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黒髪の少年
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「突然現れたのです。」
そう、突然だった。あの者が現れた瞬間を見ていたのは、わたしと第一王子しかいない。
毎朝必ず訓練所で身体を動かし、汗を流してからノア様の元へ向かうことが習慣になっている。
誰もいない朝の訓練所に、第一王子シュヴァリエ様が現れるようになったのは剣術大会の翌日からだ。
初めはわたしの姿に目を見張り、警戒する様子で近づいてくることはなかった。互いに距離を取りながら思い思いに身体を動かし、時には剣を振る。
「おい、手合わせしろ。」
そんな日が数日続いたある日、シュヴァリエ様から声を掛けられた。
シュヴァリエ様は、筋がいい。ただ派手な立ち回りを好むため、隙ができやすい。
無言のまま、その日から何度も手合わせをした。シュヴァリエ様が何かを掴んでくだされば、それでいい。いずれは王になられるお方だ。騎士として生計をたてていく訳ではない。
今朝も二人だけで手合わせをしていると、どんと響く音と共に、その者が突然現れた。
何もなかった訓練場の片隅に。
王子を狙う間者かと緊張が走ったが、現れたのは、ノア様と同じ黒髪の不思議な出立ちの少年だった。
その黒髪に、まさかノア様かと息をのんだが、見上げて来る顔は、ノア様とは似ても似つかないものだった。
「…ユーリ?」
「何者だ?」
どこから現れたのか、不審な者をそのままにしておく訳にはいかず拘束するも、その者はとても非力で、わたしのされるがまま抵抗する素振りすらみせなかった。
呆然と立ち尽くす王子に声をかけ、ルドルフ様を呼びに向かうと、数人の騎士を引き連れてルドルフさまがやってきた。
後はルドルフ様と王子にお任せすればいい。だいぶ時間を取られたため、お待たせしているノア様の元へ向かおうとすると、ぐいっとローブを引っ張られた。
「…ねえ、ここ何処?」
それには答えず、その場を離れようとすると、行かないでと引き止められる。
何故だ?わたしは、この者など知らない。ユーリと言う名前でもない。
「ユリウス、知り合いか?」
ルドルフ様からも聞かれたが、全く知らない。
「ユリウス、いいからお前も来い。この者が現れた瞬間を見たのは、わたしとお前だけだ。」
王子の言葉にルドルフ様を振り返ると、苦い顔をしたまま頷いている。従えという意味だ。
そこから、王や王妃たちが集まるまで、シュヴァリエ様と共にずっとその者を見張らされた。
珍しい黒髪に黒目をしたその者に、シュヴァリエ様も騎士達も、王宮で働く者たちも皆が釘づけになっているようだった。
ノア様を知っていれば、なんと言うこともない。ノア様は、この者なんかより……ずっと……
ずっと?
王と集められた妃たちの前で目にした出来事について話しをすると、やっと解放された。
王と妃たちは、驚くほどとても冷静だった。
その者の姿にも特に何の反応も示さず、淡々としている。
当たり前だが、皆ノア様を知るお方たちだ。
そのまますぐにノア様の元へ向かおうとして思い直し、さっと汗を流してから向かうことにした。
ノア様からは、いつも甘い砂糖菓子のような香りがする。あの部屋の中もそうだ。
あの中に、汗臭さを持ち込む訳にはいかない。
流した汗が石鹸の泡とともに排水溝に流れる様を見ていて、朝食は準備してしてきたと、ルドルフ様から小声で伝えられた事を思い出す。
ルドルフ様が訪れたのだから、ノア様もきっとお喜びになっただろう。ルドルフ様とノア様の間には、見えない信頼関係のようなものが存在している。
わたしは、所詮ただの後釜だ。
本来なら、わたしのような貴族の端くれが王族の護衛など相応しくないのに、ノア様は屈託ない姿で受け入れて下さった。
濡れた身体を拭いて、頂いたメダルを首にかける。
今ごろ何をなさっているのだろうか?
