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6巻
6-3
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彼とは宿屋の前で別れ、俺たちは北東にある迷宮都市・アラザムを目指す。
馬車は予約で埋まっていたので歩きで進む。
この辺の魔物事情とかも軽く調べつつ、進行していく。いまのところ平地が多い。風が少し寒い以外は、他の大陸とそれほど変化はないかな。
魔物は、少々風変わりなのが多いかもしれない。例えば、街道を進んでいると、突然周囲の木々が走り出して俺たちに向かってきた。
何を言っているか意味不明かもしれないが、言葉そのままだ。幹から左右に脚を生やし、大きな一つ目と鋭利な牙を覗かせた口のある木が、悪意を持って襲ってきたのだ。
それも奇声をまき散らしながら。
「ギョベバエエエエ!」
そりゃ一瞬、身が固まりもする。だが、唖然としてばかりもいられないので、俺たちはすぐに戦闘態勢に入る。炎系の魔法が特に有効だった。連撃魔法で火炎球を十連発すれば楽勝モードに。
一つ目だったし、過去に戦ったサイクロプスを思い出すな。あれよりはさすがに弱いけど。
「ビビらせて、相手の態勢が整う前に襲ってくるタイプか」
「私たちは数も多いし、奇襲にさえ気をつければ、後れを取ることはないだろうな」
とはいえ、普段は目を閉じててその辺の木々と変化ないのがやっかいだったりする。他にも、初めて見る魔物はいたな。前方に穴が空いてたから何だと思っていると、突然モグラのような魔物が垂直に飛び出てきた。紫色の爪を飛ばしてきたので、竜手で弾く。
「いかにも毒がありそうだな」
「あっ、穴に隠れてしまいました」
イレーヌが言うようにすぐに潜ってしまったようだ。ともかく穴は五、六ほどあるので、次もそのどれかから出てくると予想できる。
普通のモグラより大きいとはいえ、体長五十センチもないのでそんな変則的な奇襲を仕掛けてくるのだろう。
「アタシが叩くから、誰か爪を防いでくれる?」
「ええ、爪はあたしが落とすわ」
ミーシャとルシルが協力して事に当たる。一番右から飛び上がったモグラの爪攻撃を、ルシルが杖先から火炎を出して燃やす。
そしてミーシャが、穴に戻ろうとするモグラの頭上から風鎚を落として戦闘終了だ。モグラ叩きを彷彿させるな。
「イエイ!」
「やったわね!」
土の中を確認すると、原形を留めない敵の姿があったのでそっとしておく。
変則的な魔物にも対応しつつ歩を進めていく。迷宮都市に行くには、村を経由したほうがいいと聞いているが、一晩ではさすがに無理だ。
今晩は野宿となる。たき火をして食事と暖をとる。
「夜になると冷えるんだな」
「少し、寒いですね」
イレーヌが肌をさすっているので、マントを一枚かけてやる。
「そんな、それではご主人様が」
「寒くねえよ。腐っても邪竜。耐えようと思えば余裕だ。それより、たき火で暖をとるなんていくつぶりだよ」
「経験あるんですね?」
「子供の頃にな。キャンプファイアーってやつで」
「うむ、その話。聞いてみたいのだが」
「そうか? まあ大した話じゃねえけどさ」
ガキの頃の想い出を語ると、四人とも興味津々に耳を傾ける。小学校の頃は普通に悪ガキで、仲間と協力して色んな悪戯をしたもんだ。
こうやって暖まってるときに、昼間捕まえたヤモリを女の子の背中に入れたりな。
あのときは、めちゃくちゃ泣き出して焦った。
「しかも翌日、その子の父さんが、相撲っていうスポーツをやるフリして俺たちのことをボコボコにしたっていうな。まさに天罰下るってやつ」
「ふふ、でもご主人様らしいです」
「さすがにいまはやんないけどな。むしろ悪戯をするどころか、今晩の見張りとか俺がやる勢いじゃねえか」
「そこは交代でやりましょうよ」
「いいってルシル、今晩だけは俺がやるからよ」
「そう? 悪戯少年も優しくなっちゃったのね」
俺の場合、空からも敵を探せるから、適役ではあるのだ。しばらくすると四人が寝静まったので、太めの枝に腰かけ、魔物などが襲ってこないか監視しておく。
魔物は来なかったけど、猛獣は意外とやってくる。特に狼の群れだ。
うるさくして四人を起こしてしまうのも悪いので爆発魔法とかは使わず、群れを剣で迎撃しておく。一振りで切断できるので、囲まれても油断しなきゃ楽だ。
朝日が昇ると黒袋から朝食を取り出して、早めに出発する。吹く風の心地よい草原を抜けたところで、景色に変化が生じる。
「おー、ようやく村っぽいのが見えてきたな」
「あれが、聞いていたレゴの村でしょうね」
迷宮都市と港町の間にある村で、旅人はここらで一休み入れるのがお決まりらしい。
村自体はそれほど大きくはなく、木造の家が目立つけど、どれも新しいのが特徴だ。観光者が多くて儲かってるのか?
