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穏やかな時間 ノア
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時折揃えてもらう程度で伸ばし続けた髪は、もう肩下まで届いてしまった。
制作や修理に夢中になっているとどうしても邪魔で仕方がない。剣の鍛錬をしている時は尚更だ。
うわわわあ、くそ、邪魔だーーー
と頭をぶるぶると振っていると、ユリウスがそっと結えてくれる。
自分でするとぼさぼさになってしまうけれど、ユリウスはとても器用で、すっと綺麗に結えてくれる。騎士という肩書きが嘘みたいだ。
貰ったリボンは汚したくないから、部屋にいるときだけ時折使っている。動くたびにするすると頬を掠めて、その肌触りは俺の機嫌をとてもよくしてくれる。
母さんや母様たちからも贈られるようになったが、一番のお気に入りはやっぱりこのリボンだ。
「…そんなに気に入っていただけたのですか?」
一度だけそう問われ、満面の笑みで、勿論!と答えると、いつもより少しだけ口角を上げてユリウスも笑みを返してくれた。
15歳を目前に控え、俺はこのままずっとこんな毎日が続いていくような錯覚に陥っていた。
ユリウスと二人だけの日々は、とてもとても穏やかに過ぎていた。
「ノア、これを。陛下からじゃ。」
いつものように中庭で剣の鍛錬をし、母様たちとの他愛もないお茶会を終えて戻ろとした時、一妃が一通の封書を差し出した。
「…父さんから?」
何か伝えたい事があればいつも唐突に現れ、抱きついたり、頬擦りしながら話しをしてくる父さんが、封書?
気軽な手紙なんかではない。厳重に王の印で封蝋された封書には、どこか重々しい雰囲気が漂っていた。
両手でしっかりと受け取ると、一妃は微かに微笑む。
「これまでよう頑張ったな。其方が待ち望んでいた、その時が来たのやもしれん。」
その笑みは、どこか哀しげに見える。
「…その時?」
幼い頃によくしてもらっていたように、白くか細い手がそっと頭を撫でている。
ルドルフが護衛になるまで、ずっと傍にいてくれたのは母様たちだ。皆んなそれぞれの可愛いがり様で、それぞれにたくさん可愛がってくれた。
数えてみると、今日は母さん以外、母様たちが全員揃っている。
見守っている母様たちはみんな、一妃と同じように、どうしてか少し哀しげに見えた。
後ろ髪を引かれる思いで部屋に戻ると、一度深く息を吸って、長い時間をかけ吐き出し、恐る恐る封を開く。ユリウスは何かを察したのか、封が見えない所まで離れて控えている。
初めて見る父さんの字は、整然としており、有無を言わさない力強さがあった。
______愛しいノア、
その一文から始まる内容に、忘れていたその時が来たことを理解する。
もうすぐと言われ続けていたその時が、来たんだ。
あんなに待ち望んでいたことなのに、いざ目前にその時が来たことを理解すると、どうしたらいいのか、何が起こるのか、喜びよりも明らかに不安の方が勝る。
父さんが指定した日まで、後数日しかない。
以前の俺だったら、飛び跳ねてはしゃいでユリウスにもその内容を伝えていただろう。
だが今はそんな気分じゃない。
ユリウスはその時が来ても、側にいてくれるんだろうか。
その時まで、確かそんな風に言っていなかったか?
