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3巻
3-1
しおりを挟む1 合コン! 甲冑! 総務部長!
「それじゃ合コンの打ち合わせに行ってきますね」
「はいはーい、いってらっしゃい~」
部屋の奥で、思い思いにくつろいでいる俺の三人の奥様達が気のない返事をよこしてくる。
ドアノブに手をかけようとした瞬間。俺の頬を掠めて一本のククリナイフがドアに突き刺さった。
「行ってきますねじゃないわよ、イント! 自分の女房を目の前にして、合コンの打ち合わせとは良い度胸してるじゃないの」
俺の発言をボケと受け取ったのか、まさに殺す気でノリツッコミをして来たのは、剣と魔法の世界でも隅っこの方に位置する小さな町エンガルの、ドワーフ族が営む「アサカー鍛冶屋」のアサカー家長女デックス。
黒髪ストレートの双剣使いで、クールかつキツ目だけどダメ男製造機である。
「ダンナ、その合コン会場を更地に変えて来るから場所を教えろよ」
デックスの背後で、カチャカチャと物騒なギミック付きの手甲を装着し始めたのは三女エステア。
赤髪ショートで殴るの大好き、男勝りで脳ミソ筋肉だけどエロ発言が一番多い。
「合コン相手が全員行方不明になれば中止になるわよね~?」
丸鋸のような回転ギミック付きの物騒な盾を装着し始めたのは次女ヴィータ。
金髪ゆるふわロングヘアーの防御や体術の達人で、目立たないけどかなり腹黒い。いじめっ子の幼馴染みが数人行方不明になっている事には触れてはいけないらしい。
地球の神様からリストラされた俺と、エンガルの町で有名な「嫁き遅れ三姉妹」。その三姉妹の父親に拾われた俺は、アサカー家に居候する事になり、結婚をゴリ押しされるまでは良かったのですが……奥様達の見た目が小学生だったのです。
「騎士団の合コンのセッティングですよ、前に話したじゃないすか。今日はその打ち合わせなんですよ」
「ああ、なんか言ってたわね、そういえば」
説明すると、奥様達がようやく武装解除をしてくれた。
「今回はお酒も入る予定なので、孫の湯ではできないんすよ」
「どこでやるのよ?」
「俺の行きつけのうどん屋で」
「色気のないとこでやるのねえ? 女の子ががっかりするわよ?」
「やっぱりそうですかね? 女の子の集まりが悪くて困ってるんですよ」
「孫の湯で釣って、うどん屋で飲み会してみたら~?」
なるほど……二次会で飲めばいいのか。
「模擬戦の時のワックちゃんみたくエステ券で釣りますか」
「混浴でも水着でなら、それほど恥ずかしくないだろ?」
模擬戦以来、水着の注文が増えているらしい。みんな最初は嫌がってたのにね。
「じゃあ、プールは難しいので、ジャグジー方式で顔合わせなんかいいかもしれませんね」
「ジャグジーって何?」
「そうですね、混浴風呂とプールの中間みたいなもので、水流を付けたり泡を出したりするやつですね。結構楽しいですよ」
奥様達が結構食い付いてきた。
「これはいけるかもしれませんね、エリーさんに相談してみます」
その後、孫の湯リゾート会議にて、ジャグジー設置の承認を得る為に、現物を作成して孫の湯の責任者であるエリーさんに試してみてもらう。
「物は試しだ、まずかったら改良するし、終わったらその日のうちに埋める事も可能なんだろ? 酒の提供以外は好きにやって構わないよ、土地は余ってるんだし」
色よい答えが返ってきたので、合コン参加者六十人が好き勝手に遊べるだけのジャグジーを作り、ついでに交流スペースも作成した。
先日の、子どもを狙った盗賊団襲撃からの防衛のお礼として、エステの無料券も大判振る舞いだ。リピーターも見込んでいるのだろう。
食事は、技術指導を受けた子供達の練習台という名目で、格安で引き受けてくれた。
孫の湯様様です。
孫の湯サイドの調整は完璧で、女の子を集めるのは、合コン参加資格とエステ券三枚でギルドの嫁き遅れ受付嬢ナナさんにお願いした。
