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黒髪の少年
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ユーリと呼ぶあの少年には関わらない方がいい。
訓練所へ向かう気にはならず、今朝は直接ノア様の元へ向かうことにした。
「おい、ユリウス。」
後ろから呼び止める声は、シュヴァリエ様のものだ。
「おはようございます、シュヴァリエ様。」
「なぜ今朝は来なかったんだ。」
「……他にすることがありましたので。」
「待っていたんだぞ。」
毎朝約束していた訳ではない。シュヴァリエ様が来ない日もあった。
「何かご用でしょうか。」
「マホが待っている。ついてこい。」
マホ……。
思い浮かぶのは、あの少年。
「他に向かう所がございます。」
「命令だ。いいから、ついてこい。」
くるりと身を翻すと、振り返ることなくシュヴァリエ様はすたすたと歩き始めた。
このお方は、こういうお方だ。
従わざるを得ない。
昨日の今日で、またノア様の元へ赴くのが遅くなってしまう。
心の中で小さく溜め息を吐くと、その背中を追った。
どことなくさわさわと落ち着かない雰囲気の城内を進むと、ずらりと並ぶ客間の一室へシュヴァリエ様が入っていく。
入りたくない。
「何をしている。早く入れ。」
「…失礼いたします。」
客室の中でも一際瀟洒な貴賓用の部屋の奥にいたのは、やはりあの少年だ。
「ユーリ!」
どん、と言う衝撃と共にわたしの胸の中へと飛び込んでくる。
思わず受け止めた腕の中で、強く抱きついて離れない。
「…これは、一体、どういうことでしょうか…」
シュヴァリエ様も目を見開いて驚かれている。
「ユーリ、ぼくのこと忘れちゃったの?あんなに愛し合っていたのに…」
うるうると見上げてくる真っ黒な瞳にぞっとし、思わず突き放してしまうと、シュヴァリエ様が怒りの声をあげた。
マホと呼ばれた少年は、床に膝をつき、それでもまだわたしを見上げている。
「何をするんだ、ユリウス!マホを突き飛ばすなんて!マホ、大丈夫か?」
「ユーリ、ひどい…。ぼくたちは、恋人なのに…。」
恋人!?
「なんだと!ユリウス本当なのか!」
「…昨日から何を仰られているのか、全くわかりません。そもそも存じ上げないお方です。」
ユーリの次は、恋人…。
これまで生きてきた中で、恋人と呼べるような者は1人もいない。
愛し合うなど、とんでもない。
「マホ、ユリウスはこう言っている。元いた世界に似たような者がいただけだろう。ユリウスは違う。」
「そんな、だって、おんなじ顔してるのに。ユーリもこっちの世界に一緒に迷い込んでしまって、それを忘れているだけでしょう?」
「いいえ、わたしは幼い頃よりずっとこの国で暮らしております。あなた様は、やはり渡り人だったのですね。残念ながら、あなた様の国のことは何一つ存じあげません。」
ぽろぽろと涙をこぼす少年を、シュヴァリエ様がなぜか愛おしそうに、抱き上げている。
「マホ、ユリウスはマホが言うユーリなんかではない。ユリウスはただの騎士でしかない。この国で、わたしは王子だ。マホのことはわたしが何とかする。」
シュヴァリエ様には、確かご幼少の頃からの婚約者がいたはずだ。マホという少年に対する接し方に、嫌な予感がする。
「…では、わたしはもう戻ってもよろしいでしょうか。」
ノア様のことが気がかりでしょうがない。
ノア様は、わたしを待っておられる。
「ああ、戻っていいぞ。その前に、一つ言っておく。マホには不思議な力がある。マホはやはり、聖女に違いない。父上からは、わたしが面倒を見ることの了承を得ている。マホを一目見れば、どれほど貴重な渡り人かわかるだろう。今後、乱暴な扱いは許さないからな。覚えておけ。」
聖女と言うが、男だろうに…。
王はこの者の存在を認めたのだろうか。マホと呼ばれる少年と初めて対面した際の王の表情には、何一つ変化がなかったように思うが…。
とにかく、早くここを去ろうと思い、ノア様の言葉を思い出す。
「シュヴァリエ様、わたしからも一つだけよろしいでしょうか。」
「何だ。」
わたしに向ける視線は、マホと呼ぶ少年に向けるものとは真逆の険しいものだ。
「わたしの名は、ユリウスです。ユーリと呼ばれることには、いささか抵抗がございます。」
「ああ、そうだな。ユリウスは、ユーリなどでは決してない。マホの恋人なんかではない。」
「ええ。」
「マホ、これからはユーリとは呼ばないように。」
「そんな!」
「マホ!」
少年は納得がいかない様子のまま頷いた。
これで一安心だ。
「では、わたしはこれで失礼いたします。」
「ああ。悪かったな。急に呼び止めて。」
「いいえ。」
たった一日でシュヴァリエ様はマホという少年に心酔してしまったようだ。
少年からの視線を感じてはいたが、それを無視し部屋を出た。
何よりも、ノア様がまた無茶をしていないか、それだけが気が気でならない。
ノア様の元へ急ぐ道筋、城内は少年の噂話しで持ちきりだ。
誰もノア様のことを噂することはないし、以前のわたし同様、存在も名前も記憶の彼方だろう。
