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真帆
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「…簡単に言うんだな。」
俺もだよと、そう言われることを期待していたのに、かえってきた返事は想定外のものだった。
「どういう意味?好きなんて軽々しく言うもんじゃないって言いたいの?」
悠理は黙り込んだまま、また読みかけの本に目を落とした。
今まで散々言われてきた言葉だ。
好きだよ、真帆と。
ぼくも同じように言っただけなのに、悠理は何も応えてはくれなかった。
好きと言えば言う程、なぜだかその意味が薄まっていくような気がした。
悠理以外の人から言われ続けていた言葉がぼくには何の意味もなかったように、悠理にとってもぼくからの言葉は何の意味も持たないようで、想いはいつも空回りするだけだった。
金色に染めていた髪が伸びてきた頃、染め直すのも面倒で元の黒髪に戻した。
久しぶりの黒髪はなかなかいい感じだ。悠理は何て言ってくれるだろう。
昨日行けなかったから、早く会いたい。
空回りし続けたままでも、悠理への想いが消えることはない。
悠理には特別な恋人はいないようだし、諦めるつもりは毛頭なかった。
いつだって欲しいモノはかならず手に入れてきたんだ。
「…黒髪も、似合うね。」
背後からの声に、肌が粟立つ。
振り返った先にいたのは、あいつだった。
すっかり忘れていたのに、まだ諦めていなかったんだろうか。
「この間はごめん。ずっと謝りたかったんだ。少しだけ時間をくれよ。」
発する言葉はまともでも、その目は完全に常軌を逸していた。
何も言わずに逃げ出したが、今回は追ってこない。
ちらっと振り返ると、ただじっと舐めるようにぼくのことを見つめていた。
悠理の家まで無我夢中で走り、駆け込むように家に入ると、その姿を見つけて安堵する。
「悠理!」
背後から抱きつくと、悠理の身体は少しだけ強張ったような感じがした。
「…真帆?」
「あいつが、また、あいつが現れたんだ!」
「…少し落ち着け。」
本当に怖かった。肌はまだ粟だったままだし、あの目を思い出すだけで身体が震えた。
向き直った悠理はぼくを一目見ると、息を呑んで固まった。
「…あ、髪の色変えたんだよ。元々は真っ黒なの。驚いた?」
「いや、少し、そうか。いいんじゃないか。」
どんなに着飾っても、派手な格好をしていても、いつも無関心でしかなかった悠理が初めて褒めてくれた。
嬉しくてより強く抱きつくと、調子に乗るなと引き剥がされたが、それでもぼくは嬉しかった。
その晩は、もちろんそのまま泊まり込んだ。あの目を思い出すと、一人で家に帰る気にはなれない。
いつものようにぼくはリビングで、悠理は寝室に。
持ち込んだ毛布に包まり込むが、なかなか寝付けない。その日初めて、ぼくは悠理の寝室の扉を叩いた。
「…悠理、怖くて眠れない。一緒に寝て。」
もう寝てしまったのか、悠理からの返事はない。
「ねえ、悠理、寝てるの?入ってもいい?」
扉を開こうとドアノブに手をかけようとしたところで、中から悠理が出てきてくれた。
「真帆、全てお前自身が招いたことだろう。わたしはお前を守ってるやることはできない。」
眠りかけだったんだろうか。いつもよりラフな悠理の姿には色気が感じられた。
悠理からぼくに触れてきたことは一度もない。
ぼくはまだ最後の切り札を残している。
そっとその手を取って、甘えるように囁く。
「ぼくのこと、抱いてもいいんだよ。一緒に寝よう。」
皆んな誰だって、こうすれば言うことを聞いてくれる。
悠理から来てくれることを待っていたが、もう待てない。
「お前、何を…」
そのまますっと抱きつけば、悠理の身体はびくりとし、また強く強張った。
もしかしたら、こういう経験がないのかもしれない。
「大丈夫だよ、悠理。男を抱くのは初めて?ぼくはとってもいいらしいから、悠理だって気に入ってくれると思うよ。男同士だって、気持ちよくなれ…」
どんと言う衝撃と共に、床に転がる。
突き飛ばされたことに、すぐには気がつけなかった。
「触るな。真帆、明日からお前はもうここには来るな。」
何を言われているのか理解できなかった。
「…どうして!ひどい!悠理はそういうの嫌いなの?ぼくが男だから!?」
「違う、そうじゃない…」
「ならなんで!?そんなにぼくのことが嫌い!?ぼくはこんなに好きなのに!」
「やめろ…」
「それとも、何?男同士ってことを軽蔑してるの?今はもうそんな時代じゃないのに!」
「やめてくれ!」
ばりんと、悠理が叫ぶと同時にガラスが割れる大きな音が部屋中に響いた。
リビングには、血だらけの手で微笑むあいつが立っていた。
「最近は大人しくしくなったと思っていたのに。駄目じゃないか、真帆。君が誰のものにもならないから、安心して見守っていられたんだよ。誰か一人のものになるのは許せないなあ。」
恐怖と驚きですっかり腰が抜けてしまった俺にあいつが向かってくる。血まみれの手には、長く艶めく刃物が握られていた。
ぼくを押しのけて悠理が立ち塞がると、あいつが振り上げた刃物がぐさりとその身体を貫く。