「という訳で、あとはマスターのとこだけなんすよ。どうか一つ、エンガルの町の活性化に貢献してもらえませんか?」
俺は行きつけのうどん屋のマスターに、合コン会場提供のお願いに来ていた。
「別に構わないんだよ、合コン会場にするのはよ」
「じゃあ、何が気に食わないんすか?」
「もう何十回も言っているんだが、うちはうどん屋じゃねえ」
「じゃあ、俺はどこでうどんを食えばいいんすか?」
「うどん屋で食えっつってんだろ」
「わかりました、じゃあ合コンの二次会の会場をお願いしますね」
「おう、任せておけ」
「とびきりのうどんを楽しみにしてます」
「任せておけ」
こうして会場の準備が終わり、残る問題はあと一つだけである。
◇◇◇
――エンガル第二十五騎士団合コン特別対策本部。
仰々しい看板が置かれた騎士団駐屯所の会議室の一室で、今回の催しの対策会議が行われていた。
「えー、まずですね、前回カップルが乱立した背景を、分析した結果を報告しますね」
そんな俺の言葉に、騎士団合コン選抜メンバーが、真剣な表情でメモを取る。
「まずは騎士団との模擬戦と言う事で、ハンターの女の子達は非常に不安な気持ちになっていたそうです。そして騎士の皆さんとの出会いのシーンでは、皆さんが捕虜として彼女達と出会う事により、全員お姫様扱いされる事になりました」
「騎士が捕虜になる事は、恥ずべき事態ではないのか?」
「今大事なのは女の子の心理ですね。女の子は皆、お姫様になりたいものなのですよ」
「おお……」
騎士団からどよめきが上がる。いつの間にか会議室の外にも、鈴生りの人集りができていた。
「そして捕虜の方々にやっていただいた事ですが、お風呂の中、半裸の状態で逞しさをアピールしながら、水着の女の子をおぶって丘の上まで走ってもらいました」
「なんと……」
またざわざわとざわめく。
「以上の状況から導き出される、キーワードは? はい、アルファさん」
指名された工兵科所属のアルファさんは、起立して大声で答える。
「恐怖、隷属、筋肉、オッパイです!」
「まったく違いますね」
「な、なんだと……?」
会議室周辺がさらにどよめく。
「ここでのモテポイントは紳士的、清潔感、頼り甲斐、解放感です」
「し、しかし筋肉で、女の子を片手で持ち上げれば……」
「年頃の女の子を孫の湯の子供達と一緒にしてはいけません」
「そ、そうなのか……」
「そして前回の騎士団結婚バブルの裏側には、心理的に重要なトラップが仕組まれてます」
「な、なんだってえ?」
「騎士団の捕虜が、モテざるを得ない状況に追い込む、重要なキーワード。それは」
「それは?」
「吊り橋効果です」
ざわざわとざわめく会議室は、もう既に入り口のドアと窓が取り外され、黒山の人集りである。
「吊り橋効果とは、吊り橋を渡る時のような不安感を女の子に与える事でドキドキさせて、そのドキドキを近くにいる異性に対する恋愛のドキドキと勘違いさせてしまう。恋のキューピッドが使用するブービートラップです」
「な、なんて恐ろしい」
「止めますか?」
「いえ、ぜひお願い致します」
会議室周辺では、全員がメモを取り始める。
「せ、先生、水着の女性を目にするのは初めてなのですが、注意点はありますか?」
「水着とは……オッパイが大きい事にコンプレックスを持つ女の子のオッパイはより大きく見え、小さい事にコンプレックスを持つ女の子のオッパイはより小さく見えるという、魔法付与された特殊装甲です」
「おおおう!」
前半で八割の歓声が、後半で二割の歓声が上がる。
「水着は、胸部装甲が薄くなる事により防御が手薄になる反面、フットワークと攻めが激しくなります。戦場で鎧を剥がされた兵士のような物です」
「それが解放感なのですね?」
