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2巻
2-2
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『――ノア様は、本当なら私の婚約者なのに! なんで、あなたみたいな人が隣にいるのよ!! ノア様をとらないで……っ』
『氷雪の英雄と聖光の宝玉』に出てきた、かませ犬令嬢、ブルネッラ・アレグラ・ブランビア!
確かマンガの中では、幼い頃にお茶会で、ノアがブルネッラの膝に熱いお茶をこぼして火傷させたとかで、責任をとって婚約という話が出たが、実は火傷させたのはノアではなかったのだ。
周りの子どもたちが、お茶がこぼれた瞬間を目撃したわけではないのに、近くにノアがいたから彼がやったに違いないと思い込んで騒いでいたのよね。ブルネッラ当人は、ノアに一目惚れしていたから誤解も解かず、火傷も喜んでいたっていう、ちょっと怖い女の子だったような……
結局、お茶をこぼしたのは近くにいた別の令息だと判明したため、ブルネッラはそちらと婚約したのだけれど……
嫌だわ。子供に熱いお茶を出すお茶会なんてあるわけないじゃないの……って、あら? もしかしてそれって、今日の交流会のことなんじゃ……
もし、マンガのイザベルが、ノアを虐めるために熱いお茶をわざと用意していたとしたら……?
「おかぁさま、おかぁさまっ、みんな、でてきた!」
そばにやってきたノアの声にハッとする。
「ノア……。そうねっ、楽しかった?」
ミュージカルに大興奮しているノアは、うんうんと何度も頷き、大好きなキャラクターの真似をし始める。周りを見ると、ほとんどの子供が、大興奮で母親に感想を伝えているではないか。
なんなら、夫人たちも興奮していて、ママ友同士できゃっきゃと盛り上がっている。
「ノア。あの、お友達はできたかしら?」
「あぃ、ぁ、はぁいっ、ノア……ぁっ、わ、たち、おともだちできた!」
可愛いノアの舌足らずな口調や言葉遣いが、新しく来た行儀作法の先生によって矯正されてきているのよね……。これはこれで可愛いけれど、少し寂しい気もする。
「新しいお友達を、お母様に紹介してほしいわ」
「はぁい。おかぁさま、こっち」
素直な息子は、私の手を引いてお友達のところまで案内してくれる。
小さな紳士ね、などと思いながら案内された先にいたのは――
栗色の髪に、同じ色のつぶらな瞳。日に焼けていない白い肌は貴族の令嬢らしく、幼児特有のふくふくとしたほっぺが柔らかそうでつつきたくなる。その頬が、ほんのりピンクに染まっているところがたまらなく可愛らしい――そう、ブルネッラ・アレグラ・ブランビアだった。
「ノアの……、わた、ちの、おともだち!」
「ま……まぁっ、女の子のお友達ができましたのね! こんにちは。わたくしはイザベル・ドーラ・ディバインと申しますわ。ノアの母親ですの。あなたのお名前を伺ってもよろしくて?」
動揺を押し殺しながら膝をつき、目の高さを合わせて、にっこりと笑って自己紹介をする。ブルネッラはじっと私を見て、小さな声で「ぶるねっら……」と言い、恥ずかしそうにノアの後ろへと隠れた。
え。か、可愛いィィ!! 小動物みたい!
「ブルネッラ様、可愛いお名前ですわ」
「ブルちゃん、はずかしがりやさんなの」
ブルちゃんって、ノア……
前々から思っていたけど、ノアのネーミングセンスって独特なのよね。ううん、そんなことよりも、この子は間違いなく、あのブルネッラ・アレグラ・ブランビアだわ。
「ノアは、ブルちゃんとはどうやってお友達になったの?」
「あのね、ブルちゃんがね、てでぃもってたの! それ、おかぁさまがつくったのっていったら、ノア、わたち、に、みせてくれたのよ!」
あら、『おもちゃの宝箱』で販売しているお着替えテディで仲良くなったのね。
「……ぶるねっら、てでぃ、だいしゅき」
ノアの後ろで恥ずかしそうにテディを抱きしめるブルちゃんの可愛さに、ストレートパンチをいただいた気分だ。ブルちゃんが持っているテディはブルちゃんと同じ栗色で、自分の色に合わせて買ったのだろうことがわかる。
「あのね、ブルちゃん、おかぁさまのえほんも、すきなのよ」
「そうなの?」
私が作った絵本は冒険ものが多い。ブルちゃんはどちらかというと、可愛い感じのものが好きそうだけど。
「ブルちゃん、絵本好きなの?」
「ぅん……しゅき」
かわい……! 女の子って可愛いわぁ! もちろんノアが一番だけど、女の子の繊細さというか、柔らかさ? そういうのが男の子とちょっと違うのよ!
