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5巻

5-3

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  ◇ ◆ ◇


 とはいえ、ミリーの想いは本物っぽいので俺たちは翌日から動くことにした。
 引き出しから恋文を取りだし、全員でミリーの意中の相手を探しにいく。
 城壁っていっても東西南北あるわけで、手分けして向かうことに。俺はクロエと北側に向かった。
 一応、二人で相手の特徴を確認する。

「年は三十なかば、基本黒髪だが一部銀髪で、バーストという男性だったよな?」
「うむ、間違いないぞ。背もジャーと同じくらいのようだ。どうりで気に入られたわけだよ」
「俺にそいつの姿を重ね合わせたわけか。あの分だと顔もちょっと似てんだろうな」
「だとすれば、女性に不自由しなさそうだが……。年齢的にも相手がいてもおかしくないだろう」

 んー、実はミリーのやつは案外奥手で、相手が既婚者か、または恋人がいるのかを訊けていないとのこと。

「仮にいたとしても、手紙は渡そうぜ。フラれても成仏するって言ってたし」
「できれば、彼も彼女のことを想っているように祈るよ。……いや、それはそれでつらい結果なのだろうな」
「確かにな」

 でもミリーの一番の目的は気持ちを伝えることなので、ここはためらわずにバーストという男を探す。
 ありがたいことに、ちょうどいま補修工事をやっているようで、職人たちの姿がチラホラ見受けられた。
 はしごを掛け作業してるやつ、城壁の上に登ってるやつ、下にいるやつ、全部確認するが、バーストらしき男はいない。
 下で現場を指揮してるっぽい壮年の男に訊いてみる。

「バーストっていう男を知らないか? 黒髪に銀髪が交じってる三十半ばの男なんだが」
「知ってるぜ。なんの用があるんだ?」
「俺たちはある人からバーストに手紙を預かってて」
「そういうことなら、この道を真っ直ぐ進んだところにある鍛冶かじ屋に行けばいい」
「そこがバーストの家なんだな。サンキュ」

 礼を述べてから、俺たちはその鍛冶屋へ。
 ドアを開け中に入ると、そこはカウンターと工房が一体となっている部屋だった。
 カンカン、と赤く熱した剣を打っていた男が、俺たちに気づいて手を止める。
 黒髪だが、サイドの一部が銀髪。年齢も三十は超えてそうだし、背も高めだ。顔が俺に似てるかっていうと、……微妙な気はするけどな。
 でも、ビンゴっぽいぞ。

「あんたがバーストか?」
「ああそうだが、お客さんかい?」
「悪いがそうじゃないんだ。別用でな。二年前に亡くなったミリーって女は知ってるな」
「ミリーさん……」
「ここからはかなり変な話になる。まず、あいつの住んでたやかたに幽霊が出ると噂されてるのは知ってるか?」
「……知らなかった。あっちのほうは行かないし、ずっと仕事ばかりで世間にうといんだ」
「実はよ、俺らがその館の次の持ち主になる予定なんだが、ミリーの幽霊が出たんだ」
「なんだって!? 冗談だろう?」

 これがまともな人間の反応だわな。ヘッ、とか鼻で笑わないだけ人がデキてるよ。

「まずは信じてくれ。じゃねえと話が進まない。……で、そのミリーから、生前書いてたという手紙を受け取ってきた。あんたあてだ」

 バーストにその手紙を渡すと、少し沈黙したあとにそれを俺に返してきた。

「これは、オレ宛じゃない。兄貴に、だよ」
「兄貴?」
「オレはロン・バースト。テヘペロ・バーストの弟だよ」
「……どういうこと?」

 俺たちはミリーから、バーストという名前しか聞いてない。

「やっぱり、兄貴はミリーさんに本名を教えてなかったんだな。テヘペロって変な名前だろ? 兄貴も気にしてて、昔から気になる相手には絶対本名を教えなかったんだ」

 はい待った。話を整理しよう。
 まずバーストは二人いた。このロンと兄貴のテヘペロだ。鍛冶職人なのがロンで、城壁職人だったのがテヘペロ。
 そしてミリーは城壁職人が好きだったわけだから、意中の相手はテヘペロのほうと。
 超紛らわしいんだけど。まーテヘペロを全力で隠したい気持ちはわかるけどな!