封書を丁寧に折りたたんで、ソファに寝転ぶと、頭上には長年見慣れた天井が広がっている。
うーーーーん。
はあ。
…いや、嬉しいよ。嬉しいけど。
右に左にごろごろと転がっては、また天井を見上げる。
…こんなときは、あれだ。
そう、あれ、あれ。
「…ユリウス、疲れた。横になりたい。連れてって。」
両手を持ち上げて催促する。
ずっと様子を窺っていたであろうユリウスが、音を立てずに近寄ってくると、何も言わずに抱き上げてくれた。
くんくん、くんくんくん……
そうそう、これだよ、これ。
なんだか本当に眠くなってきたな。
「…雲行きが、怪しいですね。明日は雨かもしれません。」
ユリウスの腕の中から窓の外に目をやると、さっきまで晴れていた空はいつの間にか、鈍色に濁っていた。
制作や修理に夢中になっているとどうしても邪魔で仕方がない。剣の鍛錬をしている時は尚更だ。
うわわわあ、くそ、邪魔だーーー
と頭をぶるぶると振っていると、ユリウスがそっと結えてくれる。
自分でするとぼさぼさになってしまうけれど、ユリウスはとても器用で、すっと綺麗に結えてくれる。騎士という肩書きが嘘みたいだ。
貰ったリボンは汚したくないから、部屋にいるときだけ時折使っている。動くたびにするすると頬を掠めて、その肌触りは俺の機嫌をとてもよくしてくれる。
母さんや母様たちからも贈られるようになったが、一番のお気に入りはやっぱりこのリボンだ。
「…そんなに気に入っていただけたのですか?」
一度だけそう問われ、満面の笑みで、勿論!と答えると、いつもより少しだけ口角を上げてユリウスも笑みを返してくれた。
15歳を目前に控え、俺はこのままずっとこんな毎日が続いていくような錯覚に陥っていた。
ユリウスと二人だけの日々は、とてもとても穏やかに過ぎていた。
「ノア、これを。陛下からじゃ。」
いつものように中庭で剣の鍛錬をし、母様たちとの他愛もないお茶会を終えて戻ろとした時、一妃が一通の封書を差し出した。
「…父さんから?」
何か伝えたい事があればいつも唐突に現れ、抱きついたり、頬擦りしながら話しをしてくる父さんが、封書?
気軽な手紙なんかではない。厳重に王の印で封蝋された封書には、どこか重々しい雰囲気が漂っていた。
両手でしっかりと受け取ると、一妃は微かに微笑む。
「これまでよう頑張ったな。其方が待ち望んでいた、その時が来たのやもしれん。」
その笑みは、どこか哀しげに見える。
「…その時?」
幼い頃によくしてもらっていたように、白くか細い手がそっと頭を撫でている。
ルドルフが護衛になるまで、ずっと傍にいてくれたのは母様たちだ。皆んなそれぞれの可愛いがり様で、それぞれにたくさん可愛がってくれた。
数えてみると、今日は母さん以外、母様たちが全員揃っている。
見守っている母様たちはみんな、一妃と同じように、どうしてか少し哀しげに見えた。
後ろ髪を引かれる思いで部屋に戻ると、一度深く息を吸って、長い時間をかけ吐き出し、恐る恐る封を開く。ユリウスは何かを察したのか、封が見えない所まで離れて控えている。
初めて見る父さんの字は、整然としており、有無を言わさない力強さがあった。
______愛しいノア、
その一文から始まる内容に、忘れていたその時が来たことを理解する。
もうすぐと言われ続けていたその時が、来たんだ。
あんなに待ち望んでいたことなのに、いざ目前にその時が来たことを理解すると、どうしたらいいのか、何が起こるのか、喜びよりも明らかに不安の方が勝る。
父さんが指定した日まで、後数日しかない。
以前の俺だったら、飛び跳ねてはしゃいでユリウスにもその内容を伝えていただろう。
だが今はそんな気分じゃない。
ユリウスはその時が来ても、側にいてくれるんだろうか。
その時まで、確かそんな風に言っていなかったか?
封書を丁寧に折りたたんで、ソファに寝転ぶと、頭上には長年見慣れた天井が広がっている。
うーーーーん。
はあ。
…いや、嬉しいよ。嬉しいけど。
右に左にごろごろと転がっては、また天井を見上げる。
…こんなときは、あれだ。
そう、あれ、あれ。
「…ユリウス、疲れた。横になりたい。連れてって。」
両手を持ち上げて催促する。
ずっと様子を窺っていたであろうユリウスが、音を立てずに近寄ってくると、何も言わずに抱き上げてくれた。
くんくん、くんくんくん……
そうそう、これだよ、これ。
なんだか本当に眠くなってきたな。
「…雲行きが、怪しいですね。明日は雨かもしれません。」
ユリウスの腕の中から窓の外に目をやると、さっきまで晴れていた空はいつの間にか、鈍色に濁っていた。
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