「ノアのお友達になってくれてありがとう」
そう言うと、ブルちゃんは恥ずかしそうにこくんと頷いて、ぎゅっとテディを抱きしめた。
本当にこの可愛い子が、あの少し危ない感じのブルネッラ・アレグラ・ブランビアなのかしら? でも、そうよね。まだ三歳くらいだもの。きっと火傷事件があったお茶会も、もう少し大きくなってから起こるのよ! まぁ、そんな事件を起こさせる気はないけれど。
「ノア、ブルちゃんは女の子だから、優しくしてあげるのよ」
「はぁい!」
私も、マンガとは全く違う人生を歩んでいるつもりだったけど、マンガと同じようなシチュエーションでマンガのキャラが出てくると、なんだか不安になってくるわね……。『強制力』なんていうものがなければいいのだけど――
SIDE 執事長ウォルト
「私、交流会の担当で良かった~!」
「私も!! あんな素敵な歌劇が見られるなんて思ってもみなかったわ!」
「素敵なんてもんじゃないわよ! あれは歌劇界の革命よ!!」
「楽団の音楽も、歌劇とぴったり合っていてワクワクしたわ!」
使用人専用の休憩室で、きゃっきゃとはしゃいでいるのは、本日催された奥様の交流会を担当した使用人たちだ。皆が大興奮で交流会の様子を語っている。
しかし、ここまではしゃぐとは一体なにが……私は交流会には携わっていなかったため、状況が把握できていない。
「無理もありません。本当に、奥様の交流会は素晴らしかったのですから」
呆然としている私に声をかけてきたのは、部下の一人であるロレンツォだ。
「一体、なにがあったのですか?」
多才な奥様のことだ。交流会が成功することは確信していたが、使用人まで絶賛しているのは異例のことだった。
私はロレンツォに詳しく話を聞かせてほしいと頼んだのだった。
「――という報告を部下から受け、旦那様のお耳に入れるべきだと判断いたしました」
ロレンツォから話を聞いたあと、すぐに旦那様に報告すべく、執務室を訪れた。
私の報告を聞いた旦那様は案の定、呆気に取られたような表情で仕事の手を止めた。
「新たな歌劇だと……? 私が求めていたのは、一門の中での彼女の立場の確立と、新素材の宣伝だったはずだが……」
「招待した方々は、皆様上機嫌で帰路につかれたとのことです。奥様の、一門での立場は揺るぎないものになったかと」
立場が確立されたどころか、むしろ一門で最も力を持つ女性として、今後社交界を引っ張っていくことになるだろう。さらに、今回の交流会で、奥様は新たにインテリア用品や遊具、子供用の食器から飲み物に至るまで、様々なものを開発された。
「旦那様も気に入っておりました、あの屋外用のソファや宙に浮く椅子も好評だったそうです。室内用の、腕かけ部分が机に変化するあのソファも、皆様驚かれていたそうですよ」
「そうだろうな……」
「交流会後、遊具はサロンに隣接する庭ではなく、ノア様が普段散歩に利用されている裏庭へと移動させておきました。屋外用ソファはそのままにしております」
「ああ。あれはイザベルも気に入ってよく座って日光浴をしているからな。しかし、できればあそこにガゼボを作り、直射日光を避けられるようにした方がいいだろう。彼女は肌が弱そうだ」
旦那様は最近、無自覚に奥様を甘やかしている。そう、無自覚に。
女性嫌いの旦那様が、人生で初めて気を許したのが、あの恋愛事に鈍い奥様だ。そして旦那様に至ってはそっち方面は鈍いどころか壊滅的である。お二人に任せていたら、多分五十年経っても仲が発展することはないだろう。
「かしこまりました。ガゼボの建築と……、そうですね、庭にも手を入れられた方がいいと考えますが」
「庭も? 何故だ」
「現在サロン側の庭は、とてもその……シンプルですので、奥様が好みそうな美しい庭園を造られるのはいかがでしょうか」
「ふむ……。邸に関しては、お前とイザベルに任せてある。イザベルと相談し、好きにするといい」
そういうことではないのですよ、旦那様。
「……かしこまりました」
やはり恋愛において赤子並みの旦那様には期待できないと諦め、返事をしたのだった。
◆ ◆ ◆
マンガの登場人物であるブルネッラちゃんと予期せぬ遭遇をしたものの、交流会は大成功に終わり、ノアも私も幾人かの方とは手紙をやり取りする間柄となった。
ノアは、手紙というより象形文字というか、ただの線というか、不思議なものを書いて送るのだけど……。ちなみに返事もそんな感じのものが届く。
皇后様以外にもママ友ができて良かったと思いながらお茶の入ったカップを口に運ぶ。
今日の紅茶も香り豊かで素晴らしいわ。
皇后様といえば……最近、皇帝陛下は皇后様がおっしゃっていたとおり、ダスキール公爵の娘を側妃として迎えられ、貴族たちに戦慄が走った。
今までは身分の低いご令嬢ばかりが皇宮に入っていたので権力争いなどは起きなかったが、今回は公爵令嬢だ。なにか起こるのではないかと、主に皇帝派がピリピリしている。そのため最近、私もノアも皇宮に遊びに行くことができないでいるのだ。
「あすでんか、おげんき?」
とノアが何度も私に確認してくるのは、イーニアス殿下に会いたいからなのだろう。もしかしたら、あのミュージカルのことや新しいお友達のことを報告したいのかもしれない。
困ったわ……。イーニアス殿下に協力してもらって作った、『黒蝶花』をモチーフにしたオリジナル絵本も完成しているのだけど。
「どうしたらいいのかしら……」
「奥様、なにかお悩みですか?」
ミランダが心配そうに聞いてきたので、「どうやったら皇宮に行けるか、考えていたのよ」と溜め息を吐きながら愚痴ってしまった。
「まぁ。それはちょうど良かったです」
「え?」
「皇宮から、お手紙が届いておりますよ」
そう言ってミランダは、二通の手紙を渡してくれる。
「……二通?」
「はい。皇后マルグレーテ様と……、最近側妃になられた、オリヴィア・ケイト・ダスキール様からです」
なんですって?
