに刃物というものをまるで理解っていないな」


 友重がウインクしながら指を降る。
 思わせぶりな言動をするも、なかなか動きを見せない友重を隆一がじれったく思っていると、突然後ろから声をかけられた。


「すみません、ちょっと写真いいですか?」


 一人はデジタルカメラを片手に軽薄そうな笑みを浮かべる茶髪の若い男性。もう一人はすらりと背が高く、厚化粧のケバさが少々目立つがそれなりに美しい妙齢の女性。おそらくは祭りを見に来たカップルであろうと隆一は値踏みする。
 写真を撮りたいと持ちかけてきたところを見ると、どうも友重の格好をコスプレと勘違いしているようだ。


「もちろん。喜んで」


 友重は快諾すると腰の無銘を抜刀し、瞬く間に二人の首を斬り飛ばした。
 はねた首をゴミ箱に無造作に放り込み、残った胴体を裏通りに蹴り飛ばすと、刀を隆一に預けて男の持っていたデジカメで遺体を撮影する。


「最近のカメラは便利だね。撮ったその場ですぐに映像が確認できる。ふむ、なかなかの写り映え。題名は……そうだね『死して寄り添う首なしラバーズ』としておこうか」

「そのまんまジャないですか」


 他人の命名センスを否定しておいて自分はそれかと呆れながら、隆一はバードウォッチングで使うカウンターで二人の殺害をカウントした。


「隆二くん……いや、今は隆一くんだったか。その刀身を見てみなさい」


 言われた通りに渡された刀を確認して隆一は軽く驚く。


「たったあれだけのことで、血糊で刃がべたべたじゃないですか」


「そう、刀というものは人を斬れば必ずそうなってしまう。たとえ私ほどの腕をもってしてもね。血糊を拭けばまだ使えるけど、戦場でとなればそうもいかなくなる」


 故にこの大通りを安易に戦場に変えるわけにはいかないと友重は語る。
 あれほど丹念に造られた日本刀もたった数人斬っただけでダメになる。隆二を通して日本刀造りを体験した隆一にとっては、なかなかに衝撃的な事実だった。


「君は軽々と百人斬りを口にするが、言うが易いが為すは難しだよ。現実は漫画やゲームのように無双というわけにはいかんさ」

「でも殺るんデしょう?」

「もちろん。ただこいつ一本ではいささか心許ない。だからこの日のためにあらかじめ準備しておいたのだよ」


 友重の指差す先には彼の運営する日本刀展示会場があった。
 ――なるほホど。
 それでここまで足を運んだのかと隆一は納得する。祭りが終わりすでに閉店しているが、中に展示された業物の殺傷力は年中無休だ。


「自分の刀は飽きるほど使い込んでいるからね。いつかは偉大な先人の打った刀を使って遊んでみたいと手ぐすねを引いて待っていたのだよ」

「そレで自分の刀を展示してなかったんですね。納得しましタ。しかし師匠、使い込でるって……いったい裏でどれだけ殺ってたんでスか」

「数えたことがないからわからんよ。ただ、最近は警察に睨まれていてめっきりご無沙汰だな。後先考えずに妻を手に掛けたのは不味かったかな」

「病気でお亡くなりにナられたとお聞きしてマしたが、違ったんですねエ」

「見てよこの頬の傷。実はこれ、僕が殺そうとした時に逆上した妻につけられたものなんだよ。いやあ、あのあばずれには本当にまいったよ。ぶっ殺したこと自体は大正解だったんだけど、アリバイ工作が上手くいかなくてなあ……」


 ――なンという逆恨み。
 さすがの隆一もこれには苦笑するしかない。


「こうもイカれてると現在、県外で働かれテいる息子さんが無事なのが不思議なぐラいですねえ」

「血の繋がった愛息と赤の他人である妻を一緒くたにするのはどうなのかね」

「どっチも等しく肉の塊じゃナいですか」

「隆一くんの頭はちょっとおかしいよ」

「えッ、ここ私が引かれる場面なんデスか?」


 友重は展示場に入ると照明を点灯させ、事前に用意してあった看板を表に出す。
 読みやすいようスポットライトに照らされた看板には『日本刀無償でお譲りします』と書かれていた。