真っ赤な血飛沫が舞っている。
それはまるで映画のスローモーションのようだった。
俺もだよと、そう言われることを期待していたのに、かえってきた返事は想定外のものだった。
「どういう意味?好きなんて軽々しく言うもんじゃないって言いたいの?」
悠理は黙り込んだまま、また読みかけの本に目を落とした。
今まで散々言われてきた言葉だ。
好きだよ、真帆と。
ぼくも同じように言っただけなのに、悠理は何も応えてはくれなかった。
好きと言えば言う程、なぜだかその意味が薄まっていくような気がした。
悠理以外の人から言われ続けていた言葉がぼくには何の意味もなかったように、悠理にとってもぼくからの言葉は何の意味も持たないようで、想いはいつも空回りするだけだった。
金色に染めていた髪が伸びてきた頃、染め直すのも面倒で元の黒髪に戻した。
久しぶりの黒髪はなかなかいい感じだ。悠理は何て言ってくれるだろう。
昨日行けなかったから、早く会いたい。
空回りし続けたままでも、悠理への想いが消えることはない。
悠理には特別な恋人はいないようだし、諦めるつもりは毛頭なかった。
いつだって欲しいモノはかならず手に入れてきたんだ。
「…黒髪も、似合うね。」
背後からの声に、肌が粟立つ。
振り返った先にいたのは、あいつだった。
すっかり忘れていたのに、まだ諦めていなかったんだろうか。
「この間はごめん。ずっと謝りたかったんだ。少しだけ時間をくれよ。」
発する言葉はまともでも、その目は完全に常軌を逸していた。
何も言わずに逃げ出したが、今回は追ってこない。
ちらっと振り返ると、ただじっと舐めるようにぼくのことを見つめていた。
悠理の家まで無我夢中で走り、駆け込むように家に入ると、その姿を見つけて安堵する。
「悠理!」
背後から抱きつくと、悠理の身体は少しだけ強張ったような感じがした。
「…真帆?」
「あいつが、また、あいつが現れたんだ!」
「…少し落ち着け。」
本当に怖かった。肌はまだ粟だったままだし、あの目を思い出すだけで身体が震えた。
向き直った悠理はぼくを一目見ると、息を呑んで固まった。
「…あ、髪の色変えたんだよ。元々は真っ黒なの。驚いた?」
「いや、少し、そうか。いいんじゃないか。」
どんなに着飾っても、派手な格好をしていても、いつも無関心でしかなかった悠理が初めて褒めてくれた。
嬉しくてより強く抱きつくと、調子に乗るなと引き剥がされたが、それでもぼくは嬉しかった。
その晩は、もちろんそのまま泊まり込んだ。あの目を思い出すと、一人で家に帰る気にはなれない。
いつものようにぼくはリビングで、悠理は寝室に。
持ち込んだ毛布に包まり込むが、なかなか寝付けない。その日初めて、ぼくは悠理の寝室の扉を叩いた。
「…悠理、怖くて眠れない。一緒に寝て。」
もう寝てしまったのか、悠理からの返事はない。
「ねえ、悠理、寝てるの?入ってもいい?」
扉を開こうとドアノブに手をかけようとしたところで、中から悠理が出てきてくれた。
「真帆、全てお前自身が招いたことだろう。わたしはお前を守ってるやることはできない。」
眠りかけだったんだろうか。いつもよりラフな悠理の姿には色気が感じられた。
悠理からぼくに触れてきたことは一度もない。
ぼくはまだ最後の切り札を残している。
そっとその手を取って、甘えるように囁く。
「ぼくのこと、抱いてもいいんだよ。一緒に寝よう。」
皆んな誰だって、こうすれば言うことを聞いてくれる。
悠理から来てくれることを待っていたが、もう待てない。
「お前、何を…」
そのまますっと抱きつけば、悠理の身体はびくりとし、また強く強張った。
もしかしたら、こういう経験がないのかもしれない。
「大丈夫だよ、悠理。男を抱くのは初めて?ぼくはとってもいいらしいから、悠理だって気に入ってくれると思うよ。男同士だって、気持ちよくなれ…」
どんと言う衝撃と共に、床に転がる。
突き飛ばされたことに、すぐには気がつけなかった。
「触るな。真帆、明日からお前はもうここには来るな。」
何を言われているのか理解できなかった。
「…どうして!ひどい!悠理はそういうの嫌いなの?ぼくが男だから!?」
「違う、そうじゃない…」
「ならなんで!?そんなにぼくのことが嫌い!?ぼくはこんなに好きなのに!」
「やめろ…」
「それとも、何?男同士ってことを軽蔑してるの?今はもうそんな時代じゃないのに!」
「やめてくれ!」
ばりんと、悠理が叫ぶと同時にガラスが割れる大きな音が部屋中に響いた。
リビングには、血だらけの手で微笑むあいつが立っていた。
「最近は大人しくしくなったと思っていたのに。駄目じゃないか、真帆。君が誰のものにもならないから、安心して見守っていられたんだよ。誰か一人のものになるのは許せないなあ。」
恐怖と驚きですっかり腰が抜けてしまった俺にあいつが向かってくる。血まみれの手には、長く艶めく刃物が握られていた。
ぼくを押しのけて悠理が立ち塞がると、あいつが振り上げた刃物がぐさりとその身体を貫く。
真っ赤な血飛沫が舞っている。
それはまるで映画のスローモーションのようだった。
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