「つーと、これを渡すのはあんたの兄貴だな。いま家にいるか?」
「……いないよ」
「出かけてるなら、会いに行きたいんだが」
「無理だよ。もうこの世界のどこにもいない」
「……それってよ、つまり、――死んでる?」

 悲しそうに首肯するロンに、俺とクロエはショックを受ける。効果音でいうならガーン、だろう。

「なぜ、亡くなってしまったのだろう?」

 動揺しながらもクロエが尋ねると、ロンは静かに息を吐いたあとに話し出す。

「兄貴は、ミリーさんのことが好きだったんだ。教会で彼女の遺体を土葬したあとから、目に見えて元気がなくなった」

 あ、遺体は教会の土に埋めたのか。んで、死んだときに魂が抜けてあの土地に縛られたと。

「彼女が亡くなったと聞いた数日後のことだよ。兄貴は城壁工事の最中、足を踏み外して転落。……即死だった」
「……悲劇が、悲劇を呼んだわけか」
「普段なら絶対にそんなヘマしないんだけどね。放心状態だったんだ」
「うわぁ。……これ詰んだってやつじゃねえか」

 俺は頭を抱えて、左右にブンブンと振る。
 相思相愛なのはいいけど、相手も死んでるパターンはまったく想像してなかったわ。
 困り果てる俺たちだったわけだが、そこでロンから妙案がもたらされる。

「ちょっと、待って。ミリーさんと会話できたりするのかい?」
「おう、普通に可能だぞ。あいつ幽霊だけど、めちゃくちゃ元気だから」
「なら、オレを彼女に会わせてくれ! 生前、兄貴からことづてを預かってたんだ。万が一、自分がミリーさんに想いを告げられずに死んだときは伝えてくれって。先にミリーさんが死んだから、意味はないものと思ってたけど」
「なんか本来とは逆の展開になりそうだけど、悪くないじゃねえか」
「私もそう思う。彼女だって、お兄さんの言葉が聞きたかったはずだ」
「よし、んじゃ行くか」
「私は他のみんなを呼んでこよう」

 クロエがイレーヌたちを呼び戻しに行き、俺はロンをミリーの家へ案内した。


  ◇ ◆ ◇


 みんなが来るのを庭で待ってから、ロンも連れて全員で家の中に入った。
 イレーヌたちにも事情は説明してある。
 ミリーはどこにいるのかと探すと、リビングで思いきりくつろいでいた。
 地面から二メートルくらいの高さで、体を横向きにしてお昼寝中というね。
 なんか幽霊って案外快適そうだな……。

「おい起きろ。事が進展したぞ」
『むにゃむにゃ、……ハッ!? 恋文は渡してくれたのかい!?』

 ガバッと起きて俺の目の前に一瞬で移動してくるからビビった。俺が隣にいるロンを指さすと、ミリーは目をみはる。
 生前面識があったテヘペロの弟が、なぜここにいるのだと信じられない様子だ。

「あー、ちゃんと説明するから落ち着いて聞けよ。まず、そうだな。おまえの好きだったほうのバーストなんだけど、……約一年前に亡くなった」

 ぽかん、と口を開けるのは当然だろう。いきなりなに言ってんだという顔だ。

『あっはは、やめておくれよ。冗談でもそんなことを言うのはさ』
「冗談じゃねえ。ロンから聞いたことだ」
「……ミリーさん、お久しぶり。幽霊になっても元気そうで少し安心したよ。それで、兄貴のことなんだけど、彼の言う通りなんだ。ミリーさんが亡くなったすぐあとに、事故で……」