そんな思いで村に入ろうとした俺たちだったが、イレーヌが突然空に弓を向ける。
「……何かいるな?」
「はい。ただの鳥ではないと思います」
上空を飛び回ってる黒いそれが、ゆっくりと俺たちの近くに下降してくる。
「やあ、久しぶり。ボクだよ」
「……お前、死天破魔竜か」
中央大陸で邪竜対決をした相手だ。どうにか俺が勝利を収めたのだけど、その際に相手は力を失ってチビ竜となった。相変わらず小さな形態を見るに、まだ力は戻っていないようだな。
「そんな嫌そうな顔しないでおくれよジャー。せっかく追ってきてあげたのに」
「はぁ……善意みてえに言うな。ストーカーだろそれ」
「それはそうと、これからどこ行くつもり?」
「さあな」
こいつはバトル中毒者なので、力が戻ったらまた俺に戦いを挑んでくる可能性がある。素直に答える義理はない――のだが、案外勘が鋭くて困るわ。
「方角的に、村で休んでから迷宮都市かな。何か欲しいものでもあるの?」
「あってもお前には関係ねえよ」
「そう言わずにさ~。ボクもせっかく北西大陸に来たわけだし、何か面白いことやりたいなとは思ってて」
ついてくんなよ、と冷たく言い放ってみると、死天破魔竜は残念そうな声を出す。
「なんだよ~。まー、ボクも他にやりたいことあるからいいんだけどね。今回は挨拶に来ただけだし。んじゃ、また後で会うことになると思うよ、ばいばい」
小さな手を振って去っていく死竜を冷めた目で見送る。邪竜と思えないフランクなやつだよな。クロエとルシルも同じ意見らしい。
「何というか、あれがあの邪竜とは思えないな……子供っぽさがあるというか」
「ええ、邪竜っていっても色々なのね。人間と変わらないのかしら」
俺も邪竜だし、あいつと同じカテゴリーに入ってしまうのか。勘弁してほしいよ。
気を取り直して村の中に入る。レゴの村と書かれた看板の横を通り過ぎるも、人の気配が感じられない。
んーと、いくら何でも静かすぎねえか? 家はいっぱいあるし、畑もあるのに、誰一人作業などをしていないのだ。
「日中なのにこれは変だな」
「はい。魔物が現れた、というわけでもなさそうですし」
「ちょっと手分けして人を探してみっか。バラけようぜ」
固まるより手分けして村人を探すことにした。魔物の気配はないけど、万が一ということもあるしな。発見は早いほうがいい。
俺は家の戸を叩き、試しに声をかけてみる。
「こんちはー、旅の者なんだけど、誰かいないか?」
何軒かやってみるが返事は一切ない。鍵がない家もあるので、戸を開けて中を確認してみる。
「突然、邪魔するぜ…………やっぱ誰もいねえかぁ」
村には宿屋らしき建物が二、三軒もあるし、旅人を受け入れないってわけじゃなさそうなのに。
村の奥に、一階建てだがかなり大きい家があったのでそこに足を向ける。日本で言うなら、公民館みたいな感じだろうか。
入り口の戸が少し開いてて、玄関に靴が何十も並べられているのが覗けた。
「ここにいたわけか」
何か集会でも開いていたのだろう。
俺もお邪魔して中に入り、手前の引き戸を少し開けて中を見させてもらう。
何十、いや何百人って村人が広間にすし詰め状態で座っており、一段高くなった奥まったところにいる褐色の肌の男性――超イケメンの話に耳を傾けているようだ。
遠目ではあるが耳が尖ってる? のがわかった。エルフ……またはダークエルフってやつだろうかね。
「いいですか、皆さん。次の旅人が訪れましたら、優しくしてあげましょう。彼らはこの国の未来に大きく関わる人物かもしれません」
次に来る旅人って俺たちのことじゃないの? と俺が驚いていると、村人たちの質問ラッシュが始まる。
「ダーネル先生、うちのかみさんが妊娠したみたいですが、男か女かわかりますか?」
「……おそらくですが、男の子でしょう」
「先生! うちの作物を食い荒らしてる野郎はやっぱり熊でしょうか?」
「いえ、猪でしょう」
「先生、一つ質問があります。次に雨が降る日を知りたいのですけど、いつ頃になるでしょうかね」
「絶対ではありませんけど、明日、降るんじゃないかと思います」
もはや予言でしかないよな、あれ。村人たちは心酔しているのか誰一人、あのダーネル先生の発言を疑っちゃいないようだが。
怪しげな宗教団体にもどこか似ていて、俺は警戒してしまう。ひとまず外に出てみんなと相談すっか、と引き返そうとしたときだ。
「あっ、ここにいたんだジャー。ねえー、村人どこにもいないよ~」
「おい、ミーシャ静かにしろ」
ここでミーシャが入ってきて声を上げたので、中にいた村人たちが引き戸を全開にする。
「誰かいるのか!?」
「……あ~、どうも。外に誰もいなかったもんで」
「何だお前たちは? 我々の集会を盗み聞きでもしてたのかよ」
「いや盗み聞きっていうか、たまたまだな……」
「待ちなさい。先ほど、私が言った旅人が、彼らかもしれません」
ダーネル先生が腰を上げて、俺たちの元へおもむろに歩いてくる。
真ん中分けの銀髪で、目鼻立ちの整った顔をしている褐色のイケメン。服は神聖な感じのする白いローブを着ている。
