秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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最終章

95

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「戻れ、ノア。わたしは許可しない。」

その声色に、ふわふわとしていた気持ちが一気に萎んでいく。

怪我を負ったユリウスを後宮に囲まう際、この先は何でも言うことを聞くと、父に約束している。

「お言葉ですが陛下、認めざるを得ません。陛下もお分かりでしょう。」

神殿長が卓に並べられた二つの箱を指し示す。

「これだけの大きさの原石と、ほぼ同じ大きさの加工されたもの。加工されたばかりのものは、これほど艶々としているのですね。…陛下、これらを市中に流通させる訳にはまいりません。」

黒々と艶めく鉱石の塊を神殿長が両手で高く掲げると、その場にいた誰もが息を飲んだ。

窓から差し込む光を反射して、鉱石は紫色に輝いている。

「…駄目だ。戻るんだ、ノア。」

王は頑として譲らない。

「なぜじゃ?其方がノアの伴侶に求めていたものを、ユリウスは手にしておるではないか。」

「陛下、ユリウス様は全てノア様にと申しております。ユリウス様がノア様を害するようなことは決してないはずです。」

一妃と神殿長からの進言にも王は耳を貸さない。

約束は約束だ。神殿長が受理しても、父の許しがなければ、俺はここから出ることは叶わない。

「…世継ぎなら、いくらでもいるだろう。」

意図しないところで、口が勝手に動き出す。

「何の話だ?」

怪訝そうに真っ直ぐ俺を見下ろしている父の目を見据えると、言葉がすらすらと溢れ出してくる。

「父上には感謝しております。父上の行動全てが、この国とわたしのためであると。
ですが、今現在世継ぎはわたし一人だけではありません。わたしも含め、十人もいる。さらにこの国は現在他国からの干渉を撥ね付けられる程の大国です。もう、わたしである必要はないはずです。

あの時とは、違うのです。」

言い終えてから、一つ息を吐くと、ユリウスがそっと肩を抱いてくれた。

この感覚は久しぶりだ。自分の中に、ノアールを感じる。

ユリウスもきっと気がついているはずだ。

「駄目だノア。お前は…マホのように襲われてもいいのか?」

父の目を見つめたまま首を振る。

「何かに怯えて、ずっとここで囲われたまま暮らすのは嫌なんだ。俺は俺のやりたいように生きたい。ユリウスならきっと、そんな俺を支えてくれる。」

「駄目だ、ノア。そんなに言うなら、お前のことを廃嫡する。廃嫡されれば、もうこの王宮にいられなくなる。お前を育ててくれたニイナや、妃達にも会えなくなるんだ。それでも、ここを出ていくと言えるか?」

「…廃嫡?本当に?分かった。受け入れる。」

聞いていたよな?

神殿長を振り返ると、神殿長は神妙な面持ちで頷いた。

「廃嫡されたなら、俺はもうただの平民だ。ここにいちゃいけないよな。」

「ノア!!!」

立ち上がる父を無視して、ユリウスに向かい合う。

「ユリウス、もう王子じゃないけど、それでもいいか?」

「ええ何の問題もございません。」

差し伸べた手をとり、ユリウスはその甲に微かに触れるほどの口付けをした。

「ふふっ、俺はもう王子じゃないから、そう言うのはいいんだぞ。」

「受け入れて下さった感謝の意です。では、参りましょうか?」

ユリウスの手をぎゅっと握りしめると、それよりも強い力でぎゅっと握り返される。

「ノア!約束を忘れたのか!」

「あれは王子としての約束だから。俺はもう王子じゃない!」

「お前は、何を!」

「もういいだろう!父さんには感謝してる。でももう自由になりたいんだ!」

「ノア!」

がたんと椅子を倒して立ち上がる父親を無視して、母さんに向き直る。

「ごめん、母さん。俺ユリウスと行く。母様たちも、ごめん。今までありがとう。」

「いいんだよ、ノア。ノアの好きなように生きればいい。身体に異変が起きた時は、わたしがすぐに向かう。わかったね。」

母さんの言葉に何度も頷く。

……異変?

ああ、そうか。

「ありがとう。俺ユリウスの子を沢山産むから!な、ユリウス!」

一瞬ひどく驚いたような顔をしてから、ユリウスは声を上げて笑った。

「…そうですね。それは、おいおいで、構いません。」

目を細めて笑うその顔が、ひどく眩しい。

ユリウスはまだ憤慨したままの父に向かって礼をし、それから母様たちに向かって深く一礼した。

「幸せにの。」
「何かあったら、いつでも連絡するのよ。」
「達者でな。」

笑顔で見送ってくれる母さんと母様たちに別れの挨拶を告げると、ユリウスに手を引かれ、そのまま俺達は部屋を出た。

何度もノアと、俺を呼ぶ声が聞こえていたが、振り返ることはしない。

ルドルフとシオン、部屋の外に集まっていた兄さんたちからも引き止められることはなかった。

どことなく忙しない使用人たちを尻目に、外へ向かって進んでいく。

不思議そうに見送る使用人達の中から、一人が目の前に立ち塞がってきた。

「ユリウス!」

マホだ。



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