 原因は放心状態にあったというのは、打ち合わせで言わないことにしていた。必要以上にミリーの心に負担をかけることはないだろうと。
 肝心のミリーだが、空中をグルグルと旋回せんかいするように浮遊していて、なにか考え込んでいるようだった。
 そして意を決したみたいに表情を引き締め、再び俺たちの前に寄ってくる。

『……わかったよ。そういうことだね。アタイの気持ちは、やっぱりバーストには重荷だったんだろう。だから、そんな嘘までついて』
「そうじゃねえ。フラれたことを隠すため、死んだ設定にしたわけじゃない。ガチで死んでんだよ。職場で足踏み外して転落死だ」
『嘘だ! アタイはそんなの絶対認めない! 認めたくないよ!』
「おめーだって簡単に死んじまっただろ。……隠してたけど俺だって別世界で一回死んで、転生していまここにいるわけ。俺の死に方も急だったぞ。案外、人間は簡単に死んじまうんだって」

 どうにか受け入れさせようとしたけど、まあそう簡単にはいかないわけで。
 ミリーは顔を手で覆ったまま、天井をすり抜けて上に行ってしまう。
 クロエが心配そうに俺に尋ねてくる。

「どうするのだ、ジャー?」
「どうもしなくていいだろ。戻ってくるまで全員休憩。俺は昼寝するから来たら起こして」

 ソファーに横になり、俺は少し寝ることにした。
 時間を挟んでやんないと、ミリーも気持ちの整理がつかないだろう。
 俺は目を閉じて、あいつが戻ってくるのを待つ。ぎゅるる、ぎゅるるという腹のうるささでまだ昼飯をとってなかったことに気がつく。

「やれやれ、飯でも食うか」

 こういうときの飯って、いまいちおいしくないんだけどなぁ。


  ◇ ◆ ◇


 日が落ちるかどうかって頃になって、ミリーはようやくリビングに姿を現した。
 あの明るい雰囲気は影をひそめ、やはりしょんぼりとしている。それでも多少、気持ちの整理はついたのか、さっきよりスッキリした顔つきではある。

「話の続きを聞く気になったんか?」
『……そうだね。バーストが死んでたのは悲しいし、悔しいし、心残りだけど……』
「ロンが兄貴から言づてを預かってたらしいぞ」

 ロンがミリーの前に立ち、テヘペロからの言葉を伝える。

「『ミリー、いつも楽しい時間を一緒に過ごしてくれてありがとう。お昼に持ってきてくれる弁当、本当に美味かった。残念ながらもう会えないけど、今後絶対幸せになってくれよ。さよなら』」

 想いというから、愛の告白みたいなものかと予想してたけど、そうじゃなかったな。
 また手で顔を隠してるので、ミリーがどんな表情なのかは見られない。
 容易に想像はできるが。

「兄貴との約束破っちゃうけど、……兄貴は、自分が事故などで万が一死んだときは、ミリーさんに兄貴が恋心を抱いてたことを黙ってろって言ってた。もっと素敵な人と幸せになってほしいからって」

 ロンがそう告げたとき異変が起きた。イレーヌが叫ぶ。

「ご主人様! ミリーさんの体が……」
「ああ」

 青白かったミリーの体がどんどんと透明になっていくのだ。
 本来あるべきところに向かおうとしているのだろう。ミリーは穏やかな顔で言う。

『気持ちは一緒だったってことだね……。もう十分だよ。ありがとうね、みんな。アタイもこれであっちに行けそうだよ』
「今度こそ結ばれてくださいね!」
「仲良くやれよ」
『今度こそ、自分の口で想いを伝えることにするよ。ジャー、……もう消えそうだから、最後に一つ。そこのテーブルをズラして下の絨毯じゅうたんをどけてみな。床が開くような仕掛けになってる』
「そうなのか?」
『冒険者時代に稼いだお金やら道具が入ってるよ。アタイの財産ってやつだね。それをみんなで分けておくれ。それじゃ、アタイはもう行くよ!』

