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EX

EX-2

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 妙な緊張感が漂うなぁと思っていた悠介が、ふと廊下の先に視線を向けると、角のところにシャイードの姿を見つけた。
 長い青髪を黒い隊服に流した攻撃系水技の使い手。彼も闇神隊の一員である。

「よっ、何してんだこんなところで」
「お疲れ様です、隊長。イヴォール派の集団を見かけましたので、少し注視していました」

 そう答える彼は、闇神隊の中でも冷静沈着な参謀役で、ヴォーマルに次ぐベテラン衛士だ。悠介に対する忠誠心が非常に高く、信頼を置けるのは確かだが、主が暴走してもどこまでも着いて行きそうな、少々危なっかしいタイプである。

「そういうのはレイフョルドの仕事だろ?」

 悠介は、『森の民』を自称する優秀な密偵が味方に居るんだからさと、苦笑気味に自重を促す。
 しかし、その『優秀な密偵』の事を完全には信用していないシャイードは、『念の為ですから』と、彼等に対する警戒を緩めるつもりは無いようだ。

「ま、ほどほどになー」
「ええ、隊長の迷惑にはなりませんよ」

 そんなシャイードと別れ、悠介達はその場を後にする。闇神隊長ユースケの活躍と台頭を危険視していた反闇神隊派の暗躍など、今ではすっかり過去の出来事である。フォンクランク国内で悠介の命を狙う者など居なくなった。
 彼等とは別の理由で悠介の活躍に警戒を募らせていた、ヴォレットの婚約者候補組も、特別な宮殿機関組織として公共事業に携われるようになって、手柄を立てる機会を得ると、態度を軟化させ始めた。
 ガゼッタに滅ぼされた旧ノスセンテスから亡命してきた住人達も、発展を続けるサンクアディエットで生活基盤を得て、将来の不安が拭われ、気持ちに余裕が生まれつつあるらしい。闇神隊に対する『ガゼッタの襲撃に協力したのでは?』という疑惑は薄れ、闇神隊長に纏わる数々の黒い噂やら誹謗ひぼうたぐいやらは酒場の席からも駆逐されていた。
 だが、『闇神隊長の女癖の悪さ』という、本人の資質と最も掛け離れた噂だけは、相変わらずしっかり根付いている。

「露店で材料の指輪見てるだけなのに、女の店員さんがすっげー警戒するんだぜ……」
「だからー、もう開き直っちゃえばいいのよ」

 いっそ、スンや私やラサやイフョカちゃんやエイシャやヴォレットの皆をはべらせて街を練り歩いてみては? と無茶な提案をするラーザッシア。

「悪化させてどうする!」
「そこまでやっちゃえば、逆にみんな気にしなくなると思うわよ?」
冤罪えんざいはいやだー」

『別に罪じゃないけれどっ』と自己フォローしつつ、悠介は馬車乗り場の柱の位置などを改築した動力車乗り場まで下りて来た。そして自家用動力車の運転席に乗り込んで助手席にラーザッシアを座らせ、帰宅の途に就いた。


 貴族街の閑静な通りを行く自家用動力車。カスタマイズ能力の一つ『ギミック機能』で、一定の動作を付与したギミックモーターを動力源とする乗り物だ。動力車が一般的に走っているのは、カルツィオでもこのサンクアディエットの街だけである。
 一般的と言っても、自家用の動力車を所有しているのは、お金持ちの貴族階級にある一部の家で、庶民は安価な交通機関として街中を走る『乗り合い動力車』を利用している。
 どこかの貴族の紋章をつけた動力車とすれ違う。やがて宮殿の外周通りを離れ、店舗が並ぶ通りに入った時、ラーザアシアが道脇によく見知った人影を見つけた。

