秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

文字の大きさ
100 / 102
最終章

98

しおりを挟む
はっと目が覚めると、そこは見慣れない部屋の中で、自分以外の気配が全くない。

隣の寝台は綺麗に整えられていて、昨晩いたはずのユリウスの姿はそこにはなかった。

「え、夢…?いや、そんな訳…」

慌てて起き上がり、身支度も整えないまま部屋の扉に手をかけると、がちゃりと開いた扉の先には驚いた様子のユリウスが立っていた。

「ノア様、目が覚めたのですね。そのように慌てて、一体何が…」

昨日の正装とも、見慣れた騎士服とも違う、少し砕けた装いのユリウスに無我夢中で抱きつくと、宥めるように抱き返してくれる。

「…ユリウスが、いなかったから。」

「そろそろお目覚めかと思いましたので、朝食の用意を申しつけて来ただけですよ。」

見た目よりもずっと厚い胸板にぐいぐいと顔を押し付けても、昔みたいに「おやめください」と言われることはない。

「この一房だけはねるのは、変わりませんね。」

ぴよんとはねた髪の一房にユリウスが優しく触れる。

今も昔も、目覚めると大抵その一房だけがぴよんとはねているのだ。

「知っていたのか?」

「毎朝見ていましたから。」

「…そうか、それなら、これからは、この先ずっと毎日見られるぞ。」

「…ええ、そうですね。」

う、ううん、と咳払いがして、気がつくとユリウスの後ろには宿の主人が気恥ずかしそうに立っていた。

「…お取り込み中申し訳ありませんが、朝食をご用意してきたんですがね。お邪魔でしたら、また後ほどお持ちしましょうか?」





明るい日差しの元で改めて見回すと、宿は小綺麗に改装されていた。用意された食事はどれも美味しく、見慣れない他国の果実なども並んでいた。

宿の主人は、どれもユリウスのおかげだと、何度も感謝した。

ユリウスはこの宿にも支援しているようで、旅の合間の宿としてだけではなく、この食事目当てで訪れる客も増えているらしい。

宿を出る際に、何人かの他の宿泊客とすれ違うと、じっと食い入るように見られて、少し戸惑った。

何か顔についているかとユリウスや主人に尋ねると、主人は豪快に笑って、これは目が離せませんなあと、ユリウスの肩を何度もぽんぽんと叩いていた。

一体どういう意味なんだろう???

宿に別れを告げると、馬車はまた何処かへ向かって進み始めた。

何処へ向かうのかと尋ねても、ユリウスははっきりと答えてはくれない。

いずれ最終的には、ユリウスの生家へと向かうらしい。そこで暮らしたいと言われ、俺には断る理由もないし、もちろん快諾した。

その前に寄るところがあるらしい。

何処だっていいんだ。ユリウスと一緒なら。

もうすぐ目的地だと言うところで、馬車を引いていた元騎士が深刻そうな顔で馬を止めた。

「ユリウス様、わずかですが、気配が…」

腕を組んだまま外を眺めていたユリウスは黙ってそれに頷いた。

「ああ、お前も気がついていたか。」

「遠回りして様子をみますか?」

「いや、構わない。このまま先に。」

「ですが…」

「このまま先へ。」

気配など何も感じず、見るもの全てが新鮮で、ただ旅を楽しんでいたため、二人の様子に不安を覚える。

「ユリウス、何か、誰かに付けられているのか?」

「…ノア様は気になさらなくて大丈夫です。」

「…でも、、、」

「本当に、大丈夫です。むしろ、この方が安全なのです。」

元騎士の青年と違い、ユリウスは焦る様子もなく、すんとしたまま外を眺めている。時折、俺の方に顔を向けると、身体が辛くないか、お腹が空いていないかなど、何度も確かめてくれて、むしろ寛いだ様子で過ごしている。

ユリウスが大丈夫と言うなら、きっと大丈夫なんだろう。

到着した高台に降り立つと、目の前に広がる景色に、息を呑んだ。

高台にはぽつんと小さな一軒家が立ち、どうやらそこが、ユリウスの言っていた目的地のようだった。




「お気に召されたようで何よりです。」

ここに到着してから、ほぼずっとバルコニーで過ごしている。

目の前に広がるのは、果てしなくどこまでも広がる海だ。

何時間見ていても、いつまでも決して飽きることがない。

ユリウスは約束を覚えていてくれた。自分すら忘れかけていたあの約束だ。

剣の勝負を挑んで、なぜか勝つことができたあの日の約束は、ユリウスの見ていた海を二人で観に行きたい、そういう内容だった。

一度は反故されたその約束を、ユリウスは忘れずに叶えてくれた。

「少し風が出て来ました。こちらを。」

手渡された毛布にくるまり、また海に目をやる。

城にいたままでは、決して見ることができなかった景色だ。

日中は陽光に照らされ、きらきらと眩しく輝き、今は夕日に照らされ、静かに悠々と輝いている。

「夕飯はここで頂きましょうか。」

海に気を取られたまま頷くと、バルコニーに夕飯の準備が整えられていく。

本当に、ここには二人だけだ。

使用人も誰もいない。

ユリウスの部下だった元騎士は、何かの気配を案じてここに残ると言ってくれたが、ユリウスから何かを耳打ちされると、一人納得したようで、そのままここを去ってしまった。

高台の海が望めるこの小さな家には、ユリウスと俺の、本当に二人だけしかいない。

夕飯の準備を終えたユリウスが、いつの間にか隣に座っていた。

毛布の上から、優しく抱擁される。

「お寒くないですか?」

「…全然。とっても、あったかい。」

「鼻が赤くなっています。」

「本当に、寒くないぞ。」

頬を撫でる海風は冷んやりとしているのに、どうしてだろう、心も身体もなぜかほかほかとしている。










しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】双子の兄が主人公で、困る

  *  ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……! 本編、両親にごあいさつ編、完結しました! おまけのお話を、時々更新しています。 本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!

山田 バルス
BL
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?  春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。 「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」  ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。 「理由を、うかがっても?」 「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」  隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。 「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」  その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。 「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」  彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。 ◇ ◇ ◇  目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。 『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』 「……は?」「……え?」  凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。 『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。  アーノルド「モルデ、お前を愛している」  モルデ「ボクもお慕いしています」』 「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」  空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。 『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』  ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。 「……モルデ、お前を……愛している」 「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」  顔を寄せた瞬間――ピコンッ! 『ミッション達成♡ おめでとうございます!』  テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。 「……なんか負けた気がする」「……同感です」  モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。 『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』  王子は頭を抱えて叫ぶ。 「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」  天井スピーカーから甘い声が響いた。 『次のミッション、準備中です♡』  こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

処理中です...