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2巻

2-3

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「じゃあまずは、俺が一度作る」
「今までと一緒ですね」
「そうだ。その後にやってもらうからよく見ておけよ」

 どの料理でもそうだが、チャーハンを作る時にも下準備から始める。
 まずはエビの下処理から。エビのからを剥き、背ワタを取る。串や爪楊枝つまようじを背に浅く刺し、ゆっくりと引き抜くと取りやすい。
 続いて、エビをよく洗う。この時に片栗粉を少しまぶして洗うと、汚れがよく取れる。二回ほど洗ったら、しっかりと水気を切る。
 そして下味をつける。使うのは、塩・胡椒こしょう・卵白・片栗粉・油だ。下味をつけたらボイルする。ここまでがエビの下処理。
 次に他の具材の準備だ。
 ハム・ネギ、後はグリーンピースと卵。
 ハムは一口サイズ、ネギはみじん切りにして、卵は溶いておく。グリーンピースは冷凍のものを用意したので、解凍するだけだ。
 これで下準備は完了。
 いよいよ中華鍋で炒めていく。
 鍋に油をひいて熱する。充分に温まったところで、油を捨て、新しい油を小さじ一杯入れる。白い煙が出てきたら、その先はスピードが命だ。
 溶いておいた卵を入れる。火が通って軽くふんわりしてきたら、すぐにご飯を入れて、一度ひっくり返す。
 おたまを使い卵とご飯をなじませたら、先ほど準備しておいたエビとハムを加える。
 このタイミングで、塩と胡椒を使って味を整える。
 鍋を大きく振り、ご飯がパラパラになるまで炒めたところで、グリーンピースを入れる。
 味を見て大丈夫だったら、最後にみじん切りにしたネギを入れ、軽く炒め合わせて完成だ。
 もし、店で出るようなパラパラした本格的なチャーハンを作りたいなら、ご飯のき方から工夫したい。
 まずは米と水を一対一の割合にしてご飯を炊き、炊き上がったものに油をまぶして、一人分ずつに分けてラップに包んで冷凍する。チャーハンを作りたい時にこれを自然解凍させると、ご飯がパラパラになるのだ。フライパンに入れる前に卵とご飯を混ぜるとか、マヨネーズを使うといった方法もあるが、この方法が一番簡単だろう。

「よし、それじゃあやってもらう。下処理は、アカリが魚をおろしている時に全てしておいたから後は炒めるだけだ」
「炒めるだけでいいのですか」
「それでいい。鍋を振る、というのがこの練習の目的だからな」

 中華鍋やフライパンを振るのは、一見簡単そうだが実は難しい。
 前後上下に動かし、鍋の曲線を利用して具材を混ぜるため、食材が重くなれば重くなるほど難易度が上がっていく。
 今回作ってもらうチャーハンは、米がパラついて混ざりやすいため、比較的簡単な部類に入る。練習にもってこいの料理ということだな。

「まずは慣れるのが目的だから、五食分で大丈夫だ」
「わかりました」

 場所を交代して、フライパンを熱し始める。
 真剣な表情でチャーハンを作り始めたアカリを見ながら、俺は一息つく。
 これからはチャーハンもメニューの一つに組み込むことにしよう。せっかく教えたのだ。メニューにしないと、作る機会もなくなっちゃうしな。
 時計を確認すると、一七時。昼も過ぎてもう夕方だ。そろそろエリたちも帰ってくるだろう。
 今日の晩ご飯は……うん。準備する必要ないな。
 ――カランカラン。

「ただいま戻りました。シン様」
「帰ってきたニャ」

 エリとルミの帰宅を告げる声が聞こえてきた。
 おっ、丁度帰ってきたな。エリたちが厨房に入ってくる。そして固まった。

「シン様……」
「ニャニャ」

 エリと目線を合わせるのが怖かった。
 わかるよ……言いたいこと。自分でもよくわかっております。

「シン様……こっち向いてください」
「はい!!」

 意を決して振り向くと、エリがにこやかに笑っていた。
 その手には一つのオムレツ。

「これはどうするのですか?」
「どうするのでしょう……」

 妙な迫力のある笑みを浮かべるエリに、気圧けおされる俺。
 オムレツは、エリの手にある一つだけではない。
 テーブルの上には、まだまだ大量のオムレツと三枚におろされた魚、それに現在進行形でチャーハンが増えていっている。
 作ったはいいものの……その後どうするか、結局全然考えていなかった。