「……まずは、皇后様からの手紙を開けてみましょう」
ミランダからペーパーナイフを受け取り、恐る恐る開けてみると、出てきたのはお茶会の招待状だった。
「皇后様から、ディバイン公爵家の私にお茶会の招待状……? 派閥の問題はどうなったの?」
ここグランニッシュ帝国は皇帝派、中立派、ディバイン公爵派の三つの派閥に分かれていて、皇后様は皇帝派のようにふるまっている。実際には、ディバイン公爵の大ファンだけれど、それは秘密にしているのよね。
招待状の他に手紙は入っていないわ。なにか理由があるのだろうけど……
「あとはオリヴィア側妃の手紙よね……」
もう、本当に開けたくないわっ。悪い予感しかしないのよ!
深呼吸して、側妃の手紙に向き合う。ぷるぷると震える手で封を開けると出てきたのは――
皇后様と同じ日に開催される、側妃様主催のお茶会の招待状であった。
「ヒィッ」
ヤバい! これはヤバいわ! 私、おかしな争いに巻き込まれてしまっているみたい!!
「奥様、返事はいかがされますか?」
「いかがもなにも、これは旦那様に相談しなくてはならない案件ですわっ」
「かしこまりました。それでは旦那様のご予定を執事長に聞いて参ります」
「え、ええ。お願いするわね」
テーブルの上にお二方の招待状を置いて、少し距離を取る。
わかっているのよ。こんなことをしたってなんにもならないことは。でも、物理的に距離を取りたくなるものなのよ!
しばらくして、ミランダが足早に戻ってきた。
常に冷静なミランダが早歩きだなんて、珍しいわね。
「奥様、すぐに旦那様がこちらにいらっしゃるそうです」
「えぇ?」
最近の旦那様、フットワーク軽くないかしら。
「――なにがあった?」
ミランダの言葉に驚いているうちに、公爵様がやってきてしまった。
実際、大問題が起きたからちょうどいいのだけど、私を避けまくっていたあの日々はなんだったのかしら。
「旦那様。お忙しいところ申し訳ありません。こちらへおかけください」
「ああ」
公爵様はソファに腰かけると、テーブルに置いてある二通の手紙を見つけ、私を見た。封蝋の印を見て、大体の状況を把握したのだろう。
「皇后様と……オリヴィア側妃から、同日にお茶会に誘われましたの」
「そういうことか……」
どういうことですの?
旦那様は訳知り顔で私を見ると、「イザベル」と名前を呼んだ。
「はい?」
「君は新素材をはじめ、子供用おもちゃや遊具、家具や歌劇など様々なものを作り出し、領地の雇用改善までおこなった。すでに皇宮では、誰が君を取り込むかと、水面下での争いが始まっているのだ」
嘘でしょう!?
「皇后が側妃と同日に茶会を開くのは、側妃に誘われて困る君を助けるためだろう」
「そうなのですか!? あら、でも派閥は……」
「女は派閥よりも社交界の評判を重視する」
そうだったの!? 私、貧乏な上に領地から出ることがなかったから、パーティーに出席したこともほとんどないし、社交界ってあまり知らないのよね。なにしろ公爵家に来て初めて皇城のパーティーに出席したくらいだもの。未だによくわからないわ。
「とにかく、君は皇后の茶会の方へ参加するんだ。派閥が違っても、側妃より皇后からの誘いを優先するのは当然だからな」
「承知いたしましたわ」
話が終わると公爵様はすぐに席を立つ。その様子に、やっぱりいつもの公爵様だわ、と最近覚えていた違和感を頭から追い出した。
「あ、旦那様」
「なんだ」
「相談にのっていただき、ありがとう存じますわ」
お礼を伝えると、公爵様はきょとんとした。
「…………ああ」
随分間があいてから返事が戻ってきた。
私、なにか変なことしたのかしら?
「イザベル」
「なんでしょうか、旦那様」
名前を呼ばれたので返事をすると、じっと見つめられる。
なにかしら……、どうしてそんなに見てくるの?
「……いや、招待状の返事は早めにするように」
「あ、はい。わかりましたわ」
公爵様はそれだけ言うと、足早に出ていった。
「ミランダ」
「はい、奥様」
「わたくし、なにかしたのかしら?」
「…………いえ、奥様ともっとお話しされたかったのではございませんか?」
「あの旦那様が?」
「…………」
なんだかミランダが呆れているように見えるのだけど、気のせいかしら。
まぁ、いいか。
でも、側妃のお茶会に出なくていいなら助かったわ。とはいえ、“アタクシ”の方の皇后様のお茶会も、なんだか恐ろしい気がするのよね……
もう一度皇后様からの招待状を見ると、裏になにかが書かれていることに気付いた。
「なにかしら……」
招待状をひっくり返すと、そこには――
『劇団の紹介、よろしくね。イーニアスが見たがっているの』
ああ……、もうあのミュージカルのことを把握しているのね。
皇后様の情報網、恐るべし!