「今気付いたんだがこの遊戯、参加者の数しかゲームがない以上、二連勝している無月くんにはどうやっても勝てないじゃないか」

「引き分けはありエますよ。その場合は僭越ながら、主催者であるこの私から第五のゲームを提案させてイタだきます」

「ダブルスコアでの勝利ならポイント二倍とかのサービスはないのかね」

「ありマせん。クイズ番組じゃないンで」


 たわいない雑談をしながら二人で場内の刀剣類を物色する。
 刀の銘柄には詳しくない隆一だが刃物に関してはスペシャリストを自負している。刃を見ただけでどの刀も一流の斬れ味を有していることが手に取るようにわかった。


「私もここの刀を使って殺してもイイですかね?」

「もちろん。そのほうが刀も喜ぶだろう」

「さスが師匠、太っ腹!」


 ジャッジも正当防衛、もしくはゲームに直接参加しないという条件であれば殺人オーケーという取り決めを事前に交わしている。ありがたい友重の申し出に隆一は歓喜する。
 日本刀を振るうのは初めてのことで隆一の胸を躍らせた。


「ゆびきりさんの言い分もわからなくもナいですが、やっパり日本刀は直刃が最高デスね。私自身が歪んでイるせいか、ぐにゃぐにゃした刃紋はどうにも性に合いまセん。いわゆる同属嫌悪ってやつデス」

「おお、わかっているじゃないか。君とはいい酒が飲めそうだ」


 二人が使用する刀を決めたちょうどその時、表の看板に興味を持った数人の客が展示場に入場してきた。


「日本刀をお譲りいただけるという話は本当でしょうか」


 真っ先に友重に尋ねてきたのは落ちついた色のスーツを着た老人男性だった。パッと見の印象だけで言えば、スーツの生地の良さからかなり裕福そうに見える。杖をついているところから、少し足腰が悪いのかもしれない。


「ええ、もちろん。私の不手際で江戸時代初期のものが多くて申し訳ありませんが、どれも一流の刀匠たちの手により造られた業物ばかりですよ」

「それを無償で? またまたご冗談を。私は趣味で刀剣のコレクターをしていますが、お金ならお支払いいたしますので是非とも品定めをさせてください」


 友重は笑顔でそれを承諾すると老人に畳の上にあがるよう促した。


「隆一くん、この御仁のお相手を頼みます」

「えッ、私がですカ?」

「僕は他のお客様のお相手をしないといけませんから。気に入った刀があればプレゼントしてあげてください」


 最初は荷が重いと辞退しようとした隆一だが、これも弟子の務めだと言われてしまうと断るに断れない。
 隆一は老人の手を取り畳の上にあがらせると、刀の展示してある場所へと誘導した。


「ええッと確かこの刀は……正弘? の刀でしたかネ……」

「そこに書いてあるからわかるよ。新刀鍛冶の祖と呼ばれる堀川国広の高弟として有名な方だね。地金や刃文を見るかぎりおそらくは真作だろう」


 老人は適当に隆一の相手をしながらも、展覧された刀を次々と手に取りその刀身をあらためていく。
 刀の知識に乏しい上にこの手の接客に不慣れな隆一は、目を輝かせながら奥に進む老人の後を追うことしかできなかった。