「正座してください」
「少し弁解を……」
「正座してください」
「はい」

 おとなしく俺は正座をした。厨房には、アカリがチャーハンを作る音だけが響いていた。


「そもそもですね……」

 エリが帰ってきてから一五分くらいだろうか。ずっと正座の状態で説教をされている。

「私の夫としての自覚をもっと持って……」

 関係ないことまで言われてしまっていた。
 もうアカリはチャーハンを作り終わっている。そろそろ説教も終わらないだろうか……

「何をよそ見しているのです。ちゃんと話を聞いてください」
「はい」

 一向に終わる気配がなかった。


 それから更に一〇分ほど。

「わかりました?」
「はい、わかりました」

 ――ようやく説教タイムが終わった。
 ただし、説教が終わっただけで、根本的な問題は解決していない。料理は残ったままなのだ。とりあえず、立って片付けを……

「ぐはっ!!」

 立とうとした瞬間、ダメージを受けました。

「どうしたんですか、シン様?」
「いや、大丈夫」

 さすがにエリも心配そうに駆け寄ってくれた。だがこれは俺の問題だ。途中から感覚がなかったので忘れていたが、俺は三〇分近く正座をしていた。
 ……つまり、そういうことだ。

「大丈夫……大丈夫……うっ」
「シン様!?」
「大丈夫だから」
「でも……その体勢は心配になります」

 きっと今の俺は、ものすごく滑稽こっけいな体勢になっているのだろう。
 足を伸ばしてもだえる俺……絶対かっこ悪い。
 つん。

「ぐはぁ!!」
「ニャニャニャ!!」

 追い打ちをかけるように、ルミが足をつついてきた。ルミは楽しそうに笑っている。
 やめなさい! 俺はたまらずって逃げる。

「面白いニャ」

 そう言いながら、にこやかな笑みを浮かべて近づいてくるルミ。
 おい、やめろよ。これ以上するな。やめろ、やめてくれ!!

「ニャく」
「うわぁぁぁぁぁ!!」

 俺は悶絶もんぜつした。ルミよ……許すまじ。


 しばらくして、俺の足は落ち着きを取り戻した。結局あの後、ルミには頭ぐりぐりの刑をして、制裁を加えた。
 そのおかげで……

「怖いニャ……怖いニャ……」

 ものすごく恐怖を与えることに成功したようだ。ルミはすぐに調子に乗るからな、これくらいが丁度いい。
 さてと、落ち着いたところで、大量の料理をどうするかを考えるとしよう。やっと本題だ。

「何か案はないか? もちろん俺たちが食べることは大前提で、それ以外の方法も考えよう」
「そうですね……」

 エリがあごに手を当てて考える仕草をする。考え込んでいるのか、耳としっぽが揺れているのが可愛い。俺の妻、最強。

「友達を呼ぶのはどうでしょうか? スズヤさんやカオルさんたちを呼んで、皆で食べるのは?」

 カオルさんとは、冒険者ギルドの受付嬢うけつけじょうのことだ。スズヤさんと一緒に、俺たちの店によく来てくれている。

「それは考えたが時間も時間だからな……」

 店内の時計を確認すると、今の時刻は一八時。いつの間にかこんな時間になっていた。説教だったり足のしびれだったりのくだりがなかったらその案でよかったのだが、彼女たちももう晩ご飯は食べているだろうし、声をかけるには遅すぎるな。

「確かにそうですね……なら、どうしましょうか……」
「あの……」

 ここでアカリが手をあげた。おっと、アカリのことをすっかり忘れていた。

「すまん、忘れていた。今日は一日お疲れ様。これで修業はひとまず終わりだ。明日からは、実際に厨房に入って仕事をしながら覚えていってくれ」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