よく見たらこのお茶会、子供も一緒に参加するものだわ。もしかして、イーニアス殿下もノアに会いたがっているのかしら。
「フフッ、さすが、一番仲のいいお友達同士ですこと。考えていることも一緒ね」
皇后様のお茶会でやっと会えるノアとイーニアス殿下を想像して、和んでしまった。
「早速ノアに報告しなければね!」
SIDE ???
「…………っ、これは一体、なんの冗談かしら……」
届いたお茶会の返事は、皇后の茶会に招待されているので今回は見送らせてほしいというものばかり。
こんな屈辱、初めてだわ……っ。
手紙を破り捨て、拳を握る。
「私は……公爵令嬢よ? 皇后なんて侯爵家の出じゃないっ、私の方が身分は高いのよ! なのに、あの厚化粧女が皇后で、私が側妃? ふざけるのも大概にしなさいよね!」
机に思い切り拳を叩きつける。
大きな音がして、ティーセットがひっくり返るけど、どうでもいいわ。
「私が……っ、この私が皇后でなくてはダメなの。そうでないといけないの。私が、一番よ……っ」
最近派手に動いている、イザベル・ドーラ・ディバインとかいう女も目障りなのよね……。今回のお茶会で、立場の違いを教えてあげようと思っていたのに。
「残念だわ……。本当に残念――」
第二章 皇后のお茶会
久々にやってきた皇宮は相変わらず広大で、ドローンで上から撮影しないと全貌が把握できないだろうと、来る度に思う。
最初はいつ皇帝に出くわすかと怯えていたけれど、あまりにも広いせいか、案外会わないものなのよね。
「おかぁさま、あすでんか、はやくあいたいの!」
「そうねぇ。殿下もノアと早く会いたいと思っているわよ」
可愛い息子と手を繋ぎ、皇后様の宮へと向かう。
案内してくれる人がいなければ、絶対迷っているわ。
「ちがうのよ。そっちじゃないの。あっちよ」
ノアが突然、可愛い声を上げた。
「どうしたの? ノア」
「ちがうの。あすでんか、こっちよ」
ノアが指差す方向はイーニアス殿下の宮へと続く道だ。そういうことかと納得する。
「ノア、今日は皇后様の宮に伺うのよ。そこにイーニアス殿下もいらっしゃるの」
「あすでんか、あっちいる?」
皇后様の宮の方を指差すノアに、そうよ、と頷く。
案内役の使用人が戸惑っているようだったので、「ごめんなさい。案内してくださる?」と言って案内を再開してもらったが、内心、ノアはこの広い皇宮の道を覚えていたのだと驚いていた。
「――皇后陛下、イーニアス殿下、本日はお招きいただきありがとう存じます」
「ディバイン公爵夫人、お久しぶりね。アタクシがあなたのお店に行って以来かしら」
久々に会った皇后様はとてもお元気そうでホッとした。
側妃の件で色々あるようだから、心配していたのよね。それに、今日は香水も控えめみたいで良かったわ。
それにしても、カーテンが閉められた舞台があるのだけれど、もしかして……
「うむ。よくきてくれた! イザベルふじん、ノア!」
「あすでんか!」
ノアとイーニアス殿下が久しぶりの再会に、嬉しそうにしている。
ノアは新しいお友達のことやミュージカルのことを話したいのかソワソワしているし、イーニアス殿下も、ノアを舞台の前まで連れていきたいようで、皇后様をチラチラ見ながら同じようにソワソワしている。
舞台があるということは、皇后様のお茶会でもあのミュージカルをおこなうのだろう。
劇団を紹介するように言われた時からそうなるとは思っていたけれど、本当にやるのね。
「イーニアスがこの日を楽しみにしていたのよ! アタクシも楽しみで興奮して眠れなかったわ! あなたが交流会でやった歌劇って、あの絵本を題材にしたものなのでしょう? しかもあなたが演出も監督も、それどころか作曲までしたんですって?」
「ど、どこでそれを!?」
「ふふっ、アタクシの情報網はすごいのよ」
皇后様は厚化粧の悪女顔なので、めちゃくちゃ悪そうな笑顔になっていて怖すぎる。
「さ、こちらへいらっしゃい。あなた、こういったお茶会には慣れていないでしょう。アタクシのお茶会仲間を紹介してあげるわね。イーニアスは他の子供たちにノアちゃんを紹介してあげるのよ」
「はいっ、ははうえ。ノア、いこう。わたしが、きょうのしょうたいきゃくを、しょうかいしよう」
「あいっ、ぁ……はい! あすでんか」
「うむ。ノアもおへんじが、はきはきと、できるようになったのだな!」
「わたち、がんばってるのよ!」
「うむ! ノアはがんばっているのだな」
か、可愛い……っ、殿下がお兄さん風吹かしているところも、ノアが女の子みたいに喋っているところも……っ、この子たちは私の癒やしよ!! 手を繋いで仲良く歩いていくところも可愛らしいわ。
『氷雪の英雄と聖光の宝玉』に出てきた、かませ犬令嬢、ブルネッラ・アレグラ・ブランビア!
