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最終章
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生まれて初めての祭りに、俺の心は弾んだ。
串に刺さった肉が焼ける匂い、木の実に絡められた甘い蜂蜜の匂い、恋人達が送り合う芳しい花々の香り、城の中では決して感じることができなかった熱気に、時間も忘れて歩き回った。
お腹が空いていた訳でもないのに、あれもこれも食べてみたくなる。
「何か召しあがりますか?」
「いいのか?」
「ええ。」
「じゃ、じゃあ、あれと…、あ、でも、あっちのあれも美味そうだし…」
目移りするぐらい、たくさんの露店が並んでいる。どれにしようかと悩む俺に、ユリウスは食べたいものがあれば何でも食べていいと言ってくれた。
「さすがに、買いすぎです。」
「だって、何でも買っていいと言ったのはユリウスだろ。」
自分で買い物をすること自体が初めてのことで、それだけでも楽しく、確かについ買いすぎてしまった。
どれも美味しいが食べ切ることができず、ほとんどが呆れ顔のユリウスのお腹におさまっていく。
隣ですいすいと口に入れていく様は相変わらずで、明るい日差しの元、その姿を惚れ惚れとして見上げた。
「ふふっ。美味そうに食べるな。」
「もう食べ物は終わりです。ノア様は食べきれないではありませんか。向こうの露店を見てみましょう。」
他にも鮮やかな色をした果実や、飴細工など気になるものが沢山あるのに、後ろ髪を引かれながらその場を離れる。
新たな露店の並びには、いつも俺が作っていたようなからくりや、置き物、女達が喜びそうな装身具がずらりと連なっていた。
値引き交渉や、人引きの声があちこちで響き渡り、その賑やかさにまた圧倒されてしまう。
「おや、そこの兄さん、綺麗なお嬢さんを連れているじゃないか、ちょっと見てきなよ。見るだけならタダだよ。」
人懐こそうなおじさんに声をかけられ、足を止めると、そこにはずらりと華やかな装身具が並んでいた。
「仮面をつけてても、相当な美人だって分かるさ。綺麗な恋人に何か見繕ってやったらどうかね。」
お嬢さん???
「恋人ではない。伴侶だ。」
真顔で答えるユリウスに、おじさんは声を出して笑った。
「そうかい、そうかい。お嬢さん、相当大事にされてるんだろうね。それにしても、綺麗に染められた黒髪だ。今日見た中で一番綺麗に染まってるよ。」
地毛だなんて言える筈もなく、曖昧に笑うしかない。
「俺はね、あの日見たんだよ。狼に乗った黒髪の女神を。王室は何の発表もしなかったから、幻だったんじゃないかなんて言う奴もいるけど、確かにこの目で見たんだ。この世のものとは思えないぐらい神々しくて、つい拝んでしまったぐらいさ。」
いや、女神って、今本人が目の前にいるんだけど…。
「あの日からいい事続きでね、やっぱり俺が見たのは間違いなく女神様だと思ってるのさ。女神様程じゃないが、お嬢さんの美しい黒髪にあやかって、お安くしとくよ。これなんか、どうだい?」
差し出された髪留めを前に、俺とユリウスは顔を見合わせて笑った。
あの日のことをこんな風に見ていた人がいたなんて、全然気がつかなかった。それぐらい夢中だったから。
ユリウスが二つほど髪留めを買うと、おじさんはご満悦な様子で、女神のご加護をと見送ってくれた。
一体何処に向かっているんだろうか。
はしゃぎすぎたせいか、馬車に戻ると、いつの間にか眠ってしまった。
気がつけば辺りは暗くなっている。
到着した場所は忘れられることのない、あの宿だった。
まさかこの宿に泊まることになるとは思ってもいなかった。
この数年の間に起こった出来事が次々と頭に思い浮かぶ。
まだまだユリウスと話すべきことは沢山あるのに、宿に着いてからも眠さに耐えられず、そのまま寝台に潜り込んでしまった。
宿の主人とユリウスの話す声が聴こえる。
朦朧とした意識の中で、隣に並んだ寝台が見える。
ユリウスはここで眠るんだろうか。
眠ってしまったら、また何処かに行ってしまわないだろうか。
それともまだ、俺は夢を見ているんだろうか。
ふと伸ばした手に、長い指先が触れる。
今度こそ絶対に離しはしない。
「…今日は色々なことがあったので、お疲れでしょう。わたしは此処におりますから、安心してお眠り下さい。」
微睡む身体に、低く通る声が子守唄みたいに馴染んでいく。
あの頃は、いつもこの声を聴いてから眠りについていた。
「…ウス、もう何処にも行くな…」
眠りに落ちる直前、かろうじて口に出した言葉をユリウスは聞き取ることができただろうか。
「…ええ、もう何処へも行きません。ずっとノア様の側におります。さあ、もうお休み下さい。」
