偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第1章:主人公

第2話:知識のチート行使

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 アドレアン王国の西部に広がる「嘆きの塩原」。 

 そこは、セシルが即位してからの十二年間、一度として緑が戻ったことのない呪われた死地だった。地脈そのものが猛毒を孕み、魔力を注げば爆発的な熱を放つ。セシルはそこを鎮めるためだけに、毎年、自らの肺を焼くような苦痛と引き換えに、ようやく汚染の拡大を食い止めていた。

 しかし、レオの目に映るその土地は、単なる「バグったデータ」に過ぎなかった。

「……あー、やっぱり。ここ、無理にエネルギーを流そうとするから逆流しちゃうんだよ。セシルさん、やり方がちょっと強引すぎるんだよね」

 カスティエ公爵をはじめとする重臣たちを引き連れ、塩原の淵に立ったレオは、軽い調子でそう言った。 

 重臣たちは顔を見合わせる。彼らにとって、この土地は数多の魔導師が命を落とした禁忌の地だ。それを「やり方が強引」などと、遊びのように評する少年に、彼らは畏怖と期待を抱かずにはいられなかった。

「レオ様、ここは陛下の御力をもってしても、現状維持が精一杯の地なのです。本当に、救う手立てがあるのですか?」

「手立てっていうか……ただの掃除ですよ、これ。見ててください」

 レオは一歩前へ出ると、ジャージのポケットから手を取り出し、地表へ向けて掌をかざした。
 詠唱はない。苦悶の表情もない。 

 レオが念じたのは、地脈の「リセット」と「バイパスの作成」だ。現代のプログラミングを書き換えるように、彼は地中のエネルギーラインを強引に掴み、全く別の方向へとベクトルを逸らした。

(『浄化クリーン』、実行。……あとは、魔力の属性を反転させて……はい、終わり)

 レオの掌から、視界を焼き尽くすほどの純白の光が放たれた。 

 その光が塩原を撫でた瞬間、ドォォォォォン……と、大地が奥底から歓喜のような鳴動を上げた。

 奇跡は、一瞬だった。
  白く乾き、生き物の立ち入りを拒んでいた塩の塊が、見る間に瑞々しい黒土へと色を変えていく。それだけではない。地中に閉じ込められていた生命エネルギーが噴出し、レオの足元から、本来この季節には咲くはずのない色鮮やかな花々が、不自然なまでの生命力で次々と芽吹いていった。

「な……な、何ということだ……!」 
「地脈が……浄化されていく! 毒が消えていくぞ!」

 重臣たちが、なりふり構わず土に跪き、むせび泣いた。 

 十二年。彼らが「絶望」と呼び、セシルが「血」で贖い続けてきた問題が、この少年の指先一つで、文字通り「なかったこと」にされたのだ。

「ほら、言ったでしょ? 難しく考えすぎなんですよ。セシルさんのやり方は……なんていうか、すごく非効率なんです。もっと地脈の声を聞いて、最適化してあげればいいだけなのに」

 レオは、満面の笑みで振り返った。 

 自分を称える歓声。自分を「神」と呼ぶ祈りの声。 
 ゲームで最強の魔法を覚えたときのような、無敵の全能感が彼を満たしていた。

(あ、そうだ。これをセシルさんにも教えてあげなきゃ。あんなに苦しそうにしてるの、見てるだけでこっちも辛いし。僕がやり方を教えてあげれば、彼も楽になれるはずだよね)

 レオの心にあるのは、一点の曇りもない「親切心」だった。 

 だが、その親切心こそが、セシルの十二年を「無意味な自己満足」へと貶める、猛毒の正論であったことに、彼はまだ気づかない。

 レオが通った後の大地には、不気味なほど鮮やかな「偽物の花」が咲き乱れていた。 
 それは、この土地の未来の前借り。地脈の寿命を削って、今この瞬間の輝きを無理やり引き出した「搾取の奇跡」だ。 
 知識を持たぬ民衆と、ただ結果だけを欲した重臣たちは、その美しさに狂喜し、レオを「真の聖王」として仰ぎ始めた。

「さあ、レオ様! 早く王宮へ戻りましょう! 陛下……いいえ、セシル殿にも、この輝かしい結果を見せつけてやるのです!」

 カスティエ公爵の呼び方に、レオは微かな違和感を覚えた。 
 「セシル殿」。昨日までは「陛下」と呼んでいたはずなのに。 

 けれど、レオはその違和感を、自分への評価が高まったゆえの変化だと好意的に解釈した。

 レオは、自分が塗り替えた「美しい偽物の景色」を背に、王宮へと意気揚々と引き返していった。

 自分がこれから、セシルという名の壊れかけた氷細工を、その「正解」という名の鉄槌で粉々に打ち砕くことになるとも知らずに。
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