見た目は二十代だけど、風格がある。エルフ種は長寿なので、外見はあまり当てにならないか。
「初めまして。私はダーネルと申します。このレゴ村のアドバイザーをしています」
「アドバイザー……」
「先生、そんなご遠慮なさらずに。あなたは俺たちにとってなくてはならない人だ。神と名乗っても文句はありませんぜ」
そうだそうだーと熱気を振りまく村人たちとは対照的に、ダーネルは至って冷静だった。
「私は、そのような大それた者ではありません。それよりも、彼らに村の案内をしてあげてはいかがでしょう」
「そうですね、旅人のお方。私が村長でございます。何もないところですけど、宿屋など案内いたします」
村長は四十前後の男性だ。ダーネルに比べるとどうしても印象が薄いかもしれない。悪い人ではなさそうだが。
村長についていこうとすると、ダーネルに呼び止められる。
「お待ちください、旅のお方。お名前を伺っても?」
「ジャーだ」
「アタシはミーシャ。あと三人、イレーヌとクロエとルシルって仲間もいるよ」
「ジャー様方は、本日はここに宿泊の予定でしょうか?」
「そうだな。お邪魔していいのであれば」
「それでしたら、明日、一度私の邸をお訪ね願えますでしょうか。お話があります。本日は、これから外出する必要がありまして」
「ん、俺は特に問題ないぜ」
「お待ちしております」
客室乗務員も舌を巻く丁寧なお辞儀をするダーネル。表情は穏やかで気品もある。第一印象は抜群に良いのだけど、何か裏がありそうな気もしてきた。
ともあれ、俺たちは村長に村を案内されることに。外に出るとイレーヌたちがいたので合流して、宿屋に向かう。
「ウチは港町と都市を行き来する人が頻繁に訪れるので、宿屋が三つもあるのです。皆さんには一番高級な宿屋を一泊、無料でお貸しします」
「随分と待遇がいいな」
「先ほどの先生のお言葉があるからです。次の旅人は丁重にもてなす、ということです」
ああ、言ってたな。子供の性別当ててみたり、明日雨が降るって言ってみたりとかも。だけどなんか怪しいな。俺が首を傾げていると、思考を読み取ったみたいに村長が笑う。
「疑う気持ちもわかります。我々も、初めから先生を信頼していたわけではありません。こうなるには理由があるのですよ」
「ダークエルフは人間より偉い――って単純思考ではないと?」
「もちろんです。むしろ、我々は少し前までダークエルフを恨んでおりましたから」
「へえ……」
「少し、語らせていただきます――」
村長の話は、だいぶ長かった。話し始めると止まらなくなるタイプで、村の広場で滔々と村の歴史を語ってくれたのだ。
概要をかいつまむと、ほんの一年前まで、この村はダーネルとは性質が真逆のダークエルフのライナスによって支配されていたらしい。
横暴で非道で、種族の地位を利用してやりたい放題だったとか。男は殴るわ、飯ばっか食らうわ、旅人が落としていった金は奪うわ、女は襲うわ、何でもありのクソ野郎と。
無論、村人たちも黙って従っていたわけじゃないけれど、相手は魔法に長けていて村人が束になっても敵わなかった。そうなると、国に助けを求めるのが普通の流れだし、村人も当然そうした。
ところが、この辺りを治めている領主はそのダークエルフをお咎めなしにしてしまう。
「ライナスはなかなかに狡猾な男で、領主が来るときだけ善人ぶるのです。そして残念ながら領主もダークエルフですから、そうなると……」
「同胞みたいなもんだし、判断が甘くなるわけか」
日本人だってそういうとこあるし、理解はできる。日本人が褒められると自分じゃなくても嬉しいしな。
ブラジル人が金メダル獲ってもフーンって感じだが、日本人だとスッゲーとなる。それに加え、今回は選民意識みたいなものまである。
「途方に暮れていたとき、ダーネル様が村を訪れました。彼は村を救いに来たと告げ、ライナスを打ち負かしてくださったのです。さらに、この村にとってプラスとなる助言をくださるようになりました」
「そこなんだけどよ、あの予言ってのは当たるわけ?」
「絶対ではありませんが、かなりの確率で的中します」
「すげえな」
「もはやこのレゴ村にとって、彼は必要不可欠な存在となっているのです」
さっきの心酔っぷりの裏には、そういう事情があったというわけね。納得。
「さ、こちらが宿になります。村から少し離れますが、温泉もあります。どうぞご利用ください」
「温泉!?」
マジかよ……すげえ嬉しいんだけど! 日本にいたときは時々利用してたけど、こっちに来てからは滅多にないものだからな。
ぜひ利用させてもらうと伝えて、俺たちは宿に入る。主人も終始ニコニコで部屋に通してくれた。俺は温泉に行きたいのだけど、みんなの関心はどっちかというとダーネルにあった。
「ダーネルという彼は、何が目的でこの村を助けたのだろうか?」
「無償で行ってるらしいわよね」
「ンー、実はダーネルとライナスは裏で手を組んでて……なわけニャいかー」
「予言の件も、凄いですよね。なぜ私たちが優遇されるのかはわかりませんが」
そんな中、俺は断固として温泉に行くのを提案する。