確かマンガの中では、幼い頃にお茶会で、ノアがブルネッラの膝に熱いお茶をこぼして火傷させたとかで、責任をとって婚約という話が出たが、実は火傷させたのはノアではなかったのだ。
周りの子どもたちが、お茶がこぼれた瞬間を目撃したわけではないのに、近くにノアがいたから彼がやったに違いないと思い込んで騒いでいたのよね。ブルネッラ当人は、ノアに一目惚れしていたから誤解も解かず、火傷も喜んでいたっていう、ちょっと怖い女の子だったような……
結局、お茶をこぼしたのは近くにいた別の令息だと判明したため、ブルネッラはそちらと婚約したのだけれど……
嫌だわ。子供に熱いお茶を出すお茶会なんてあるわけないじゃないの……って、あら? もしかしてそれって、今日の交流会のことなんじゃ……
もし、マンガのイザベルが、ノアを虐めるために熱いお茶をわざと用意していたとしたら……?
「おかぁさま、おかぁさまっ、みんな、でてきた!」
そばにやってきたノアの声にハッとする。
「ノア……。そうねっ、楽しかった?」
ミュージカルに大興奮しているノアは、うんうんと何度も頷き、大好きなキャラクターの真似をし始める。周りを見ると、ほとんどの子供が、大興奮で母親に感想を伝えているではないか。
なんなら、夫人たちも興奮していて、ママ友同士できゃっきゃと盛り上がっている。
「ノア。あの、お友達はできたかしら?」
「あぃ、ぁ、はぁいっ、ノア……ぁっ、わ、たち、おともだちできた!」
可愛いノアの舌足らずな口調や言葉遣いが、新しく来た行儀作法の先生によって矯正されてきているのよね……。これはこれで可愛いけれど、少し寂しい気もする。
「新しいお友達を、お母様に紹介してほしいわ」
「はぁい。おかぁさま、こっち」
素直な息子は、私の手を引いてお友達のところまで案内してくれる。
小さな紳士ね、などと思いながら案内された先にいたのは――
栗色の髪に、同じ色のつぶらな瞳。日に焼けていない白い肌は貴族の令嬢らしく、幼児特有のふくふくとしたほっぺが柔らかそうでつつきたくなる。その頬が、ほんのりピンクに染まっているところがたまらなく可愛らしい――そう、ブルネッラ・アレグラ・ブランビアだった。
「ノアの……、わた、ちの、おともだち!」
「ま……まぁっ、女の子のお友達ができましたのね! こんにちは。わたくしはイザベル・ドーラ・ディバインと申しますわ。ノアの母親ですの。あなたのお名前を伺ってもよろしくて?」
動揺を押し殺しながら膝をつき、目の高さを合わせて、にっこりと笑って自己紹介をする。ブルネッラはじっと私を見て、小さな声で「ぶるねっら……」と言い、恥ずかしそうにノアの後ろへと隠れた。
え。か、可愛いィィ!! 小動物みたい!
「ブルネッラ様、可愛いお名前ですわ」
「ブルちゃん、はずかしがりやさんなの」
ブルちゃんって、ノア……
前々から思っていたけど、ノアのネーミングセンスって独特なのよね。ううん、そんなことよりも、この子は間違いなく、あのブルネッラ・アレグラ・ブランビアだわ。
「ノアは、ブルちゃんとはどうやってお友達になったの?」
「あのね、ブルちゃんがね、てでぃもってたの! それ、おかぁさまがつくったのっていったら、ノア、わたち、に、みせてくれたのよ!」
あら、『おもちゃの宝箱』で販売しているお着替えテディで仲良くなったのね。
「……ぶるねっら、てでぃ、だいしゅき」
ノアの後ろで恥ずかしそうにテディを抱きしめるブルちゃんの可愛さに、ストレートパンチをいただいた気分だ。ブルちゃんが持っているテディはブルちゃんと同じ栗色で、自分の色に合わせて買ったのだろうことがわかる。
「あのね、ブルちゃん、おかぁさまのえほんも、すきなのよ」
「そうなの?」
私が作った絵本は冒険ものが多い。ブルちゃんはどちらかというと、可愛い感じのものが好きそうだけど。
「ブルちゃん、絵本好きなの?」
「ぅん……しゅき」
かわい……! 女の子って可愛いわぁ! もちろんノアが一番だけど、女の子の繊細さというか、柔らかさ? そういうのが男の子とちょっと違うのよ!
