事実と異なる人物像。本当の愚者に、ここまでできたか
本編で描いた通り、戦場でも政治の場でも翻弄され続けた金吾ですが、彼を追っていくうちに、彼ほど事実と異なる人物像をのちに作り上げられた人はいないと心が苦しくなりました。
たとえば、慶長の役の蔚山城での加藤清正の救出エピソード。そして、のちに関ヶ原の戦いから2年後、大谷吉継の祟りで発狂して死んだというエピソード。これらはすべて、後世の軍記物などによる創作(作り話)です。
・蔚山城でのエピソード:関ヶ原で金吾の裏切りを「正当化」するドラマが必要だったから。
・大谷吉継のエピソード:裏切り者には天罰が下るという、因果応報の倫理的な納得感・落としどころが必要だったから。
生前だけでなく、死後もなお、どれもこれも金吾を都合よく利用しようとする時の為政者や世間の計算が働いているように見えて仕方がありませんでした。
ただ、金吾自身、当時、「阿呆」を演じて自分の目的を遂げようとした面もあると思います。
なぜ”演じた”と思うのかは、苦境の越前、戦の準備をひそかに整えた筑前、そして、関ヶ原での絶妙な軍の配置と裏切りのタイミング。さらに、備前(岡山)での善政。
本当の愚者にここまでできただろうか、と。
だからこそ、本作ではそんな「作られた虚像」を剥ぎ取り、できるだけ史実に基づき、彼の真実の苦悶を描きたいと思いました。
たとえば、慶長の役の蔚山城での加藤清正の救出エピソード。そして、のちに関ヶ原の戦いから2年後、大谷吉継の祟りで発狂して死んだというエピソード。これらはすべて、後世の軍記物などによる創作(作り話)です。
・蔚山城でのエピソード:関ヶ原で金吾の裏切りを「正当化」するドラマが必要だったから。
・大谷吉継のエピソード:裏切り者には天罰が下るという、因果応報の倫理的な納得感・落としどころが必要だったから。
生前だけでなく、死後もなお、どれもこれも金吾を都合よく利用しようとする時の為政者や世間の計算が働いているように見えて仕方がありませんでした。
ただ、金吾自身、当時、「阿呆」を演じて自分の目的を遂げようとした面もあると思います。
なぜ”演じた”と思うのかは、苦境の越前、戦の準備をひそかに整えた筑前、そして、関ヶ原での絶妙な軍の配置と裏切りのタイミング。さらに、備前(岡山)での善政。
本当の愚者にここまでできただろうか、と。
だからこそ、本作ではそんな「作られた虚像」を剥ぎ取り、できるだけ史実に基づき、彼の真実の苦悶を描きたいと思いました。
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登録日 2026.06.25 08:42
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