秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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真帆

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悠理が消えた。

比喩なんかじゃなく、本当に目の前から消えていなくなった。



やらかした事の大きさに気が付いたのか、刺した本人は訳のわからない大声を出してそのまま逃げてしまった。

救急車を呼ぼうとスマホを取り出した手は、震えて言うことをきかない。

「悠理!悠理、待ってて、今、今、救急車を…」

血でべとついた手はぬるぬるとしている。

悠理の血だ。

動揺するぼくの手を悠理はそっと握ってくれた。

今まで見たことがないような、とても穏やかな表情でぼくを見つめている。

「……真帆、このままでいい。この瞬間だけは、全てを思い出すことができるんだ。」

「…悠理?」

「お前の気持ちには応えられない。他にお守りしたい方がいる。」

悠理が話すたびに、溢れ出す血が床一面に広がった。

「やめて、もういいから、何も話さなで!」

「…できることなら、今度こそずっとお守りしてあげたい。許してもらえるなら、他には何も、望まない。」

「何言ってるの!悠理、しっかりして、お願いだから!」

「…真帆、家に帰れ。わたしのことは忘れろ。いいな。これからはもう少し、まともな奴と付き合え…」

きらきらとした小さな光の粒が悠理の身体を包みこむと、その身体は少しずつ霞のように消え始めた。

何が起こったのか、わからなかった。

気がつけば、始めからそこには何もなかったかのように、悠理も血溜まりも全てが綺麗に消えていた。



あれから何日経ったのか。大学にも行かず、ずっと悠理の家に引き篭もる日が続いていた。

悠理は死んだ訳じゃない。消えただけだ。

ここじゃない何処かに行ってしまった。

ここじゃない何処かへの手がかりは、ここ以外には思いつかなった。

部屋中至る所を探した。

悠理の持ち物は本当に少なく、数着の着替えと数冊の本ぐらいで、他には何も見つけることができなかった。

本は見たこともない外国語で書かれているせいで、どんな内容なのか検討もつかない。

がらんとした寝室で、悠理の匂いに包まれて眠っては起き、その繰り返しだけで日々が過ぎていった。

ぼくも一緒に刺されれば良かった。どうせならぼくを刺してくれたら良かったのに。

そうしたら、悠理ともっと一緒にいられたはずなのに。

何日も食事を摂っていない身体は限界が来ていた。

思い立って、もう一度何かの手がかりを求めて部屋中を探し回る。

これで見つからなければ、本当にもう終わりだ。

必死に部屋中を漁って、唯一出てきたのは、小さな飴玉一つだけだった。

見たことのない柄で、製造元もわからない。

悠理が飴を食べている姿は見たことがなかった。

綺麗に包まれた包装を解き、薄桃色の飴玉を口に入れると優しい甘さが口いっぱいに広がった。

「…美味しい。」

なにも口にしていなかった身体に糖分が染み渡っていくのが分かった。

その内に小さな光の粒がぼくの身体を包み出す。

悠理と同じだ。

これでまた悠理と会える。

目を閉じて、目覚めたとき、黒い騎士服に身を包んだ悠理が目の前にいた。

驚きはしなかった。

ここはきっとぼくが望んでいた世界だ。



悠理にはぼくの記憶が全くないようだった。

一瞬だけ、本当に別人じゃないのかと疑ってしまった。

それでも、愛し合っていた恋人だとつい口に出してしまった嘘に、冷たく違うと言い放った姿は、やっぱり悠理に違いなかった。

悠理は一度も表立った好意を寄せてくれたことはない。

ぼくを取り巻く人達や、ぼく自身のように、希薄な言葉を簡単に口にするような人でもない。

ぼくが何も差し出さなくても、何も言わずにぼくを守ってくれた。

奥底に眠るぼくへの想いに、きっとまだ気がついていないだけだ。

悠理が記憶を失ったままでも、悲観してなんていられなかった。

唯一の繋がりである悠理がぼくを覚えていないと言うのだから、ぼくはここでたった一人、なんとか生きていかなくてはならない。

不安はまた杞憂に終わった。

ここでも、ぼくの見た目は十分に通用してくれたからだ。

思いつきで聖女だなんて言ってしまったせいで、きらきらとした粒がなくなってきたときは少し焦ってしまったが、黒髪と言うだけでちやほやされた。

力がありそうな王子たちは、こぞってぼくを取り囲んでくれた。

身に付いていた術は、見た目同様、ここでも十分に役立ってくれた。

悠理にはなかなか会えず、第一王子の婚約解消などで、王子たちとの接点がなくなってきても、ぼくはまだ諦めてはいなかった。

夜な夜な煌びやかな夜会へと繰り出し、利用できそうな人物を探す。

さすがに身体を許すことまではしなかった。もうあんな怖い思いをするのはごめんだ。

悠理とまた暮らせるまで、ここでの地盤を固めていかなきゃいけない。

元々煌びやかな場は嫌いじゃないし、ちやほやされることはぼくの性に合っている。

生きていくためと言いながら、少しだけこの生活を楽しんでいる自分もいた。

シュヴァリエは何度もぼくに警告してきた。

このままでは、ここから追放されると。

そんなの分かっている。でもぼくは、こうやって生きていくしか術を知らない。

悠理が叱ってくれたらどんなにいいだろうか。

ぼくを忘れたままでもいいから、悠理に会いたい。



ここで一番の権力者である王に呼び出された。

ぼくの術が何も通じず、全てを見透かすように見つめてくる。あの紫色の目は苦手だ。

現実味がないぐらい豪奢な王宮の間に通されると、すでにそこには悠理がいた。

久しぶりに見る悠理に心が弾む。

騎士服が本当によく似合っている。

王は悠理とぼくの婚約を促してきた。

ぼくが断る訳がない。

暫くの間をおいて、悠理も承諾してくれた。









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