「ノアのお友達になってくれてありがとう」
そう言うと、ブルちゃんは恥ずかしそうにこくんと頷いて、ぎゅっとテディを抱きしめた。
本当にこの可愛い子が、あの少し危ない感じのブルネッラ・アレグラ・ブランビアなのかしら? でも、そうよね。まだ三歳くらいだもの。きっと火傷事件があったお茶会も、もう少し大きくなってから起こるのよ! まぁ、そんな事件を起こさせる気はないけれど。
「ノア、ブルちゃんは女の子だから、優しくしてあげるのよ」
「はぁい!」
私も、マンガとは全く違う人生を歩んでいるつもりだったけど、マンガと同じようなシチュエーションでマンガのキャラが出てくると、なんだか不安になってくるわね……。『強制力』なんていうものがなければいいのだけど――
SIDE 執事長ウォルト
「私、交流会の担当で良かった~!」
「私も!! あんな素敵な歌劇が見られるなんて思ってもみなかったわ!」
「素敵なんてもんじゃないわよ! あれは歌劇界の革命よ!!」
「楽団の音楽も、歌劇とぴったり合っていてワクワクしたわ!」
使用人専用の休憩室で、きゃっきゃとはしゃいでいるのは、本日催された奥様の交流会を担当した使用人たちだ。皆が大興奮で交流会の様子を語っている。
しかし、ここまではしゃぐとは一体なにが……私は交流会には携わっていなかったため、状況が把握できていない。
「無理もありません。本当に、奥様の交流会は素晴らしかったのですから」
呆然としている私に声をかけてきたのは、部下の一人であるロレンツォだ。
「一体、なにがあったのですか?」
多才な奥様のことだ。交流会が成功することは確信していたが、使用人まで絶賛しているのは異例のことだった。
私はロレンツォに詳しく話を聞かせてほしいと頼んだのだった。
「――という報告を部下から受け、旦那様のお耳に入れるべきだと判断いたしました」
ロレンツォから話を聞いたあと、すぐに旦那様に報告すべく、執務室を訪れた。
私の報告を聞いた旦那様は案の定、呆気に取られたような表情で仕事の手を止めた。
「新たな歌劇だと……? 私が求めていたのは、一門の中での彼女の立場の確立と、新素材の宣伝だったはずだが……」
「招待した方々は、皆様上機嫌で帰路につかれたとのことです。奥様の、一門での立場は揺るぎないものになったかと」
立場が確立されたどころか、むしろ一門で最も力を持つ女性として、今後社交界を引っ張っていくことになるだろう。さらに、今回の交流会で、奥様は新たにインテリア用品や遊具、子供用の食器から飲み物に至るまで、様々なものを開発された。
「旦那様も気に入っておりました、あの屋外用のソファや宙に浮く椅子も好評だったそうです。室内用の、腕かけ部分が机に変化するあのソファも、皆様驚かれていたそうですよ」
「そうだろうな……」
「交流会後、遊具はサロンに隣接する庭ではなく、ノア様が普段散歩に利用されている裏庭へと移動させておきました。屋外用ソファはそのままにしております」
「ああ。あれはイザベルも気に入ってよく座って日光浴をしているからな。しかし、できればあそこにガゼボを作り、直射日光を避けられるようにした方がいいだろう。彼女は肌が弱そうだ」
旦那様は最近、無自覚に奥様を甘やかしている。そう、無自覚に。
女性嫌いの旦那様が、人生で初めて気を許したのが、あの恋愛事に鈍い奥様だ。そして旦那様に至ってはそっち方面は鈍いどころか壊滅的である。お二人に任せていたら、多分五十年経っても仲が発展することはないだろう。
「かしこまりました。ガゼボの建築と……、そうですね、庭にも手を入れられた方がいいと考えますが」
「庭も? 何故だ」
「現在サロン側の庭は、とてもその……シンプルですので、奥様が好みそうな美しい庭園を造られるのはいかがでしょうか」
「ふむ……。邸に関しては、お前とイザベルに任せてある。イザベルと相談し、好きにするといい」
そういうことではないのですよ、旦那様。
「……かしこまりました」
やはり恋愛において赤子並みの旦那様には期待できないと諦め、返事をしたのだった。
◆ ◆ ◆
マンガの登場人物であるブルネッラちゃんと予期せぬ遭遇をしたものの、交流会は大成功に終わり、ノアも私も幾人かの方とは手紙をやり取りする間柄となった。
ノアは、手紙というより象形文字というか、ただの線というか、不思議なものを書いて送るのだけど……。ちなみに返事もそんな感じのものが届く。
皇后様以外にもママ友ができて良かったと思いながらお茶の入ったカップを口に運ぶ。
今日の紅茶も香り豊かで素晴らしいわ。
皇后様といえば……最近、皇帝陛下は皇后様がおっしゃっていたとおり、ダスキール公爵の娘を側妃として迎えられ、貴族たちに戦慄が走った。
今までは身分の低いご令嬢ばかりが皇宮に入っていたので権力争いなどは起きなかったが、今回は公爵令嬢だ。なにか起こるのではないかと、主に皇帝派がピリピリしている。そのため最近、私もノアも皇宮に遊びに行くことができないでいるのだ。
「あすでんか、おげんき?」
とノアが何度も私に確認してくるのは、イーニアス殿下に会いたいからなのだろう。もしかしたら、あのミュージカルのことや新しいお友達のことを報告したいのかもしれない。
困ったわ……。イーニアス殿下に協力してもらって作った、『黒蝶花』をモチーフにしたオリジナル絵本も完成しているのだけど。
「どうしたらいいのかしら……」
「奥様、なにかお悩みですか?」
ミランダが心配そうに聞いてきたので、「どうやったら皇宮に行けるか、考えていたのよ」と溜め息を吐きながら愚痴ってしまった。
「まぁ。それはちょうど良かったです」
「え?」
「皇宮から、お手紙が届いておりますよ」
そう言ってミランダは、二通の手紙を渡してくれる。
「……二通?」
「はい。皇后マルグレーテ様と……、最近側妃になられた、オリヴィア・ケイト・ダスキール様からです」
なんですって?