 最後に手を振り、こちら側もそれに応じると、ほどなくしてミリーの体は完全にこの世界とサヨナラした。
 しばらくはみんな無言だった。
 俺が最初に動きだす。

「しんみり、しなくてもいいじゃねえか。ミリーもテヘペロもあっちで幸せになるだろ。そして俺らもな」

 テーブルを持ち上げてどかし、絨毯を引っぺがす。自分でもその手つきがイヤらしいと思ったね。まるで女の着物を引っぺがす悪徳代官みたいな感じだぜ。

「うひょー!」

 そういう声だって出るさ。床を開けると小さな空間があり、そこに大量の硬貨と、かなりの額で売れそうな道具などのお宝がビッシリと詰まっていたのだ。

「取り分だけど、俺らが半分。そっちが半分でオーケー?」

 ロンは首を横に振る。

「金はいらないよ。オレは鍛冶職人として誇りを持ってる。武器などを打った代金以外はもらわないことにしてるんだ」
「ご立派すぎる」
「ただ、そこの髪飾り、もらってもいいかな」
「これか?」

 なんの変哲もない、その辺で売ってそうな少し地味な物だ。

「兄貴がミリーさんにプレゼントした物の一つだよ。兄貴の形見かたみと一緒に保管しておきたいなって」
「そうしてやってくれ」

 それを受け取ったロンは、室内を見回してから表情を緩める。

「いろいろと良かったよ。ずっとモヤモヤしてたものが、ようやく晴れた気分だ。ありがとう」
「いやいや、礼を言うのはこっちだって。ありがとな、うひょひょ」
「ジャー……。笑い方がちょっとアレよ。嬉しいのはわかるけどさあ」

 そうルシルに指摘されてしまったので、あまりしゃべらないことにしよう。
 それでもニヨニヨとした顔は、どうにも止められないんだけどなっ。


  ◇ ◆ ◇


「本当に、よろしいのですね?」

 夜、家を訪ねてきた不動産屋は、半信半疑な表情でそう念を押してきた。

「ほい、三百万リゼな」

 ここの館代をきっちりと渡す。
 なかなか買い手がつかず、維持費が大変だった不動産屋からすれば悪くない話のはずだが、未だ疑惑の目は続いている。

「安心しろって。幽霊はもういねえよ」
「と言いますと?」
「成仏させたってことだな」
「それは、……素晴らしいですが。一体どのような方法で」
「そこはまあ、慈悲じひの心をもって接したら一発だったわ。っていうわけで、ここは俺たちの別荘とする。いないときのメンテナンスは頼むな。もちろん維持費は払うからさ」
「ええ、かしこまりました。末永くお付き合いさせていただければ幸いでございます」

 うわははー、笑いが止まらんね。ハッキリ言って、維持費もここの購入額もまるで痛くないのだ。
 というのも、ミリーの残してくれた財産は、硬貨だけでもなんと約八千万リゼ! その他にも、売れば相当な額になるであろう宝石や、魔道具のたぐいまであったのである。
 ウハウハとしか言いようがない。

「恐怖に打ちつ心が幸運を招いたってやつだな、ははははっ!」

 ヤバい。
 俺、幽霊のことが大好きになりそうだよ。




 3 異変


 ミリーの家に住むようになって一週間。
 快適に日々を過ごす俺は、庭の木にハンモックをかけ、いつものようにそこで昼寝をしていた。

「ぐがーぐがー。……おあ?」

 自分のうるさいイビキで目が覚めちまった。だが、まだ寝たりないし、もうちょっと休むか……、と思ったが、ルシルが駆けつけてきて中断される。

「ねえ、ミリーさんってすごいわ! オルセント家にあったのと同じくらい価値ある本がここにも置いてあったのよ」

 オルセントってのはグリザードにいた悪徳貴族だ。ここに来る前にバトルをして、やっつけた相手だな。

「どんなのがあったの?」
「竜に関する本があったわ。そこに秘竜薬ひりゅうやくの作り方が載ってたの。角竜かくりゅうつのに、複数の薬草を混ぜて作る方法よ」
「ふーん」

