プロダクション・ノート:『ドリアン山の最後の二等兵』桃色の寺の菩提樹の下で
この話はフィクションですが、「おそらく」ベースの話として書いてみました。
タイ中部のナコンナーヨック県という自然豊かなところに、現在ではタイ陸軍士官学校となっている、当時の日本軍駐屯地がありました。
敗戦直後の最終決戦場として、1万以上の日本軍が集結しました。(タイ南部ソンクラーから・ビルマから・カンボジア国境から)。
その駐屯地の近くに「ドリアン山」という面白い名前の山があります。当時はドリアンの木がわんさかあったそうです。その山の麓に「ドリアン寺」(今度は”寺”かい!)があるのですが、これがすべてピンク色なんですね。240年以上も前かららしいですが、怪しいですが。
ですから多分戦時中はピンク色をしていたのでしょう、日本の兵士さんは「なんじゃい、この色は!」という感覚だったのでしょう。
敗戦を知ってから、何人もがこの山のお堂に籠って、自決した話を聞きました。あるものは手りゅう弾、拳銃、割腹と…こんな話は教科書にも載らないし、知ってる日本人でさえ少ないやんか!ということで、物語は一気に書いたわけです。
私は数回訪れてますが忘れないうちに…と思い。ネタバレのつもりですが、あの村の娘が仏教国タイならではの存在”仏陀”そのもので、自決する中村軍曹は贖罪、相沢二等兵は自分自身の人生の歩みの三段構えになっています。
是非最後までお読みくださり、ご意見、ご感想を戴けると幸いです。
タイ中部のナコンナーヨック県という自然豊かなところに、現在ではタイ陸軍士官学校となっている、当時の日本軍駐屯地がありました。
敗戦直後の最終決戦場として、1万以上の日本軍が集結しました。(タイ南部ソンクラーから・ビルマから・カンボジア国境から)。
その駐屯地の近くに「ドリアン山」という面白い名前の山があります。当時はドリアンの木がわんさかあったそうです。その山の麓に「ドリアン寺」(今度は”寺”かい!)があるのですが、これがすべてピンク色なんですね。240年以上も前かららしいですが、怪しいですが。
ですから多分戦時中はピンク色をしていたのでしょう、日本の兵士さんは「なんじゃい、この色は!」という感覚だったのでしょう。
敗戦を知ってから、何人もがこの山のお堂に籠って、自決した話を聞きました。あるものは手りゅう弾、拳銃、割腹と…こんな話は教科書にも載らないし、知ってる日本人でさえ少ないやんか!ということで、物語は一気に書いたわけです。
私は数回訪れてますが忘れないうちに…と思い。ネタバレのつもりですが、あの村の娘が仏教国タイならではの存在”仏陀”そのもので、自決する中村軍曹は贖罪、相沢二等兵は自分自身の人生の歩みの三段構えになっています。
是非最後までお読みくださり、ご意見、ご感想を戴けると幸いです。
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登録日 2026.04.06 22:24
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