秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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重い扉の外へ

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「いや、婚約って、俺はまだそんな…。え?婚約って、あの婚約か…?」

「婚約に、もないよ。いい相手が見つかったから、早めに顔合わせする予定だ。ノアは嫌かい?やっぱり、わたしの側におく方が……」

「いや、それはいい。その方が嫌だ。どっちも嫌。」

ゴホンと言う一妃の咳払いで、我に返る。

他の王子達がいるのを忘れてた。

「どうしてだい?」

「どうしてって、まだ、そんな…」

そんなこと今まで一度も考えたことはない。

あの部屋を出て……出てから、俺はどうしたかったんだろう。

絶対にやりたい事は、ただ一つ。

あの日、約束してもらった、その事だけだ。

「わたし程ではないが、会えばノアも気にいるはずだよ。いいだ。」

「…って、男、なのか?」

「何も問題はないだろう。同性婚が禁じられていたのは建国前のことだ。」

急にそんなこと言われても、本当に困る。

晩餐の場だと言うのに、もう誰も食事に口をつけていない。

「ユリウスにも褒美をやらなければならんな。ノアは……随分と懐いているようだ。婚約が正式に決まるまでは護衛を続けてもらうが、其方もいい相手がいるのならば、口添えしてやろう。」

今度は急にユリウスへと矛先が変わった。

「いいえ、命じられた務めを果たしているだけです。褒美など、恐れ多いことです。」

「いや、遠慮などしなくて良い。は、どうだ?随分と其方を慕っているようではないか。」

「あの者とは……」

「確か、と言ったか?其方と会えんようになってからは、投げやりなのか元の性質なのか好き放題やっているようだが、其方が望むのであれば構わない。どうだ?渡り人だぞ。うん。いい話しではないか。」

「…………」


突拍子もなく話しを振られて、流石のユリウスもどう答えればいいのか、戸惑いを隠しきれない。

黙って静観していた母様たちが、すっと一妃の方へ目をやった。

「…全く。今晩は初めて皆が揃った晩餐だと言っていたのは其方ではないか。これでは誰も晩餐など楽しめぬ。」

小さな口元を軽く押さえながら、一妃が苦言を呈す。

一妃が何か話すと、なんて言うか、場が締まる?そんな感じだ。

「ああ、そうだったねナターシャ。すまない。とても愉しくてね。ここのところ忙しかったせいか、つい。」

愉しいと思っているのは、きっと父さんだけだ。

「…はあ。婚約云々の話しはまた後ほどじゃ。」

「わかったよ。食事を続けようか。」

ふんと、そっぽを向くと一妃がまた食事に手をつけ始めたので、なんとなく皆んなもそれに習って残りの食事に手をつけ始めた。

全然食欲が湧かない。

…ユリウスがマホと婚約?

婚約してそのまま婚姻?

思い出したくもないのに、ユリウスを追いかけて来たマホの姿が目に浮かぶ。

あの時ユリウスはマホを拒絶したが、この先もし婚約が成立してしまえば、その腕の中にマホを迎え入れるんだろうか。

「…ノア?どうした?」

心配そうに母さんが覗き込んでいる。

食事をする手は、すでに止まっている。

……やっと、やっと、会えたのに。

どうして、また。

胸のあたりが、ぐっと締め付けられるようで苦しい。この苦しさは、なぜか既に知っている痛みだ。

「…ノア?ノア!?」

母さんが何度も名前を呼んでいる。

『ユリウス、苦しい、よ…助けて。』

心の呟きが聞こえたんだろうか?

颯の如くとは、まさにこの事だ。

見守っていたユリウスが、すぐに側まで駆け寄って来てくれた。

「…ノア様?いかがなさいました?ご気分が優れませんか?」

「…ん。なんか、変だ。苦しい。」

「横になった方が宜しいですか?」

「…ん。連れてって。」

ここがどこかも忘れて、ユリウスへと腕を伸ばし、椅子から転がり落ちるようにその腕の中におさまった。

すーーーーーっと、ユリウスの匂いと一緒に息を吸い込むと、痛みがだいぶ和らぐのが分かる。

「ノアの部屋は、王子達の住まう部屋の並び一番奥じゃ。シュヴァリエに案内させよう。早く休ませてやれ。…しょうがないであろう、シュヴァイゼル。今晩はここまでじゃ。」

いつも饒舌な父さんの声が聞こえない。

前を歩く兄さんの後をユリウスがついて行く。

ああ、今晩は雨だったんだな。

ゆらゆらと揺れるユリウスの腕の中で、ざあざあと降りしきる雨の音が聞こえていた。












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