「どれもこれも業物ばかり。素晴らしい店だ」

「お褒めにアずかり光栄デス。これラはすべて私の師匠が日本全国から集めタものデス」


 本来はすべての刀が非売品なので展示場であって店ではないのだが、とりあえず褒められたので感謝しておくことにする。


「では弟子の君に、少し尋ねたいことがある」

「私にわかるコとであればなんなリと」

「そこに展示されている日本刀。『三日月宗近』の銘が添えられているが……本当なのかね?」


 展示場の奥に鎮座した拵えのない抜き身の刀を指さし老人は言う。


「書かれている以上、そうなんジャないですかとしか答えようがアりません。真贋を疑うような一振りなんですカ?」

「君は刀剣ショップの店員のくせに日本刀のことを何も知らないんだな。三日月宗近といえば天下五剣に数えられる名物中の名物だぞ。国宝として東京国立博物館に寄贈されているはずの名刀が、なんでこんなところにあるんだ?」

「ト、言われましても……だったら贋作なんじゃないですカ? としかお答えできマせんヨ。弟子とイっても私、先ほどなったばカりなので」

「それはそうなんだが、しかし……名前の由来にもなっているこの三日月の刃文はどう見ても……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら老人は刀の前で考え込んでしまった。
 特にやることもなく隆一が手持ち無沙汰にしていると、


「言い値で構わない。この刀を譲ってくれないか?」


 老人は興奮した面持ちで言った。


「贋作を疑っていタのではないンですか?」

「この際、真贋は問わない。わしはこの刀が気に入ったよ」


 ――この人も存外変わり者デスねえ。
 何はともあれ気にいってくれたのであれば幸いである。隆一は飾られていた宗近を手に取り老人の前に持ってくる。


「でハこの刀は無償で差し上げます――と、言いたいところなのですガ、いちおう持ち主である師匠の了承を取らないことには……」

「では善は急げだ」


 老人は杖を握ると隆一を置いて、足取りも軽く入り口へと戻っていった。


「せっかちナ方ですねえ。慌てる乞食はもらいガ少ないとイうことわざもありますヨ」


 隆一は嘆息するとのんびりとした足取りで老人の後を追った。


 場内は古くからある建造物を修繕して利用しているため決して広くはなく、老人にはすぐに追いついた。
 入り口付近でまるで凍りついたように固まっている老人の姿を見つけて隆一は小さく肩をすくめる。
 ――戻らないほうガ幸せダったかもしれませんネえ。
 鮮血により深紅に染まった展示場は儚くも美しく、見る者によってはある種の芸術性すら感じさせるのだが、普通の感性を持った至極まっとうな人間ならば地獄絵図以外の何者でもないだろう。


「おやお客さん。怖い顔をなされて、いったいどうしたのですか?」

「店主さん……こ、これはいったい何の冗談ですか……!」


 老人以外の来客をすべて斬り殺し、返り血で全身を真っ赤に染め上げた友重は、その質問にぷんぷん怒りながら答える。


「聞いてくださいよお客さん。先ほど彼らに欲しい刀を訊ねたら『なんでもいいから一振り欲しい』なんてふざけたことをぬかすんです。刀なんて好きでも何でもないけど無料ならとりあえずもらっておこうという卑しい魂胆丸出しでね。頭に来たからお望み通り私の打った無銘をくれてやりましたよ。一人につきキッチリ一振りずつね」


 死亡数をカウントするために隆一が血の池に沈んだ死体を確認すると、確かに全員一刀の下に臥されていた。
 打つほうも確かだが斬るほうはそれ以上。さすがは現代に生きる人斬りだと隆一は改めて友重の腕に感服する。


「そんなくだらないことで人を殺したのか!」

「くだらないってことはないでしょう、失礼な御仁だ。そんなことより刀を見てください。ほらここ、刃こぼれしてるでしょう? こいつらのおかげで僕の愛刀がオジャンだ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと。腹のひとつやふたつ立ちますよ」


 本当に腹立たしげに吐き捨てる友重になおも老人は震え声で抗議するが、当然のれんに腕押しに終わる。
 この狂った刀匠に人が本来持つ常識や道徳という概念は微塵もない。ないものをあると期待して非難するのは愚か者のすることであり、自身の価値観の押しつけであるというのが隆一の持論だ。もっともお互い様な話ではあるのだが。


