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3巻

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 四話 説得と話し合い


 で、翌日。
 授業後、俺たちは村長の家を訪れていた。〝たち〟とは、俺以外に神父様にも同行してもらっているからだ。

「ってーと何か? ロディフィス、お前はまたあの〝洗濯場〟みたいなもんを……お前さんの言葉を借りるなら〝セントー〟とかってヤツを村の中に造りたいってことか?」
「そういうこったな」

 当初の計画では、もう少し時間を掛けて推し進める予定だったのだが、嬉しい誤算というか、思った以上の速度で風呂の存在が広まり、それなりの好評をはくしていた。
 そこで、一足飛いっそくとびではあったが、早速村長にこの話を持ちかけることにしたのだ。
 正直、これ以上昨日のような状態が続くとなると、俺自身が入れない。それは困る。
 とはいえ、いきなり〝銭湯を建てます〟とはいかないので、俺の計画案を聞いてもらった上で、まずは村長としての判断を聞こうってことだな。
 ちなみに、何故神父様が同席しているのかといえば、個別に説明するのが面倒だったことと、神父様からも何かしらのアドバイスがもらえれば、と思ってのことだ。
 と、いう訳で俺はそのまま本計画プロジェクトの概要を村長と神父様に説明していった。


 銭湯を造るに当たって、まず問題になるのは土地の確保だった。
 これが解決しなければ、この計画は先には進まない。
 少なくとも三〇人は軽く入ることができる浴槽を、最低でも二つ――男湯と女湯の分だな――は用意しなくてはならないからだ。
 俺的には混浴でも全然OKなのだが、そんなことをすると女性陣から苦情が来るのは目に見えてるしなぁ……
 そんな訳で、体を洗う洗い場、着替えるための脱衣所なんかもそれぞれ二つずつ用意する必要があった。
 それにはどうしても、ある程度の広さの土地が必要となる。しかも、できる限り水源の近くで、という条件は絶対に外せない。
 川から離れた所に造っては、水路を引くだけで一大工事になってしまうからな。
 広さだけなら条件に合致する場所がいくつかあったのだが、しかしそれらはどれもこれも川からはかなり離れていた。
 川の近くはどこも、雑木林や傾斜の激しい地面の所為で、大掛かりな建物を建てるには不向きな土地ばかりだった。
 村の木を切り倒して空き地を作ろうにも、村の木は領主の持ち物であり商品であるため、勝手に切り倒す訳にはいかず、かといって傾斜をならして整地するには圧倒的に人手が足りない。
 そこで登場するのが、前回リバーシを売って得た大金である。
 つまり……
 この金に物を言わせてしまえばいいのだっ!
 木が邪魔をしているというのなら、その木を買って切ってしまえばいい。
 人手が足りないのなら、労働力を買えばいい。別に奴隷を買うとかそういう物騒な意味じゃない。労働者を雇用しようってことだ。
 今の我が村には、それだけのかねがあるのだからなぁっ!
 ついでに、建築資材も全て購入だ。
 建材となる木材は、邪魔な木を切り倒した分だけでは到底足りない。
 それに浴槽に使用するレンガも、自前で用意するとなると時間がかかり過ぎる。勿論、ボイラー部分となる魔術陣の刻印された物だけは、村で生産する予定だがな。
 そういった物などは全部買ってしまえばいい。なにせ、つてならあるしな。
 リバーシの売り上げは、まだ一回目の支払いが終わっただけで、生産は現在進行形で続いてる。
 イスュの見立てでは、二回目、三回目とロットを重ねていく毎に、販売価格は徐々に低下し、支払金もそれにつられて下がっていくだろう、との話だったが……
 まぁ、作りが簡単な商品だ。時間が経てばリバーシをマネたパチもん商品が出て来るのは必然。そうなれば、価格競争が起きて値下げは必至、ということだ。
 イスュに言わせれば、〝それを見込んでの高額スタート〟な訳だけど……
 それでもまとまった収入が、少なくともあと三回は残っている。
 それだけの金があれば、足りない……ということにはならないだろう……たぶん。
 こうして、外部から必要な物を調達することができれば、村人への負担を減らせる。
 しかも、前回、大衆洗濯場を造った時は村人の善意の協力だったが、今回は、村からの協力者にも労働に見合った賃金を供与する方向で考えている。
 勿論、各自がやるべきことをおろそかにしない範囲での協力に限るけどな。
 村での作業を優先するために、イスュからのリバーシの量産依頼を断っておいて、その村人たちが銭湯を造っていたのでは本末転倒だ。
 と、いうような内容を話したところ……