「色々考えるのはわかるが、ここでは結論出ないだろ。それより温泉に俺は行こうと思う」
「ふふ、キミらしいな」
「私もお供しますね」
「イ、イレーヌも入るのか……?」
「っていうか、どうせだしみんなで入りましょうよ」
ルシルの提案に断る者はゼロで、結局五人で温泉地へ向かうことになった。村を出る際、遊んでいた子供たちにダーネルの評判をさりげなく訊いてみる。
大人は良くても子供からは嫌われているパターンは、結構危ういから。
「ダーネル先生のこと? 大好きだよ。優しいし、村の危険を前もってふせいでくれるんだ。今日だって、数日後ここを襲うかもしれない魔物を倒しに行ったんだよ」
「隙がなさすぎるな」
反動形成って言葉がある。本質を悟られたくないから過剰に逆の演技をすることだ。凶悪な殺人鬼が、普段はクソ礼儀正しいやつだった的なアレだな。
善人すぎるタイプは、俺は毎回疑ってかかるようにしている。今回はどっちと出るか。
それはともかく、いまは温泉温泉。
村から一番近い山に目的の温泉はあった。山の中腹と場所はイマイチだけど、魔物などにはほとんど遭遇しなかったのでありがたい。
何人かの村人がいて、綺麗な湯を保てるよう管理してくれているらしかった。一言お礼を告げて全員で風呂に入る。規模は大きくないけど、五人くらいなら余裕で入れた。
「男湯女湯、分けなくても……」
「やっほー!」
「……よさそうだな」
すっぽんぽんで風呂の中に飛び込むミーシャを見ての、俺の意見である。他の三人はさすがに、タオルやら布やらで大事なところを隠している。俺も腰に布を巻いて熱いお湯に入る。
「くぅううう~~~」
肩まで浸かる温泉は格別だ。自然の景色も悪くはない。遠くに猿が確認できた。
「温まりますねー」
「毎日でも入りたいな。急ぎの旅でもないし、数日留まるっていうのも手か」
「そうですね。のんびり行きましょうか」
あとは、宿屋で出る飯が美味しかったら言うことなし。
気持ちよすぎるせいで、かなりの長湯をすることとなった。
◇ ◆ ◇
翌朝、俺はちょっぴりブルーな気持ちに襲われていた。特に宿屋に不満があったわけじゃない。飯も結構美味かったし、ベッドだって悪くなかった。
じゃあなぜか。それは朝っぱらから雨がザーザー降りだからだな。これだとさすがに温泉を楽しむことはできないだろう……とテンションが落ちたというわけで。
午前中、俺が一階の椅子に座ってボーッとしていると、イレーヌがぼそりと言う。
「当たりましたね」
「何が当たった?」
「雨が降る、とダーネルさんは言ってたんですよね?」
「あぁ、そういやそうだ……」
ドンピシャの大当たりだ。それで思い出したのだけど、俺たちダーネルから自宅に来てくれって言われてたんだった。
雨で暇を持て余している女性陣を連れて、俺はダーネルの自宅へ向かってみる。神として称えられているわりには普通の民家で、質素な暮らしをしているのが想像できた。
入り口の前に着くと、俺たちが来るのを見越していたみたいに、ダーネルが声をかけてくる。
「よく来てくださいましたね。どうぞ中へお入りください」
これも未来予知の一種なんだろうかね? 少々驚きつつ中へ。座布団が人数分用意されていたので、そこに並んで座る。
「お忙しい中、わざわざありがとうございます」
「特に忙しくはないんだわ、俺たち。のんびり迷宮都市を目指す感じで」
「迷宮都市には何かご用があるのですか?」
「飛行木板ってのを探しに。情報があったら教えてほしい」
ダーネルは記憶を探るように考え込む。
「分かれの迷宮、というところで入手できると聞いたことがあります。ただそれ以上のことは……すみません」
分かれの迷宮っていうのは、なかなかに有名な話なんだろうな。話題を切り替えて、なぜ俺たちをここに呼んだか。そして特に丁重にもてなすように村人に告げたかについて尋ねる。
「もうお聞きかもしれませんが、私は未来を少しだけ予知、または予感できます。あなた方はいずれ、大きな事を成す。そう予感したのです」
特に心当たりのない俺たちは、よくわからんといった顔をする。ダーネルはクスリと笑ってから続ける。
「今回ここに来ていただいたのは、実は頼み事がありまして」
「そういうパターンか」
「まずは、お聞きいただけると助かります。単刀直入に言いますと――私はもうこの村を出たいと思っているのです」
元々ダーネルは国を旅して困っている人々を助けていたらしい。慈悲心の塊みたいな男なんだろう。話し方も穏やかだし、違和感はない。
ところが、一年前にこの村を救ってからというもの、ここを離れることができなくなった。
「村人たちが過剰に頼ってくるからか?」
「それもありますが、見えてしまったのです。ライナスがここに戻ってくる未来が」
ライナスっていうのは、ダーネルに追い出されたダークエルフだったな。
予知夢によれば、復讐鬼と化したライナスが村で暴れまくるとのこと。
「俺たちに、それを止める手伝いをしてくれってわけかい」
「報酬としましては、若さを保つ健美丸薬と私の髪の毛でいかがでしょう」