「ところデ師匠、御老人がこの三日月宗近という銘柄の刀をご所望なノですが、差し上げてしまってもよろしいデスか?」

「天下五剣の中でもっとも美しいと称される刀をご所望とはお目が高い。もちろん構わないよ。今すぐ差し上げなさい」


 友重の承諾を得ると隆一は老人の杖を蹴り飛ばし足を払って転ばせる。
 ひっくり返った亀のようにじたばたともがく老人に、隆一は持っていた三日月宗近を、その無防備な腹部めがけて突き下ろした。


「ちゃんと柄をつけといてクださいよ。使いにくいっタらありゃシないデス」

「悪いね。いちおう国宝級の業物だから使う気がなかったんだよ」


 老人は最初の内は鬼気迫る形相で激しく抵抗したが、隆一が力を込めて胸を何度か突いてやると断末魔の悲鳴をあげて絶命した。


「ていうカ、真作だっタんですか、コレ」

「僕が若い頃に徳川さんから譲り受けたものだけど、おそらくは真作だろうね」

「お爺さんガ贋作だと言ってたので粗雑に扱ってしまいマしたよ。もう使いモノにならなそうデすけど、ホントに良かったんデスか?」

「まあいいよ。徳川さんには悪いけど、正直僕の趣味じゃないし」


 確かにこの刀は優美すぎる。もっと質素で無骨な刀が友重の趣向だろうと隆一は納得した。


「老い先短い刀剣コレクターが天下五剣の一振りを抱いて天に召される。これ以上に本望なことがあろうものか」

「ドラマチックな話ですネえ。私、今ちょっと感動しテます」

「僕は常にその人が望むことを考えて行動している。その代価として僕の望みを相手に叶えてもらっている。今風に言うとWINWINの関係だね」

「言われてみればそんな気がシてきましタ」

「また一つ、善いことをしてしまった。善いことをした日は気分がいい。隆一くんもそう思わないかい?」


 ――さすがは師匠、ナイスな狂いっぷりデス。
 隆一が感心して何度も頷いていると、突如甲高い悲鳴が場内に響く。
 声の聞こえた方に視線を向けると、入り口の前でOL風の若い女性が顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。


「あらラ、見られちゃいマしたねえ」

「これは不味いね。実に不味い」


 友重は初老とは思えぬ健足で素早く追いかけ間合いを詰め、逃げだした女性の背中を斬りつける。
 しかし時すでに遅く、斬り捨てられた女性の身体は、大通りの中央付近にまで投げ出されてしまっていた。


「……師匠、これからどうしマすか?」

「やれやれ、こうなったら仕方ない。隆一くん、展示場にある刃物を持てるだけ持ってきてくれ」


 周囲の人間が状況を理解する前に友重は行動に移った。
 悲鳴をあげて倒れた女性を不審に思い、近づいてきた通行人たちを問答無用で袈裟気味に斬り臥せる。事態に気付いて大声をあげる者も同様、容赦なく追いかけ叩き斬る。そのような凶行を幾度か繰り返すと本町通りはたちまち大パニックに陥り、皆蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 ――結局こうナるんデスよねえ。
 展示場から適当に持ってきた刀を友重に投げ渡しながら隆一は嘆息する。
 当初はこの後も刀を餌に獲物を続々とおびき寄せる予定であったが、そのようなザル作戦が何度も上手くいくはずもない。
 もっとも無差別で無慈悲な殺戮こそが隆一の望みであり、第三のゲームの本来の趣旨であるのだから問題ないと言えばないのだが――片手に刀の束を抱えもう一方の手で死者数を計数しなければならないため、自身がゲームに参加できないのは不満だった。


「こんなに楽しイ祭りはそうそうなさそうデすが……今回ハ師匠のお手並みを拝見させていただきますヨ」


 ジャッジは静観が基本と自分を納得させ、隆一は逃げる通行人を追って路地裏に消えた友重をサポートするべく走り出した。
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