 アカリがペコリと頭を下げる。

「おお、こちらこそよろしく。それで……この料理だが……」
「僕にいい案があります」

 俺の言葉をさえぎり、アカリは自信満々に言いきった。
 俺はそのドヤ顔が可愛いと思ったことを心の奥にしまい込みつつ、先をうながす。

「ほう? 案って何だ?」
「空間魔法を覚えましょう」
「「「……はい(ニャ)?」」」

 アカリは、俺たちの予想の斜め上の案を、提示したのだった。



 5


 空間魔法か……確かに使えたら便利だが、しかし……

「空間魔法って、失われた古代魔法ですよね……世界でも一人しか使えないと聞いているのですが……」
「しかも、その魔法使いは世界に三人しかいないレベル4の魔法を使える人の中の一人って聞いたニャ」

 エリがびっくりした様子でつぶやき、冒険者として活動していたルミの補足も入る。
 レベル4って言ったら、ごくわずかしかいないってエリに教えてもらったな……三人しかいないのか。
 そんなすごい魔法を覚えるだと……そんなことができるのか? だいたいどうやって……
 俺たちが疑問の表情を浮かべていると、アカリが再びドヤ顔で口を開く。

「そうです。一人しかいません。それが僕です」
「はい?」
「その一人は僕なんですよ」

 アカリはにっこりと笑みを浮かべた。
 そうか、なるほど。世界に三人しかいないレベル4の魔法使い、その中で唯一空間魔法を使えるのが、アカリだったのか……

「ってうそ!?」
「反応遅いですよ」

 アカリは俺たちの反応に苦笑している。
 世界は案外狭いのかもしれない。世界で一人しかいない空間魔法の使い手、それが目の前にいるなんて。あらためて、アカリを見る。

「……」
「……あんまりじろじろ見ないでください」
「シン様。正妻は私ですからね」

 エリににらみつけられる俺。いや、じろじろ見た覚えなんてない。ただ、レベル4となればもっとオーラのようなものがあるだろうとばかり思っていたので、少し拍子抜けしただけだ。
 別に威厳いげんがないなとか思っていないぞ?

「何か失礼なことを考えてませんか?」
「いや、何も考えてないよ」

 アカリにじーと見られる。
 俺のこめかみをツーっと汗が流れた。いやー暑いな、うん、暑すぎて汗かいちゃうな。
 こういう時の女性のかんというのは、えてしてよく当たるから注意するべきだ。
 アカリは一人称や話し方はまるで男みたいだが、一応は女性なのだから……

「また、失礼な……」
「それで、空間魔法を教えてくれるのか?」

 アカリのムッとした声に被せるようにして、会話を先に進める。これ以上話が長くなると、いろいろと余計なことまで見抜かれそうな気がして怖い。

「……まあ、いいでしょう。このことはまた後で話しましょう」

 後で話さないといけないのかよ……めんどくさいものだ。魔法の話をしているうちに忘れてくれればいいのだが。

「先ほどの質問の答えですが、はい、空間魔法を教えます」
「教えますと言われてもな……」

 簡単なはずがないよな。世界でもアカリしか使えない魔法なのだ。それを覚えるとなると、何年もかかる可能性だってある。
 ていうか、そもそもどうして今、空間魔法を覚えさせようとしているのか。それを率直に聞いてみる。

「空間魔法を覚える理由は?」
「料理や食材の保管ができます。処理に困っているならこのようにして……」

 アカリはそう言いながら、まだほんのり温かいチャーハンが盛り付けられた皿を手に取る。そのまま念じるような仕草をすると、一瞬にして皿が消えた。

「別の空間に送ることができます。この別空間には、時間の経過というものが存在しないので、もう一度出しても……」

 消えたチャーハンが戻ってくる。温かさは同じままだった。

「食材や料理で言うならば、鮮度や温度が変わらず、送った時と同じ状態で保管できます。今回はすぐに出したので、当然ながら違いがわかりにくいかと思いますが、たとえば明日、明後日、さらに一週間後でも、今と同じ状態で取り出すことができるのです」
「それはまた……」

