偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第3章:崩壊のその先

第28話:狂気の交渉

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 帝國軍の仮設本陣。そこは、敗戦国の混乱とは無縁の、冷徹なまでの機能美に満ちていた。

 豪奢な椅子の並ぶ会談の場。帝國王ルキウス・ヴォルガルドは、目の前の少年に鋭い視線を向けていた。

「聖勇者殿。不器用な騎士のハッタリかと思ったが……なるほど、その眼。今の聖王国の惨状は、貴殿の『感情』が招いたものか」

 ルキウスは、テーブルに広げられた地図を指先で叩く。そこには、レオを中心に同心円状に広がる、急速な枯死の観測データが記されていた。

 レオは食事には手を付けず、冷えた瞳でルキウスを見返した。

「……エルヴィンを返して。僕のわがままを聞いてくれた、たった一人の騎士なんだ」

「断る。彼は反逆罪を犯した貴族であり、我が軍に損害を与えた兵だ。帝國の法に従い、処刑するのが統治者としての正解だ」

 ルキウスの声には一抹の揺らぎもない。彼は知っていた。ここで安易に要求を飲めば、この「異世界の爆弾」に主導権を握られる。だが、レオは静かに立ち上がった。

「法……? 正解……? そんなの、僕には関係ないよ」

 その瞬間、天幕の外で異音が響いた。

 帝國が誇る最高級の魔導防壁が、音を立ててパリンと割れたのだ。地脈と直結したレオの意思が、周辺の魔力を根こそぎ「食い尽くし」始めた。

「……何をしている」

「ルキウス王。貴方は賢いんでしょ? だったら計算してみて。……僕が今、この大陸の『血流じみゃく』を全部止めたら、貴方の国はどうなる? 穀倉地帯は砂漠になり、川は腐り、貴方の誇る帝國軍も、飢えと渇きで一週間も持たずに全滅する」

 レオの足元から、黒い「枯死」の波が広がり、豪華な絨毯を砂に変えていく。

「僕は、この国を救うために来たんだ。でも、みんなが僕をいじめた。だから、今度は僕がこの世界を『最適化』してあげる。……エルヴィンがいない世界なんて、生きる価値がないから。全部、灰にしてあげるよ」

 ルキウスは、レオの瞳の奥に宿る、底なしの虚無と執着を見た。

 これは脅しではない。この少年は、本気で一人の騎士と引き換えに、世界の半分を殺すつもりだ。

「……なるほど。貴殿は『勇者』ですらないな」

 ルキウスは短く溜息をつき、恐怖に凍りつく部下たちを制した。

「一人の騎士の命と、帝国の繁栄。……計算するまでもない。天秤をかける価値すらないな。聖勇者……いや、世界を呪う者よ。交渉は成立だ。貴殿の『所有物』を、生きてこの場に連れてこさせよう」

 ルキウスは冷徹に判断を下した。この怪物を制御するには、彼が執着する「鎖」が必要だ。

 レオは満足げに、子供のような無邪気さで微笑んだ。その背後で、枯れ果てた大地が不気味に音を立てていた。
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