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季節は巡り、王宮では、建国を祝う記念の舞踏会が催されることになった。
デュクロワ公爵家に招待状が届いた日、マーブルは、少しだけ憂鬱な気分だった。
「……行きたくない、ですわね」
自室のテラスで、リリーにぽつりと本音を漏らす。
あの婚約破棄の夜会以来、マーブルが公式の社交場に顔を出すのは、これが初めてとなる。
「お気持ちは分かりますが、お嬢様。これは王家主催の舞踏会。デュクロワ公爵家が欠席するわけにはまいりません」
「分かっているわ。……でも、きっと、また好奇の目に晒されるのでしょうね。『婚約破棄された、哀れな令嬢』だって」
ため息をつくマーブルに、リリーは励ますように微笑んだ。
「いいえ、お嬢様。今の皆様の関心は、別のところにありますわ」
「別のところ?」
「はい。『氷血公爵様のお気に入り』の令嬢は、一体どんなお姿で現れるのか、と」
リリーの言葉に、マーブルは顔を赤らめる。
確かに、アリスティードのおかげで、悪質な噂は鳴りを潜めた。代わりに、今度は、彼とマーブルの関係を、興味津々に見守る者が増えたのだ。
(あの方と、わたくし……)
そんなことを考えていた矢先のことだった。
執事が、少しだけ興奮した面持ちで、マーブルの部屋を訪れたのは。
「お嬢様!き、騎士団長閣下が、お嬢様にご挨拶に、と……!」
「えっ!?」
アリスティードが、デュクロワ公爵邸を、公式に訪れた。
その事実は、マーブルだけでなく、屋敷中の使用人たちを驚かせた。
客間で、父と共にアリスティードを迎える。
彼は、いつものように、完璧な礼服に身を包んでいた。
「本日は、どういったご用件で、アリスティード殿」
父の問いに、アリスティードは、すっと立ち上がると、マーブルの方へ向き直った。
そして、その場で、騎士の最上級の礼をとってみせた。
「マーブル・デュクロワ嬢。……来る建国記念舞踏会にて、貴女のエスコート役を、この俺に務めさせてはいただけないだろうか」
その、あまりにも真っ直ぐで、誠実な申し出。
それは、彼らの関係が、もはや『秘密の取引』などではないという、社会に対する、無言の宣言だった。
マーブルは、胸がいっぱいになりながら、こくりと頷くことしかできなかった。
そして、舞踏会の当日。
マーブルは、深紫色の、夜空を思わせるドレスに身を包んでいた。
銀の髪に映える、アメジストの髪飾り。化粧は薄く、だが、それがかえって彼女の凜とした美しさを引き立てている。
「……綺麗だ」
迎えに来たアリスティードが、マーブルの姿を見て、ぽつりと呟いた。
その率直な褒め言葉に、マーブルの心臓は、またしても大きく跳ねる。
「あなたこそ、素敵ですわ」
彼の、白銀を基調とした、騎士団長の正装。
それは、これまで見たどんな姿よりも、彼の気高さを際立たせていた。
二人は腕を組み、王宮のボールルームへと向かう。
その扉が開かれ、二人の姿が、ホールに現れた瞬間。
わあ、という、大きなどよめきと共に、会場の全ての視線が、彼らへと突き刺さった。
誰もが、息を呑んでいた。
『悪役令嬢』と呼ばれた公爵令嬢と、『氷血公爵』と畏怖される騎士団長。
その二人が並び立つ姿は、見る者を圧倒するほどの、神々しいまでの美しさと、気品に満ち溢れていたのだ。
その光景を、玉座の近くから、苦々しい表情で見つめる二つの影があった。
ジュリアン王子と、クララだ。
(……なんだ、あいつは)
ジュリアンの目に映るマーブルは、彼が知っている、いつも不機嫌そうに黙り込んでいる女ではなかった。
背筋をすっと伸ばし、アリスティードの隣で、自信に満ちた穏やかな笑みを浮かべている。
その輝くような美しさに、ジュリアンは、初めて、自分が手放したものの大きさを、はっきりと突きつけられた気がした。
隣に立つクララの、けばけばしいドレスや宝石が、ひどく安っぽく見えてしまう。
(許せない……!許せない許せない許せない!)
