【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい

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(32)「過去の傷と心の絆」

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ある日のこと、アリシアは心の中で決心した。

「ちょっとだけ、カイゼル様に話しかけてみよう。」

普段はあまり無理に会話を続けることはしない彼女が、ふと思い立ったのだ。

だって、カイゼル様の冷たい表情の裏に、何か隠れている気がしてならなかったから。

「ねえ、カイゼル様。」

アリシアは静かに声をかける。

自分でも驚くほど落ち着いて、無理なくその言葉が口をついて出た。

カイゼルは少し視線を横に向け、冷たく「何だ?」とだけ返す。

その目は、何かを考えているようで、どこか遠くを見ているようだった。

アリシアは一瞬、彼の心の中に触れられるかのような気がしたが、それでも意を決して話を続ける。

「私、ずっと人質として冷遇されてきたのよ。」

アリシアは少し言葉を選んで、つぶやくように話し始めた。

自分でも驚くほど素直に打ち明けていた。

カイゼルは無言で歩き続け、視線はわずかに彼女に注がれているようだった。

まるで彼女の言葉をひとつ残らず聞き逃すまいとするかのように。

「自国では、私を人質として嫁がせることで、帝国との関係を強化するっていう考えでね。」

アリシアは苦笑いを浮かべながら、その時のことを思い出した。

どこか切なさが込み上げてくる。

「でも、冷たい態度を取られるのが当たり前で、全然心を通わせてくれる人なんていなかったから。」

思わず肩をすくめて、懐かしさとともに苦笑する。

「…それで、お前はどうした?」

カイゼルが短く尋ねる。

普段の冷徹な口調とは少し違って、何か心配そうなニュアンスが滲んでいた。

「どうしたって、どうすることもできないでしょ。」

アリシアは笑って肩をすくめた。

 「そんな環境で育ったから、最初はあなたにも冷たくされるのが当たり前だと思ってた。でも、あなたがちょっと優しくしてくれるだけで、なんだかすごく嬉しいんだよ。」

照れくさくも、素直に言葉を並べてみる。

カイゼルはその言葉に何も返さず、ただ黙って歩き続ける。

ただ、その背中に少しだけ硬さがなくなったように感じた。

まるで、少しだけ楽になったかのように。

「冷たくされているうちに、自分が本当に誰かを信じられるのか、分からなくなっていたの。でもね、カイゼル様みたいに、少しでも気にかけてくれる人がいるだけで、心があったかくなる気がする。」

アリシアは少し震える声で続けた。

心の奥底から湧き上がる感情に、思わず言葉が止まらなくなる。

その瞬間、カイゼルがピタリと足を止めた。

アリシアもそれに合わせて立ち止まり、彼を見つめる。

カイゼルの目がじっとアリシアに向けられている。

その無表情の中に、ほんの少しだけ苦しみが滲んでいるように見えた。

「…俺も、お前と同じだ。」

カイゼルはゆっくりと、そして低い声で口を開く。

アリシアは驚いて、思わず彼の顔を見つめた。

「…え?」

「俺は…幼い頃、両親を殺された。」

カイゼルは言葉を選ぶことなく、続けた。

「臣下に裏切られて、命を落としたんだ。」

その言葉に、アリシアは驚きとショックで言葉を失った。

彼がこんな過去を持っていたなんて、全く予想していなかった。

心の中で何かが音を立てて崩れるのを感じた。

「そんなことが…あったの?」

アリシアは思わず声を漏らす。その瞬間、自分の心がカイゼルの過去に触れたことを痛感した。

「それから、俺は…人を信じることができなくなった。」

カイゼルの声はほんの少し震えていた。

「人は裏切るものだと思っていたから。」

その言葉が、アリシアの胸に深く刺さった。

彼の孤独が、今までの冷徹な態度に繋がっていることにようやく気づいたのだ。

「それで、今でも誰も信じられないんですね?」

アリシアは静かに尋ねる。

カイゼルは一度黙って頷き、その目には過去の傷を抱えた痛々しい表情が浮かんでいる。

「ああ、そうだ。」

「でも、今は…お前のように、少しでも信じてくれる人がいると、違うのかもしれないと思う。」

カイゼルは顔を少しだけ赤らめ、視線を外す。

まるで自分が弱くなったことを恥じるように。

その一言に、アリシアの心が温かくなった。

彼が心を開こうとしている、その姿勢が嬉しかった。

過去の傷を抱えている彼が、少しずつ信じてくれていることを実感し、胸の奥がじんわりと温まる。

「カイゼル様…」

アリシアは少し言葉を選びながら、心を込めて続けた。

「私もあなたが少しずつ信じてくれること、すごく嬉しい。だって、あなたが本当はすごく優しい人だって、私は分かってるから。」

カイゼルはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと顔を上げ、アリシアを見つめる。

その目には、少しだけ温かさが宿っているように見えた。

「…お前は、どうしてそんなに素直なんだ。」

カイゼルは苦笑いをし、少し肩をすくめる。

「だって、素直じゃないと、きっと疲れちゃうから。」

アリシアは明るく答える。

無理に気を使わず、素直に接することで、お互いの心がもっと近づいていくような気がしたから。

その瞬間、カイゼルはほんの少しだけ微笑んでから、歩き出した。

「お前、面倒だな。」

でもその言葉には、いつもの冷徹さとは違う、少しだけ優しさが含まれているように感じられた。

アリシアはその背中を見送りながら、胸の中で少しだけ高鳴る気持ちを感じていた。

カイゼルの心が少しずつ、彼女に開かれていくのを感じながら、どこかほっとした気持ちになった。
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