「……お前のやりたいことは理解した。が、村の外から人を入れることには、賛成できんな」

 そう村長から言われてしまった。
 神父様も渋い顔をして〝そうですね……〟と、その言葉に同意していた。
 うぉ……いきなりダメ出しをされたか。
 まぁ、小さな村が余所よそ者を嫌うなんて、よくある話だ。このラッセ村も、例外ではなかった、ということだな。
 一応、直接村長にダメな理由を聞いてみると……
 村に外部の者が急に大勢入ることで、働きに来た人物の人間性に関係なく、不快に思ったり恐怖を感じたりしてしまう村人も少なからず存在している。
 そしてそうした軋轢あつれきは、些細なことを切っ掛けに暴力事件にまで発展してしまう危険性がある、というのが村長の言い分だった。
 勿論、そうしたことにはならないように人材の選定には最大限の配慮を払うつもりではいたが、それでも所詮他人は他人。
 やはり自分たちの領域に〝見ず知らずの他人〟がいるというのは、それだけで恐怖の対象となってしまうのかもしれないな。
 生前、エアコンの設置やケーブルTVの配線等で、住んでいたアパートに業者の人を入れたことがある。まったく知らない人間が自分の部屋にいる、というのは、長い時間でなかったとしても、やはりどこか落ち着かない気持ちにさせられたものだ。
 だから、村長の言っていることも分からなくはなかった。
 そして、次の理由こそが最も大きなものなのだが……
 これは、俺も完全に失念してた。
 それが、〝それだけ大勢の寝床と食事を用意できない〟というものだった。
 ここラッセ村は、一番近くの町や村からでも馬車で一日程離れた所にある。
 そのため、一日の作業が終わったら〝今日の作業は終わったので帰ってください〟とはいかないのだ。
 となれば、当然作業員は当面の間、村で生活することになる。
 最悪、食事に関してはイスュから買うという手もあったが、寝床……寝泊りする場所に関しては、村に宿屋のような宿泊施設がまったくない以上、どうすることもできなかった。
 村人に泊めてくれるように頼む、という案もなくはないが、そんな見ず知らずの他人を誰も引き受けてはくれないだろう。俺だって嫌だ。
 自分が嫌なことを人に押し付けるなんて、筋が通らない。
 ……こりゃ、まいったなぁ……まさか〝そこら辺で寝ろ〟とも言えないし……どうしたものか。
 現状の村の人手では外部からの労働力がなければ、とてもではないが作業はできない。
 収穫期を過ぎて冬になり、農作業は基本できなくなるので人手も確保できるが……それまで待つか? しかしそれは、俺の感覚で二ヶ月以上も先の話になる。
 う~む、どうしたものか……

「で、これは俺からの提案なんだがよ、村から出て行った連中に声をかけるってのはどうよ? そうすりゃ、メシの問題は……まぁ、変わらないが、少なくとも寝泊りする場所の問題はなくなるだろ?」