「はい。しかし胸部装甲が薄いからといって、攻めに走りすぎ、そこばかり見ていると勘付かれます。特に装甲が薄い分、気配の察知は敏感なので、逃げられ易くなります」
「なるほど、斥候は控えないといけない訳ですな」
「先生! 臀部装甲も薄いのですが、背後からの斥候は積極的に行っても良いのでしょうか?」
「比較的気づかれ難いですが、周りには同性の同盟者がいるので、情報伝達が容易に為されるはずです。控えた方がよろしいでしょう」
その日の会議は実戦前日さながらに、深夜まで白熱した。
◇◇◇
そして迎えた合コン当日。孫の湯受付で、俺は騎士団の合コン検閲官をしていた。
なぜ検閲かというと、騎士団員の常識が余りにも酷いため、服装のチェックを行うはめになったからだ。
町内会のつてを頼り、洋服のサカエ屋のご主人に出張屋台を展開してもらっている。
「合コン参加者です、チケットの確認をお願いいたします」
一人のイケメン騎士団員が到着した。
光り輝くシルバーの甲冑に、騎士団の中でもなかなか見られないほど巨大な大剣を背中に背負って、白い馬に跨った騎士だ。
「だからなんで合コンに甲冑を着こむんだよ! 仕事じゃないんだから、普段着で来いよ!」
「はっはっは、これは仕事用の甲冑ではなく、お出かけ用の甲冑ですよ。ほら、脇のところに通気性を良くする為のスリットがあるでしょう? あと、肩の部分にはオシャレな彫刻があしらってあります。しかも……かの有名な甲冑職人のメーカー品ですぞ、ここに『アデドス』と彫り込んであるのを見てください?」
「サカエ屋のご主人さん、お願いします……」
「おうよ!」
甲冑男は馬から引きずり降ろされ、フィッティングテントに押し込められる。
「な、何を……某は、姫を、姫を……」
どうやら、女の子を姫扱いするという部分を聞きかじり、こじらせた結果こうなったらしい。
「合コン参加者です」
次の参加者が来た、と、慌ててテントから出て受付に行く。そこには、身体全体に藁を巻き、顔には真っ赤に塗られた木製のお面、頭には金色に輝く巨大なツノを生やした異形の生き物が、合コンチケットを握りしめ佇んでいた。
「えーと……」
「はい」
「なぜ?」
「まず女の子には、不安と恐怖を与えるのが良いと聞きまして」
「お前はナマハゲか! サカエ屋さああああん!」
「任せとけ」
そんなこんなで、俺の仕事は騎士団のボケ潰しから始まった。しかもコイツラ素でボケて来るから、我が家のボケまくりゴーレムのハルコよりタチが悪い。
女の子達はエステ無料券でホクホク顔で、エステスタッフも朝から大わらわで施術を行っている。
水着が飛ぶように売れて、サカエ屋さんも嬉しそうである。
合コンは、女の子達のエステが終わった昼頃、ランチ会から始まった。
「えーと……」
「うむ」
水着姿の参加者が一堂に会した特設ルームの中央には、想定外の人物が鎮座していた。
「騎士団長さんがなぜ?」
「参加予定者の一人が今回怪我で欠席でな。急遽代理で私が来たが、何か不服はあるか?」
黒くてゴツい革の眼帯で右目を覆い、鋭い眼光を放つ左目でこちらを見やる団長。アルファさんに視線を送ると、
「全身打撲の怪我を負い、ぜひ団長殿に代理を……と」
アルファさんは視線を逸らしながら、棒読みで理由を話してくれた。
「なんとなく理由はわかりましたが……」
俺は呆れながら、合コン会場で浮きまくってるもう一人の人物に目をやる。
「あたしだって独身なんだよ! いいじゃないか」
「エリーさんもお年頃ですからね」
彼女の隣に座るナナさんに視線を送ると、ニヤリと笑いながら、エステ券十枚ほどの束を胸元から引き出した。どうやらエリーさんに買収されたようだ。
「本日はお日柄も良く、日頃の疲れを癒やす、いい機会だと思って存分に楽しんでください。また騎士団の精鋭達は、女の子に親しむ機会がなく、非常にぎこちないとは思いますが、そこは女の子達が上手にフォローしてあげてくださいね」