「……まずは、皇后様からの手紙を開けてみましょう」
ミランダからペーパーナイフを受け取り、恐る恐る開けてみると、出てきたのはお茶会の招待状だった。
「皇后様から、ディバイン公爵家の私にお茶会の招待状……? 派閥の問題はどうなったの?」
ここグランニッシュ帝国は皇帝派、中立派、ディバイン公爵派の三つの派閥に分かれていて、皇后様は皇帝派のようにふるまっている。実際には、ディバイン公爵の大ファンだけれど、それは秘密にしているのよね。
招待状の他に手紙は入っていないわ。なにか理由があるのだろうけど……
「あとはオリヴィア側妃の手紙よね……」
もう、本当に開けたくないわっ。悪い予感しかしないのよ!
深呼吸して、側妃の手紙に向き合う。ぷるぷると震える手で封を開けると出てきたのは――
皇后様と同じ日に開催される、側妃様主催のお茶会の招待状であった。
「ヒィッ」
ヤバい! これはヤバいわ! 私、おかしな争いに巻き込まれてしまっているみたい!!
「奥様、返事はいかがされますか?」
「いかがもなにも、これは旦那様に相談しなくてはならない案件ですわっ」
「かしこまりました。それでは旦那様のご予定を執事長に聞いて参ります」
「え、ええ。お願いするわね」
テーブルの上にお二方の招待状を置いて、少し距離を取る。
わかっているのよ。こんなことをしたってなんにもならないことは。でも、物理的に距離を取りたくなるものなのよ!
しばらくして、ミランダが足早に戻ってきた。
常に冷静なミランダが早歩きだなんて、珍しいわね。
「奥様、すぐに旦那様がこちらにいらっしゃるそうです」
「えぇ?」
最近の旦那様、フットワーク軽くないかしら。
「――なにがあった?」
ミランダの言葉に驚いているうちに、公爵様がやってきてしまった。
実際、大問題が起きたからちょうどいいのだけど、私を避けまくっていたあの日々はなんだったのかしら。
「旦那様。お忙しいところ申し訳ありません。こちらへおかけください」
「ああ」
公爵様はソファに腰かけると、テーブルに置いてある二通の手紙を見つけ、私を見た。封蝋の印を見て、大体の状況を把握したのだろう。
「皇后様と……オリヴィア側妃から、同日にお茶会に誘われましたの」
「そういうことか……」
どういうことですの?
旦那様は訳知り顔で私を見ると、「イザベル」と名前を呼んだ。
「はい?」
「君は新素材をはじめ、子供用おもちゃや遊具、家具や歌劇など様々なものを作り出し、領地の雇用改善までおこなった。すでに皇宮では、誰が君を取り込むかと、水面下での争いが始まっているのだ」
嘘でしょう!?
「皇后が側妃と同日に茶会を開くのは、側妃に誘われて困る君を助けるためだろう」
「そうなのですか!? あら、でも派閥は……」
「女は派閥よりも社交界の評判を重視する」
そうだったの!? 私、貧乏な上に領地から出ることがなかったから、パーティーに出席したこともほとんどないし、社交界ってあまり知らないのよね。なにしろ公爵家に来て初めて皇城のパーティーに出席したくらいだもの。未だによくわからないわ。
「とにかく、君は皇后の茶会の方へ参加するんだ。派閥が違っても、側妃より皇后からの誘いを優先するのは当然だからな」
「承知いたしましたわ」
話が終わると公爵様はすぐに席を立つ。その様子に、やっぱりいつもの公爵様だわ、と最近覚えていた違和感を頭から追い出した。
「あ、旦那様」
「なんだ」
「相談にのっていただき、ありがとう存じますわ」
お礼を伝えると、公爵様はきょとんとした。
「…………ああ」
随分間があいてから返事が戻ってきた。
私、なにか変なことしたのかしら?
「イザベル」
「なんでしょうか、旦那様」
名前を呼ばれたので返事をすると、じっと見つめられる。
なにかしら……、どうしてそんなに見てくるの?
「……いや、招待状の返事は早めにするように」
「あ、はい。わかりましたわ」
公爵様はそれだけ言うと、足早に出ていった。
「ミランダ」
「はい、奥様」
「わたくし、なにかしたのかしら?」
「…………いえ、奥様ともっとお話しされたかったのではございませんか?」
「あの旦那様が?」
「…………」
なんだかミランダが呆れているように見えるのだけど、気のせいかしら。
まぁ、いいか。
でも、側妃のお茶会に出なくていいなら助かったわ。とはいえ、“アタクシ”の方の皇后様のお茶会も、なんだか恐ろしい気がするのよね……
もう一度皇后様からの招待状を見ると、裏になにかが書かれていることに気付いた。
「なにかしら……」
招待状をひっくり返すと、そこには――
『劇団の紹介、よろしくね。イーニアスが見たがっているの』
ああ……、もうあのミュージカルのことを把握しているのね。
皇后様の情報網、恐るべし!
