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第六十話 刺客

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 王都のスラムの一画に、寂れた酒場があった。

 華やかな王都の影の部分。
 闇ギルドが牛耳るその場所に、黒いローブのフードで顔を隠した人物が入っていく。

 身長は170センチ位だろうか、ローブで体型はわからないが、その身のこなしから只者ではない事は見て取れる。フードで隠した顔には、白いマスクが付けられている。

「やっと来やがったかシャドウ」

 酒場の主人らしき男が、黒ずくめの人物に声を掛ける。
 ここはこの国に幾つかある闇ギルドのアジトの一つ。

「……何のようだ」

「仕事だ。ヴァルハイム子爵家の三男で、自身も男爵位のエルフのガキを殺すだけの簡単なお仕事だ」

 殺害対象が貴族だった為に、念のため外部の人間を捨て駒にするつもりでコンタクトを取ったのがシャドウだった。どこの組織にも属さない為に、口封じも含めて都合が良かった。

「ふ~ん、簡単な仕事なら、お前達がすれば良いんじゃないか?

 生憎と私は暗殺者じゃない。殺しの依頼は受けないと言ったよな」

「ちっ、仕事を選べると思っているのか!
 盗みも殺しもたいして違いねえじゃねえか」

 酒場の主人が苛立たしげに黒ずくめの人物に吐き棄てる。

「勘違いしてないか?
 私は潜入や諜報は仕事として行うが、私が盗むのは情報だ。盗人と混同して貰っては困るな。それと、確かに私は腕には少々自信があるが、金で何の罪も無い少年の殺しを請け負うほど腐ってはいない。

 話がそれだけなら私は帰らせてもらう」

 そのまま酒場を出て行こうとする黒ずくめの人物に、酒場の主人が怒鳴る。

「俺達に逆らって、生きて行けると思っているのか!」

 すると、黒ずくめ人物は、帰りかけていた足を止める。

「逆に聞くが、お前達程度が私をどうにか出来ると思っているのか?」
 
 そう言うと、そのまま振り返る事なく酒場から出て行った。



「ちっ!おい!シャドウを片付けろ!

 俺達に逆らった事を後悔させてやれ!」

 酒場こ奥からガラの悪い男達が八人、シャドウと呼ばれた人物を追い掛けて行った。


「おい!烏」

 そう酒場の主人が声を掛けると、闇から痩せぎすの男があらわれた。

「話は聞いていたな。
 ヴァルハイム子爵の三男だ。名前はホクト、エルフで学園の一年生だそうだ。

 スポンサーのペドロハイム伯爵からの仕事だ、失敗は出来ねえ。ただ、俺達の仕業だとわかるような痕跡を残すなよ。さすがにバレたらウチの組織が潰されるからな」

 エルフと聞いて烏と呼ばれた男が、下卑た笑みを浮かべる。もう、話の途中からターゲットをなぶる事しか考えていない。

「クックックッ、良いねえ、キレイなモノを汚すのは、クックッ、たまんねえなぁ。
 準備運動がたらに、あいつらの手助けでもして来るか」

 恍惚の表情を見せる烏に、酒場の主人が顔をしかめる。どう見ても殺人衝動が抑えられず、手始めにシャドウをなぶり殺す事しか考えていない様子がありありとわかる。

「おい、趣味に走るんじゃないぞ。仕事が第一だ」

 烏と呼ばれた男が酒場を出て行った。
 酒場の主人、闇ギルドの幹部は苛立たしげに酒を煽る。




 黒いローブに身を包んだシャドウと呼ばれた人物は、酒場から自分をつけて来る存在に気が付いていた。

 ひと通りの少ない裏道に誘導するように、一定の距離を保ち歩く。

 諜報の仕事は、当然危険と隣り合わせだ。
 これまで、諜報活動だけして生きてきた訳ではない。それこそ生きる為に貴族や豪商から金品を奪取して来た事も一度や二度ではない。暗殺の仕事は受けていないが、寧ろ暗殺術は得意とする所である。