「ユリウス!」
ここにいる筈はないのに、わたしを呼ぶノア様の声が聴こえるような気がした。
訓練所へ向かう気にはならず、今朝は直接ノア様の元へ向かうことにした。
「おい、ユリウス。」
後ろから呼び止める声は、シュヴァリエ様のものだ。
「おはようございます、シュヴァリエ様。」
「なぜ今朝は来なかったんだ。」
「……他にすることがありましたので。」
「待っていたんだぞ。」
毎朝約束していた訳ではない。シュヴァリエ様が来ない日もあった。
「何かご用でしょうか。」
「マホが待っている。ついてこい。」
マホ……。
思い浮かぶのは、あの少年。
「他に向かう所がございます。」
「命令だ。いいから、ついてこい。」
くるりと身を翻すと、振り返ることなくシュヴァリエ様はすたすたと歩き始めた。
このお方は、こういうお方だ。
従わざるを得ない。
昨日の今日で、またノア様の元へ赴くのが遅くなってしまう。
心の中で小さく溜め息を吐くと、その背中を追った。
どことなくさわさわと落ち着かない雰囲気の城内を進むと、ずらりと並ぶ客間の一室へシュヴァリエ様が入っていく。
入りたくない。
「何をしている。早く入れ。」
「…失礼いたします。」
客室の中でも一際瀟洒な貴賓用の部屋の奥にいたのは、やはりあの少年だ。
「ユーリ!」
どん、と言う衝撃と共にわたしの胸の中へと飛び込んでくる。
思わず受け止めた腕の中で、強く抱きついて離れない。
「…これは、一体、どういうことでしょうか…」
シュヴァリエ様も目を見開いて驚かれている。
「ユーリ、ぼくのこと忘れちゃったの?あんなに愛し合っていたのに…」
うるうると見上げてくる真っ黒な瞳にぞっとし、思わず突き放してしまうと、シュヴァリエ様が怒りの声をあげた。
マホと呼ばれた少年は、床に膝をつき、それでもまだわたしを見上げている。
「何をするんだ、ユリウス!マホを突き飛ばすなんて!マホ、大丈夫か?」
「ユーリ、ひどい…。ぼくたちは、恋人なのに…。」
恋人!?
「なんだと!ユリウス本当なのか!」
「…昨日から何を仰られているのか、全くわかりません。そもそも存じ上げないお方です。」
ユーリの次は、恋人…。
これまで生きてきた中で、恋人と呼べるような者は1人もいない。
愛し合うなど、とんでもない。
「マホ、ユリウスはこう言っている。元いた世界に似たような者がいただけだろう。ユリウスは違う。」
「そんな、だって、おんなじ顔してるのに。ユーリもこっちの世界に一緒に迷い込んでしまって、それを忘れているだけでしょう?」
「いいえ、わたしは幼い頃よりずっとこの国で暮らしております。あなた様は、やはり渡り人だったのですね。残念ながら、あなた様の国のことは何一つ存じあげません。」
ぽろぽろと涙をこぼす少年を、シュヴァリエ様がなぜか愛おしそうに、抱き上げている。
「マホ、ユリウスはマホが言うユーリなんかではない。ユリウスはただの騎士でしかない。この国で、わたしは王子だ。マホのことはわたしが何とかする。」
シュヴァリエ様には、確かご幼少の頃からの婚約者がいたはずだ。マホという少年に対する接し方に、嫌な予感がする。
「…では、わたしはもう戻ってもよろしいでしょうか。」
ノア様のことが気がかりでしょうがない。
ノア様は、わたしを待っておられる。
「ああ、戻っていいぞ。その前に、一つ言っておく。マホには不思議な力がある。マホはやはり、聖女に違いない。父上からは、わたしが面倒を見ることの了承を得ている。マホを一目見れば、どれほど貴重な渡り人かわかるだろう。今後、乱暴な扱いは許さないからな。覚えておけ。」
聖女と言うが、男だろうに…。
王はこの者の存在を認めたのだろうか。マホと呼ばれる少年と初めて対面した際の王の表情には、何一つ変化がなかったように思うが…。
とにかく、早くここを去ろうと思い、ノア様の言葉を思い出す。
「シュヴァリエ様、わたしからも一つだけよろしいでしょうか。」
「何だ。」
わたしに向ける視線は、マホと呼ぶ少年に向けるものとは真逆の険しいものだ。
「わたしの名は、ユリウスです。ユーリと呼ばれることには、いささか抵抗がございます。」
「ああ、そうだな。ユリウスは、ユーリなどでは決してない。マホの恋人なんかではない。」
「ええ。」
「マホ、これからはユーリとは呼ばないように。」
「そんな!」
「マホ!」
少年は納得がいかない様子のまま頷いた。
これで一安心だ。
「では、わたしはこれで失礼いたします。」
「ああ。悪かったな。急に呼び止めて。」
「いいえ。」
たった一日でシュヴァリエ様はマホという少年に心酔してしまったようだ。
少年からの視線を感じてはいたが、それを無視し部屋を出た。
何よりも、ノア様がまた無茶をしていないか、それだけが気が気でならない。
ノア様の元へ急ぐ道筋、城内は少年の噂話しで持ちきりだ。
誰もノア様のことを噂することはないし、以前のわたし同様、存在も名前も記憶の彼方だろう。
「ユリウス!」
ここにいる筈はないのに、わたしを呼ぶノア様の声が聴こえるような気がした。
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