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最終章
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「たかがちょっとした富を築き上げたぐらいで、許されるとでも思っているのか?」
玉座から響くその冷淡な声色に、場の空気は一段と張り詰めたものに変わった。
見下ろす紫色の目からは、許しなど到底得られそうもない。
「立ち上がれますか?お手を。」
王の発する威圧など気にも止めない様子で、ユリウスが床に座り込んだままの俺に手を伸ばした。
立ち上がってからも、やっと掴んだその手を離すことができない。
「そのように不安な顔をされなくても大丈夫です。」
ぎゅっと強く握りしめたその手を静かに振り解くと、ユリウスはその手で一つぽんと頭を撫でてくれた。
「…でも、」
「もう少しだけお待ち頂ければ、全て解決します。」
「…あっ」
ぐいっと腰を引き寄せられ驚く俺に、ユリウスが小さな笑みを浮かべる。
身体の奥からじわっと込み上がる熱で、きっと俺の顔は今赤面してるはずだ。
まるで別人のようなその姿に、思わず何度もくんくんとして本人なのか確認してしまう。
…清廉な石鹸の匂いの奥から漂うのは、間違いなくあの頃と同じ、ユリウスの匂いだ。
「陛下からしてみれば、わたしの築き上げた富など些細なものでしかないのでしょう。」
あの王に向かって、ユリウスは臆することなくまた対峙し始めた。
「よく分かっているじゃないか。」
「小さな領地ではありますが、一貴族でもあります。これでもやはり、足りませんか?」
「…何もかもが足りない。」
二人の会話だけが、しんとした部屋の中に響き渡っている。
「ですが、たかが一貴族の、たかが一商人でしかないわたしの申し立てを、無視することはできなかった。ですからこうして、この場を設けて下さったのではありませんか?」
暫く黙り込むと、父は神殿から来た長に向かって何かを促した。
「あれの送り主がユリウス様だったとは、思いもよりませんでした。ですがユリウス様であったことに、今は少し胸を撫で下ろしております。」
「余計な話しはいらん。結果だけを述べればよい。」
穏やかな口調で語り始めた長の言葉を、父は鋭く遮った。
「原石を知るものはすでにこの世にはいないのです。神殿に奉納されている現物と、残っている文献を元に手探りで確認する他に術はございませんでした。」
「…だから結果を」
「恐らく本物であるかと、それしか言いようがございません。」
「…恐らく?」
「はい。多く出回っている偽物とは全く異なります。ただし、先程も申し上げましたが、現存しているものは加工されたもののみ。原石を目にするのは初めてのことです。これ以上判断のしようがありません。」
「…偽物の可能性も否定できないだろう?」
「偽物の可能性は極めて低いかと。ですが、この原石を加工できるのならば、間違いなくこれが本物であると証明できます。文献を元に試みましたが、私どもには無理でした。文献には所々意図的に消された箇所があるのです。それを知り得る者は何処にもおりません。」
何も語らず黙したままでいた母や、母様達がざわついている。
宰相も目をぱちぱちさせながら、何の話しかと思考を巡らせているようだし、ルドルフとシオンは突然現れたユリウスの姿に今更ながらきっと驚いているはずだ。
「…本物です。間違いありません。」
背筋をすっと伸ばし、すんとした表情でユリウスが断言する。
「その根拠は?お前にそれが証明できるのか?」
「他のものも用意してあります。直接ご覧になって頂いて構いませんが、いかがいたしましょう。」
目を細めてそれを促す王を確認すると、扉の外に待機していたらしい人物がおずおずと現れユリウスの元へと二つの箱を差し出した。
なんてことのない木箱だ。
………ん?
運んで来た人物に見覚えがあると思ったら、あの晩マホを連れ出し、後から合流して来たあの騎士だった。
ユリウス同様に、騎士服ではない正装をしている。
扉の前に控えていたルドルフとシオンに何度も頭を下げていた。
俺を見ると、なぜか少し頬を染めて、ご無事で何よりですと呟いてから、離れた所へ控えてしまった。
ユリウスが受け取った木箱を、宰相がまた受け取りに下がってくる。
ユリウスも元騎士も軽々と持っていた木箱は思いの外重さがあるようで、宰相は二つ同時に受け取ると、ぐふっと一つ声を上げて、膝を曲げた。
一体何が入っているんだろう?
尋ねるように見上げると、ユリウスはまた小さく笑みを浮かべた。
「…わたしの切り札です。あれを探して加工するのに、少々時間がかかってしまいました。」
相当な自信があるのか、ユリウスは終始落ち着いている。
まあ、元から常に落ち着いているから、実際はどうなのか分からないが、そんなユリウスの隣にいると、なんだか全てが上手くいきそうな気がして不思議な気分だ。
宰相から長に木箱が渡り、小さな卓が用意されると、その上で木箱が開けられる。
父と長、ユリウスと従う元騎士以外は一体何が入れられているのか知らない。ただ緊張してその様子を見守るだけだ。
真紅のするりとした布に包まれたそれらが開かれると、神殿長のひゅっと息を飲む声が聞こえたような気がする。
父は神妙な面持ちで、その一つに手を伸ばした。
「…本物か。これを、お前は一体どこで手に入れたのだ?」
「…陛下と言えど、そう簡単にはお教え出来かねます。全ての権利をノア様に、これでお許し頂けますか?」
…ん?
