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第一部 聖女セラフィーナと幸福の罠
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私は、魔導院の門をくぐっていた。
ここまでくると、自分でも何をしているのかわからなくなる。
けれど――
もし魔導に手を出して呪いや禁忌に触れれば、破滅ルートに繋がるかもしれない。
そんな、わりと本気の皮肉交じりな期待を抱えての訪問だった。
もちろん表向きには、貴族としての教養の一環という名目で通している。
それ自体は不自然ではない。むしろ勉学熱心な令嬢だと褒められる程度の話だ。
だが、私の内心は違う。
――さて、破滅の種はどこに転がっているのかしら。
魔導院内は静かで清潔だった。整然と並ぶ本棚、緻密に刻まれた魔法陣、研究に没頭する学生たち。
一見すれば平和そのもの。だが、魔導とは常に裏腹に危うさを孕んでいる。
私はそんな空間をぐるりと見渡しながら歩いていた。
そのときだった。
「アナスタシア様、こちらへ」
案内役の助手に導かれて進んだ先で、私は彼と対面した。
アベル・リース――魔導院主席。
若くして主席の座に就いた天才魔導師。
銀縁の眼鏡越しに、静かな琥珀色の瞳がこちらを見つめている。
原作の中でも、彼は異質だった。
恋愛感情に鈍感というより、そもそも人の感情というものにあまり興味がない男。
全てを理論で捉え、感情より観察を優先する。
「ようこそ、アナスタシア様」
声は柔らかく抑揚がない。それが逆に冷たくも感じられる独特の響きだった。
「お招きいただき光栄ですわ、アベル様」
私は優雅に微笑み、お辞儀を返す。
アベルは、一瞬だけじっと私を観察するように見つめた。
まるで、私という存在を目の前の研究素材として測定しているかのような視線。
「魔導にご関心をお持ちとは、少々意外でした」
「たしなみの一環として勉学を深めたいだけですわ」
私は用意していた言い訳を自然に口にする。
本音はもちろん「破滅ルートになりそうだから」だが、それは墓場まで持っていく予定だ。
「なるほど。しかし、王太子殿下の婚約者という立場でありながら、魔導の世界に関心を向ける方は少ない。……危険も伴いますので」
その目が、またじっと私を捉える。
「――危険、ですか?」
私はあえて問い返してみた。
内心では(そうよ、その危険が欲しいのよ!)と叫んでいる。
「魔導の研究は常に禁忌と背中合わせです。特に高位の術式や呪詛の理論に足を踏み入れれば、王宮内での立場を脅かすことにもなりかねません」
ああ、そう、それよ。
そういうのを探してたのよ私は。
でも、もちろん口には出せない。私は優雅に微笑みを保つ。
「もちろん、無理のない範囲で学ばせていただきますわ」
「賢明です」
アベルはわずかに頷いた後、眼鏡を指先で押し上げた。
「……それにしても、実に興味深いですね」
「何が、ですの?」
「貴女です」
その言葉に、思わず一瞬だけ動揺しかける。
だがすぐに表情を整えた。
「興味深い、とは光栄ですわ」
「人は通常、破滅を恐れ回避しようとする生き物です。しかし、貴女は違う。あたかも、破滅そのものをどこか静かに――観察しているように見える」
……また、妙なところを突いてくる人が増えた。
もちろん彼も真実は知らない。ただの勘。
でも、この世界の登場人物たちはどうしてこうも、核心をかすめてくるのだろう。
私はまたひとつ、内心のため息を重ねた。
ここまでくると、自分でも何をしているのかわからなくなる。
けれど――
もし魔導に手を出して呪いや禁忌に触れれば、破滅ルートに繋がるかもしれない。
そんな、わりと本気の皮肉交じりな期待を抱えての訪問だった。
もちろん表向きには、貴族としての教養の一環という名目で通している。
それ自体は不自然ではない。むしろ勉学熱心な令嬢だと褒められる程度の話だ。
だが、私の内心は違う。
――さて、破滅の種はどこに転がっているのかしら。
魔導院内は静かで清潔だった。整然と並ぶ本棚、緻密に刻まれた魔法陣、研究に没頭する学生たち。
一見すれば平和そのもの。だが、魔導とは常に裏腹に危うさを孕んでいる。
私はそんな空間をぐるりと見渡しながら歩いていた。
そのときだった。
「アナスタシア様、こちらへ」
案内役の助手に導かれて進んだ先で、私は彼と対面した。
アベル・リース――魔導院主席。
若くして主席の座に就いた天才魔導師。
銀縁の眼鏡越しに、静かな琥珀色の瞳がこちらを見つめている。
原作の中でも、彼は異質だった。
恋愛感情に鈍感というより、そもそも人の感情というものにあまり興味がない男。
全てを理論で捉え、感情より観察を優先する。
「ようこそ、アナスタシア様」
声は柔らかく抑揚がない。それが逆に冷たくも感じられる独特の響きだった。
「お招きいただき光栄ですわ、アベル様」
私は優雅に微笑み、お辞儀を返す。
アベルは、一瞬だけじっと私を観察するように見つめた。
まるで、私という存在を目の前の研究素材として測定しているかのような視線。
「魔導にご関心をお持ちとは、少々意外でした」
「たしなみの一環として勉学を深めたいだけですわ」
私は用意していた言い訳を自然に口にする。
本音はもちろん「破滅ルートになりそうだから」だが、それは墓場まで持っていく予定だ。
「なるほど。しかし、王太子殿下の婚約者という立場でありながら、魔導の世界に関心を向ける方は少ない。……危険も伴いますので」
その目が、またじっと私を捉える。
「――危険、ですか?」
私はあえて問い返してみた。
内心では(そうよ、その危険が欲しいのよ!)と叫んでいる。
「魔導の研究は常に禁忌と背中合わせです。特に高位の術式や呪詛の理論に足を踏み入れれば、王宮内での立場を脅かすことにもなりかねません」
ああ、そう、それよ。
そういうのを探してたのよ私は。
でも、もちろん口には出せない。私は優雅に微笑みを保つ。
「もちろん、無理のない範囲で学ばせていただきますわ」
「賢明です」
アベルはわずかに頷いた後、眼鏡を指先で押し上げた。
「……それにしても、実に興味深いですね」
「何が、ですの?」
「貴女です」
その言葉に、思わず一瞬だけ動揺しかける。
だがすぐに表情を整えた。
「興味深い、とは光栄ですわ」
「人は通常、破滅を恐れ回避しようとする生き物です。しかし、貴女は違う。あたかも、破滅そのものをどこか静かに――観察しているように見える」
……また、妙なところを突いてくる人が増えた。
もちろん彼も真実は知らない。ただの勘。
でも、この世界の登場人物たちはどうしてこうも、核心をかすめてくるのだろう。
私はまたひとつ、内心のため息を重ねた。
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