 俺が腕を組んでう~んう~んとうなっていると、神父様となにやら相談していた村長がそんなことを言ってきたのだった。
 この村で生まれた者の多くは、成人を迎えると近くの町や、ここより大きな村に出て行くことになる。
 別に都会に憧れて上京……というのとは少し違う。勿論、中にはそういう理由で村を出る奴もいるだろうが、それが全てではない。
 この村の主産業は農業だ。小麦を作ってそれを税金として、領主に納めている。
 支払う小麦の量は、村が持っている畑の大きさを元に決められる。
 つまり、畑の大きさが変わらない限り、税として支払う小麦の量は常に一定だということだ。
 それはたとえ、豊作や凶作であったとしても変わらない。そして、税金として納めたあとの残りが村人たちのものとなる。
 豊作であるなら村人たちの手元に残る量が増えそうなものだが、豊作なら豊作で役人たちに難癖なんくせをつけられて結局は多く持って行かれるので、村人にとっては手放しに喜べないのが現状だった。
 勿論、凶作よりは豊作の方がいいに決まってはいるがな。
 で、この村は子沢山な家庭が実に多い。
 ウチだって俺以外にレティとアーリーがいるし、ガゼインおじさんのとこもミーシャとグライブで二人だ。
 子どもが三人、四人なんてのはこの村じゃ別に珍しくもなんともないのだ。
 その子どもたちは、小さいうちこそ労働力として必要だが、大きくなり食事の量が増えると家計を圧迫するようになる。
 畑を広げて収入を増やそうとしても、広げた分だけ税金は増えるし、そもそもこの村の土地自体が畑には適さない土地だった。くわを入れるとすぐに、大小様々な石がゴロゴロと出てくるからだ。
 現代日本なら、重機を使ってあっという間に開墾かいこんすることもできるのだろうが、この村ではそうはいかない。
 畑を広げるためには、最低でも数ヶ月、長ければ二、三年もの時間をかけて準備しなくてはいけなかった。
 しかし、そんな〝準備中〟の収穫も見込めないような土地であったとしても、役人に〝農地〟だと言われたらその分の税金を払わなくてはいけなくなってしまう。
 これでは、とてもじゃないが畑を広げられるものではない。
 今の農地は、じいさんのじいさんたちがこつこつと少しずつ広げてきた賜物たまものなのだ。
 現状では、税金が軽くでもならない限り、もしくは収穫高から税金を支払うシステムにならない限り、増収は見込めそうもないのが現実だった。
 となれば……
 皆が皆、この村に残る訳にもいかず、多くの者たちは成人すると共に、村を出て行くしかない。
 村長にも、三人の子どもがいるらしいが、村に残っているのは長男夫婦だけだった。次男と三男は、今は近くの町で暮らしているとかなんとか……ここ数年はまともに顔を見ていないという。
 ウチの両親は、共にこの村では珍しい一人っ子だったので、親戚の話なんて出たことはないが、ミーシャの父親のガゼインおじさんの兄弟は、離れた町で暮らしている、なんて話は聞いたことがあった。
 そう考えると、いつかは俺もこの村を出なければいけない日が来るのだろうか?
 長男だから別にいいのか? そうなると、レティかアーリーが出て行くことになるのだろうか?
 それはなんかヤだなぁ……レティもアーリーもずっとにーちゃんと一緒に暮らすのだっ!
 誰が嫁になどやるかっ!
 と、いう話はさておき、村長はそうしてむを得ず村を出た者たちを、一時的にでも村に呼び戻してはどうか? と提案してきた訳だ。
 そうすれば〝身内〟の所に泊めさせてもらえばいいだけの話で、宿泊先の問題はなくなる。
 で〝少しだけでもいいから、報酬を増やしてやって欲しい〟とのことだった。
 なるほど……おいしい話は、なるべく身内で回したい。そういうことなのだろう。
 そんな村出身者へは、村長が連絡を取ってくれるという。
 ぶっちゃけ、作業ができれば外部の人間だろうが身内だろうが俺としてはどっちだっていい。
 特に問題がある訳でもないので、人員に関しては村長案を採用することにする。これで人手に関する話は一応まとまった。
 話はまとまったが、これで決定という訳ではない。あくまで、村長が同意してくれたに過ぎないのだ。
 次に、村の重鎮たちを相手にプレゼンをしなければいけない。しかしそれも村長が買って出てくれたので、おまかせすることにした。
 建設資材の調達にどれ程の金額がかかるのか、現状では分からない。とはいえ分からないことを議論しても仕方がないと、決められるところを先に決めて、金銭に関する問題は次にイスュが村にやってきた時に相談を持ち込むことにした。
 最悪、提示される金額如何いかんでは計画そのものの中止もありえたが、その時はその時だ。無理な時は計画を先送りにするのみ。
 先送りにするだけで、勿論、諦めるつもりなど毛頭ないがなっ!
 そのあと、いくつかの案件を話し合って、解散する運びとなった。
 そして、帰り際……

「手間のかかる教え子を持つと苦労するな、ヨシュア」
「いえいえ、彼がいると実に楽しいですよ。毎日が新たな発見の連続です。それに、事ある毎に難題を持ち込まれる貴方よりはずっと気楽なものですよ、バル」
「ちげーねぇ……」

 なんてことを、村長と神父様は笑いながら話していた。
 おい、その〝手間のかかる教え子〟ってのは俺のことか村長よ?
 よし、分かった。そっちがその気なら、俺にも考えがある。
 次にリバーシで対局する時はフルボッコにしてやんよっ! 覚えとけっ!
 神父様も神父様で、難題ばっかり持ち込む問題児みたいに言うのめてくれますか?
 これでも村のためを思って色々考えてるのよ俺?