 それだけに命を狙われた事も一度や二度では済まない。その度に撃退する訳だが、その高い技量の所為で暗殺者と勘違いされる事も多かった。

 やがて酷く寂れて、人通りのない職人街の一画にたどり着く。

 周りに人の目もなく、寂れた通りには、開いてるのか閉まっているのか分からない工房があるだけだった。
 そこでシャドウは足を止める。

 ゾロゾロと姿を見せる、見るからにガラの悪い男達に、黒いフードの奥で舌打ちする。

 取り囲む男達は、剣やナイフをシャドウに突き付ける。問答無用だと言う事だろう。

 思ったよりも練度が高そうな闇ギルドの男達を前に、シャドウは背筋に冷たい汗を掻く。
 腕には自信があったし、こういう場面も何度となく潜り抜けてきた。冷静に自分と男達の技量を測る。
 自分の方が二枚は上手だろう。だが、それでも目の前の八人を一度に相手出来るとは思えなかった。あきらかに手馴れた感じで間合いを詰める男達は、連携のとれた動きで逃げ道を無くす。

 緊迫した空気が張り詰める中、寂れた工房から人が二人出て来た。これには闇ギルドの男達も、シャドウも動きを止める。
 灰色のローブのフードを目深に被った二人は、体格からまだ少年と少女だと推測された。

 シャドウは二人に逃げるように叫ぼうとして、次の瞬間、呆気にとられる。二人の少女と少女は、口もとに笑みを浮かべていたのだ。


「おい、見られちゃ仕方ねえ、まとめて殺しちまうぞ」

 闇ギルドの男達が動き出す。

「チッ!」

 シャドウも短剣を抜き、泰然としてたたずむ二人の少年と少女の間に割り込もうとする。

 次の瞬間、二人の少年と少女が、襲いかかる男達の方へと歩き出す。

「なっ!危ない!」

 闇ギルドの巨漢の男が、少年に剣を振り下ろした次の瞬間、信じられない光景を目にする事になる。

 少年は、振り下ろされた剣の内側に入ると、次にシャドウが見た時は、巨漢の男が地面に沈む光景だった。横から突き出されるナイフを躱すと、少年の掌底がナイフを持った男の顎を打ち抜き、糸が切れたように崩れ落ちる。

「おい!一斉にかかるぞ!」

 男達が一斉に少年に襲いかかろうとするが、少年が優雅に舞うように動く度、男達が崩れ落ちて行く。

 一分もかからずに終わった戦闘に、短剣を抜いて飛び出そうとしたシャドウは、呆気にとられて固まる。

 キンッ!金属音が鳴ると、倒れた男達の中で立つ少年が剣を正眼に構え、足元に真っ二つに斬られたナイフが落ちていた。
 少年のフードが勢いで外れ、青味がかった美しい銀色の髪がサラリと揺れる。

「……エルフ」




「ヒャヒャヒャヒャ、ツイてるねぇ。
 こんな所でターゲットに会えるなんて!
 僕ちゃんが、ヴァルハイム子爵家の三男だなぁ。

 ヒャヒャヒャ、タップリ可愛がってやるぜ」

 ナイフを舐めながら、恍惚の表情で少年を見る痩せぎすの男、闇ギルドの刺客【烏】は興奮して股間を膨らませていた。

 一方のエルフの少年、ホクトは何の気負いもなく、自然体で剣を構えていた。

「ヒャハァーー!!」

 烏がナイフを二本、時間差で投擲し、剣を抜き斬りかかった。

 殺し専門の烏が、多くのターゲットを葬って来た必殺のコンビネーション。強力な麻痺毒が塗られたナイフを、僅かな時間差で投擲する技術と、そこに重ねる避けづらい横薙ぎの斬撃。

 サイコバスな烏だが、その技量は驚く程高かった。

 ザンッ!  「えっ!?」

 烏の驚く声が漏れる。

 視界が暗転する前、烏が最後に見たのは、自身の下半身だった。


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