よく見たらこのお茶会、子供も一緒に参加するものだわ。もしかして、イーニアス殿下もノアに会いたがっているのかしら。
「フフッ、さすが、一番仲のいいお友達同士ですこと。考えていることも一緒ね」
皇后様のお茶会でやっと会えるノアとイーニアス殿下を想像して、和んでしまった。
「早速ノアに報告しなければね!」
SIDE ???
「…………っ、これは一体、なんの冗談かしら……」
届いたお茶会の返事は、皇后の茶会に招待されているので今回は見送らせてほしいというものばかり。
こんな屈辱、初めてだわ……っ。
手紙を破り捨て、拳を握る。
「私は……公爵令嬢よ? 皇后なんて侯爵家の出じゃないっ、私の方が身分は高いのよ! なのに、あの厚化粧女が皇后で、私が側妃? ふざけるのも大概にしなさいよね!」
机に思い切り拳を叩きつける。
大きな音がして、ティーセットがひっくり返るけど、どうでもいいわ。
「私が……っ、この私が皇后でなくてはダメなの。そうでないといけないの。私が、一番よ……っ」
最近派手に動いている、イザベル・ドーラ・ディバインとかいう女も目障りなのよね……。今回のお茶会で、立場の違いを教えてあげようと思っていたのに。
「残念だわ……。本当に残念――」
第二章 皇后のお茶会
久々にやってきた皇宮は相変わらず広大で、ドローンで上から撮影しないと全貌が把握できないだろうと、来る度に思う。
最初はいつ皇帝に出くわすかと怯えていたけれど、あまりにも広いせいか、案外会わないものなのよね。
「おかぁさま、あすでんか、はやくあいたいの!」
「そうねぇ。殿下もノアと早く会いたいと思っているわよ」
可愛い息子と手を繋ぎ、皇后様の宮へと向かう。
案内してくれる人がいなければ、絶対迷っているわ。
「ちがうのよ。そっちじゃないの。あっちよ」
ノアが突然、可愛い声を上げた。
「どうしたの? ノア」
「ちがうの。あすでんか、こっちよ」
ノアが指差す方向はイーニアス殿下の宮へと続く道だ。そういうことかと納得する。
「ノア、今日は皇后様の宮に伺うのよ。そこにイーニアス殿下もいらっしゃるの」
「あすでんか、あっちいる?」
皇后様の宮の方を指差すノアに、そうよ、と頷く。
案内役の使用人が戸惑っているようだったので、「ごめんなさい。案内してくださる?」と言って案内を再開してもらったが、内心、ノアはこの広い皇宮の道を覚えていたのだと驚いていた。
「――皇后陛下、イーニアス殿下、本日はお招きいただきありがとう存じます」
「ディバイン公爵夫人、お久しぶりね。アタクシがあなたのお店に行って以来かしら」
久々に会った皇后様はとてもお元気そうでホッとした。
側妃の件で色々あるようだから、心配していたのよね。それに、今日は香水も控えめみたいで良かったわ。
それにしても、カーテンが閉められた舞台があるのだけれど、もしかして……
「うむ。よくきてくれた! イザベルふじん、ノア!」
「あすでんか!」
ノアとイーニアス殿下が久しぶりの再会に、嬉しそうにしている。
ノアは新しいお友達のことやミュージカルのことを話したいのかソワソワしているし、イーニアス殿下も、ノアを舞台の前まで連れていきたいようで、皇后様をチラチラ見ながら同じようにソワソワしている。
舞台があるということは、皇后様のお茶会でもあのミュージカルをおこなうのだろう。
劇団を紹介するように言われた時からそうなるとは思っていたけれど、本当にやるのね。
「イーニアスがこの日を楽しみにしていたのよ! アタクシも楽しみで興奮して眠れなかったわ! あなたが交流会でやった歌劇って、あの絵本を題材にしたものなのでしょう? しかもあなたが演出も監督も、それどころか作曲までしたんですって?」
「ど、どこでそれを!?」
「ふふっ、アタクシの情報網はすごいのよ」
皇后様は厚化粧の悪女顔なので、めちゃくちゃ悪そうな笑顔になっていて怖すぎる。
「さ、こちらへいらっしゃい。あなた、こういったお茶会には慣れていないでしょう。アタクシのお茶会仲間を紹介してあげるわね。イーニアスは他の子供たちにノアちゃんを紹介してあげるのよ」
「はいっ、ははうえ。ノア、いこう。わたしが、きょうのしょうたいきゃくを、しょうかいしよう」
「あいっ、ぁ……はい! あすでんか」
「うむ。ノアもおへんじが、はきはきと、できるようになったのだな!」
「わたち、がんばってるのよ!」
「うむ! ノアはがんばっているのだな」
か、可愛い……っ、殿下がお兄さん風吹かしているところも、ノアが女の子みたいに喋っているところも……っ、この子たちは私の癒やしよ!! 手を繋いで仲良く歩いていくところも可愛らしいわ。
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