クララの心中は、嫉妬の炎で、燃え盛っていた。
自分が主役のはずの舞台で、自分以上に注目を浴びる女がいる。しかも、それが、自分が蹴落としたはずの、マーブル・デュクロワだという事実が彼女のプライドをずたずたに引き裂いた。
やがて、ワルツの最初の曲が流れ始める。
アリスティードは、マーブルをダンスの輪へと優雅に導いた。
「皆様、こちらを見ていますわね」
踊りながら、マーブルが少しだけ不安そうに囁く。
「気にするな。堂々としていればいい。君は、何も恥じることはないのだから」
アリスティードの力強い言葉と、しっかりと支えてくれる腕がマーブルの不安をすっと溶かしていく。
もう、何も怖くはない。
この人が、隣にいてくれるのだから。
マーブルは、心からの笑みを浮かべた。
その幸せそうな二人の姿はその夜の舞踏会で誰よりも輝いて見えた。
だが、彼らはまだ知らない。
その輝きが強ければ強いほど、濃くなる影があることを。
そして、その影の中で一人の少女が嵐を呼ぶための新たなそしてより悪質な罠を巡らせ始めていることを。
輝かしい夜は、次なる悲劇のほんの序章に過ぎなかったのだ。
デュクロワ公爵家に招待状が届いた日、マーブルは、少しだけ憂鬱な気分だった。
「……行きたくない、ですわね」
自室のテラスで、リリーにぽつりと本音を漏らす。
あの婚約破棄の夜会以来、マーブルが公式の社交場に顔を出すのは、これが初めてとなる。
「お気持ちは分かりますが、お嬢様。これは王家主催の舞踏会。デュクロワ公爵家が欠席するわけにはまいりません」
「分かっているわ。……でも、きっと、また好奇の目に晒されるのでしょうね。『婚約破棄された、哀れな令嬢』だって」
ため息をつくマーブルに、リリーは励ますように微笑んだ。
「いいえ、お嬢様。今の皆様の関心は、別のところにありますわ」
「別のところ?」
「はい。『氷血公爵様のお気に入り』の令嬢は、一体どんなお姿で現れるのか、と」
リリーの言葉に、マーブルは顔を赤らめる。
確かに、アリスティードのおかげで、悪質な噂は鳴りを潜めた。代わりに、今度は、彼とマーブルの関係を、興味津々に見守る者が増えたのだ。
(あの方と、わたくし……)
そんなことを考えていた矢先のことだった。
執事が、少しだけ興奮した面持ちで、マーブルの部屋を訪れたのは。
「お嬢様!き、騎士団長閣下が、お嬢様にご挨拶に、と……!」
「えっ!?」
アリスティードが、デュクロワ公爵邸を、公式に訪れた。
その事実は、マーブルだけでなく、屋敷中の使用人たちを驚かせた。
客間で、父と共にアリスティードを迎える。
彼は、いつものように、完璧な礼服に身を包んでいた。
「本日は、どういったご用件で、アリスティード殿」
父の問いに、アリスティードは、すっと立ち上がると、マーブルの方へ向き直った。
そして、その場で、騎士の最上級の礼をとってみせた。
「マーブル・デュクロワ嬢。……来る建国記念舞踏会にて、貴女のエスコート役を、この俺に務めさせてはいただけないだろうか」
その、あまりにも真っ直ぐで、誠実な申し出。
それは、彼らの関係が、もはや『秘密の取引』などではないという、社会に対する、無言の宣言だった。
マーブルは、胸がいっぱいになりながら、こくりと頷くことしかできなかった。
そして、舞踏会の当日。
マーブルは、深紫色の、夜空を思わせるドレスに身を包んでいた。
銀の髪に映える、アメジストの髪飾り。化粧は薄く、だが、それがかえって彼女の凜とした美しさを引き立てている。
「……綺麗だ」
迎えに来たアリスティードが、マーブルの姿を見て、ぽつりと呟いた。
その率直な褒め言葉に、マーブルの心臓は、またしても大きく跳ねる。
「あなたこそ、素敵ですわ」
彼の、白銀を基調とした、騎士団長の正装。
それは、これまで見たどんな姿よりも、彼の気高さを際立たせていた。
二人は腕を組み、王宮のボールルームへと向かう。
その扉が開かれ、二人の姿が、ホールに現れた瞬間。
わあ、という、大きなどよめきと共に、会場の全ての視線が、彼らへと突き刺さった。
誰もが、息を呑んでいた。
『悪役令嬢』と呼ばれた公爵令嬢と、『氷血公爵』と畏怖される騎士団長。
その二人が並び立つ姿は、見る者を圧倒するほどの、神々しいまでの美しさと、気品に満ち溢れていたのだ。
その光景を、玉座の近くから、苦々しい表情で見つめる二つの影があった。
ジュリアン王子と、クララだ。
(……なんだ、あいつは)
ジュリアンの目に映るマーブルは、彼が知っている、いつも不機嫌そうに黙り込んでいる女ではなかった。
背筋をすっと伸ばし、アリスティードの隣で、自信に満ちた穏やかな笑みを浮かべている。
その輝くような美しさに、ジュリアンは、初めて、自分が手放したものの大きさを、はっきりと突きつけられた気がした。
隣に立つクララの、けばけばしいドレスや宝石が、ひどく安っぽく見えてしまう。
(許せない……!許せない許せない許せない!)
クララの心中は、嫉妬の炎で、燃え盛っていた。
自分が主役のはずの舞台で、自分以上に注目を浴びる女がいる。しかも、それが、自分が蹴落としたはずの、マーブル・デュクロワだという事実が彼女のプライドをずたずたに引き裂いた。
やがて、ワルツの最初の曲が流れ始める。
アリスティードは、マーブルをダンスの輪へと優雅に導いた。
「皆様、こちらを見ていますわね」
踊りながら、マーブルが少しだけ不安そうに囁く。
「気にするな。堂々としていればいい。君は、何も恥じることはないのだから」
アリスティードの力強い言葉と、しっかりと支えてくれる腕がマーブルの不安をすっと溶かしていく。
もう、何も怖くはない。
この人が、隣にいてくれるのだから。
マーブルは、心からの笑みを浮かべた。
その幸せそうな二人の姿はその夜の舞踏会で誰よりも輝いて見えた。
だが、彼らはまだ知らない。
その輝きが強ければ強いほど、濃くなる影があることを。
そして、その影の中で一人の少女が嵐を呼ぶための新たなそしてより悪質な罠を巡らせ始めていることを。
輝かしい夜は、次なる悲劇のほんの序章に過ぎなかったのだ。
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