偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第1章:主人公

第4話:無自覚な加害

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 謁見の間でのレオの「宣告」は、王宮の壁を越え、飢えと不安に苛まれていた民衆の間に毒のように広まった。 

 翌日、レオはカスティエ公爵の勧めで、王都の広場へと繰り出した。民衆に自分の力を直接見せ、安心させるためだ。レオは、ゲームのイベントをこなすような軽い気持ちで、集まった人々に向かって明るい声を上げた。

「みんな、もう安心して! 僕は、前の王様がやってたみたいに、みんなに苦しみを強いるような魔法は使わないよ。地脈の流れをちょっと『整理』するだけで、この国はもっと豊かになれるんだ!」

 レオは、セシルの呪術を「旧式で非効率なもの」として説明し、それを改善した自分を誇った。彼にしてみれば、これはセシルを苦痛から救い、民を喜ばせるための「素晴らしいプレゼン」のつもりだった。

 しかし、その言葉を聞いた民衆の反応は、レオの予想とは全く異なるものだった。

「……整理するだけ、だって?」
「あの方が、十二年もかけて治せなかった土地を……勇者様は一瞬で直したのか?」

 群衆の中に、さざ波のような動揺が広がる。それはやがて、どす黒い「怒り」へと変わっていった。

「じゃあ、俺たちの子供が病気で死んだ時、あの方が『魔力が足りない』と言って泣いていたのは……全部嘘だったのか!?」 
「わざと問題を長引かせて、俺たちに恩を売っていたのか!」

 一度火がついた疑念は、止まらなかった。 
 彼らにとって、セシルは「命を削る聖王」から、一瞬にして「自分たちの無知を利用して権威を保っていた、陰湿な搾取者」へと成り下がったのだ。

「勇者様! 本当に、あの王は無駄なことをしていたんですか!?」 

 一人の男が叫ぶ。レオは一瞬、その剣幕に気圧されたが、持ち前の「正解を教えたい欲求」が勝った。

「ええと……嘘をついていたかは分からないけど、少なくともやり方はすごく間違ってたよ。僕ならもっと早く、みんなを助けられたと思う。……セシルさんは、一人で魔力を独占して、自分を特別に見せたかっただけなんじゃないかな」

 レオのその無邪気な一言が、決定打となった。 

 「自分を特別に見せたかった」

 その解釈は、苦しい生活を送ってきた民衆にとって、最も納得のいく「悪意」だった。

「嘘つきセシルを引きずり出せ!」 
「偽りの聖者を処刑しろ!」

 広場に怒号が渦巻く。レオは、自分が放った言葉がこれほどの憎悪を呼び起こすとは思わず、頬をこわばらせた。 

(あ、あれ……? そんなつもりじゃ……。僕はただ、僕の方が優秀だって言いたかっただけで……)

 だが、事態はもう、レオの手を離れていた。   

 その頃、王宮の奥深く。 
 セシルは、窓の外から響く地鳴りのような罵声を聞いていた。 

「ペテン師!」
「搾取者!」
「死ね!」 

 かつて自分が血を吐いて守った民たちが、今、自分を殺せと叫んでいる。  

 セシルは力なく膝をつき、血の混じった痰を吐き出した。 
 もう、弁明する気力もなかった。レオの持ってきた「正解」の前では、自分の「献身」はただの滑稽な喜劇に過ぎないのだから。

「……陛下。いえ、セシル殿」 

 背後から、冷たい声がした。カスティエ公爵が、数人の兵を連れて部屋に入ってくる。 

「民の怒りは頂点に達しています。貴方がこのまま居座れば、王宮は暴徒に包囲されるでしょう。……勇者様の清廉な御心が、貴方の不浄を暴いてくださった。今こそ、その罪を認め、去る時です」

 カスティエの言葉は、まるでセシルの死刑宣告のようだった。 

 セシルはゆっくりと顔を上げ、公爵の背後に立っているレオを見た。

 レオは、気まずそうに視線を泳がせながらも、どこか「自分は正しいことをした」という確信を捨てきれない顔でそこにいた。

「……レオ、くん」 

 セシルが、消え入るような声で呼ぶ。 

「……ありがとう。……君のおかげで、私は……ようやく……」

 最後まで言い切る前に、セシルは激しく咳き込んだ。 

 その絶望の深さに、レオは一瞬、心臓を掴まれたような衝撃を受ける。 

(あれ……?僕、また……何か、間違えた……?)

 だが、その疑問は、カスティエの「勇者様、あのような者の言葉を気になさるな」という声にかき消された。

 セシルは、ボロボロになった寝着のまま、兵士たちに両脇を抱えられ、部屋を引きずり出されていった。 

 レオは、その背中を追いかけることもできず、ただ自分の「正しい力」が宿る掌を、呆然と見つめることしかできなかった。
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