60 / 102
真帆
58
しおりを挟む
「…簡単に言うんだな。」
俺もだよと、そう言われることを期待していたのに、かえってきた返事は想定外のものだった。
「どういう意味?好きなんて軽々しく言うもんじゃないって言いたいの?」
悠理は黙り込んだまま、また読みかけの本に目を落とした。
今まで散々言われてきた言葉だ。
好きだよ、真帆と。
ぼくも同じように言っただけなのに、悠理は何も応えてはくれなかった。
好きと言えば言う程、なぜだかその意味が薄まっていくような気がした。
悠理以外の人から言われ続けていた言葉がぼくには何の意味もなかったように、悠理にとってもぼくからの言葉は何の意味も持たないようで、想いはいつも空回りするだけだった。
金色に染めていた髪が伸びてきた頃、染め直すのも面倒で元の黒髪に戻した。
久しぶりの黒髪はなかなかいい感じだ。悠理は何て言ってくれるだろう。
昨日行けなかったから、早く会いたい。
空回りし続けたままでも、悠理への想いが消えることはない。
悠理には特別な恋人はいないようだし、諦めるつもりは毛頭なかった。
いつだって欲しいモノはかならず手に入れてきたんだ。
「…黒髪も、似合うね。」
背後からの声に、肌が粟立つ。
振り返った先にいたのは、あいつだった。
すっかり忘れていたのに、まだ諦めていなかったんだろうか。
「この間はごめん。ずっと謝りたかったんだ。少しだけ時間をくれよ。」
発する言葉はまともでも、その目は完全に常軌を逸していた。
何も言わずに逃げ出したが、今回は追ってこない。
ちらっと振り返ると、ただじっと舐めるようにぼくのことを見つめていた。
悠理の家まで無我夢中で走り、駆け込むように家に入ると、その姿を見つけて安堵する。
「悠理!」
背後から抱きつくと、悠理の身体は少しだけ強張ったような感じがした。
「…真帆?」
「あいつが、また、あいつが現れたんだ!」
「…少し落ち着け。」
本当に怖かった。肌はまだ粟だったままだし、あの目を思い出すだけで身体が震えた。
向き直った悠理はぼくを一目見ると、息を呑んで固まった。
「…あ、髪の色変えたんだよ。元々は真っ黒なの。驚いた?」
「いや、少し、そうか。いいんじゃないか。」
どんなに着飾っても、派手な格好をしていても、いつも無関心でしかなかった悠理が初めて褒めてくれた。
嬉しくてより強く抱きつくと、調子に乗るなと引き剥がされたが、それでもぼくは嬉しかった。
その晩は、もちろんそのまま泊まり込んだ。あの目を思い出すと、一人で家に帰る気にはなれない。
いつものようにぼくはリビングで、悠理は寝室に。
持ち込んだ毛布に包まり込むが、なかなか寝付けない。その日初めて、ぼくは悠理の寝室の扉を叩いた。
「…悠理、怖くて眠れない。一緒に寝て。」
もう寝てしまったのか、悠理からの返事はない。
「ねえ、悠理、寝てるの?入ってもいい?」
扉を開こうとドアノブに手をかけようとしたところで、中から悠理が出てきてくれた。
「真帆、全てお前自身が招いたことだろう。わたしはお前を守ってるやることはできない。」
眠りかけだったんだろうか。いつもよりラフな悠理の姿には色気が感じられた。
悠理からぼくに触れてきたことは一度もない。
ぼくはまだ最後の切り札を残している。
そっとその手を取って、甘えるように囁く。
「ぼくのこと、抱いてもいいんだよ。一緒に寝よう。」
皆んな誰だって、こうすれば言うことを聞いてくれる。
悠理から来てくれることを待っていたが、もう待てない。
「お前、何を…」
そのまますっと抱きつけば、悠理の身体はびくりとし、また強く強張った。
もしかしたら、こういう経験がないのかもしれない。
「大丈夫だよ、悠理。男を抱くのは初めて?ぼくはとってもいいらしいから、悠理だって気に入ってくれると思うよ。男同士だって、気持ちよくなれ…」
どんと言う衝撃と共に、床に転がる。
突き飛ばされたことに、すぐには気がつけなかった。
「触るな。真帆、明日からお前はもうここには来るな。」
何を言われているのか理解できなかった。
「…どうして!ひどい!悠理はそういうの嫌いなの?ぼくが男だから!?」
「違う、そうじゃない…」
「ならなんで!?そんなにぼくのことが嫌い!?ぼくはこんなに好きなのに!」
「やめろ…」
「それとも、何?男同士ってことを軽蔑してるの?今はもうそんな時代じゃないのに!」
「やめてくれ!」
ばりんと、悠理が叫ぶと同時にガラスが割れる大きな音が部屋中に響いた。
リビングには、血だらけの手で微笑むあいつが立っていた。
「最近は大人しくしくなったと思っていたのに。駄目じゃないか、真帆。君が誰のものにもならないから、安心して見守っていられたんだよ。誰か一人のものになるのは許せないなあ。」
恐怖と驚きですっかり腰が抜けてしまった俺にあいつが向かってくる。血まみれの手には、長く艶めく刃物が握られていた。
ぼくを押しのけて悠理が立ち塞がると、あいつが振り上げた刃物がぐさりとその身体を貫く。
真っ赤な血飛沫が舞っている。
それはまるで映画のスローモーションのようだった。
俺もだよと、そう言われることを期待していたのに、かえってきた返事は想定外のものだった。
「どういう意味?好きなんて軽々しく言うもんじゃないって言いたいの?」
悠理は黙り込んだまま、また読みかけの本に目を落とした。
今まで散々言われてきた言葉だ。
好きだよ、真帆と。
ぼくも同じように言っただけなのに、悠理は何も応えてはくれなかった。
好きと言えば言う程、なぜだかその意味が薄まっていくような気がした。
