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雨の夜の出来事
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ぱっと目が覚めると、そこには見慣れた懐かしい天井がある。
そう、懐かしい。
金色の模様が施された乳白色の天井は、所々薄く模様が剥げかかっている。
…あんなにきらきらしていたのに。
何百年も経っているんだから、仕方ないか。
寝台脇に置かれた水差しが目に入ると、ひどく喉が渇いていたのを思い出し、手を伸ばす。
「……あ、うわっ!」
がしゃんと言う音が響くと、十人の女達が慌てて駆け込んで来た。
「よかった。やっと目が覚めたんだね。」
「…ゔん。…あ、なんだ、ごれ…」
声が掠れて上手く言葉にできない。
「あれだけ喚いたのだから、声も掠れるじゃろう。」
一妃と母さんに頭を撫でられ、くすぐったい。
「もう、何が何だか、訳が分からないわ。」
「とりあえず目が覚めて良かった。」
他の母様たちからも、ぐちゃぐちゃと頭を撫で回される。
「やめ…ゔぅん、や、やめ…ろ…って」
ぶるぶると頭を振って抵抗すると、誰かがくすくすと笑い始め、つられて皆んなが笑い始めた。
「…ノア、なんだね?」
母さんの問いかけに頷く。
「良かった。皆んなとても心配していたんだよ。もう大丈夫なのかい?」
「……ん。」
もう一度頷く。
さわさわと自分のお腹に触ってみるが、もう痛くもないし、吐き気を伴う気持ち悪さもない。
「ノア!」
お団子結びの六妃がついと一歩前に踏み出ると、腰に手を当ててお腹と顔を交互に覗き込んでくる。
「……な、ゔぅ、なん、だ…?」
「ノアは、本当にユリウスの子を宿しているあるか?それが本当なら、ユリウスのことを見損なうある!!!」
耳がきーんとなるぐらいの剣幕だ。
「ふ、ふふ、ははは…」
相変わらずだな。六妃のこういう真っ正面から向かってくる物言いは変わらない。
「何を笑ってるある!」
俺の目が覚めたら少しずつ事の状況を聞き出そうと、皆んなでそう決めていた筈だ。
六妃はそういう回りくどいのが苦手だからな。
他の皆んなが、あーもー、みたいな顔をしている。
あの頃も、俺の周りにはいつも皆んながいた。
彼女たちが今は俺の母さんと母様になっているなんて、不思議だ。
「ノア、アカチャンイナイヨ。」
「……ん?」
「コンカイハ、イナイネ。ザンネン?」
五妃は何かを感じとっているようだ。昔から不思議な力があったんだよな。
残念…?
どうだろう。
大体、どうやったら子どもを宿すことができるのか、実はよくわかっていない。
あの雨の日の夜に起こった出来事は思い出したのに、途中からの記憶は薄ぼんやりとしている。
ユリウスは俺の事をノアール様と、はっきりそう呼んだ。
ユリウスも俺と同じように、記憶があるんだ。
ずっと夢だと思っていたことは、夢なんかじゃなかった。
自分の中にノアールとしての記憶が存在していることを、今の自分は自覚している。
「…リ、ユリ…ゔぅん…は?」
「ユリウスは…今は牢に入れられておる。」
やっぱり、そうか。
ユリウスの子を宿していると聞いた父さんは激怒し、ルドルフにユリウスを牢に入れるよう命じた。
何の反論もしないユリウスに、ルドルフも従うしかない状況だった。
ノアールとしての記憶のままに、連れ出されるユリウスを必死に引き止めようとしたが、叶わぬ抵抗に終わってしまった。
喉が枯れたのは、そのせいだ。
あれからどのぐらい寝込んでしまったんだろう。
「三日じゃ。ユリウスが牢に入れられて、三日経った。そなたが本当に子を宿していないか確認が取れるまで、解放されることはないであろう。」
ゔうん、と一つ咳払いをすると、一妃は改めて尋ねてきた。
「…ユリウスの子を宿していると言うのは、誠か?」
あの時も、確かこう尋ねて来たのは彼女だ。
あの時は確かに、ここにいたんだ。
俺のこのお腹の中に。
でも今は違う。
首を振ると、母さんと五妃以外は緊張が解けたのか、近くのソファにぐったりと身を沈めた。
「…そうか、ユリウスに限ってとは思うていたが、万が一の事を考え、ずっと気が気でなかったからの…」
だから、ユリウスを牢から出してくれと、身振り手振りで何とか伝える。
「そうしてやりたいのはやまやまじゃが、これから其方の身体の状態を確認し、シュヴァイゼルが納得するまでは無理じゃ。」
そんな!なんとかならないのか!
「ルドルフがいるのじゃから、牢にいるとは言っても酷い仕打ちは受けておらん。とにかく、医者に再度確認してもらわねば。」
母さんも医者だが、父さんは母さんの診断では納得できないらしい。
「…ダイジョウブ。ロウニイレバ、ユリウス、ドコニモイカナイヨ。」
五妃に言われて、はっとする。
牢にいるということは、ユリウスは何処にも行けない。
急にいなくなることも、マホと連れ立って故郷に帰る事もできない状況だ。
もう一度ちゃんと会って話しがしたい。
…あの雨の日の夜のことを、ユリウスは記憶しているんだろうか。
本当は、後悔しているんじゃないか?
だから、俺の前から消えてしまったんだろう?
俺との婚約を頑なに断っていたのは、その記憶があるからじゃないのか?