「どっちも興味あるな。詳しく頼むわ」
ダークエルフの健美丸薬……とある天才薬師がエルフ系の長寿の秘密を突き止め、人間でも同じように若く美を保てるように開発した薬。作り方は非公開のため、めちゃくちゃレアらしい。
ダークエルフの髪の毛……こちらはただの髪の毛だが、売るところに売ればかなりの高額で買い取ってもらえる。
美形で階級も高い種族だから、憧れる者たちがいても不思議ではない。
「すっごい、どっちも貴重じゃない……特に丸薬。ねえジャー、手伝ってあげましょうよ」
馬車は予約で埋まっていたので歩きで進む。
この辺の魔物事情とかも軽く調べつつ、進行していく。いまのところ平地が多い。風が少し寒い以外は、他の大陸とそれほど変化はないかな。
魔物は、少々風変わりなのが多いかもしれない。例えば、街道を進んでいると、突然周囲の木々が走り出して俺たちに向かってきた。
何を言っているか意味不明かもしれないが、言葉そのままだ。幹から左右に脚を生やし、大きな一つ目と鋭利な牙を覗かせた口のある木が、悪意を持って襲ってきたのだ。
それも奇声をまき散らしながら。
「ギョベバエエエエ!」
そりゃ一瞬、身が固まりもする。だが、唖然としてばかりもいられないので、俺たちはすぐに戦闘態勢に入る。炎系の魔法が特に有効だった。連撃魔法で火炎球を十連発すれば楽勝モードに。
一つ目だったし、過去に戦ったサイクロプスを思い出すな。あれよりはさすがに弱いけど。
「ビビらせて、相手の態勢が整う前に襲ってくるタイプか」
「私たちは数も多いし、奇襲にさえ気をつければ、後れを取ることはないだろうな」
とはいえ、普段は目を閉じててその辺の木々と変化ないのがやっかいだったりする。他にも、初めて見る魔物はいたな。前方に穴が空いてたから何だと思っていると、突然モグラのような魔物が垂直に飛び出てきた。紫色の爪を飛ばしてきたので、竜手で弾く。
「いかにも毒がありそうだな」
「あっ、穴に隠れてしまいました」
イレーヌが言うようにすぐに潜ってしまったようだ。ともかく穴は五、六ほどあるので、次もそのどれかから出てくると予想できる。
普通のモグラより大きいとはいえ、体長五十センチもないのでそんな変則的な奇襲を仕掛けてくるのだろう。
「アタシが叩くから、誰か爪を防いでくれる?」
「ええ、爪はあたしが落とすわ」
ミーシャとルシルが協力して事に当たる。一番右から飛び上がったモグラの爪攻撃を、ルシルが杖先から火炎を出して燃やす。
そしてミーシャが、穴に戻ろうとするモグラの頭上から風鎚を落として戦闘終了だ。モグラ叩きを彷彿させるな。
「イエイ!」
「やったわね!」
土の中を確認すると、原形を留めない敵の姿があったのでそっとしておく。
変則的な魔物にも対応しつつ歩を進めていく。迷宮都市に行くには、村を経由したほうがいいと聞いているが、一晩ではさすがに無理だ。
今晩は野宿となる。たき火をして食事と暖をとる。
「夜になると冷えるんだな」
「少し、寒いですね」
イレーヌが肌をさすっているので、マントを一枚かけてやる。
「そんな、それではご主人様が」
「寒くねえよ。腐っても邪竜。耐えようと思えば余裕だ。それより、たき火で暖をとるなんていくつぶりだよ」
「経験あるんですね?」
「子供の頃にな。キャンプファイアーってやつで」
「うむ、その話。聞いてみたいのだが」
「そうか? まあ大した話じゃねえけどさ」
ガキの頃の想い出を語ると、四人とも興味津々に耳を傾ける。小学校の頃は普通に悪ガキで、仲間と協力して色んな悪戯をしたもんだ。
こうやって暖まってるときに、昼間捕まえたヤモリを女の子の背中に入れたりな。
あのときは、めちゃくちゃ泣き出して焦った。
「しかも翌日、その子の父さんが、相撲っていうスポーツをやるフリして俺たちのことをボコボコにしたっていうな。まさに天罰下るってやつ」
「ふふ、でもご主人様らしいです」
「さすがにいまはやんないけどな。むしろ悪戯をするどころか、今晩の見張りとか俺がやる勢いじゃねえか」
「そこは交代でやりましょうよ」
「いいってルシル、今晩だけは俺がやるからよ」
「そう? 悪戯少年も優しくなっちゃったのね」
俺の場合、空からも敵を探せるから、適役ではあるのだ。しばらくすると四人が寝静まったので、太めの枝に腰かけ、魔物などが襲ってこないか監視しておく。
魔物は来なかったけど、猛獣は意外とやってくる。特に狼の群れだ。
うるさくして四人を起こしてしまうのも悪いので爆発魔法とかは使わず、群れを剣で迎撃しておく。一振りで切断できるので、囲まれても油断しなきゃ楽だ。
朝日が昇ると黒袋から朝食を取り出して、早めに出発する。吹く風の心地よい草原を抜けたところで、景色に変化が生じる。
「おー、ようやく村っぽいのが見えてきたな」
「あれが、聞いていたレゴの村でしょうね」
迷宮都市と港町の間にある村で、旅人はここらで一休み入れるのがお決まりらしい。
村自体はそれほど大きくはなく、木造の家が目立つけど、どれも新しいのが特徴だ。観光者が多くて儲かってるのか?