「ユースケ、ユースケ、あそこにいるのラサじゃない?」
「うん? お、本当だ。つか、一緒にいる二人って……」

 悠介は、並んで歩いている水色の長髪の女性と緑髪の男女の傍まで動力車を走らせると、道脇に停めて声を掛ける。

「あら、ユースケ様。シアも一緒ですか」
「隊長、ちぃーす」

 振り返った水色の長髪の女性ラサナーシャは、悠介とラーザッシアを認めて宮殿帰りである事を察すると、「お疲れ様でした」と見る者を安心させる優しい笑顔で労った。
 彼女は元サンクアディエットの唱姫うたひめという国家公認の高級娼婦の一人だったが、その裏ではノスセンテスの諜報員として活動していた。悠介を亡命させる工作任務にも参加し、ラーザッシアとの姉妹を演じていた。
 ガゼッタの急襲によるノスセンテスの滅亡や、その後の暗殺騒動などを経て悠介に全てを告白し、ラーザッシア共々、フォンクランク国内で処断されるに至った。
 唱姫のカリスマ性もあってか、助命を嘆願する信望者達の声は宮殿内にも多く、唱姫としての身分剥奪と僅かな懲罰を受けた他は、密偵の洗い出しに協力する事を条件に恩赦が与えられている。現在は悠介に自身の全権を預ける宣言をして、ラーザッシアと同じような立場に身を置いていた。
 そんなラサナーシャの隣で、いつもの軽い挨拶をした緑髪の青年は、フョンケ。彼も闇神隊員の一人である。お調子者で女好きという分かり易い性格ながら、どんな状況下でも自分のペースを乱さない、という意外に優秀な特性を持つ付与系風技の使い手だ。
 フョンケの隣で控えめに会釈している、彼と御揃いの服を纏った緑髪の女性はルフョリマという。闇神隊員達がそれぞれ管理している『闇神隊に所属する神民衛士部隊』の隊員で、一応フョンケの部下という立場にある。
 だが、彼女は隣国ブルガーデンがフォンクランクと敵対していた当時に送り込まれた、ブルガーデンの元密偵であった。色々あって全てが露見した今はフョンケの下で暮らしており、この街の住人としても正式に認められている。

「にしても、珍しい組み合わせだな」
「はは、実はラサナーシャさんにこの辺りの店の使い方を教わってたんすよ」

 悠介の指摘に、フョンケは頭を掻きながら笑う。
 現在は貴族街という区画になっているこの上層区だが、五族共和制が施行される以前は『高民区』として『炎技の民』しか住む事を許されなかった。
 四大神信仰の等民制が敷かれていた頃は、街の生活エリアも神格に従って四つの区画に分けられ、神格の低い民が許可無しに上位の区画に立ち入る事は、厳格に禁じられていた。
 神格という区別の柵が取り払われた今でも、元低民区や中民区に住む人々がこの区画を気軽に歩く姿は少ない。
 なにせ、元高民区に並ぶ店舗は全て高級店ばかりで、服装次第では入店を断られるような高級飲食店などもある。そんな訳で、この区画で暮らしていた住人に知り合いでも居ない限り、下の区画に住む庶民には利用したくても出来ない環境にあった。

「なんだ、デートに良い店でも利用するのか?」
「そんなとこっす」

 女性に関しては予習、復習、事前準備に余念が無いフョンケは、上層区の高級店も気軽に利用出来るクールな紳士を演出して、イメージアップを狙っているようだ。

「そういう事にかけては勤勉というか、チャレンジャーというか……」

 しばらく道脇でフョンケ達と駄弁だべった悠介は、そろそろ行くかと動力車のギミックモーターを唸らせる。

「それじゃまたなー」
「お疲れっすー」

 フョンケ達と別れて上層区の一画に立つ自宅まで帰って来た悠介は、屋敷で働く使用人達とスンに出迎えられた。

「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさい、ユウスケさん、ラーザッシアさんも」
「ただいま、スン」
「たっだいまー、スンちゃん」

 最近はすっかりドレスを着慣れた感が出てきたスンは、ラーザッシアが両手で抱えていた機材の入った鞄を片手でひょいと預かりながら、二人を奥の広間に誘った。

「悪いわねー、流石にこれ抱えて歩き回るのは肩凝っちゃったわ」
「薬瓶とか重そうですもんね」
「その割には相変わらず軽そうに持つよな~」

 スンとラーザッシアのやり取りに、悠介が『男の俺でも、片手でひょい、は無理だ』とツッコミを入れる。すると、スンは少し恥ずかしそうにしながら笑った。
 サンクアディエットの西にあるルフク村出身のスンは、悠介がこのカルツィオに召喚されて最初に出会った人物で、白い髪と瞳を持つ無技人である。
 神技を宿さない無技人は、神技人と比べて身体能力が高い。スンはルフク村で暮らしていた頃の癖もあってか、屋敷の住人でありながら荷物運びなども自然にこなしていた。
 ルフク村では、ゼシャールドという治癒系水技の使い手である村医者の屋敷でお手伝いをしていた。悠介も、召喚された日からゼシャールドには色々と世話になっている。
 ゼシャールドは、実は元宮廷神技指導官という大物で、隠居して無技人の村で暮らしている今でも宮殿の上層部に影響力を持つ。
 そんな大御所の傍でお手伝いをして過ごし、今や英雄と呼ばれている悠介と懇意な関係にあるスン自身も、無技人でありながら闇神隊の専属従者という特別な立場にあった。闇神隊が任務で遠征する時には、常に悠介と行動を共にする。
 実質、悠介の想い人であるスンだが、ただ護られているだけを良しとしない彼女の自立心に悠介が応えた登用であった。

