秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

文字の大きさ
26 / 102
黒髪の少年

25

しおりを挟む
部屋の有様はなかなかだった。

引きづられた長椅子が棚にぶつかり、本やノア様がお造りになった物が散乱している。

窓から垂らされた掛け布の長さが足りないのに気が付き、飛び降りたと聞いて慌てて怪我がないか確認した。

羽織っていたマントを脱がせると、ノア様は気まずそうに手足を差し出す。この真っ白な身体に傷がつき、傷跡が残ってしまうようなことはあってはならない。

どうってことはないなどと簡単に口にするノア様に思わず声を荒げてしまった。

巻きつけられた掛け布を解いて行きながら、やはりわたしではルドルフ様の代わりは務まらないのかと、怒りと情けなさが込み上げて来る。

ノア様が外に出たい気持ちはよく分かっているつもりだ。ノア様の外出が許可されるようになったのかと期待したが、剣術大会の日からまた閉じ込められる日々が続いている。

一見普通に過ごされているように見えていても、きっと相当な負荷を感じられていることだろう。

それでも、二人でいる間、ノア様はとても穏やかに過ごされていた。少しずつではあるが、わたしとノア様の間にも信頼関係ができてきたのかと自負していたが、それはどうやらわたしの思い違いだった様だ。

ずっと逃げ出す機会を窺っていたのか、どこに逃げるつもりだったのか、あてはあったのか、逃げ出した後どうなさるつもりだったのか、溢れ出す疑問を問いただそうとすると、ノア様がふるふると震え出した。

怯えたようにわたしを見上げていた薄紫色の瞳には、明らかに怒りが宿っている。

逃げ出すつもりではなかったなど、わかりやすい嘘だと思っていたが、続く言葉に虚をつかれた。

「ユリウスに会いに行こうと思ったんだ!」

震えながら声を上げる姿は、嘘をついているようには見えなかった。

…わたしに、会いに?

たかだか遅れたぐらいだと言うのに、わたしに会うために抜け出そうとしたと言う。

今のこの仕事が嫌になることなどあり得ない。この数年、いやずっと気を張り続けていたわたしにとって、ノア様と過ごす時間はとても穏やかで居心地が良かった。

なぜか、あの黒髪の少年のことを怒っていらっしゃるようだが、そんなことより、だと言われ、ぐっと込み上げるものがある。

ノア様の護衛はわたしだけだと、認めてくださっていたのだ。



「知り合いじゃないのか?」

たくさんお召し上がりになり、お腹を抱えたノア様が質問してくる。

余程あの者のことが気になっているらしい。

「全く。」

「だって、ユーリって呼んでたぞ。」

「今まで誰一人そのように呼ぶ者はおりませんでした。」

「ほんとに、知らないのか?」

「ええ。」

「ふうん。誰かと勘違いしたのかな?」

「さあ、どうでしょう。」

「ユリウスは、ユリウスだからな。勝手にそんな風に呼ぶなんて許せないな。」

ノア様は、あの者がユーリと呼ぶことを殊更気にしているようだ。

「ノア様がそうお呼びされる分には構いません。」

「え、俺が?」

見も知らぬ者にユーリなどと呼ばれるのは抵抗があるが、ノア様であれば好きに呼んでもらって構わない。

「呼んでみますか?」

「えと、え?……ユリ、ユーリ…?」

「なぜ顔を真っ赤にされるのですか?」

わたしをユーリと呼ぶと、ノア様のお顔はみるみる内に真っ赤に染まってしまった。

ユーリと言う響きには、何か特別な意味でもあるのだろうか?

「知らない!ユリウスがそう呼べって言うから!」

真っ赤に染まった頬を両手で隠すように覆ったノア様は、耳まで真っ赤だ。

「ノア様もそうお呼びしたいのかと思いましたので。」

「ユリウスは、ユリウスだろ!」

ぷいっと横を向くノア様に、思わず笑みが溢れた。今度は何を怒っていらっしゃるのだろう。いつも側にいるが、ノア様といて飽きることはない。

「ノア様のお好きなようにお呼び下さい。」

「俺はユリウスでいい。でも、誰にもユーリなんて呼ばせるな。」

「ええ、そういたします。」

「で、どこから来たんだろうな。あいつ。」

「…そうですね。かもしれません。」

という言葉に、ノア様がぴくっと反応された。

「ほんとか?ほんとにいるんだな…」

「まれに、いるのです。異世界から迷い込む者が。」

「あいつも、そうなのか?」

「王やルドルフ様、お妃さま方で確認されておられるでしょう。」

「なんか、その、不思議な力とかあるのか?」

ノア様は目をきらきらさせて、尋ねてくる。こういう話しは、ノア様の大好物だ。

「どうでしょうか。自分で聖女だと話していた様ですが…」

聖女など、今のこの国にはいない。そもそも必要ないのだ。

「え!聖女!治癒の力!……あいつ、女だったのか?」

「いえ、男性のようです。」

「ほえ?男なのに聖女になれるのか?」

「ノア様、そもそも聖女などこの国にはおりません。治癒の力などなくとも医療は発展しております。」

「でも、自分でそう言ってるんだろ?」

「その辺は、取り調べ中かと。聖男という言い方はあまりしないので、聖女と言ったのではないでしょうか。」

「そうだな。聖、男、ってなんか変だな。」

「そうですね。」

ノア様は聖女について今まで読んだ本の知識を、えんえんと語り始めた。

どれも架空の内容だが、ノア様は心底信じていらっしゃるようだ。

「聖女なら、もう一度会ってみたいな!」

ノア様は興味深々のようだが、正直わたしはどうでもいい。

あの者が国に仇なす、あるいはノア様に仇なす者であれば、躊躇なく罰する。

そうでなければ、関わり合う必要はないと、そう思っていた。






しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる

kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。 かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。 そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。 「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」 おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

処理中です...