そんな思いで村に入ろうとした俺たちだったが、イレーヌが突然空に弓を向ける。
「……何かいるな?」
「はい。ただの鳥ではないと思います」
上空を飛び回ってる黒いそれが、ゆっくりと俺たちの近くに下降してくる。
「やあ、久しぶり。ボクだよ」
「……お前、死天破魔竜か」
中央大陸で邪竜対決をした相手だ。どうにか俺が勝利を収めたのだけど、その際に相手は力を失ってチビ竜となった。相変わらず小さな形態を見るに、まだ力は戻っていないようだな。
「そんな嫌そうな顔しないでおくれよジャー。せっかく追ってきてあげたのに」
「はぁ……善意みてえに言うな。ストーカーだろそれ」
「それはそうと、これからどこ行くつもり?」
「さあな」
こいつはバトル中毒者なので、力が戻ったらまた俺に戦いを挑んでくる可能性がある。素直に答える義理はない――のだが、案外勘が鋭くて困るわ。
「方角的に、村で休んでから迷宮都市かな。何か欲しいものでもあるの?」
「あってもお前には関係ねえよ」
「そう言わずにさ~。ボクもせっかく北西大陸に来たわけだし、何か面白いことやりたいなとは思ってて」
ついてくんなよ、と冷たく言い放ってみると、死天破魔竜は残念そうな声を出す。
「なんだよ~。まー、ボクも他にやりたいことあるからいいんだけどね。今回は挨拶に来ただけだし。んじゃ、また後で会うことになると思うよ、ばいばい」
小さな手を振って去っていく死竜を冷めた目で見送る。邪竜と思えないフランクなやつだよな。クロエとルシルも同じ意見らしい。
「何というか、あれがあの邪竜とは思えないな……子供っぽさがあるというか」
「ええ、邪竜っていっても色々なのね。人間と変わらないのかしら」
俺も邪竜だし、あいつと同じカテゴリーに入ってしまうのか。勘弁してほしいよ。
気を取り直して村の中に入る。レゴの村と書かれた看板の横を通り過ぎるも、人の気配が感じられない。
んーと、いくら何でも静かすぎねえか? 家はいっぱいあるし、畑もあるのに、誰一人作業などをしていないのだ。
「日中なのにこれは変だな」
「はい。魔物が現れた、というわけでもなさそうですし」
「ちょっと手分けして人を探してみっか。バラけようぜ」
固まるより手分けして村人を探すことにした。魔物の気配はないけど、万が一ということもあるしな。発見は早いほうがいい。
俺は家の戸を叩き、試しに声をかけてみる。
「こんちはー、旅の者なんだけど、誰かいないか?」
何軒かやってみるが返事は一切ない。鍵がない家もあるので、戸を開けて中を確認してみる。
「突然、邪魔するぜ…………やっぱ誰もいねえかぁ」
村には宿屋らしき建物が二、三軒もあるし、旅人を受け入れないってわけじゃなさそうなのに。
村の奥に、一階建てだがかなり大きい家があったのでそこに足を向ける。日本で言うなら、公民館みたいな感じだろうか。
入り口の戸が少し開いてて、玄関に靴が何十も並べられているのが覗けた。
「ここにいたわけか」
何か集会でも開いていたのだろう。
俺もお邪魔して中に入り、手前の引き戸を少し開けて中を見させてもらう。
何十、いや何百人って村人が広間にすし詰め状態で座っており、一段高くなった奥まったところにいる褐色の肌の男性――超イケメンの話に耳を傾けているようだ。
遠目ではあるが耳が尖ってる? のがわかった。エルフ……またはダークエルフってやつだろうかね。
「いいですか、皆さん。次の旅人が訪れましたら、優しくしてあげましょう。彼らはこの国の未来に大きく関わる人物かもしれません」
次に来る旅人って俺たちのことじゃないの? と俺が驚いていると、村人たちの質問ラッシュが始まる。
「ダーネル先生、うちのかみさんが妊娠したみたいですが、男か女かわかりますか?」
「……おそらくですが、男の子でしょう」
「先生! うちの作物を食い荒らしてる野郎はやっぱり熊でしょうか?」
「いえ、猪でしょう」
「先生、一つ質問があります。次に雨が降る日を知りたいのですけど、いつ頃になるでしょうかね」
「絶対ではありませんけど、明日、降るんじゃないかと思います」
もはや予言でしかないよな、あれ。村人たちは心酔しているのか誰一人、あのダーネル先生の発言を疑っちゃいないようだが。
怪しげな宗教団体にもどこか似ていて、俺は警戒してしまう。ひとまず外に出てみんなと相談すっか、と引き返そうとしたときだ。
「あっ、ここにいたんだジャー。ねえー、村人どこにもいないよ~」
「おい、ミーシャ静かにしろ」
ここでミーシャが入ってきて声を上げたので、中にいた村人たちが引き戸を全開にする。
「誰かいるのか!?」
「……あ~、どうも。外に誰もいなかったもんで」
「何だお前たちは? 我々の集会を盗み聞きでもしてたのかよ」
「いや盗み聞きっていうか、たまたまだな……」
「待ちなさい。先ほど、私が言った旅人が、彼らかもしれません」
ダーネル先生が腰を上げて、俺たちの元へおもむろに歩いてくる。
真ん中分けの銀髪で、目鼻立ちの整った顔をしている褐色のイケメン。服は神聖な感じのする白いローブを着ている。
見た目は二十代だけど、風格がある。エルフ種は長寿なので、外見はあまり当てにならないか。
「初めまして。私はダーネルと申します。このレゴ村のアドバイザーをしています」
「アドバイザー……」