「今日も弓の訓練に行ってたのか?」
「はい、最近は他の衛士の方も弓に興味を持ったらしくて、色々質問されるんですよ」
「そっか。まあ調整魔獣みたいな、神技で対抗しにくい敵が出てきたりしたからなぁ」

 以前トレントリエッタ国で反乱を起こした地下組織が、神技を阻害する能力を持つ魔獣を作り上げ、兵器として使った。
 この反乱は数ヶ国にまたがる大騒動となったものの、闇神隊の活躍など、フォンクランクの援軍によってしずめられた。しかしその後、神技阻害能力を持つ魔獣が拡散し、カルツィオ中に被害をもたらした。
 それらを討伐したのが、ガゼッタから派遣された無技の戦士達だった。
 神技を宿さない無技人は、その強靭な肉体と武器を駆使して戦う。攻撃神技の通用しない相手や、接近戦になった場合の前衛として、彼等は非常に心強い存在なのだ。

「そういや、ヴォレットが今度の地下探索にはスンも一緒に連れて行くっつってたぞ」
「地下の探索ですか? 面白そうですね」
「いい息抜きになると思うわよ? 悠介がいるから崩落とか遭難の危険も無いし」

 奥の広間で、テーブルを囲んでくつろぐ三人。このところはコレといった事件もなく、悠介も気心の知れた仲間や『家族』達と平穏なひとときを過ごせている。
 フォンクランクをはじめ、ブルガーデン、ガゼッタ、トレントリエッタの四大国は、五族共和制の理念の元に協力し合い、大きな問題も起こらず、豊かで平和な時間を享受していた。


 悠介達がヴォレット姫の見識を深める活動の一環――という名目で遊んでいた頃。
 パトルティアノーストにある中枢塔の空中庭園にて、膝裏まで伸びる紫掛かった白髪を風になびかせながら、少女が一人、じっと空を見上げていた。
 外見は十二歳の頃のままだが、かつてカルツィオに光臨した邪神の力で不老不死の存在となり、実に三千年にも及ぶ時を生きてきた里巫女さとみこアユウカスである――ちなみに今年で三千五歳を数える。

「妙だのう……」
「どうしたばあさん」

 昼食の時間になっても空中庭園から帰ってこない里巫女の様子を見に来た、白族の長にしてガゼッタの現国王シンハが、空を見上げながら不可解そうに呟くアユウカスに声を掛ける。

「うむ。何か大きな存在が近付いておるようなのじゃが――」

 空から視線を下ろさず答えたアユウカスは、気配の正体を探ろうと眼を細めた。自身の奥に宿るカルツィオの神と繋がる力――邪神と共鳴する力に意識を集中する。

「次の邪神が喚ばれるには早過ぎる……しかし、邪神の気配にも近い」
「同じ時期に複数の邪神が喚ばれた事は無いのか?」
「無い、とは言い切れんが、少なくともワシは知らんのう」

 邪神が降臨する時など、カルツィオの神の力が働けばアユウカスはそれを感じ取れるし、また大規模な災害が起きる時も大地の変動から察知出来る。
 その彼女が今感じているのは、邪神降臨と大規模災害の両方が混じったような気配だと言う。

「……いや、待てよ? もしや――」
「なにか、覚えがあるのか?」

 うむ、と頷いたアユウカスは、遠い遠い大昔に聞いた話を思い出す。
 まだ普通の、人間の少女だった頃。病をわずらっていた当時の自分と不死の身体を交換して死を得た、古代カルツィオに降臨して悠久の時を生きた一人の邪神より聞いた話。
 この世界にはカルツィオのような大陸が無数に存在し、それらは互いに遠く離れた場所でそれぞれ独自に生命をはぐくみ、文明を栄えさせ、その大陸に住む『人類』による生活が営まれているのだと。

「およそ数万年に一度という長い周期で大陸同士が引かれ合い、融合する事があるのじゃそうな」

 古代のカルツィオは今よりもずっと小さな大陸だったという。現在のカルツィオ大陸も、かつて別の大陸との融合を重ねて今の形と規模になったのだ。
 カルツィオを見守る存在と同質の存在が近付いている。そう考えれば、この不可解な気配にも納得がいった。

