シネラマ

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文章を書くのが好きです。それと同じくらい映画を観るのが好きです。

【前編】振り返りではなく、災難の渦中にいながら小説を書くということ 映画館の自粛に思いを馳せたこと(その1)

いま日本を含め、世界を覆っている災難について、小説という形で気持ちを吐き出してみたいと思ったのが、今年の三月十九日。
そこから二日間をかけて書いたのが『私には要も急もある 羽田涼子VS新型ウイルス感染症』です。
ある平凡な女子大生とその友人が直面した状況、それに対する彼女らの思いと行動を描写しました。
当時の日本国内では、自粛の是非と物資の買い占めへの問題提起が話題の中心だったと感じたため、それを中心テーマにしました。

書き上げた日から、地域にも寄りますが、日々状況は困難になっていくように思えます。
『私には要も急もある』は、投稿した三月二十日頃では有効でしたが、数日も経てば、作品の持つ説得力が持続しないと感じるようになりました。

本来、こういった未曾有の災難は、ドキュメンタリーを除けばある程度、時が経過してから、物語が作られていくものです。
戦争、災害、革命等、それらを経験した方たち、あるいは徹底して当時のリサーチをした人たちによる優れた作品は多く残されています。

この感染症の災難も、これから世界中の作り手たちによって、小説、漫画、アニメ、映画、舞台と多くのジャンルにて発表されていくことでしょう(「それらを作り上げるだけの余裕」=「災難の終息」はいつか必ず訪れるものと信じております)。

日々状況が変化し、俯瞰することのできない、いまの段階で物語ることは時期尚早とも言えます。
実際、商業作品として発表したとしたら、批判に晒される可能性があります。


ただ、私は創作を仕事にしているわけではないこともあり、こういった即時性のある無料閲覧の小説投稿サイトを利用して、気持ちを外に出してみたいと思いました。
特段の宣伝もしておりませんが、それでもお読みいただけた方がおり、また大変にうれしいご感想や評価をお寄せくださった方もおります。本当にありがとうございます。

(「その2」に続きます)
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登録日 2020.04.04 23:17

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