過去のこと、現在のこと。
俺の知らないユリウスのこと。
ユリウスの知らない俺のこと。
聞きたいことは山ほどある。
会いたいな……
またここで、二人だけで過ごせたらな…
俺のせいで牢に入れられているのに、こんなことばかり考えてしまう自分が嫌になる。
そう、懐かしい。
金色の模様が施された乳白色の天井は、所々薄く模様が剥げかかっている。
…あんなにきらきらしていたのに。
何百年も経っているんだから、仕方ないか。
寝台脇に置かれた水差しが目に入ると、ひどく喉が渇いていたのを思い出し、手を伸ばす。
「……あ、うわっ!」
がしゃんと言う音が響くと、十人の女達が慌てて駆け込んで来た。
「よかった。やっと目が覚めたんだね。」
「…ゔん。…あ、なんだ、ごれ…」
声が掠れて上手く言葉にできない。
「あれだけ喚いたのだから、声も掠れるじゃろう。」
一妃と母さんに頭を撫でられ、くすぐったい。
「もう、何が何だか、訳が分からないわ。」
「とりあえず目が覚めて良かった。」
他の母様たちからも、ぐちゃぐちゃと頭を撫で回される。
「やめ…ゔぅん、や、やめ…ろ…って」
ぶるぶると頭を振って抵抗すると、誰かがくすくすと笑い始め、つられて皆んなが笑い始めた。
「…ノア、なんだね?」
母さんの問いかけに頷く。
「良かった。皆んなとても心配していたんだよ。もう大丈夫なのかい?」
「……ん。」
もう一度頷く。
さわさわと自分のお腹に触ってみるが、もう痛くもないし、吐き気を伴う気持ち悪さもない。
「ノア!」
お団子結びの六妃がついと一歩前に踏み出ると、腰に手を当ててお腹と顔を交互に覗き込んでくる。
「……な、ゔぅ、なん、だ…?」
「ノアは、本当にユリウスの子を宿しているあるか?それが本当なら、ユリウスのことを見損なうある!!!」
耳がきーんとなるぐらいの剣幕だ。
「ふ、ふふ、ははは…」
相変わらずだな。六妃のこういう真っ正面から向かってくる物言いは変わらない。
「何を笑ってるある!」
俺の目が覚めたら少しずつ事の状況を聞き出そうと、皆んなでそう決めていた筈だ。
六妃はそういう回りくどいのが苦手だからな。
他の皆んなが、あーもー、みたいな顔をしている。
あの頃も、俺の周りにはいつも皆んながいた。
彼女たちが今は俺の母さんと母様になっているなんて、不思議だ。
「ノア、アカチャンイナイヨ。」
「……ん?」
「コンカイハ、イナイネ。ザンネン?」
五妃は何かを感じとっているようだ。昔から不思議な力があったんだよな。
残念…?
どうだろう。
大体、どうやったら子どもを宿すことができるのか、実はよくわかっていない。
あの雨の日の夜に起こった出来事は思い出したのに、途中からの記憶は薄ぼんやりとしている。
ユリウスは俺の事をノアール様と、はっきりそう呼んだ。
ユリウスも俺と同じように、記憶があるんだ。
ずっと夢だと思っていたことは、夢なんかじゃなかった。
自分の中にノアールとしての記憶が存在していることを、今の自分は自覚している。
「…リ、ユリ…ゔぅん…は?」
「ユリウスは…今は牢に入れられておる。」
やっぱり、そうか。
ユリウスの子を宿していると聞いた父さんは激怒し、ルドルフにユリウスを牢に入れるよう命じた。
何の反論もしないユリウスに、ルドルフも従うしかない状況だった。
ノアールとしての記憶のままに、連れ出されるユリウスを必死に引き止めようとしたが、叶わぬ抵抗に終わってしまった。
喉が枯れたのは、そのせいだ。
あれからどのぐらい寝込んでしまったんだろう。
「三日じゃ。ユリウスが牢に入れられて、三日経った。そなたが本当に子を宿していないか確認が取れるまで、解放されることはないであろう。」
ゔうん、と一つ咳払いをすると、一妃は改めて尋ねてきた。
「…ユリウスの子を宿していると言うのは、誠か?」
あの時も、確かこう尋ねて来たのは彼女だ。
あの時は確かに、ここにいたんだ。
俺のこのお腹の中に。
でも今は違う。
首を振ると、母さんと五妃以外は緊張が解けたのか、近くのソファにぐったりと身を沈めた。
「…そうか、ユリウスに限ってとは思うていたが、万が一の事を考え、ずっと気が気でなかったからの…」
だから、ユリウスを牢から出してくれと、身振り手振りで何とか伝える。
「そうしてやりたいのはやまやまじゃが、これから其方の身体の状態を確認し、シュヴァイゼルが納得するまでは無理じゃ。」
そんな!なんとかならないのか!
「ルドルフがいるのじゃから、牢にいるとは言っても酷い仕打ちは受けておらん。とにかく、医者に再度確認してもらわねば。」
母さんも医者だが、父さんは母さんの診断では納得できないらしい。
「…ダイジョウブ。ロウニイレバ、ユリウス、ドコニモイカナイヨ。」
五妃に言われて、はっとする。
牢にいるということは、ユリウスは何処にも行けない。
急にいなくなることも、マホと連れ立って故郷に帰る事もできない状況だ。
もう一度ちゃんと会って話しがしたい。
…あの雨の日の夜のことを、ユリウスは記憶しているんだろうか。
本当は、後悔しているんじゃないか?
だから、俺の前から消えてしまったんだろう?
俺との婚約を頑なに断っていたのは、その記憶があるからじゃないのか?
過去のこと、現在のこと。
俺の知らないユリウスのこと。
ユリウスの知らない俺のこと。
聞きたいことは山ほどある。
会いたいな……
またここで、二人だけで過ごせたらな…
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