 その日の夜。
 村長の非常招集によって村の重鎮たちが集められ、銭湯建設計画が村長の口から説明されることになった。
 一応、俺と神父様も同席していたが、今回はあくまで聴衆側としてだった。
 話し合いは満場一致で賛成、とは流石にいかなかったが、賛成多数ということで計画案は可決された。
 勿論、賛成者の中にもいくつか懸念けねんを示す者はいた。
 例えば、金銭的な問題に、呼び戻すといっても戻ってくる者たちが実際どれくらいいるのか……等々。
 実際にふたを開けてみなければ分からないことが、主な問題点として挙げられていた。
 彼らは、それらの問題が解決できるのであるなら賛成という立場だった。逆を言えば、何か問題があれば即反対、という立場でもある。
 その日の会合は、そんな玉虫色たまむしいろの合意を以て終了となった。


 そして、翌日。
 村長は早速数人の連絡員を、居所が確定している村出身者の下へと向かわせた。
 連絡員たちが、彼ら村出身者の参加の是非ぜひを聞いて戻ってくるのは数日後となる。
 自動車ならすぐ着くような距離でも、この世界ではひと苦労だ。
 俺の距離感覚では近くても、移動手段が限られている以上、やはり時間も労力もかかってしまう。
 だから、村を出て行った者たちも気軽に里帰りなんてできる訳もなく、中には村を出てから数十年間一度も戻ってきていない者もいるのだとか……
 もしかしたら村長は、そういった人たちに里帰りの切っ掛けを与えたかったのだろうか? と、ふと思ったりもした。
 作業に参加すれば給料はもらえるし、家族親類に会うことだってできる。悪い話じゃないだろう。
 どんなに遠く離れていても、電話やメールで一瞬にしてパパッと連絡が取れてしまう生前の世界とは違うのだ。
 で、俺はその間に何をするのかというと……
 ぶっちゃけ、イスュが村に来るまではすることもないので、通常運転だ。
 魔術陣の研究と実験をして、ガキんちょに算数を教えて、下手な剣術の訓練をして、ミーシャたちと遊んで、妹の世話をして、リバーシを作るのを手伝って、農作業を手伝って……
 あれ? なんか俺ってば、それなりに忙しくない?
 まぁ、別に気にしてないからいいけどさ。と、そんなこんなで数日が経っていったのだった。



 五話 一〇〇〇万で用意しろ


 今日は、リバーシ代金の二回目の支払日。受け取り場所はいつもの村長の家で、時刻は昼下がり。

「で、こいつが今回のそっちの取り分な、っと!」

 イスュはテーブルの上にドカリと皮袋を置くと、次に明細を差し出した。
 村長が皮袋を受け取り口紐を解いて中身を確認して、俺が明細を受け取り目を通す。

「なんか今回はまた、随分と細かいな?」

 渡された明細には、いくらでいくつ売ったということが複数行にわたって長々と記されていた。
 初めのうちこそ、前回と同じ一万リルダで販売していたようだが、それで売れたのは数個止まり。
 そこからは少しずつ値が下がっていき、一番最後の行では七九八〇リルダで落ち着いていた。
 しかし、値が下がったとはいえ、どうやら今回も無事完売となったようで良かった良かった。
 で、ウチの取り分はっと……一〇〇〇万と少しか。
 売り上げが下がる下がると脅されていたから、かなり覚悟はしていたのだが、思った以上ではなかった。

「いやぁ~、まさかこんなに早く複製されるとは思わなかったぜ。しかもっ! 大手商会がいくつも乗り出してきてよぉ! もぅ、値下げに次ぐ値下げ合戦が続いてなっ! けど、ウチは初めから値下げ金額を細かく決めていたってこともあるし、所詮相手さんは苦し紛れの少数生産。相手の出方に合わせて動けるこっちの物量の前じゃ、敵じゃなかったって訳よっ! オレ様の華麗かれいなる采配によって、こっちは盛況向こうは閑古鳥かんこどりってな! あいつらの悔しそうな顔ったらよぉ……ぐふっ、ぐふっ、ぐふふふっ。思い出しただけで、笑いが込み上げてくらぁ! お前にも見せてやりたかったぜ、ロディフィス!」
「あ~、はいはい、ご苦労さんご苦労さん」

 と、自慢げに自分の武勇伝を熱く語るイスュを軽くあしらって、俺は頭の中のソロバンを弾く。
 今回の支払い分から、作業に当たった村人たちの手当てを引いて、それに前回の繰越金くりこしきんを足して……