 なんとも便利な魔法である。別空間に移したそのままの状態が保てるということは、理想的な状態で作り置きができるということだ。
 一気に料理を作っておいて、空間魔法で保管。温め直す必要も、鮮度を気にする必要もないので、注文が来たらその場ですぐに取り出せばいいのだ。
 レストランとしては、ぜひとも欲しい魔法だ。

「じゃあ、質問だ。それならアカリ一人で充分じゃないか? 別に俺たちが魔法を覚えなくても、アカリが保管すればいいだろう?」
「ところがそうはいかないんです。この魔法にもデメリットが存在します。保管できる数に上限があるのです」
「そうなのか……その上限って、どうやって決まるんだ?」

 俺の質問に、アカリは若干首を傾げながら答えてくれた。

「空間魔法の使い手は私一人しかいないので、正確なところはわからないのですが、多分MPの量で決まるんだと思います」

 ここでもMPである。この世界では、MPは便利なものであるようだ。

「となると……この量はアカリだけでは」
「保管しきれません」

 なので、俺たちにも空間魔法を覚えさせようとしているのだな。

「アカリ。空間魔法は俺たちでも使えるようになるのか?」

 世界で一人しか使えない魔法なんだ、そう簡単に使えるようになるとは思えないのだが……

「僕が思うに、魔法を使える人であれば、習得確率は三割ぐらいじゃないでしょうか。センスとMP次第だと思います。魔法使いではないと、MPがすぐに切れてしまうと思いますが」

 三割か、思っていたより高いな……っていうか空間魔法って、アカリしか使えないんじゃないのか? それで三割っておかしいだろ。

「なあアカリ、空間魔法ってアカリしか使えないんだろ? なんで三割なんて数字が出たんだ?」

 俺は率直にその疑問をぶつけてみた。
 するとアカリは、ほおをかきながら答えた。

「すみません、完全に僕の勘です。これまで空間魔法を他人に教えてみたことはないのですが、なんとなくそんな感じかな、と……」

 なんだ、根拠こんきょのある数字じゃなかったのか。

「じゃあ、とりあえず教えてもらうだけ教えてもらってみるか」

 やってみたら案外簡単にいけた、とかありうるしな。
 というわけで、皆で教えてもらうことになった。


 さて、と前置きしたアカリが皆を見回す。

「そもそも空間魔法の使い手が、何故僕一人しかいないのかわかりますか?」
「才能ある魔法使いだからだろ?」
「それは違います。どちらかというと、僕には魔法使いとしての才能はありません。空間魔法以外は使えないのです」

 俺の言葉に、アカリは悲しそうな顔で首を振った。
 空間魔法しか使えないのか。とはいえそれでもレベル4ということは、空間魔法はそれほど強力な魔法だと捉えることができる。

「でも、運がよかったのもありますね。僕は他の魔法の才能はありませんでしたが、空間魔法の才能だけはありました」
「やっぱり才能じゃないか」
「ええ、それもそうですね。でも実は空間魔法は本来、コツさえつかめばほとんどの人に使えるはずの魔法なんです」

 ほとんどの人が使えるはずの魔法? それじゃあ、どうしてアカリしか使えないのだ。おかしいぞ。

「じゃあ、何故僕しか使えないのか……という顔をしてますね。その答えは単純に才能、この場合はやはり運と言った方が正しいのでしょうか……現在で使えているのが、たまたま僕だけだった、それだけなんです。先ほど、何故僕がほとんどの人が使えるはずと言ったかというと、皆さんも知っている通り、空間魔法が古代魔法だからです」
「古代魔法か」

 言葉自体はちょくちょく聞くのだが、この魔法について俺はあまり詳しく知らない。
 いや、そもそも魔法に関して、俺はこの世界の人間じゃないし教育を受けていないので、知らなくても当然である。エリも落ちこぼれとして扱われていたので、古代魔法についての知識はあまりないようだった。

「アカリちゃんニャ。多分だけど、店長とエリちゃんは古代魔法について詳しく知らニャいみたいだニャ」
「本当ですか?」

 アカリの言葉に、俺とエリは二人して頷いた。息がぴったりだ。

「しょうがないですね……簡単に説明しましょう」


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