「先生、そんなご遠慮なさらずに。あなたは俺たちにとってなくてはならない人だ。神と名乗っても文句はありませんぜ」
そうだそうだーと熱気を振りまく村人たちとは対照的に、ダーネルは至って冷静だった。
「私は、そのような大それた者ではありません。それよりも、彼らに村の案内をしてあげてはいかがでしょう」
「そうですね、旅人のお方。私が村長でございます。何もないところですけど、宿屋など案内いたします」
村長は四十前後の男性だ。ダーネルに比べるとどうしても印象が薄いかもしれない。悪い人ではなさそうだが。
村長についていこうとすると、ダーネルに呼び止められる。
「お待ちください、旅のお方。お名前を伺っても?」
「ジャーだ」
「アタシはミーシャ。あと三人、イレーヌとクロエとルシルって仲間もいるよ」
「ジャー様方は、本日はここに宿泊の予定でしょうか?」
「そうだな。お邪魔していいのであれば」
「それでしたら、明日、一度私の邸をお訪ね願えますでしょうか。お話があります。本日は、これから外出する必要がありまして」
「ん、俺は特に問題ないぜ」
「お待ちしております」
客室乗務員も舌を巻く丁寧なお辞儀をするダーネル。表情は穏やかで気品もある。第一印象は抜群に良いのだけど、何か裏がありそうな気もしてきた。
ともあれ、俺たちは村長に村を案内されることに。外に出るとイレーヌたちがいたので合流して、宿屋に向かう。
「ウチは港町と都市を行き来する人が頻繁に訪れるので、宿屋が三つもあるのです。皆さんには一番高級な宿屋を一泊、無料でお貸しします」
「随分と待遇がいいな」
「先ほどの先生のお言葉があるからです。次の旅人は丁重にもてなす、ということです」
ああ、言ってたな。子供の性別当ててみたり、明日雨が降るって言ってみたりとかも。だけどなんか怪しいな。俺が首を傾げていると、思考を読み取ったみたいに村長が笑う。
「疑う気持ちもわかります。我々も、初めから先生を信頼していたわけではありません。こうなるには理由があるのですよ」
「ダークエルフは人間より偉い――って単純思考ではないと?」
「もちろんです。むしろ、我々は少し前までダークエルフを恨んでおりましたから」
「へえ……」
「少し、語らせていただきます――」
村長の話は、だいぶ長かった。話し始めると止まらなくなるタイプで、村の広場で滔々と村の歴史を語ってくれたのだ。
概要をかいつまむと、ほんの一年前まで、この村はダーネルとは性質が真逆のダークエルフのライナスによって支配されていたらしい。
横暴で非道で、種族の地位を利用してやりたい放題だったとか。男は殴るわ、飯ばっか食らうわ、旅人が落としていった金は奪うわ、女は襲うわ、何でもありのクソ野郎と。
無論、村人たちも黙って従っていたわけじゃないけれど、相手は魔法に長けていて村人が束になっても敵わなかった。そうなると、国に助けを求めるのが普通の流れだし、村人も当然そうした。
ところが、この辺りを治めている領主はそのダークエルフをお咎めなしにしてしまう。
「ライナスはなかなかに狡猾な男で、領主が来るときだけ善人ぶるのです。そして残念ながら領主もダークエルフですから、そうなると……」
「同胞みたいなもんだし、判断が甘くなるわけか」
日本人だってそういうとこあるし、理解はできる。日本人が褒められると自分じゃなくても嬉しいしな。
ブラジル人が金メダル獲ってもフーンって感じだが、日本人だとスッゲーとなる。それに加え、今回は選民意識みたいなものまである。
「途方に暮れていたとき、ダーネル様が村を訪れました。彼は村を救いに来たと告げ、ライナスを打ち負かしてくださったのです。さらに、この村にとってプラスとなる助言をくださるようになりました」
「そこなんだけどよ、あの予言ってのは当たるわけ?」
「絶対ではありませんが、かなりの確率で的中します」
「すげえな」
「もはやこのレゴ村にとって、彼は必要不可欠な存在となっているのです」
さっきの心酔っぷりの裏には、そういう事情があったというわけね。納得。
「さ、こちらが宿になります。村から少し離れますが、温泉もあります。どうぞご利用ください」
「温泉!?」
マジかよ……すげえ嬉しいんだけど! 日本にいたときは時々利用してたけど、こっちに来てからは滅多にないものだからな。
ぜひ利用させてもらうと伝えて、俺たちは宿に入る。主人も終始ニコニコで部屋に通してくれた。俺は温泉に行きたいのだけど、みんなの関心はどっちかというとダーネルにあった。
「ダーネルという彼は、何が目的でこの村を助けたのだろうか?」
「無償で行ってるらしいわよね」
「ンー、実はダーネルとライナスは裏で手を組んでて……なわけニャいかー」
「予言の件も、凄いですよね。なぜ私たちが優遇されるのかはわかりませんが」
そんな中、俺は断固として温泉に行くのを提案する。
「色々考えるのはわかるが、ここでは結論出ないだろ。それより温泉に俺は行こうと思う」
「ふふ、キミらしいな」
「私もお供しますね」
「イ、イレーヌも入るのか……?」
「っていうか、どうせだしみんなで入りましょうよ」
ルシルの提案に断る者はゼロで、結局五人で温泉地へ向かうことになった。村を出る際、遊んでいた子供たちにダーネルの評判をさりげなく訊いてみる。
