秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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雨の夜の出来事

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幼い頃から顔馴染みの医者は、神妙な面持ちで俺の身体を確認した。

どうしたら子ができるのか相変わらず謎だが、今のユリウスと特別な何かをした記憶はない。

何度も同じような検査が繰り返され、いい加減辟易としてくる。

ユリウスはずっと牢に入れられたままだ。

「…本当にユリウス殿と、その、そう言った行為はなされていないのですな。」

年老いた白髪の医者は最後に念の為と、また同じ質問を繰り返えした。

「だから、って、何のことだ?それが分からないと答えられないじゃないか。」

あんなに掠れていた声も、今はすっかり元通りだ。

「ですので、その…」

医者は額にかいた汗を拭いながら、なにやらごにょごにょと口籠る。

「もういいだろう。ノアは何にも知らないからね。」

「シュヴァイゼルの意向でな、ノアには閨事に関することは何一つ教えておらんのじゃ。」

母さんと一妃の言葉に頷くと、医者は納得したようで、やっと部屋から出て行った。

とにかくこれでユリウスの潔白は証明されるだろう。

俺の古い記憶のせいで、悪い事をしてしまった。

それにしても、どうしてユリウスは何の反論もしなかったのだろう。

そして、もう一つ疑問がある。

「そもそも、俺って男だよな。子を宿せるのは女だけじゃないのか?」

各々自由に寛いでいた十人の視線が、一斉に俺へと注がれた。




外はあいにくの雨だ。

中庭へと出られない代わりに、部屋の中には沢山の菓子やお茶が用意された。

用意してくれた侍女は、両手を広げ仁王立ちになって俺の行方を阻んだあの侍女本人だった。

あの時は気が付かなかったが、一妃に仕える侍女に違いない。

なんであの場にいたんだろう?

俺からの視線に気がつくと、その侍女は今頃気がついたのですか?とでも言うように、口元だけをニヤリとさせた。

皆んなで、いい香りの湯気が沸き立つお茶を口にする。しゅわしゅわとした菓子は久しぶりの味だ。

「そうだな。何から話そうか…。」

母さんの言葉に、皆んなで耳を傾ける。

「わたしはね、この世界に来るまで、医者として働いていた。専門は産科だ。不妊治療なんかを研究していた。

そのせいかな。この世界に来た時、この国には稀に男でも子を宿せる者が生まれると聞いて、とても興味を持ったんだ。

しかも王族にだけ現れると言うその特殊な存在が、我が子として生まれた。

…陛下はぎりぎりまで隠し通そうとしていたけど、もうそろそろ知るべきだ。

これからの自分自身に深く関わることだから。

ノア、この意味が分かるよね?」

ここでやっと理解した。

病気なんかじゃなかった。

特異な体質とは、このことだったんだ。

母さんは頷く俺に優しく微笑むと話を続けた。

「王族にだけ現れるというその理由を聞いても、陛下は何も教えてくれない。研究者としては、調べずにはいられなかったんだ。

王宮で閲覧できる古い文献を隅から隅まで調べ、訪れた先の教会や神殿でもできる限り調べ回った。

神殿の長も口を濁すんだ。」

部屋の中はしんと静まりかえっている。

窓に叩きつける雨音だけが、やけに大きく耳に響く。

「この国の名は、ユーリアスだ。誰が名付けたのかは、姉様方もノアももちろん知っているよね。」

母さんは母様たちのことを、姉様と呼び慕っている。

誰も何も話さない。ただじっと母さんの次の言葉を待っている。

もちろん、俺もだ。

「…ノアール様。」

突然名を呼ばれ、どきっとする。

「初代国王になられたノアール様だ。

まだ国として成り立つ前、この辺り一帯は混沌としいて、常に争いが絶えなかった。小さな領地の一人息子だったノアール様が、剣豪として名を馳せたユリウスを片腕に国としてまとめ上げた話しは有名だよね。

建国後、ノアール様は体調を崩し、この後宮に一年ほど引き篭もられると、その後世継ぎを設けて、若くしてお亡くなりになっている。

不思議なことにね、後宮には十人の女たちが囲われていたと言うのに、誰がその子を産んだのかはどこにも書かれていない。

初代国王は正妃を娶っていないんだ。

王が亡くなった後、十人の女たちは皆王宮を去ってしまった。

その行方は誰も分からない。

片腕として共に戦ったはずのユリウスの名は、建国後の文献には何一つ記されていない。

今でも剣豪として有名なのは、当時の人々から代々受け継がれてきた口承によるものなんだ。

教会はね、頑なに禁じていた同性婚を建国後に解禁している。

反発も大きかったようだけど3代目の王に子を宿す王子が生まれると、それ以降反発は収束していった。

…ここまでは、史実に基づく話しだよ。」

すっかりお茶は冷めてしまった。

「ユーリアスと言う国名の由来は、きっとユリウスなんだろう。

建国後のノアール様とユリウスに何があったのか。

不自然なぐらい、どこにも何も書かれていない理由を、わたしたちはもう憶測することしかできない。

…ノアは、それを知っているんだね?」













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