謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの

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輝かしいシャンデリアの下、優雅な音楽が流れ、着飾った人々が談笑に興じる。
舞踏会の熱気から少しだけ逃れるように、マーブルとアリスティードは、夜風が心地よいバルコニーにいた。

「……夢のようですわ」

ガラスの向こうの喧騒を遠くに聞きながら、マーブルがぽつりと呟く。

「何がだ」

「あなたと、こうして、二人で舞踏会に来られるなんて。……少し前までは、考えられもしなかった」

アリスティードにエスコートされ、堂々と会場を歩いた時の、あの高揚感。
彼に守られながら、共にワルツを踊った時の、あの幸福感。
その全てが、マーブルの胸を温かく満たしていた。

「……俺もだ」

アリスティードが、静かに答える。

「君のような、騒々しくて、手のかかる女に、ここまで振り回されることになるとはな」

「まあ!ひどいですわね!」

憎まれ口を叩きながらも、その声はどこか優しい。
二人の間には、穏やかで、甘い空気が流れていた。
この幸せな時間が、ずっと続けばいい。マーブルは、心からそう願った。

だが、その願いは、ホールから響き渡った、甲高い悲鳴によって、無残に打ち砕かれることになる。

「きゃああああっ!」

音楽が、ぴたりと止んだ。
楽しげだった会場の空気が、一瞬にして凍り付く。
バルコニーにいたマーブルとアリスティードも、何事かと顔を見合わせた。

ざわめきが広がるホールの中心で、クララ・シュミットが、ジュリアン王子の腕の中で、わなわなと震えていた。

「どうしたんだ、クララ!」

「わたくしの……!わたくしの、ネックレスが……!」

クララは、涙ながらに自分の首元を指差す。そこにあるはずの、宝石がなくなっていた。

「お母様の、たった一つの形見でございますのに……!どこにも、ないのです……!」

その悲痛な叫びに、会場は同情的な空気に包まれる。
ジュリアンは、愛する女の悲しみを見て、たちまち怒りに顔を染めた。

「衛兵!今すぐ、この会場の全ての扉を閉ざせ!誰一人、外に出してはならん!必ず、犯人を見つけ出してやる!」

王子の号令に、衛兵たちが慌ただしく動き出す。
そんな中、クララが、はっと何かを思い出したように、顔を上げた。

「……殿下。そういえば、先ほど……」

「なんだ、クララ。何か、心当たりがあるのか」

「はい……。バルコニーの近くで、マーブル様とすれ違った際に、少しだけ、肩がぶつかってしまって……。その時には、まだ、確かにあったのですけれど……」

その、悪意に満ちた囁き。
会場中の視線が、まるで示し合わせたかのように、バルコニーの入り口に立つ、マーブルへと突き刺さった。

次の瞬間、ジュリアンが、怒りに燃える瞳で、マーブルとアリスティードの元へと、ずかずかと歩み寄ってきた。

「マーブルッ!やはり、君の仕業だったのだな!」

突然の怒声に、マーブルは目を見開く。

「殿下、何を馬鹿なことを仰いますの」

「とぼけるな!クララへの嫉妬に狂いとうとう盗みまで働くとは!公爵令嬢の名が泣くぞ!」

一方的な決めつけ。聞き覚えのある愚かな断罪の言葉。
だが、今のマーブルの隣にはあの夜とは違う頼もしい守護者がいた。

「――殿下」

アリスティードが、マーブルを庇うように一歩前に出た。

「証拠もなしに、彼女を犯人だと決めつけるのは、王族としていささか早計が過ぎるのでは?」

その静かだが、有無を言わせぬ迫力にジュリアンはぐっと言葉を詰まらせる。
それを見たクララが、慌てて二人の間に割って入った。

「まあ、殿下、いけませんわ!きっと何かの間違いですわよ!」

涙ながらにジュリアンを諌める慈悲深い自分を演じながら、クララはちらりとマーブルを見た。

「マーブル様、お気を悪くされたのなら申し訳ありません。……ですが、もしよろしければ身の潔白を証明するためにそちらのハンドバッグの中を見せてはいただけませんこと……?」

その言葉に、会場がごくりと息を呑む。
あまりにも、あからさまな誘導。
だが、ここで断ればかえって怪しまれるだけだ。

「……結構ですわ」

マーブルは、静かに答えた。

「やましいことなど、何もありませんもの。どうぞお改めになって」

マーブルは、自分が持っていた小さなパーティーバッグの口金を開けた。
そして、その中身を白い手袋を嵌めた手でゆっくりと取り出していく。
ハンカチ、小さな手鏡リップルージュ。

それだけ。
バッグの中は空になった。

「……ほら、ご覧の通り」

マーブルが、そう言って空のバッグをひっくり返して見せようとしたその時。

カラン、という硬い音。

バッグの裏地の縫い目から、何かが滑り落ち床に転がった。
それは、大粒のサファイアが幾つも連なった豪奢なネックレス。

「あっ……!わたくしの、ネックレス……!」

クララがわざとらしく叫ぶ。

マーブルは、血の気が引くのを感じた。
床に転がるネックレスと、自分の空っぽのバッグをただ呆然と見つめることしかできない。

(……なぜ?どうして、こんなところに……?)

会場は、水を打ったように静まり返っている。
疑惑の視線が、同情の視線がそして侮蔑の視線が無数にマーブルの体に突き刺さる。

完璧な、罠。
あまりにも、残酷でそしてあまりにも見事な。

ジュリアンは、「やはりな」と吐き捨てるように言った。
クララは、涙で濡れた顔の裏で勝利の笑みを深く深く刻みつけていた。

嵐が来たのだ。
マーブルの幸せな夜を、全て吹き飛ばすほどの激しい嵐が。
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