「おいおい、ちょっと冷たいんじゃないのぉ~、ロディフィスくんよぉ~。今回完売させたのって、ぶっちゃけオレ様の手腕よ? 何てったってあの〝メルディア商会〟を抑えて……クドクド……」

 ええーい! ウザイっ! 計算が狂うだろうがっ!
 なんというか今日のイスュはいつにも増してウザかった。
 上機嫌というか、テンションが異様に高いというか……
 大手商会と張り合って勝ったと言っていたが、それが余程嬉しかったのかもしれないな。いや、んなことは俺にはどうでもいいか。
 サクッと計算を済ませた結果、現在村にあるたくわえは全部で二〇〇〇万と少しということが分かった。
 さて……俺としては、むしろここからが本番だな。

「っと……本当はもっとロディフィスに話したいことがあるんだが、今日はちっと急がなくちゃならなくてな。前線の商品が尽きちまって、早いとこ送ってやりたいんだよ。商品の確認は済んでるから、このままもらっていくぜ」

 経緯までは知らないが、なんでもイスュが現在手掛けているリバーシ販売の事業を、親父と兄たちが全面的に手伝ってくれることになった、とさっきイスュは話していた。
 今、ハロリア商会は一時的ながらイスュを中心とした運営体制を取っていることになる。
 それは勿論、家族ゆえの無償の協力などという心温まる話ではなく、ハロリア商会の持つ流通網をイスュにレンタルしているということらしい。
 そのため、売り上げの一部はハロリア商会に納めなければならないようなのだが、それでも自由に動かせる隊商を手に入れたことで、流通をより円滑に進められるようになったとイスュは自慢げに語っていた。
 親子共々、商売にせいが出るこって……
 が、こいつを行かせる前に、どうしても聞いてもらわなければならない話があった。

「イスュタード。急ぎのところ悪いんだが、少し聞いてもらいたい話があるんだ」

 俺は、テキパキと撤収の準備を進めるイスュに声をかけた。イスュは作業の手を止めて、俺の方へと顔を向ける。

「ん? なんだよ急に改まって……気味が悪いな。まぁ、少しくらいならいいけどよ?」
「おいっ! テメェ、気味が悪いってのは……まぁ、いい。残念だけど、すぐ済む話じゃない。取り敢えず、こいつを見てくれないか」

 怪訝けげんな表情を浮かべるイスュに、俺は大量の資材の一覧を書いたメモ用紙を渡した。

「なんだこりゃ? 木材にレンガ……それに食料?」
「それだけの資材を揃えるのに、お前の所でいくら掛かる?」
「おいおい……また随分とでかい買い物をするな……なんか造んのか?」
「ちょっとな……」
「〝ちょっと〟なんて量じゃねぇーだろ……」

 探りを入れるような目つきでイスュが訊ねてきたが、細かく説明するつもりは俺にはなかった。
 たぶん、イスュも他の人たち同様、口でどれだけ説明しても日本式の〝風呂〟を理解してくれないだろうしな。
 どういったものかは、出来上がりを見てもらった方が全然早い。

「で? いくらになるんだよ?」
「ったく、答える気はなしってか? まぁ、どうせ出来ちまえば分かることだからいいけどよ。そうだな……軽く見積もってざっと二〇〇〇万ってとこだな。あっ! 言っておくが、こいつはかなりの〝良心価格〟だからなっ! 俺はな、ロディフィス、お前相手に金を取るような商売をする気はない。この価格だって、原価ギリギリでもそれくらい掛かるってことだ。他の所なら、軽く今の倍の値段は言われるからな?」

 二〇〇〇万……か。思ったより高額だな。
 それは払えない金額ではなかったが、払ってしまえば村の蓄えが底を突いてしまう金額でもあった。
 いくら、リバーシの代金の支払いがまだ数回残っているとしても、売り上げが今のまま安定するとは限らない。
 今回は、大きく値下がりすることはなかったが、だからと言って次回も大丈夫という保証はどこにもないのだ。
 いつどこで、大きく値下がりするか分からない以上、村の今後のことを考えたら蓄えは多いに越したことはない。と、なれば……

「んじゃ、一〇〇〇万で一式揃えてくれないか?」
「……悪い。俺の聞き間違いかもしれないから、もう一度言ってくれないか?」
「一〇〇〇万で一式揃えてくれ」


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