わたしがいなくとも、あの部屋でいつもと変わりなくお過ごしになっているだろう。今日は昨日の続きの本でもお読みになっているだろうか。
待たれていなくとも、わたしはノア様の護衛だ。
早足でノア様の元へ向かっていると、後宮の入り口近くでまたあの者に呼び止められた。
ユーリと、まるで愛称のように呼び掛けてくる。誰もユーリなどと呼んでくる物はいなかった。
シュヴァリエ様と騎士達に連れて行かれるのを見届け、やっと後宮へ入れると思って、目を見張った。
門を抜け入り口まで続く道の真ん中にマントを羽織って立ち尽くしていたのは、ノア様だ。
見間違えるはずはない。
何故此処にと思う前に、身体が先に動いていた。
門番も、シュヴァリエ様も騎士達も、幸い誰も気が付いてはいないようだ。
隠す様にローブに包み上げると、ふんわりと甘いノア様の香りが漂い、汗を流してきて良かったとそれだけはほっとした。
「ユリ…ウス…」
その声にはっとした。
見上げて来るその顔は、やはりあの者とは似ても似つかない。
ノア様は、唯一無二のお方だ。
もしわたしがこの場にいなければ、一体どうなっていたのだろう。
あのまま万が一門を潜り抜けたとして、ノア様は何処へ向かうつもりだったのか。
ノア様が城内に現れたら、あの者どころの騒ぎではない。
どうして、いつもわたしがいない時に…。
そう、突然だった。あの者が現れた瞬間を見ていたのは、わたしと第一王子しかいない。
毎朝必ず訓練所で身体を動かし、汗を流してからノア様の元へ向かうことが習慣になっている。
誰もいない朝の訓練所に、第一王子シュヴァリエ様が現れるようになったのは剣術大会の翌日からだ。
初めはわたしの姿に目を見張り、警戒する様子で近づいてくることはなかった。互いに距離を取りながら思い思いに身体を動かし、時には剣を振る。
「おい、手合わせしろ。」
そんな日が数日続いたある日、シュヴァリエ様から声を掛けられた。
シュヴァリエ様は、筋がいい。ただ派手な立ち回りを好むため、隙ができやすい。
無言のまま、その日から何度も手合わせをした。シュヴァリエ様が何かを掴んでくだされば、それでいい。いずれは王になられるお方だ。騎士として生計をたてていく訳ではない。
今朝も二人だけで手合わせをしていると、どんと響く音と共に、その者が突然現れた。
何もなかった訓練場の片隅に。
王子を狙う間者かと緊張が走ったが、現れたのは、ノア様と同じ黒髪の不思議な出立ちの少年だった。
その黒髪に、まさかノア様かと息をのんだが、見上げて来る顔は、ノア様とは似ても似つかないものだった。
「…ユーリ?」
「何者だ?」
どこから現れたのか、不審な者をそのままにしておく訳にはいかず拘束するも、その者はとても非力で、わたしのされるがまま抵抗する素振りすらみせなかった。
呆然と立ち尽くす王子に声をかけ、ルドルフ様を呼びに向かうと、数人の騎士を引き連れてルドルフさまがやってきた。
後はルドルフ様と王子にお任せすればいい。だいぶ時間を取られたため、お待たせしているノア様の元へ向かおうとすると、ぐいっとローブを引っ張られた。
「…ねえ、ここ何処?」
それには答えず、その場を離れようとすると、行かないでと引き止められる。
何故だ?わたしは、この者など知らない。ユーリと言う名前でもない。
「ユリウス、知り合いか?」
ルドルフ様からも聞かれたが、全く知らない。
「ユリウス、いいからお前も来い。この者が現れた瞬間を見たのは、わたしとお前だけだ。」
王子の言葉にルドルフ様を振り返ると、苦い顔をしたまま頷いている。従えという意味だ。
そこから、王や王妃たちが集まるまで、シュヴァリエ様と共にずっとその者を見張らされた。
珍しい黒髪に黒目をしたその者に、シュヴァリエ様も騎士達も、王宮で働く者たちも皆が釘づけになっているようだった。
ノア様を知っていれば、なんと言うこともない。ノア様は、この者なんかより……ずっと……
ずっと?
王と集められた妃たちの前で目にした出来事について話しをすると、やっと解放された。
王と妃たちは、驚くほどとても冷静だった。
その者の姿にも特に何の反応も示さず、淡々としている。
当たり前だが、皆ノア様を知るお方たちだ。
そのまますぐにノア様の元へ向かおうとして思い直し、さっと汗を流してから向かうことにした。
ノア様からは、いつも甘い砂糖菓子のような香りがする。あの部屋の中もそうだ。
あの中に、汗臭さを持ち込む訳にはいかない。
流した汗が石鹸の泡とともに排水溝に流れる様を見ていて、朝食は準備してしてきたと、ルドルフ様から小声で伝えられた事を思い出す。
ルドルフ様が訪れたのだから、ノア様もきっとお喜びになっただろう。ルドルフ様とノア様の間には、見えない信頼関係のようなものが存在している。
わたしは、所詮ただの後釜だ。
本来なら、わたしのような貴族の端くれが王族の護衛など相応しくないのに、ノア様は屈託ない姿で受け入れて下さった。
濡れた身体を拭いて、頂いたメダルを首にかける。
今ごろ何をなさっているのだろうか?
わたしがいなくとも、あの部屋でいつもと変わりなくお過ごしになっているだろう。今日は昨日の続きの本でもお読みになっているだろうか。
待たれていなくとも、わたしはノア様の護衛だ。
早足でノア様の元へ向かっていると、後宮の入り口近くでまたあの者に呼び止められた。
ユーリと、まるで愛称のように呼び掛けてくる。誰もユーリなどと呼んでくる物はいなかった。
シュヴァリエ様と騎士達に連れて行かれるのを見届け、やっと後宮へ入れると思って、目を見張った。
門を抜け入り口まで続く道の真ん中にマントを羽織って立ち尽くしていたのは、ノア様だ。
見間違えるはずはない。
何故此処にと思う前に、身体が先に動いていた。
門番も、シュヴァリエ様も騎士達も、幸い誰も気が付いてはいないようだ。
隠す様にローブに包み上げると、ふんわりと甘いノア様の香りが漂い、汗を流してきて良かったとそれだけはほっとした。
「ユリ…ウス…」
その声にはっとした。
見上げて来るその顔は、やはりあの者とは似ても似つかない。
ノア様は、唯一無二のお方だ。
もしわたしがこの場にいなければ、一体どうなっていたのだろう。
あのまま万が一門を潜り抜けたとして、ノア様は何処へ向かうつもりだったのか。
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