秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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シオン

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マホという渡り人が現れてから、王宮内の秩序は乱れていく一方だ。

シュヴァリエがあそこまでマホに翻弄されるとは想像もしていなかった。

第二、第三王子に至ってもその通りだ。

珍しい渡り人が出現する瞬間にいたのだから、初めは義務や責任感の上での態度だと思っていた。

見た目と愛嬌の良さと、立ち回りの賢さで、マホはたちまち周囲の人々を虜にした。

だが冷静に見ればあの強かさはあからさまだ。

王や王妃、シュヴァリエ同様に出現する場に居合わせたユリウス様は、当然の如くそれらを見抜いていた。

王子達はもっと冷静に対処すべきだったのだ。特に、シュヴァリエは。

陛下はまだ後継者を明言されていないが、いずれシュヴァリエになるだろうと誰しもが考えていた。

あれだけ忠告したのに婚約まで解消し、陛下からの評価は明らかに下がってしまったはずだ。

侯爵家と言え三男であるわたしには、継ぐ家もない。幼い頃から共に育ってきたシュヴァリエが王となり、いずれその側近となってあいつを見守り続けることが自分の役目だと言い聞かせてきた。

それなのに、この有り様は一体何だ?

シュヴァリエにはがっかりしたし、マホという少年には憤りしかなかった。

今後の身の振り方について考えていた時、父が複雑な面持ちで縁談話しを持ちかけてきた。

どんな縁談も全て断ってきたため、最近ではわたしに話しを通す前に父が全てを断るようになっていた。

宰相である父が断りきれないとは、余程の相手だ。

仕方なく話しだけでも聞くつもりが、父が断りきれないのも当然の相手であった。

第十王子なんていただろうか?

父でさえも、どのような方か全く記憶にないと言う。

病のためずっと療養されていたとのことだが、正直面倒な相手を押し付けられたとしか思えなかった。

マホが現れてから、全ての物事が上手くいかない。




顔合わせの前日、シュヴァリエが訪ねてきた。まともに顔を合わせるのは久しぶりだ。

シュヴァリエに対する憤りはまだ消えていない。

「久しぶりだな。本来ならわたしとは顔も合わせたくないだろうが、今日はまた別の話しで来た。少し、いいか?」

まるで自分の部屋で寛いでいるかのように、いつも座るソファにゆったりと腰を下ろす。

侍女が淹れてきた茶は、シュヴァリエの好むものだ。この家の者たちは、シュヴァリエの嗜好をよく理解している。

わたしたちはそれぐらい、いつも共に過ごしてきた。

「…何の話しだ?またマホのことか?」

ちょっとした嫌味に少しだけ顔を歪めると、首を振って茶を口にする。

見慣れた横顔は、マホなんかよりずっと…

「いや、ノアとの婚約についてだ。」

ノア…?

聞き慣れない名前に首を傾げる。

「明日顔合わせをするのだろう?」

「第十王子のことか?」

「そうだ。わたしの末の弟になる。わたし自身も知ったのは最近だがな。」

そう言って、珍しくシュヴァリエが微笑んだ。

シュヴァリエさえも知らなかったのだから、どれだけ重篤な病に臥せていたのか気に病まれる。

「悪いが、婚約については断るつもりだ。」

「そう言うと思っていたよ。それを聞いて安心した。」

「どういう意味だ?」

「シオンから断らなくても、ノアが断るだろうが、念の為に確認しておきたかった。」

自分から断ることはあっても、断られる経験はない。

それを当然の様に言ってくるシュヴァリエに、また一際憤りが重なる。

「あの子はね、面白い子だ。あんな弟がいたなんてね。わたしのことを、兄上でも兄様でもなく、兄さんと呼ぶんだ。」

気難しいシュヴァリエにそう思わせる第十王子とは、一体どのような人物なのだろうか。

少しだけ興味が湧いてくる。

「…お前は、これからどうするんだ?婚約まで解消して。まだ、あいつのことを…」

シュヴァリエは残っていた茶をすっと飲み干すと立ち上がって笑った。

「どうもこうも、父上が決める事だろう。」

こんな状況で笑っているシュヴァリエに腹が立つ。

「お前、なぜ笑っていられる?わたしがお前のために、どれだけ!」

「シオン、本当に悪かったと思っている。お前ならきっと誰の側近としても活躍できるだろう。父上もそれが分かっているから、ノアの婚約者としてお前を選んだんだ。」

腹が立って仕方がないのは何故だろう。

これまでしてきた事の全てが、シュヴァリエのためだ。

それをシュヴァリエは簡単に手放そうとしている。

帰り際、シュヴァリエは言った。

「ノアに惚れるなよ。あの子は駄目だ。」

お前がそれを言うのか?

簡単にマホなんかに惚れたくせに。

ぎろりと睨みつけると、シュヴァリエはまた笑って部屋を出て行った。








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