「カルツィオと同規模の、別の大陸が接近しておる、という事か……」

 大陸同士の融合は、ただ土地が広がるというだけではない。
 かつての邪神の話に聞いた限り、それぞれの大陸はいずれも似たような環境なので、そこに住む『人類』も大きく姿形を違える事は無いという。
 しかしそれは、互いの大陸に住む人々が融合した相手の大陸を『新たに増えた土地』と認識する事も意味する。
 双方の大陸に住む人々が互いに纏まり合い、共に手を取り合えたならば、大陸融合は邪神降臨以上の変革効果をもたらす吉兆といえるだろう。
 ――だが、人類の歴史は戦いの歴史でもある。


 このタイミングで五族共和制が浸透した事に、アユウカスは久しく感じていなかった戦慄せんりつの想いをいだく。

「これはカルツィオの意志か……或いは、ユースケの資質か」
「婆さん?」

 謎の呟きにシンハが小首を傾げる。アユウカスが見上げる空は、北西の方角。フォンクランクとブルガーデンの国境がある辺り。
 風に舞う花びらが北西の空へと流れて行き、それを何となく眼で追ったシンハの視界に、大きな薄雲のような影が映る。
 ざあっと空中庭園を吹き抜けていく風に紫掛かった長い白髪を靡かせ、振り返ったアユウカスは、強く、静かに、里巫女のおげを下す。

「シンハや、戦の準備と覚悟をしておれ。この平穏、しばらくお預けとなるぞ」



 第二章 ポルヴァーティアの勇者


 カルツィオを見守る存在を一つの『神』と定義するならば、別の大地を見守る『神』は別個でありながら同質の存在。大地が融合すれば、それを見守る『神』もまた融合する。
 大地の上での出来事は、定期的に文明の停滞を打ち破る変革の使者が異世界から召喚される事を除いて、ほとんど全てそこに住む者達の選択に任される。
 滅ぼし合うも良し、共存するも良し。神は人々の選択には関知しない。
 ただ見守り、与え、育むのみであった。


 狭間の世界に浮かぶ大地の一つ。
 この世界に存在する精霊に見守られし大地の中でも、一定周期に召喚される異世界からの使者を管理、支配し、使いこなす事で魔導技術を発展させた大陸、ポルヴァーティア。
 その技術は、狭間世界を漂う自らの大陸をおおよそ任意の進路に向けて航行させられるほどにまで至っていた。

「ここにいたのかね、勇者アルシア」
「大神官……」

 荘厳そうごんな装飾を凝らした法衣を纏う壮年男性に声を掛けられ、少女は静かに振り返る。
 背中の辺りで束ねられた腰まで伸びる金髪をさらりと揺らして礼をとる少女に、大神官と呼ばれた男性は手を翳して楽にするよう応える。
 ポルヴァーティア大陸に唯一存在する国であり、街でもある『聖都カーストパレス』。その中央にそびえ立つ大聖堂の展望階からは、これから『浄伏じょうぷく』に赴く事になる『不浄大陸ふじょうたいりく』の姿が見渡せた。

「緊張しているのかね?」
「少し」

 いよいよ出陣の時とあって、上手く戦えるだろうか、不浄大陸の蛮族はどんな相手だろうかと、これが初陣ういじんとなる『勇者』アルシアは不安や期待に心を揺らす。
 大神官はそんな彼女の髪を優しく撫でると、心配せずとも神のご加護は君と共にある、と言って励ました。先に斥候せっこう部隊が交戦前提の偵察に出るので、『勇者』の出番は本格的な浄伏じょうぷくを行う本隊『聖機士隊せいきしたい』の出撃する戦場が舞台である。

