秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

文字の大きさ
62 / 102
シオン

60

しおりを挟む
マホという渡り人が現れてから、王宮内の秩序は乱れていく一方だ。

シュヴァリエがあそこまでマホに翻弄されるとは想像もしていなかった。

第二、第三王子に至ってもその通りだ。

珍しい渡り人が出現する瞬間にいたのだから、初めは義務や責任感の上での態度だと思っていた。

見た目と愛嬌の良さと、立ち回りの賢さで、マホはたちまち周囲の人々を虜にした。

だが冷静に見ればあの強かさはあからさまだ。

王や王妃、シュヴァリエ同様に出現する場に居合わせたユリウス様は、当然の如くそれらを見抜いていた。

王子達はもっと冷静に対処すべきだったのだ。特に、シュヴァリエは。

陛下はまだ後継者を明言されていないが、いずれシュヴァリエになるだろうと誰しもが考えていた。

あれだけ忠告したのに婚約まで解消し、陛下からの評価は明らかに下がってしまったはずだ。

侯爵家と言え三男であるわたしには、継ぐ家もない。幼い頃から共に育ってきたシュヴァリエが王となり、いずれその側近となってあいつを見守り続けることが自分の役目だと言い聞かせてきた。

それなのに、この有り様は一体何だ?

シュヴァリエにはがっかりしたし、マホという少年には憤りしかなかった。

今後の身の振り方について考えていた時、父が複雑な面持ちで縁談話しを持ちかけてきた。

どんな縁談も全て断ってきたため、最近ではわたしに話しを通す前に父が全てを断るようになっていた。

宰相である父が断りきれないとは、余程の相手だ。

仕方なく話しだけでも聞くつもりが、父が断りきれないのも当然の相手であった。

第十王子なんていただろうか?

父でさえも、どのような方か全く記憶にないと言う。

病のためずっと療養されていたとのことだが、正直面倒な相手を押し付けられたとしか思えなかった。

マホが現れてから、全ての物事が上手くいかない。




顔合わせの前日、シュヴァリエが訪ねてきた。まともに顔を合わせるのは久しぶりだ。

シュヴァリエに対する憤りはまだ消えていない。

「久しぶりだな。本来ならわたしとは顔も合わせたくないだろうが、今日はまた別の話しで来た。少し、いいか?」

まるで自分の部屋で寛いでいるかのように、いつも座るソファにゆったりと腰を下ろす。

侍女が淹れてきた茶は、シュヴァリエの好むものだ。この家の者たちは、シュヴァリエの嗜好をよく理解している。

わたしたちはそれぐらい、いつも共に過ごしてきた。

「…何の話しだ?またマホのことか?」

ちょっとした嫌味に少しだけ顔を歪めると、首を振って茶を口にする。

見慣れた横顔は、マホなんかよりずっと…

「いや、ノアとの婚約についてだ。」

ノア…?

聞き慣れない名前に首を傾げる。

「明日顔合わせをするのだろう?」

「第十王子のことか?」

「そうだ。わたしの末の弟になる。わたし自身も知ったのは最近だがな。」

そう言って、珍しくシュヴァリエが微笑んだ。

シュヴァリエさえも知らなかったのだから、どれだけ重篤な病に臥せていたのか気に病まれる。

「悪いが、婚約については断るつもりだ。」

「そう言うと思っていたよ。それを聞いて安心した。」

「どういう意味だ?」

「シオンから断らなくても、ノアが断るだろうが、念の為に確認しておきたかった。」

自分から断ることはあっても、断られる経験はない。

それを当然の様に言ってくるシュヴァリエに、また一際憤りが重なる。

「あの子はね、面白い子だ。あんな弟がいたなんてね。わたしのことを、兄上でも兄様でもなく、兄さんと呼ぶんだ。」

気難しいシュヴァリエにそう思わせる第十王子とは、一体どのような人物なのだろうか。

少しだけ興味が湧いてくる。

「…お前は、これからどうするんだ?婚約まで解消して。まだ、あいつのことを…」

シュヴァリエは残っていた茶をすっと飲み干すと立ち上がって笑った。

「どうもこうも、父上が決める事だろう。」

こんな状況で笑っているシュヴァリエに腹が立つ。

「お前、なぜ笑っていられる?わたしがお前のために、どれだけ!」

「シオン、本当に悪かったと思っている。お前ならきっと誰の側近としても活躍できるだろう。父上もそれが分かっているから、ノアの婚約者としてお前を選んだんだ。」

腹が立って仕方がないのは何故だろう。

これまでしてきた事の全てが、シュヴァリエのためだ。

それをシュヴァリエは簡単に手放そうとしている。

帰り際、シュヴァリエは言った。

「ノアに惚れるなよ。あの子は駄目だ。」

お前がそれを言うのか?

簡単にマホなんかに惚れたくせに。

ぎろりと睨みつけると、シュヴァリエはまた笑って部屋を出て行った。








しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!

山田 バルス
BL
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?  春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。 「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」  ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。 「理由を、うかがっても?」 「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」  隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。 「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」  その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。 「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」  彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。 ◇ ◇ ◇  目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。 『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』 「……は?」「……え?」  凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。 『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。  アーノルド「モルデ、お前を愛している」  モルデ「ボクもお慕いしています」』 「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」  空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。 『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』  ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。 「……モルデ、お前を……愛している」 「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」  顔を寄せた瞬間――ピコンッ! 『ミッション達成♡ おめでとうございます!』  テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。 「……なんか負けた気がする」「……同感です」  モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。 『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』  王子は頭を抱えて叫ぶ。 「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」  天井スピーカーから甘い声が響いた。 『次のミッション、準備中です♡』  こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。

みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。 愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。 「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。 あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。 最後のエンドロールまで見た後に 「裏乙女ゲームを開始しますか?」 という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。  あ。俺3日寝てなかったんだ… そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。 次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。 「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」 何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。 え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね? これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

伯爵令息アルロの魔法学園生活

あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

処理中です...