悠理以外の人から言われ続けていた言葉がぼくには何の意味もなかったように、悠理にとってもぼくからの言葉は何の意味も持たないようで、想いはいつも空回りするだけだった。
金色に染めていた髪が伸びてきた頃、染め直すのも面倒で元の黒髪に戻した。
久しぶりの黒髪はなかなかいい感じだ。悠理は何て言ってくれるだろう。
昨日行けなかったから、早く会いたい。
空回りし続けたままでも、悠理への想いが消えることはない。
悠理には特別な恋人はいないようだし、諦めるつもりは毛頭なかった。
いつだって欲しいモノはかならず手に入れてきたんだ。
「…黒髪も、似合うね。」
背後からの声に、肌が粟立つ。
振り返った先にいたのは、あいつだった。
すっかり忘れていたのに、まだ諦めていなかったんだろうか。
「この間はごめん。ずっと謝りたかったんだ。少しだけ時間をくれよ。」
発する言葉はまともでも、その目は完全に常軌を逸していた。
何も言わずに逃げ出したが、今回は追ってこない。
ちらっと振り返ると、ただじっと舐めるようにぼくのことを見つめていた。
悠理の家まで無我夢中で走り、駆け込むように家に入ると、その姿を見つけて安堵する。
「悠理!」
背後から抱きつくと、悠理の身体は少しだけ強張ったような感じがした。
「…真帆?」
「あいつが、また、あいつが現れたんだ!」
「…少し落ち着け。」
本当に怖かった。肌はまだ粟だったままだし、あの目を思い出すだけで身体が震えた。
向き直った悠理はぼくを一目見ると、息を呑んで固まった。
「…あ、髪の色変えたんだよ。元々は真っ黒なの。驚いた?」
「いや、少し、そうか。いいんじゃないか。」
どんなに着飾っても、派手な格好をしていても、いつも無関心でしかなかった悠理が初めて褒めてくれた。
嬉しくてより強く抱きつくと、調子に乗るなと引き剥がされたが、それでもぼくは嬉しかった。
その晩は、もちろんそのまま泊まり込んだ。あの目を思い出すと、一人で家に帰る気にはなれない。
いつものようにぼくはリビングで、悠理は寝室に。
持ち込んだ毛布に包まり込むが、なかなか寝付けない。その日初めて、ぼくは悠理の寝室の扉を叩いた。
「…悠理、怖くて眠れない。一緒に寝て。」
もう寝てしまったのか、悠理からの返事はない。
「ねえ、悠理、寝てるの?入ってもいい?」
扉を開こうとドアノブに手をかけようとしたところで、中から悠理が出てきてくれた。
「真帆、全てお前自身が招いたことだろう。わたしはお前を守ってるやることはできない。」
眠りかけだったんだろうか。いつもよりラフな悠理の姿には色気が感じられた。
悠理からぼくに触れてきたことは一度もない。
ぼくはまだ最後の切り札を残している。
そっとその手を取って、甘えるように囁く。
「ぼくのこと、抱いてもいいんだよ。一緒に寝よう。」
皆んな誰だって、こうすれば言うことを聞いてくれる。
悠理から来てくれることを待っていたが、もう待てない。
「お前、何を…」
そのまますっと抱きつけば、悠理の身体はびくりとし、また強く強張った。
もしかしたら、こういう経験がないのかもしれない。
「大丈夫だよ、悠理。男を抱くのは初めて?ぼくはとってもいいらしいから、悠理だって気に入ってくれると思うよ。男同士だって、気持ちよくなれ…」
どんと言う衝撃と共に、床に転がる。
突き飛ばされたことに、すぐには気がつけなかった。
「触るな。真帆、明日からお前はもうここには来るな。」
何を言われているのか理解できなかった。
「…どうして!ひどい!悠理はそういうの嫌いなの?ぼくが男だから!?」
「違う、そうじゃない…」
「ならなんで!?そんなにぼくのことが嫌い!?ぼくはこんなに好きなのに!」
「やめろ…」
「それとも、何?男同士ってことを軽蔑してるの?今はもうそんな時代じゃないのに!」
「やめてくれ!」
ばりんと、悠理が叫ぶと同時にガラスが割れる大きな音が部屋中に響いた。
リビングには、血だらけの手で微笑むあいつが立っていた。
「最近は大人しくしくなったと思っていたのに。駄目じゃないか、真帆。君が誰のものにもならないから、安心して見守っていられたんだよ。誰か一人のものになるのは許せないなあ。」
恐怖と驚きですっかり腰が抜けてしまった俺にあいつが向かってくる。血まみれの手には、長く艶めく刃物が握られていた。
ぼくを押しのけて悠理が立ち塞がると、あいつが振り上げた刃物がぐさりとその身体を貫く。
真っ赤な血飛沫が舞っている。
それはまるで映画のスローモーションのようだった。
165
あなたにおすすめの小説
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!
椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。
ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。
平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。
天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。
「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」
平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる