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最終章
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一体どんな相手なのか、気にならないと言えば嘘になる。
相手について尋ねても父は何も答えてはくれないし、ルドルフやシオンの父である宰相でさえも首を振るだけで、何の情報もないまま、あっという間にその日がやってきた。
王宮の間には、母と母様たちも集められ、ルドルフとシオンが扉の前に控えている。
あの晩、父の静止を振り切って俺に付き従ったルドルフとシオンは、本来なら何かしらの処罰を受けるはずだったが、事態の収集には彼等の力が不可欠だった。
結果として、シオンと俺の婚約が白紙になっただけで済み、シオンは今や騎士団の団長にまでなった。
父の横で汗を拭う宰相は一段と小さくなり、また少し髪の毛は薄くなったようだ。
父の世話だけでも大変だろうに、色々気苦労をかけてすまなかったなと思う。
労いの意味を込めて視線を送るが、慌てて目を逸らされるので、やはり今でもよく思われていないのだろう。俺は仲良くなりたかったのに残念で仕方ない。
数刻が経っても相手はまだ現れない。
先に現れたのは、神殿の長だ。
迎え入れたルドルフとシオンも少し驚いたような表情を見せた。
こうして集められた人々を見回すと、相手は相当な人物なのかもしれない。
どんな相手なのか想像を巡らすが、思い浮かぶような人物は誰もいない。
神殿の長まで呼び出して、ここで父が認めてしまえば、もう逃げようがない。
しんと静まり返る王宮の間に、待ち人の到来を告げる騎士の声が響くと、ルドルフとシオンがゆっくりと扉を開き、その人物を招き入れた。
黒っぽい正装に身を包んだその人物が現れると、ルドルフとシオンの動きはぴたりと止まった。
緊張感が漂う張り詰めた空気の中、臆することなく正面に座る父と俺の前まで真っ直ぐに向かってくる。
ぴんと伸びた背筋に、涼しげな目元。少し伸びた薄茶の髪は流すようにして後ろにかき上げられている。
「お初にお目にかかります。今回お目通り下さったこと、感謝しております。」
低く通るその声に、朧げになっていた全ての記憶が蘇るような気がした。
「…やはり、偽名を使っていたのか。そのような戯言はよい。本当にお前だったとはな。」
「お久しぶりでございます、陛下。本名で申し立てしても、お会いして下さらないと思いましたので。」
跪いたままの人物は、臆することなく父に対峙した。
「この数年で新たに台頭してきた商人、その勢いは他国にまで及んでいると言うのだから、無視する訳にはいかないだろう。」
「このような一介の商人にお会い下さるとは思ってもおりませんでした。」
「その一介の商人ごときが、よくもこんな申し立てができたものだな。」
「約束しておりましたので。」
跪いて顔を下げたままでいたその人物が、すっと顔を上げる。
薄茶の瞳と目が合うと、その目は少しだけ緩く弧を描いた。
「ノア様、遅くなって申し訳ございませんでした。」
……ウス?
本当に、ユリウスなのか?
「お迎えにあがりました。」
「……ウス?」
「気が変わってしまわれましたか?」
「ユリウス、なのか?」
「ええ。困りましたね。ノア様の気が変わってしまわれても、わたしはノア様を連れ出すつもりでいましたが…」
緩く弧を描いていた瞳が、すっと細められると、ユリウスの纏う雰囲気は一変した。
「三年も経ったのだ。ノアも目が覚めたのだろう。なあ、ノア?」
隣から問いかけてくる父に首を振る。
「…待ちくたびれたんだ。」
「…ノア様。」
「お前の顔も、声も、迎えに来るって言ってくれたあの記憶も、全部幻だったんじゃないかって…」
「幻なんかではありません。」
「…本当に、本当に、待ちくたびれたぞ。」
「お待たせして、申し訳ございませんでした。」
そう、ずっと待って、待って、この時をどれだけ待ち望んでいたのか分からない。
それぐらいずっと、会いたいと願い続けていた相手は一人だけだ。
その相手が跪いて俺のことを見上げている。
無意識の内に高座から飛び降りるようにして、その胸の中に飛び込むと、逞しい腕はしっかりと俺を受け止めてくれた。
「ユリウスっ!」
ユリウスだ。本当にユリウスなんだ。
大好きだったあの匂いに包み込まれて、無我夢中でその身体にしがみつく。
ユリウスは突き放すことなく、そんな俺を宥めるようにずっと抱きしめていてくれた。
「わたしも不安だったのです。ノア様の気が変わっているかもしれないと。本当にこれで決心がつきました。」
抱きしめてくれるその腕に、ぎゅっと力が込められ、驚いて顔を上げるとその手が優しく頬に触れられた。
「最後にもう一度、確認させて下さい。ノア様、わたしとこれからの生涯を一生共にする覚悟はございますか?」
「一生共にいてくれるのか?」
「ええ、すでにわたしはそのつもりです。後はノア様の気持ち次第です。」
そんなの断る理由なんてない。
「ずっとユリウスといたい。ユリウスといられるなら、それだけでいい。」
何も言わずに、数回頬を撫でるようにすると、ユリウスは立ち上がって王座に向い直った。