 竜種ってのは大きく五種に分類できる。強い順から邪竜、角竜、竜人りゅうじん、上位竜、下位竜と。で、五百年以上も昔、神々を殺した五体の邪竜のうちの一体が俺ってわけだ。残り四体っていまなにやってんだろうな? それはさておき、角竜ってのはなかなかつええわけ。

「なんか興味なさそうね?」
「そんなことはねえけど。その秘竜薬は飲むとどうなる?」
「飲んだ者に、竜のすさまじい力を与えてくれるらしいわ。一時的にだけど」

 じゃあ、俺の血と似てるな。
 真銀光竜シルフィアスの血を飲むと、魔力や筋力が一時的にアップする。もちろんあとで副作用があるから飲みすぎは厳禁だ。残念ながら俺自身が飲んでも効果はない。涙のほうは、自分でもちゃんと回復するんだけどなぁ。

「あたし思ったの。これをもしジャーが飲んだら、完全体の力を取り戻せるんじゃないかしら!」

 ルシルは、昔竜の姿の俺に助けられて以来、真銀光竜シルフィアスにどこか憧れを抱いている。あの姿がまた見たいのだろう。ルシル、テンション超高い。

「一時的にでも戻れたら嬉しいな。けどよ、この南大陸には角竜はいないんだろ?」
「そうなのよねえ~。それに調合に必要な他のものも、大体は上の中央大陸に行かなくちゃなのよ。一つはここでも手に入るけど」
「じゃあ、しばらくはいいんじゃねえか」
「残念だわ……。またあの姿見たかったのに」

 しょぼんとするルシル。元に戻るのに積極的に協力してくれるのは嬉しいけど、角竜を倒すのだってリスクはあるだろう。
 それに、もう少しここでのんびりしたい。ダラけたい。

「でもとりあえず、必要な薬草の一つだけは集めておくわね。ここの市場にも売ってると思うし」
「そんならミーシャも一緒に連れてけよ。さっき暇そうにしてたし。あと一応令嬢なんだから、危険なとこは行くなよ」
「わかったわ。すぐに戻ってくるから」

 タタターと、ルシルは風の子のように走っていく。
 念のため、四人全員には俺の血を詰めた小瓶を渡してある。なにか危険なことがあっても、あれを飲めば能力が大きく上昇する。少なくとも、ここに逃げ帰ってくることくらいは余裕なはずだ。
 つーかあいつら、四人だけで十神じゅっしんの一人を余裕で倒してたくらいだし。
 ふと思い出したように、俺は呟く。

「あいつらは、まだ諦めてないんかね」

 大神ゼウスは未だ復活してないらしいが、その手下の十神どもはほとんどよみがえってるんだっけ。天使グリエルやらナンバー3やら、手下たちは返り討ちにしてきたけどさ。
 魔王の城から取ってきた俺の聖剣カラドボルグ。これが、あいつらの狙いらしい。ここに十神の一人の魂が眠っている云々、って聞いたような聞いてないような……。

「ま、来るたびに返り討ちにすりゃいいか」

 こっちの戦力は相当なものになっている。
 弓魔法と足刃を使いこなすイレーヌ。
 多彩な剣技、身軽な体さばき、そして強力な雷魔法を使いこなすクロエ。
 複数属性の魔法をマスターしているルシル。
 猫の獣人で爪を自在に伸ばして攻撃でき、さらに風魔法にもけているミーシャ。
 そこに、竜式りゅうしき魔法と部分竜化を覚えた俺がいる。
 十神だか十一神だか知らないが、おくれを取る気がしねえわ。

