秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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重い扉の外へ

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ユリウスがそっと降ろしてくれたのは、見知らぬ部屋の見慣れない天井に覆われた寝台の上だ。

「熱は……ないようです。どこか痛みなどございませんか?」

額に当てられた手はひんやりとしていて気持ちいい。

「……ここ、ここが痛い。」

「すぐに医者を、いやニイナ様を、」

胸の辺りをぎゅっとすると、ユリウスは深刻そうな顔つきになって、部屋から飛び出そうとした。

「…だめ。行くな。ユリウスがいると、楽になるから。」

「…ですが…」

「十妃を呼んでくればいいのか。呼んできてやる。」

入り口付近で様子を窺っていた一番だ。

壁に寄りかかり、腕を組んだままじっと俺とユリウスを見ている。

「…其方のような弟がいたとはな。まるで精巧に造られた人形のようだ。…大丈夫か?」

生まれて初めて、兄さんという人に声を掛けられた。正面から見ると、一妃と本当によく似ている。

「…ん、大丈夫。」

「そうか。少しだけユリウスと話しがしたい。いいか?」

「…うん。」

「シュヴァリエ様!できるだけ急ぎで、ニイナ様を!」

「分かっている。少しだけ時間をくれ。」

今にも飛び出して行きそうなユリウスに、兄さんと話して来いと目で合図を送る。

ユリウスが側にいれば痛みは和らぐから、本当に大丈夫だ。

二人は入り口付近で、少しだけ扉を開いたまま対峙した。

「一体、なんのお話しでしょうか。」

「マホが…」

「またその者のお話しですか?先程陛下が話されたことは、陛下の戯言に過ぎません。」

「其方にその気がないことは十分に理解している。だが、その話しではない。」

ユリウスからはぴりぴりとした苛立ちが感じられる。

「では、一体、」

「一度、マホと会ってやってくれ。」

「…お断りします。」

「このままでは、マホはいずれここから追い出されてしまう。マホが身一つでここから追い出されれば、一体どうなる?」

「…わたしには、関係のないことです。」

「なぜ父上が、マホをあのように自由にさせていたのか、今日やっと分かった。」

聞き耳をたてている訳ではないが、雨の音にかき消されつつも、所々話しの内容が聴こえてくる。

「マホは、父上にとって都合の良い囮でしかないんだ。このままでは、マホは…」

「仮にわたしが会ったとして、何か変わる事などございますか?なんの意味もないのでは?」

「マホは、ユリウス、お前の話しなら聞くはずだ。このままでは、都合良く使われて、見捨てられるだけだと、そう伝えて欲しい。」

「シュヴァリエ様がお話しなさればいいことでは。」

「…わたしでは、無理なんだ。」 

掠れたような声で兄さんが呟く。

「一度でいい。頼む。いや、命令だ。いいな。」

そこで二人の会話は途切れてしまった。

父さんも兄さんも、どうしてユリウスとマホを結びつけようとするんだろう。

1番は婚約を解消してまでマホといることを望んだと聞いていたのに。

「申し訳ありませんでした。すぐに、ニイナ様がいらっしゃいますので、ご安心下さい。」

どうやら、話しはついたようだ。

「…マホと会うのか?」

「聞こえていたのですか?」

「ああ。」

「…命令となれば、従わざるを得ません。」

ここには、俺の作ったガラクタは何一つない。

カタカタ、チクチクと聞こえてくる音が何もないから、雨音だけがいつもよりやけに耳障りで仕方ない。

「じゃあ、父さんがマホと婚約しろとしたら、それにも従うのか?」

「…………。それは……。」

雨は嫌いじゃなかったはずなのに、こうしているとまた胸がじくじくと痛み出す。

「……なあ、ユリウス、さっき父さんは俺の婚約がどうとか言っていたよな。」

「…ええ。」

「なら、ユリウスがなればいい。」

「………一体何を、ノア様?」

一体いつまでこうして耐えなきゃならないんだ。

もう限界だ。

ずっと耐えてきたんだから、もういいだろ。

ちゃんと手に入れておかないと、また一人になってしまう。

手に入れたいものは、目の前にあるのに。

頭の中で声がする。

誰の声…いや、俺の声か…?

「…ノア様?」

「俺の婚約者は、ユリウスいい。父さんにもそう伝える。俺の命令なんだから、従ってくれるよな?」

「……それは、」

「従うと言えよ。…ああ、くそっ、なんでこんなに苦しいんだ!」

「っ!!」

ノア?という声と共に、母さんと父さんが部屋へ入ってきたとき、俺はしがみつくようにユリウスに抱きついていた。









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