秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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最終章

94

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「ノアに全てを譲り渡すと?」

皆んなからの視線が痛い。

ここからじゃ、ユリウスが一体何を持ち込んだのかよく見えない。

「ええ、この鉱石の存在する場所、加工方法など全てを。ですが、それは申し立てをお許し下さるという前提の話です。」

鉱石?

さっきも原石と言っていた。

神殿に奉納されているとすれば、かつて建国当初は存在していたと言う黒紫鋼のことだろうか。

加工された剣や盾、宝飾品は国宝とされ、神殿で厳重に保管されている。

本で読んだだけで、実物を見たことすらない。

建国前、この地で争いが絶えなかったのは、その鉱石を巡る諍いが原因の一つだったとも言われている。

今では伝説の鉱石で、かつては王の石とも呼ばれた黒紫鋼の原石が発見されたとすれば、きっと誰しもがそれを手に入れたがるに違いない。

「申し立てを却下すれば、どうするつもりだ?」

「わたしがどうして、たった数年で商人として成り得たのか、陛下は既にご存知のはずですが。」

目を丸くした宰相が王に向かってこそこそと耳打ちをすると、父は母様達を見回して口だけの笑みを浮かべた。

「其方達は、密かにユリウスと通じていたのか?」

突然母様たちに話しが振られても、彼女達は皆一様にやんわりと首を振るだけだった。

「さあ…。」
「一体何のことかしら?」
「どなたかご存知?」
「ところで、は何なのかしら?」

ひそひそと囁き合うだけで、どことなくしらばっくれているような、そんな雰囲気だ。

「この国のみならず、他国でも失われつつある文化を再興させ、かつて使われていたと言う閉ざされた経路を利用して、それらを瞬く間に流通させた。急激な台頭の裏には、協力者がいたはずだ。一介の騎士になし得ることではない。」

囁き合っていた母様たちが、口を閉ざしてあさっての方を向くと、一妃がため息を吐いて話しに加わった。

「妾達は、とある商人から失われた文化の復興について話しを持ちかけられた。文化面については、妾達に一任していたではないか。それがユリウスとは知らなかっただけじゃ。」

知ってて知らないふりをしていたのかも…。母様たちならあり得る。

ユリウスは怯むことなく続けた。

「この件に関しては、まだ他に誰にも口外してはおりません。ですが陛下の返答次第では如何様にもできます。」

ユリウスにはそれを一瞬で流通させる術があるし、その術は他国にまで及んでいるのだ。

「わたしを脅す気か?」

「脅してなどおりません。正当に申し立てをしているだけです。」

…これは、ある意味本当に脅しだ。

黒紫鋼の在処が知れ渡れば、その地が火種となって、新たな諍いが起こりかねない。

「…ユリウスを捕えろ。捕らえてその在処を吐かせればいいだけの話しだ。」

「なっ!そんなことさせない!許すと言えばいいだけの話しじゃないか!ユリウスが権利をくれるなら、俺は絶対誰にも公言しないし、それを悪用なんてさせない!」

ルドルフとシオンに向かって、捕らえるよう命じる父に声が荒ぶる。

また牢に入れようとするのか?

そんなの絶対に許せない。

「…大丈夫ですよ、ノア様。後少しです。」

腰に回したままの手をさらにぐっと引き寄せると、耳元でユリウスが囁いた。

大丈夫なんかじゃない。

また牢に入れられたら……

「陛下、それは出来かねます。いまそれをしてしまえば、他の貴族達に示しがつきません。」

ルドルフが一歩前に進んで父と向かい合った。

「何故だ?また命令を無視するつもりか?」

「違います。ユリウスを捕らえるには正当な理由が必要です。その鉱石の件で捕えれば、鉱石の存在が明らかになる。不当な理由で捕えれば、きつく粛正された貴族たちが反発を覚えます。正当でなければ、彼等は納得いたしません。」

あの事件以来、王は貴族達に正当さを求めてきた。その王自らが不当な理由でユリウスを捕えれば、そこに亀裂が生じてしまう。

「陛下、再度申し上げます。ノア様をわたしに。よろしいですか。」

黙り込む父の前で、ユリウスが一枚の紙片を取り出した。

丁寧にたたまれたそれを開くと、そこには既にユリウスの名が署名してある。

「ちょうど神殿長もいらっしゃいます。神殿に赴く手間が省けました。こちらに署名を、よろしいですか?ノア様?」

渡されたペンで、さらさらと署名する。

「…後悔されませんか?」

書き終えた紙片を眺めて、小さく頷く。

「後戻りはできません。仮に後から後悔されても、わたしは手放す気はございません。」

もう一度、今度は深く頷く。

ユリウスに手を取られ、神殿長の前まで歩み寄ると、差し出された紙片を長は恭しく受理した。

「ありがとうございます。申し立てを受け入れて下さり感謝しております。さあ、参りましょうか、ノア様。」

まるで夢を見ているみたいだ。

足取りがふわふわとしておぼつかない。

やっぱり少し熱があるのかも。

だって俺の手を取るユリウスは、傍目にも分かるぐらいとても上機嫌で、見上げる度に、優しい眼差しで笑みを返してくれる。

…ユリウスと俺の婚姻届が、正当に受理された。



















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