今度こそ本当に、俺の意識は眠りに落ちた。
串に刺さった肉が焼ける匂い、木の実に絡められた甘い蜂蜜の匂い、恋人達が送り合う芳しい花々の香り、城の中では決して感じることができなかった熱気に、時間も忘れて歩き回った。
お腹が空いていた訳でもないのに、あれもこれも食べてみたくなる。
「何か召しあがりますか?」
「いいのか?」
「ええ。」
「じゃ、じゃあ、あれと…、あ、でも、あっちのあれも美味そうだし…」
目移りするぐらい、たくさんの露店が並んでいる。どれにしようかと悩む俺に、ユリウスは食べたいものがあれば何でも食べていいと言ってくれた。
「さすがに、買いすぎです。」
「だって、何でも買っていいと言ったのはユリウスだろ。」
自分で買い物をすること自体が初めてのことで、それだけでも楽しく、確かについ買いすぎてしまった。
どれも美味しいが食べ切ることができず、ほとんどが呆れ顔のユリウスのお腹におさまっていく。
隣ですいすいと口に入れていく様は相変わらずで、明るい日差しの元、その姿を惚れ惚れとして見上げた。
「ふふっ。美味そうに食べるな。」
「もう食べ物は終わりです。ノア様は食べきれないではありませんか。向こうの露店を見てみましょう。」
他にも鮮やかな色をした果実や、飴細工など気になるものが沢山あるのに、後ろ髪を引かれながらその場を離れる。
新たな露店の並びには、いつも俺が作っていたようなからくりや、置き物、女達が喜びそうな装身具がずらりと連なっていた。
値引き交渉や、人引きの声があちこちで響き渡り、その賑やかさにまた圧倒されてしまう。
「おや、そこの兄さん、綺麗なお嬢さんを連れているじゃないか、ちょっと見てきなよ。見るだけならタダだよ。」
人懐こそうなおじさんに声をかけられ、足を止めると、そこにはずらりと華やかな装身具が並んでいた。
「仮面をつけてても、相当な美人だって分かるさ。綺麗な恋人に何か見繕ってやったらどうかね。」
お嬢さん???
「恋人ではない。伴侶だ。」
真顔で答えるユリウスに、おじさんは声を出して笑った。
「そうかい、そうかい。お嬢さん、相当大事にされてるんだろうね。それにしても、綺麗に染められた黒髪だ。今日見た中で一番綺麗に染まってるよ。」
地毛だなんて言える筈もなく、曖昧に笑うしかない。
「俺はね、あの日見たんだよ。狼に乗った黒髪の女神を。王室は何の発表もしなかったから、幻だったんじゃないかなんて言う奴もいるけど、確かにこの目で見たんだ。この世のものとは思えないぐらい神々しくて、つい拝んでしまったぐらいさ。」
いや、女神って、今本人が目の前にいるんだけど…。
「あの日からいい事続きでね、やっぱり俺が見たのは間違いなく女神様だと思ってるのさ。女神様程じゃないが、お嬢さんの美しい黒髪にあやかって、お安くしとくよ。これなんか、どうだい?」
差し出された髪留めを前に、俺とユリウスは顔を見合わせて笑った。
あの日のことをこんな風に見ていた人がいたなんて、全然気がつかなかった。それぐらい夢中だったから。
ユリウスが二つほど髪留めを買うと、おじさんはご満悦な様子で、女神のご加護をと見送ってくれた。
一体何処に向かっているんだろうか。
はしゃぎすぎたせいか、馬車に戻ると、いつの間にか眠ってしまった。
気がつけば辺りは暗くなっている。
到着した場所は忘れられることのない、あの宿だった。
まさかこの宿に泊まることになるとは思ってもいなかった。
この数年の間に起こった出来事が次々と頭に思い浮かぶ。
まだまだユリウスと話すべきことは沢山あるのに、宿に着いてからも眠さに耐えられず、そのまま寝台に潜り込んでしまった。
宿の主人とユリウスの話す声が聴こえる。
朦朧とした意識の中で、隣に並んだ寝台が見える。
ユリウスはここで眠るんだろうか。
眠ってしまったら、また何処かに行ってしまわないだろうか。
それともまだ、俺は夢を見ているんだろうか。
ふと伸ばした手に、長い指先が触れる。
今度こそ絶対に離しはしない。
「…今日は色々なことがあったので、お疲れでしょう。わたしは此処におりますから、安心してお眠り下さい。」
微睡む身体に、低く通る声が子守唄みたいに馴染んでいく。
あの頃は、いつもこの声を聴いてから眠りについていた。
「…ウス、もう何処にも行くな…」
眠りに落ちる直前、かろうじて口に出した言葉をユリウスは聞き取ることができただろうか。
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今度こそ本当に、俺の意識は眠りに落ちた。
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