偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第3章:崩壊のその先

第29話:契約と所有

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 帝國王ルキウス・ヴォルガルドは、目の前の少年を「救世主」とも「人間」とも思っていなかった。彼はこのレオという存在を、帝國の繁栄を脅かす『制御不能な広域破壊兵器』であると定義した。

「聖勇者殿。貴殿の要求通り、騎士エルヴィンを引き渡そう。……ただし、彼を無罪放免にするわけにはいかない。彼は一度、我が帝國に剣を向けた男だ」

 ルキウスが合図を送ると、重傷の処置を受けたエルヴィンが兵士たちに連れられて現れた。

 エルヴィンは、レオが帝國王と対等以上に渡り合い、周囲の大地を枯死させている光景を見て、絶句した。

「レオ様……何を、されたのですか……!」

「エルヴィン! よかった……。ねえ、もう大丈夫だよ。僕、王様と約束したんだ」

 レオは駆け寄り、エルヴィンの体に顔を埋めた。その愛おしげな手つきとは裏腹に、背後の大地は依然として黒く乾ききっている。

 ルキウスは机の上に、禍々しい銀の光を放つ羊皮紙を広げた。

「これは我が帝國に伝わる禁忌の魔法契約――『真理の枷』だ。……レオ殿。貴殿がこの騎士を、帝國の手の届かない場所で、一生『管理』し続けることを条件に、彼の命を貴殿に譲り渡そう」

「管理……?」

「そうだ。彼は法的には死んだものとし、今後は貴殿の『所有物』としてのみ生存を許される。この契約を結べば、彼は貴殿の魔力供給なしには生きられず、貴殿から一定の距離を離れれば心臓を焼かれることになる。……貴殿が死ねば、彼もまた死ぬ。文字通り、運命共同体の鎖だ」

 ルキウスは、レオの執着を逆手に取った。

 この少年に「執着の対象」を一生守らせる。それこそが、レオを世界の表舞台から遠ざけ、暴走を抑止するための最も強固な檻になると判断したのだ。

「……一生、離れられない。僕が死んだら、彼も死ぬ……」

 レオの瞳に、歓喜の色が浮かんだ。それは救済を求める少年のものではなく、宝物を見つけた子供の、残酷なまでの純粋さだった。

「いいよ。最高だね。……ねえ、エルヴィン。サインして? そうすれば、もう誰にも君を奪われない。君は、僕だけのものになるんだよ」

 レオは震えるエルヴィンの手に、無理やりペンを握らせた。

 エルヴィンは悟った。自分がこの少年に与えた「誓い」が、回り回って自分を縛る永遠の鎖になったのだと。

 だが、彼は拒まなかった。レオをここまで狂わせてしまったのは、自分の不器用な誓いだったのだから。

「……御意。私は、今日この時から、貴方だけの『物』となりましょう。……レオ様」

 契約書に血の署名がなされた瞬間、二人の胸に銀の紋章が刻まれ、魂が魔力で固く結びつけられた。

 ルキウスはその光景を、冷徹な観察者の目で見つめていた。

 これでいい。聖王国という果実は腐り落ちたが、帝國はその毒を、小さな檻の中に閉じ込めることに成功したのだ。
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