カチコチに緊張した騎士団と、くすくすと笑っているハンターの女の子達。
雰囲気も良くなってきたところで、
「はいそれでは、見合って見合って、はっけよい残った」
俺の号令の下、ジュースで乾杯をした。
合コンは和やかに進み、ガチガチに緊張していた騎士団の面々も、柔らかな笑みを見せる事ができるようになってきた頃、事件は唐突に起こった。
「エリーさんはいるかい? 大変だ」
近所の農家のおじさんが、孫の湯の受付に飛び込んで来たので、エリーさんが対応する。
「野火だ、野火が出た。来店しているお客さんで男手がいたら、貸して欲しい」
野火って言うと……野原の火事? 状況が呑み込めずに俺が呆けていると、今の今まで水着姿の女の子相手にデレデレしていた騎士団三十人の目付きが一斉に変わり、騎士団長の指示の下で水着姿で飛び出して行った。
「イントくん! ぼーっとしてるんじゃない! ゴーレムを出して」
「は、はい!」
団長の声につられて表に飛び出してみると、風に煽られた火の手が、みるみるこちらに迫って来る。
「イントくん、火の手前の土を起こせるか? 燃え種を除去したい」
団長の指示が飛ぶ。
「了解しました、水桶の作成は必要ですか?」
「頼む! 全員バケツリレーの準備!」
テキパキと騎士団が動き出し、近くのジャグジーまで走り出す。
孫の湯にいた女の子達と子供達は、エリーさんの指示により避難済みらしい。ザバザバと水しぶきを上げ、騎士団がジャグジーから水を汲み出すと、凄い勢いで走り出した。
俺は火の手が迫る野原でゴーレムを作成し燃え種を剥がし、そのまま別のゴーレムを作成して火の海を転がり回らせる。
次々と作成されるゴーレムと、多数のバケツ。
「バケツはもういい、火に土を被せる事はできるか?」
団長の指示に従って、アースボールを火に向けて放り投げる。
「火勢が衰えてきている! 残火処理開始」
「応!」
騎士団全員泥まみれになりながらバケツリレーを続け、きっちりと野火が消えたのは、とっぷりと日が暮れた後だった。
「皆さんお疲れ様でした」
「イントくんもお疲れ様だな。ゴーレムがいなかったら、もっと広がっていただろう」
途中から騎士団の応援も駆けつけて、町中の私設消防団も交ざって、人海戦術で火の粉を消した。
「あとは勤務中の騎士団の皆さんに任せて、皆でお風呂に入りませんか?」
「そうだな。今日の合コンとやらは運がなかったが、こればかりはしょうがない」
「あ……合コンしてたんだった……」
合コンメンバーが一様に膝から崩れ落ちる。
「孫の湯があれば、いつでもできますよ! またセッティングしますんで、汚れた顔を洗いましょう!」
全員でヤケ気味に風呂に入り、涙を流しながら団歌を歌った。
帰り支度を始める全員に向かって、エリーさんが問いかける。
「イントくん達、腹減ってないのかい?」
「もうお腹が減りすぎて目を回しそうですよ……」
「うどんが伸びない内に、二次会の会場行かないと。マスターが怒ってるんじゃないのかい?」
あ……忘れてた。
「みなさん! これからうどんを食べませんか? 酒もありますよ!」
その俺の言葉に、全員がノリノリでうどん屋に繰り出す。
とりあえず合コンは流れたが、町を守ったという自負が、騎士団を支えていた。
うどん屋のドアを開けると、無愛想なマスターが迎えてくれ、迷惑そうに呟いた。
「お前らが遅いから、みんな心配してるじゃねえか、さっさと座れ。出汁が煮詰まっちまう」
貸し切りのうどん屋のテーブル席には、きっちりと女の子達が座って待っていた。
それを見た騎士団三十人は揃って大泣きしながら、うどんを注文したのだった。
「だからうどん屋じゃねぇって……」
マスターの声は、うどんを啜る音にかき消されていった。
応援ありがとうございます!
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