「申し立てた通りです。お許しいただけますか?」
おそるおそる目を上げると、恐ろしいぐらい無表情の王が玉座から俺たちを見下ろしていた。
相手について尋ねても父は何も答えてはくれないし、ルドルフやシオンの父である宰相でさえも首を振るだけで、何の情報もないまま、あっという間にその日がやってきた。
王宮の間には、母と母様たちも集められ、ルドルフとシオンが扉の前に控えている。
あの晩、父の静止を振り切って俺に付き従ったルドルフとシオンは、本来なら何かしらの処罰を受けるはずだったが、事態の収集には彼等の力が不可欠だった。
結果として、シオンと俺の婚約が白紙になっただけで済み、シオンは今や騎士団の団長にまでなった。
父の横で汗を拭う宰相は一段と小さくなり、また少し髪の毛は薄くなったようだ。
父の世話だけでも大変だろうに、色々気苦労をかけてすまなかったなと思う。
労いの意味を込めて視線を送るが、慌てて目を逸らされるので、やはり今でもよく思われていないのだろう。俺は仲良くなりたかったのに残念で仕方ない。
数刻が経っても相手はまだ現れない。
先に現れたのは、神殿の長だ。
迎え入れたルドルフとシオンも少し驚いたような表情を見せた。
こうして集められた人々を見回すと、相手は相当な人物なのかもしれない。
どんな相手なのか想像を巡らすが、思い浮かぶような人物は誰もいない。
神殿の長まで呼び出して、ここで父が認めてしまえば、もう逃げようがない。
しんと静まり返る王宮の間に、待ち人の到来を告げる騎士の声が響くと、ルドルフとシオンがゆっくりと扉を開き、その人物を招き入れた。
黒っぽい正装に身を包んだその人物が現れると、ルドルフとシオンの動きはぴたりと止まった。
緊張感が漂う張り詰めた空気の中、臆することなく正面に座る父と俺の前まで真っ直ぐに向かってくる。
ぴんと伸びた背筋に、涼しげな目元。少し伸びた薄茶の髪は流すようにして後ろにかき上げられている。
「お初にお目にかかります。今回お目通り下さったこと、感謝しております。」
低く通るその声に、朧げになっていた全ての記憶が蘇るような気がした。
「…やはり、偽名を使っていたのか。そのような戯言はよい。本当にお前だったとはな。」
「お久しぶりでございます、陛下。本名で申し立てしても、お会いして下さらないと思いましたので。」
跪いたままの人物は、臆することなく父に対峙した。
「この数年で新たに台頭してきた商人、その勢いは他国にまで及んでいると言うのだから、無視する訳にはいかないだろう。」
「このような一介の商人にお会い下さるとは思ってもおりませんでした。」
「その一介の商人ごときが、よくもこんな申し立てができたものだな。」
「約束しておりましたので。」
跪いて顔を下げたままでいたその人物が、すっと顔を上げる。
薄茶の瞳と目が合うと、その目は少しだけ緩く弧を描いた。
「ノア様、遅くなって申し訳ございませんでした。」
……ウス?
本当に、ユリウスなのか?
「お迎えにあがりました。」
「……ウス?」
「気が変わってしまわれましたか?」
「ユリウス、なのか?」
「ええ。困りましたね。ノア様の気が変わってしまわれても、わたしはノア様を連れ出すつもりでいましたが…」
緩く弧を描いていた瞳が、すっと細められると、ユリウスの纏う雰囲気は一変した。
「三年も経ったのだ。ノアも目が覚めたのだろう。なあ、ノア?」
隣から問いかけてくる父に首を振る。
「…待ちくたびれたんだ。」
「…ノア様。」
「お前の顔も、声も、迎えに来るって言ってくれたあの記憶も、全部幻だったんじゃないかって…」
「幻なんかではありません。」
「…本当に、本当に、待ちくたびれたぞ。」
「お待たせして、申し訳ございませんでした。」
そう、ずっと待って、待って、この時をどれだけ待ち望んでいたのか分からない。
それぐらいずっと、会いたいと願い続けていた相手は一人だけだ。
その相手が跪いて俺のことを見上げている。
無意識の内に高座から飛び降りるようにして、その胸の中に飛び込むと、逞しい腕はしっかりと俺を受け止めてくれた。
「ユリウスっ!」
ユリウスだ。本当にユリウスなんだ。
大好きだったあの匂いに包み込まれて、無我夢中でその身体にしがみつく。
ユリウスは突き放すことなく、そんな俺を宥めるようにずっと抱きしめていてくれた。
「わたしも不安だったのです。ノア様の気が変わっているかもしれないと。本当にこれで決心がつきました。」
抱きしめてくれるその腕に、ぎゅっと力が込められ、驚いて顔を上げるとその手が優しく頬に触れられた。
「最後にもう一度、確認させて下さい。ノア様、わたしとこれからの生涯を一生共にする覚悟はございますか?」
「一生共にいてくれるのか?」
「ええ、すでにわたしはそのつもりです。後はノア様の気持ち次第です。」
そんなの断る理由なんてない。
「ずっとユリウスといたい。ユリウスといられるなら、それだけでいい。」
何も言わずに、数回頬を撫でるようにすると、ユリウスは立ち上がって王座に向い直った。
「申し立てた通りです。お許しいただけますか?」
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