「大丈夫、君は神に喚ばれた『勇者』なのだから」
「はい。私、頑張ります」

 憂いを払って自室へと戻っていくアルシアを見送った大神官は、窓の外に見える巨大な影、空いっぱいに広がりつつある他大陸の全景に眼を細めた。


 神と定める存在に仕える神官が治世を行う、神聖大陸ポルヴァーティア。
 統治機構である中枢組織は執聖しっせい機関と呼ばれ、民衆は信徒として神の信仰と執聖機関への奉仕を義務付けられている。
 執聖機関は、世界の崩壊を防ぐ為に、バラバラになった神聖な大地を再び元の姿に戻す事を使命としている。
 彼等があがめる『大地神ポルヴァ』は、この世界に大地を創り、人々を創造した大神であり、魔導技術の力の源である――とされているが、実態は執聖機関が生み出した偶像であった。この使命は他大陸への侵略を正当化する言い分で、別にそれが真実という訳ではない。
 狭間の世界に浮かぶ大陸それぞれに文明がある事を知るポルヴァーティアの権力者達は、自分達の大陸をこの世の中心とすべく、計画的に他大陸との融合を進めて領土の拡大を続けているのだ。宗教的な指針は、民衆を管理統治する便利な道標みちしるべとして使われているに過ぎない。
 ポルヴァーティアの支配者達が、狭間の世界とこの世界に浮かぶ大陸の事を知ったのは、純粋な技術の発展による世界の観察結果からではない。『勇者』の力によって世界の姿を知り、それが代々王家内でのみ秘匿ひとくされる事実として言い伝えられて来た事による。
 他大陸の存在を知り、大陸の進路を定めるすべを得て、支配者に領土拡大を目論む者が選ばれた時から、侵攻計画は始まった。
 その為に、一定周期で異世界から召喚される特殊な存在を、時に捕獲し、時に祭り上げて管理支配し、研究を重ねる事でポルヴァーティアの力として取り込んで来た。
 召喚された『勇者』のタイプによっては、他大陸と融合する際に、相手大陸を制圧する使命を帯びた『勇者』として旗印に利用する。
 当代の『勇者』であるアルシアは、三年ほど前にポルヴァーティア大陸の街外れに召喚されたところを執聖機関に保護された。
 人外の身体能力を『勇者の力』として発揮する彼女は、直接戦闘力に特化した型の『勇者』であると判定され、神聖軍施設で訓練を受けてきた。そして今回の制圧作戦に参加する事が決まっている。


 自室のある階へと下りる為、昇降機に向かったアルシアは、よく見知った一団と乗り合わせた。

「お? 勇者ちゃんじゃないか」
「また上の展望階にでも行ってたのか?」
「そういや浄伏じょうぷくの制圧戦が初陣になるんだってな」

 親しい雰囲気で話し掛けてきた彼等は、神聖空軍しんせいくうぐんの制服を纏っている。緊張を解いたアルシアは、神聖空軍偵察部隊の若い部隊長とその部下達に挨拶を返した。

「こんにちは、カナンさん、偵察隊の皆さん」

 彼等はこの世界に文字通り身一つで放り出されていたアルシアを最初に発見し、最終的に保護した部隊である。
 部隊長のカナンとは訓練場で度々顔を合わせており、また周りにいる軍人達の中では比較的穏やかで軽い性格をしている為か話し易く、割と親しい間柄であった。

「最初の偵察に出るのはカナンさん達だって聞きましたけど……本当なんですか?」
「ああ、まあね。どうやら今は向こうにも異世界から喚ばれた存在がいるらしくてな――」

 アルシアを『保護した実績』を持つ彼等に使命が下されたと言う。『保護した実績』との言葉に、アルシアがさっと赤面する。

「あ、あの時は、気が動転してて、ゴメンナサイ」
「はっはっはっ、無理もないさ、気にするな」

 知らない街の郊外。降りしきる雨の中、甲冑を纏った巨漢の兵士に追い詰められて恐慌状態に陥った素っ裸のアルシアは、近くに生えていた木を引っこ抜いて振り回し、大暴れした。その騒ぎで神聖地軍しんせいちぐんの機動甲冑部隊に多数の怪我人という被害が出た。ちなみに、機動甲冑一体の戦力は通常装備の一般兵士二十人分に匹敵する。
 そんな彼女に、毛布を掲げながら丸腰で近付き『俺達は君の味方だ』『保護しに来たんだ』と語りかけてどうにか宥める事に成功したのが、カナンと偵察部隊の面々なのだ。威圧的な機動甲冑の防護兜フルフェイスではなく、顔を見せながら話し掛けた事が功を奏した。

「ま、威力偵察だから汎用戦闘機に機動甲冑も持って行くんで、そう危険はないだろう」
「向こうの文明レベルじゃあ、まだ飛行機械も無いそうだからな」
「そうなんですか」

 心なしか表情を緩めるアルシア。不浄大陸の蛮族達は世界を混沌に導く妖しげな力を身に宿し、文明が未発達であるほど、その力が強力に作用すると聞く。が、流石に生身で空を飛んだりはすまい。
 自分の降りる階まで偵察部隊の皆と暫しの談笑を楽しんだアルシアは、頑張ってくださいねと激励して自室へと戻っていった。


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