…え、俺?
話しの流れについていけず、首を傾げる俺にこの場にいた全員の視線が集中した。
玉座から響くその冷淡な声色に、場の空気は一段と張り詰めたものに変わった。
見下ろす紫色の目からは、許しなど到底得られそうもない。
「立ち上がれますか?お手を。」
王の発する威圧など気にも止めない様子で、ユリウスが床に座り込んだままの俺に手を伸ばした。
立ち上がってからも、やっと掴んだその手を離すことができない。
「そのように不安な顔をされなくても大丈夫です。」
ぎゅっと強く握りしめたその手を静かに振り解くと、ユリウスはその手で一つぽんと頭を撫でてくれた。
「…でも、」
「もう少しだけお待ち頂ければ、全て解決します。」
「…あっ」
ぐいっと腰を引き寄せられ驚く俺に、ユリウスが小さな笑みを浮かべる。
身体の奥からじわっと込み上がる熱で、きっと俺の顔は今赤面してるはずだ。
まるで別人のようなその姿に、思わず何度もくんくんとして本人なのか確認してしまう。
…清廉な石鹸の匂いの奥から漂うのは、間違いなくあの頃と同じ、ユリウスの匂いだ。
「陛下からしてみれば、わたしの築き上げた富など些細なものでしかないのでしょう。」
あの王に向かって、ユリウスは臆することなくまた対峙し始めた。
「よく分かっているじゃないか。」
「小さな領地ではありますが、一貴族でもあります。これでもやはり、足りませんか?」
「…何もかもが足りない。」
二人の会話だけが、しんとした部屋の中に響き渡っている。
「ですが、たかが一貴族の、たかが一商人でしかないわたしの申し立てを、無視することはできなかった。ですからこうして、この場を設けて下さったのではありませんか?」
暫く黙り込むと、父は神殿から来た長に向かって何かを促した。
「あれの送り主がユリウス様だったとは、思いもよりませんでした。ですがユリウス様であったことに、今は少し胸を撫で下ろしております。」
「余計な話しはいらん。結果だけを述べればよい。」
穏やかな口調で語り始めた長の言葉を、父は鋭く遮った。
「原石を知るものはすでにこの世にはいないのです。神殿に奉納されている現物と、残っている文献を元に手探りで確認する他に術はございませんでした。」
「…だから結果を」
「恐らく本物であるかと、それしか言いようがございません。」
「…恐らく?」
「はい。多く出回っている偽物とは全く異なります。ただし、先程も申し上げましたが、現存しているものは加工されたもののみ。原石を目にするのは初めてのことです。これ以上判断のしようがありません。」
「…偽物の可能性も否定できないだろう?」
「偽物の可能性は極めて低いかと。ですが、この原石を加工できるのならば、間違いなくこれが本物であると証明できます。文献を元に試みましたが、私どもには無理でした。文献には所々意図的に消された箇所があるのです。それを知り得る者は何処にもおりません。」
何も語らず黙したままでいた母や、母様達がざわついている。
宰相も目をぱちぱちさせながら、何の話しかと思考を巡らせているようだし、ルドルフとシオンは突然現れたユリウスの姿に今更ながらきっと驚いているはずだ。
「…本物です。間違いありません。」
背筋をすっと伸ばし、すんとした表情でユリウスが断言する。
「その根拠は?お前にそれが証明できるのか?」
「他のものも用意してあります。直接ご覧になって頂いて構いませんが、いかがいたしましょう。」
目を細めてそれを促す王を確認すると、扉の外に待機していたらしい人物がおずおずと現れユリウスの元へと二つの箱を差し出した。
なんてことのない木箱だ。
………ん?
運んで来た人物に見覚えがあると思ったら、あの晩マホを連れ出し、後から合流して来たあの騎士だった。
ユリウス同様に、騎士服ではない正装をしている。
扉の前に控えていたルドルフとシオンに何度も頭を下げていた。
俺を見ると、なぜか少し頬を染めて、ご無事で何よりですと呟いてから、離れた所へ控えてしまった。
ユリウスが受け取った木箱を、宰相がまた受け取りに下がってくる。
ユリウスも元騎士も軽々と持っていた木箱は思いの外重さがあるようで、宰相は二つ同時に受け取ると、ぐふっと一つ声を上げて、膝を曲げた。
一体何が入っているんだろう?
尋ねるように見上げると、ユリウスはまた小さく笑みを浮かべた。
「…わたしの切り札です。あれを探して加工するのに、少々時間がかかってしまいました。」
相当な自信があるのか、ユリウスは終始落ち着いている。
まあ、元から常に落ち着いているから、実際はどうなのか分からないが、そんなユリウスの隣にいると、なんだか全てが上手くいきそうな気がして不思議な気分だ。
宰相から長に木箱が渡り、小さな卓が用意されると、その上で木箱が開けられる。
父と長、ユリウスと従う元騎士以外は一体何が入れられているのか知らない。ただ緊張してその様子を見守るだけだ。
真紅のするりとした布に包まれたそれらが開かれると、神殿長のひゅっと息を飲む声が聞こえたような気がする。
父は神妙な面持ちで、その一つに手を伸ばした。
「…本物か。これを、お前は一体どこで手に入れたのだ?」
「…陛下と言えど、そう簡単にはお教え出来かねます。全ての権利をノア様に、これでお許し頂けますか?」
…ん?
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