学校七不思議

藍澤風樹

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北水絵梨の章

死者と死者

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「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

絶望しか無くて泣き叫んだ時、

「いい加減にしてくれない?」

場違いなほど落ち着いた声が響いた。

その途端、すっと私の腕を引っ張っていた力が抜けた。
絶望より生きる意志が優先し、私は無我夢中で窓枠にしがみついた。
下半身はまだ教室の中にあったので、反動で教室の床に尻餅をついた。

目の前にいる亡霊──白河あゆみは、私を見ていない。
私の後ろを忌々しそうに凝視している。

その視線の先に、見覚えのある女子生徒が居た。
さっき私たちに忠告しに来た少女。

だ れ

白河あゆみが、無粋な闖入者を視線で焼き殺さんばかりに睨み付けた。
相手は、先程と同じく全く動じない。
それどころか、

「あなた、この前自殺した女生徒の姿をしてるけど、実際は只の雑霊ね」

馬鹿にするような口調で言い放った。

この、目の前の幽霊は、白河あゆみじゃない…?

でも、今はそんなことはどうでもいい。
ここから逃げなきゃ。

だけど私の体は動かなかった。
恐怖が全身を見えないロープで縛っている。

「本物のあの生徒は、失恋で自殺したんだから、今頃は振られた相手の所にとり憑きにいってる筈だもの」

そ う い う お 前 こ そ 生 者 で は な い く せ に 邪 魔 を す る 気 ?

白河あゆみの姿をしたそいつは、きりきりと歯を噛み鳴らした。
その形相を見ただけで、赤子ならショック死しそうだ。
相変わらす、相手の女生徒は動じない。

でも──
今、そいつは言った。

お前も生者じゃない

この人も……?!
思わず女生徒の足を見る。
ある。
私と同じ赤い学年カラー入りの上履き──同級生?
だけどその足下には、影が……なかった。

「生徒でもないあなたに、これ以上学校を荒らして欲しくないの」

ずいっと女生徒が前に足を踏み出した。
それに気圧されるように、白河あゆみもじりっと後退する。
が、頭を振り乱して叫んだ。

お 前 も 取 り 込 ん で や る !!

同時にそいつの体が膨張した。
そして、ばっとはじけて膜状になると、一気に女生徒を押し包もうと襲いかかってきた。
白河あゆみなんかじゃない。
これがこいつの正体だ。
実体を持たない、雑霊の固まり……!

鼓膜をつんざくような悲鳴が聞こえた。
誰の?
私のだ。
自分でも意識せず、絶叫していた。

「心霊研究部員の私が……」

女生徒がぶつぶつと呟いている。
相変わらず、小馬鹿にしたような余裕の表情で。

「こんなもの怖がるわけないでしょっ!」

女生徒の声と同時に、その体も光った気がした。
襲いかかったそいつは、返り討ちを食らって断末魔の悲鳴を上げながらあっさりかき消えた。
返り討ちと言っても何をしたのかは分からない。
女生徒の眼光を浴びただけで、そいつは消えてしまった様に見えた。

「学校にくくられてる者に、学校の中で勝てる訳無いでしょ」

冷たい目。
ぞっとするようなその視線が、今度は私に向けられた。

「ひっ……」

私は、相変わらず、窓際の机の傍らで腰を抜かしたまま震えていた。

これは、夢?
悪夢なら、早く、醒めて!

私の正気が消える前に……!!


女生徒は、しばらく私を見つめていた。
哀れな獲物を見る目。

違った。
何故なら、ふっと、哀しげな表情を見せたから。
先程のような見下す目じゃなくて、哀しく、優しい視線。
そして一言、ぽつり。

「だから、忠告したでしょ」

聞き覚えのある、その声。

由美

夢の中、暗闇から私の名前を呼んでいた。
昔、幼い頃、聞き慣れていた呼びかけ。
黒インクで汚してしまった、姉の写真。
セーラー服。
長い髪。
子供の頃、姉の愛用してた、白いヘアバンドが欲しくて──

「お姉ちゃん……?」

気付いたとき、女生徒の姿は消えていて、真っ暗な教室の中に私だけが座り込んでいた。




「いいの?」
「うん」

北棟の一角の部屋から、声がする。

「久しぶりに会ったろうに」

二つの机が並び、壁の戸棚には心霊写真のネガやら投稿雑誌などが押し込まれているここは、心霊研究部の部室。
いいえ、もはやこの部屋は現在の校舎には存在しない。
その証に、この部屋の外には『倉庫』と書かれた張り紙が貼られている。
昼の時間は、確かにこの空間は倉庫だ。
かつて北水絵梨と斉藤美加という、たった二人の部員しか居なかった心霊研究部の部室は、部員が消えて廃部になった後、倉庫にされた。
けれど今、夜の間この時間は、二人が学校生活で教室の次に長く過ごした空間に戻り、部員の二人は当然の様にそこでおしゃべりをしている。

美加の言葉に、絵梨は両手を広げた。

「いいのよ、私は、行方不明のままで……」

言いながら、目を瞑る。

「あの妹が、もう私と同い年になったなんてねぇ……」
「もう、時間の感覚なんてとっくに無いわよ」

美加が苦笑いを返した。


私たちが死んで、もうどれくらいの年月が経ったのか──
毎年、桜の季節に入学してくる新入生や、同じく桜と共に去る卒業生を横目に、二人は変わらぬ刻を過ごしている。
かつての同級生はもうとっくに社会人になり、結婚生活を送っているだろう。
見知っていた教師も、転勤や定年退職で学校を去っていった。
もうここに、私たちの存在を知る人は居ない──

「そいえばさ、あの白河あゆみって生徒、どうしてるか知ってる?」
「ううん?」

美加が、ゴシップ好きのおばさま口調で話し出す。

彼女が惚れていたのは、同じ文芸部の後輩、しかも一年生。
だけどそいつがけっこう悪いヤツで、色々貢がせたそうだ。
その中には、 高級な腕時計もあった。
今、白河あゆみは、その中にいる。
その男子生徒が付けている時計に取り憑いて、じわじわとそいつの精気を吸い取っている。
その生徒は今は心神衰弱で自宅のベットから起きあがれない。
原因は不明。
でも、腕時計は外さない。
外せない。
あと数日もすれば、白河あゆみは目的を遂げるだろう。
男子生徒は、死ぬ瞬間までなぜ自分が死ぬのか分からない。

「恋する女は強いわねぇ」

絵梨が妙に感心した表情で頷いた。


さて、そろそろ夜が明ける。
死者の時間は終わり、生者達が学校の世界を支配する時間がやってくるのだ。

それは、私達がかつて居た時間──
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