「ご主人様~」

 おっと、今度はイレーヌとクロエが訪ねてきやがった。そろそろ起きるかね。
 ハンモックから下りると、イレーヌが円筒状の容れ物を俺に見せてくる。
 ミリーの残したお宝の一つだ。中にはトロッとした透明な液体が入ってたんだよな。

「それ、使い方わかったのか?」
「はい。さっきルシルさんが本で調べたら、すごく貴重なものらしいです」
「美味いの?」
「キミは食い物のことばかりだな、ジャー。これは食べ物ではないよ。矢や刃物に塗って使うらしいのだ」
「毒系って感じ?」
「いいや、どうも生物に対し、傷つけた箇所を石化させるみたいなのだ」

 すげえ! めちゃくちゃ有用じゃないかよ。

「ミリーはすげえもん持ってるな」
「だが、さすがに量が少ない。そこでイレーヌに使わせたらどうだろうかと思って」
「いいんじゃねえの。俺は特に必要ないかな」
「私もだ。……というか、愛剣になにかを塗るのは少し気が引けて。さびがつくかもしれないし」
「ちょっと気持ちわかるわ」

 あとウッカリ、自分のこと切っちゃったりな。毒なら俺は大抵効かないけど、石化はしちまうかもしれない。自滅は勘弁願いたいもんだ。

「ありがとうございますっ。大切に使いますね」
「おう」

 こうしてイレーヌが石化の矢として利用することに決定した。イレーヌなら使いどころも誤らないだろうし、安心だな。
 ちょっと試し撃ちしてみたらどうだ、と言おうとしたところで、俺は口を閉ざす。
 お客さんが来たからだ。
 立派な体躯たいくよろいを纏った中年男、王立騎士団の団長グリンヌである。顔が濃いめで、ダンディな雰囲気のおっさんだ。

「別荘を購入したとは聞きましたが、まさかここでしたか」

 グリンヌの顔が若干渋い。こりゃあの噂を知ってるんだろうな。

「その顔だと、ここが幽霊館だって知ってるよな」
「ええ。もしやと思いますが、騙されて購入してしまったわけでは……」
「違う違う。もう幽霊はいねえよ。俺たちが満足させたから」
「なんと!?」

 グリンヌが眉を持ち上げて驚く。すぐにどんな方法を取ったのか訊いてきたので、ありのままを教えたら、再度ビックリしていた。

「それなりに長く生きてきましたが、……幽霊の恋愛相談に乗るなど初めて聞きましたな」
「俺だって初めての経験だったけどな。でも幽霊がいてくれたおかげで、館も安く買えた」
「ジャー殿はさすがですな。良くない状況を好転させる力は、初めてお会いしたときから感じてはいましたが。私も銀竜教ぎんりゅうきょうに入って正解でしたな、はっはっは」

 庭に高らかな笑い声を響かせたあと、グリンヌは急に真顔に戻って片膝を地面につく。
 なんだ、急に畏まって?

「ジャー殿のそのお力を、またお貸しいただけないでしょうか」
「またなにか問題が起きたってわけだな」
「ディシディア王国は隣国との関係が良くなくてですな。以前、我々を襲ってきたのもそこの者です」

 珍しい魔物を操り、グリンヌと王女の命を狙っていたのが、その国の刺客だった。
 俺としては、面倒事は避けたいという気持ちが強い。けど、グリザード同様この王都が気に入ってしまったのも事実。
 っていうか、別荘買っちまったし。

「まずはお話だけでも、いかがですかな。美味おいしい果物などを用意しましたので」
「……やれやれ。話くらいなら聞いてもいいけどな」
「フッ、キミは相変わらずだよジャー」
「そこがご主人様の良いところでもありますから」

 すかさずクロエとイレーヌが反応。
 ねえやめてキミタチ。俺は別に果物につられたわけじゃなくて、この国の未来が不安だから重い腰を上げただけだからね。


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