大人は良くても子供からは嫌われているパターンは、結構危ういから。
「ダーネル先生のこと? 大好きだよ。優しいし、村の危険を前もってふせいでくれるんだ。今日だって、数日後ここを襲うかもしれない魔物を倒しに行ったんだよ」
「隙がなさすぎるな」
反動形成って言葉がある。本質を悟られたくないから過剰に逆の演技をすることだ。凶悪な殺人鬼が、普段はクソ礼儀正しいやつだった的なアレだな。
善人すぎるタイプは、俺は毎回疑ってかかるようにしている。今回はどっちと出るか。
それはともかく、いまは温泉温泉。
村から一番近い山に目的の温泉はあった。山の中腹と場所はイマイチだけど、魔物などにはほとんど遭遇しなかったのでありがたい。
何人かの村人がいて、綺麗な湯を保てるよう管理してくれているらしかった。一言お礼を告げて全員で風呂に入る。規模は大きくないけど、五人くらいなら余裕で入れた。
「男湯女湯、分けなくても……」
「やっほー!」
「……よさそうだな」
すっぽんぽんで風呂の中に飛び込むミーシャを見ての、俺の意見である。他の三人はさすがに、タオルやら布やらで大事なところを隠している。俺も腰に布を巻いて熱いお湯に入る。
「くぅううう~~~」
肩まで浸かる温泉は格別だ。自然の景色も悪くはない。遠くに猿が確認できた。
「温まりますねー」
「毎日でも入りたいな。急ぎの旅でもないし、数日留まるっていうのも手か」
「そうですね。のんびり行きましょうか」
あとは、宿屋で出る飯が美味しかったら言うことなし。
気持ちよすぎるせいで、かなりの長湯をすることとなった。
◇ ◆ ◇
翌朝、俺はちょっぴりブルーな気持ちに襲われていた。特に宿屋に不満があったわけじゃない。飯も結構美味かったし、ベッドだって悪くなかった。
じゃあなぜか。それは朝っぱらから雨がザーザー降りだからだな。これだとさすがに温泉を楽しむことはできないだろう……とテンションが落ちたというわけで。
午前中、俺が一階の椅子に座ってボーッとしていると、イレーヌがぼそりと言う。
「当たりましたね」
「何が当たった?」
「雨が降る、とダーネルさんは言ってたんですよね?」
「あぁ、そういやそうだ……」
ドンピシャの大当たりだ。それで思い出したのだけど、俺たちダーネルから自宅に来てくれって言われてたんだった。
雨で暇を持て余している女性陣を連れて、俺はダーネルの自宅へ向かってみる。神として称えられているわりには普通の民家で、質素な暮らしをしているのが想像できた。
入り口の前に着くと、俺たちが来るのを見越していたみたいに、ダーネルが声をかけてくる。
「よく来てくださいましたね。どうぞ中へお入りください」
これも未来予知の一種なんだろうかね? 少々驚きつつ中へ。座布団が人数分用意されていたので、そこに並んで座る。
「お忙しい中、わざわざありがとうございます」
「特に忙しくはないんだわ、俺たち。のんびり迷宮都市を目指す感じで」
「迷宮都市には何かご用があるのですか?」
「飛行木板ってのを探しに。情報があったら教えてほしい」
ダーネルは記憶を探るように考え込む。
「分かれの迷宮、というところで入手できると聞いたことがあります。ただそれ以上のことは……すみません」
分かれの迷宮っていうのは、なかなかに有名な話なんだろうな。話題を切り替えて、なぜ俺たちをここに呼んだか。そして特に丁重にもてなすように村人に告げたかについて尋ねる。
「もうお聞きかもしれませんが、私は未来を少しだけ予知、または予感できます。あなた方はいずれ、大きな事を成す。そう予感したのです」
特に心当たりのない俺たちは、よくわからんといった顔をする。ダーネルはクスリと笑ってから続ける。
「今回ここに来ていただいたのは、実は頼み事がありまして」
「そういうパターンか」
「まずは、お聞きいただけると助かります。単刀直入に言いますと――私はもうこの村を出たいと思っているのです」
元々ダーネルは国を旅して困っている人々を助けていたらしい。慈悲心の塊みたいな男なんだろう。話し方も穏やかだし、違和感はない。
ところが、一年前にこの村を救ってからというもの、ここを離れることができなくなった。
「村人たちが過剰に頼ってくるからか?」
「それもありますが、見えてしまったのです。ライナスがここに戻ってくる未来が」
ライナスっていうのは、ダーネルに追い出されたダークエルフだったな。
予知夢によれば、復讐鬼と化したライナスが村で暴れまくるとのこと。
「俺たちに、それを止める手伝いをしてくれってわけかい」
「報酬としましては、若さを保つ健美丸薬と私の髪の毛でいかがでしょう」
「どっちも興味あるな。詳しく頼むわ」
ダークエルフの健美丸薬……とある天才薬師がエルフ系の長寿の秘密を突き止め、人間でも同じように若く美を保てるように開発した薬。作り方は非公開のため、めちゃくちゃレアらしい。
ダークエルフの髪の毛……こちらはただの髪の毛だが、売るところに売ればかなりの高額で買い取ってもらえる。
美形で階級も高い種族だから、憧れる者たちがいても不思議ではない。
「すっごい、どっちも貴重じゃない……特に丸薬。ねえジャー、手伝ってあげましょうよ」
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