秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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最終章

98

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はっと目が覚めると、そこは見慣れない部屋の中で、自分以外の気配が全くない。

隣の寝台は綺麗に整えられていて、昨晩いたはずのユリウスの姿はそこにはなかった。

「え、夢…?いや、そんな訳…」

慌てて起き上がり、身支度も整えないまま部屋の扉に手をかけると、がちゃりと開いた扉の先には驚いた様子のユリウスが立っていた。

「ノア様、目が覚めたのですね。そのように慌てて、一体何が…」

昨日の正装とも、見慣れた騎士服とも違う、少し砕けた装いのユリウスに無我夢中で抱きつくと、宥めるように抱き返してくれる。

「…ユリウスが、いなかったから。」

「そろそろお目覚めかと思いましたので、朝食の用意を申しつけて来ただけですよ。」

見た目よりもずっと厚い胸板にぐいぐいと顔を押し付けても、昔みたいに「おやめください」と言われることはない。

「この一房だけはねるのは、変わりませんね。」

ぴよんとはねた髪の一房にユリウスが優しく触れる。

今も昔も、目覚めると大抵その一房だけがぴよんとはねているのだ。

「知っていたのか?」

「毎朝見ていましたから。」

「…そうか、それなら、これからは、この先ずっと毎日見られるぞ。」

「…ええ、そうですね。」

う、ううん、と咳払いがして、気がつくとユリウスの後ろには宿の主人が気恥ずかしそうに立っていた。

「…お取り込み中申し訳ありませんが、朝食をご用意してきたんですがね。お邪魔でしたら、また後ほどお持ちしましょうか?」





明るい日差しの元で改めて見回すと、宿は小綺麗に改装されていた。用意された食事はどれも美味しく、見慣れない他国の果実なども並んでいた。

宿の主人は、どれもユリウスのおかげだと、何度も感謝した。

ユリウスはこの宿にも支援しているようで、旅の合間の宿としてだけではなく、この食事目当てで訪れる客も増えているらしい。

宿を出る際に、何人かの他の宿泊客とすれ違うと、じっと食い入るように見られて、少し戸惑った。

何か顔についているかとユリウスや主人に尋ねると、主人は豪快に笑って、これは目が離せませんなあと、ユリウスの肩を何度もぽんぽんと叩いていた。

一体どういう意味なんだろう???

宿に別れを告げると、馬車はまた何処かへ向かって進み始めた。

何処へ向かうのかと尋ねても、ユリウスははっきりと答えてはくれない。

いずれ最終的には、ユリウスの生家へと向かうらしい。そこで暮らしたいと言われ、俺には断る理由もないし、もちろん快諾した。

その前に寄るところがあるらしい。

何処だっていいんだ。ユリウスと一緒なら。

もうすぐ目的地だと言うところで、馬車を引いていた元騎士が深刻そうな顔で馬を止めた。

「ユリウス様、わずかですが、気配が…」

腕を組んだまま外を眺めていたユリウスは黙ってそれに頷いた。

「ああ、お前も気がついていたか。」

「遠回りして様子をみますか?」

「いや、構わない。このまま先に。」

「ですが…」

「このまま先へ。」

気配など何も感じず、見るもの全てが新鮮で、ただ旅を楽しんでいたため、二人の様子に不安を覚える。

「ユリウス、何か、誰かに付けられているのか?」

「…ノア様は気になさらなくて大丈夫です。」

「…でも、、、」

「本当に、大丈夫です。むしろ、この方が安全なのです。」

元騎士の青年と違い、ユリウスは焦る様子もなく、すんとしたまま外を眺めている。時折、俺の方に顔を向けると、身体が辛くないか、お腹が空いていないかなど、何度も確かめてくれて、むしろ寛いだ様子で過ごしている。

ユリウスが大丈夫と言うなら、きっと大丈夫なんだろう。

到着した高台に降り立つと、目の前に広がる景色に、息を呑んだ。

高台にはぽつんと小さな一軒家が立ち、どうやらそこが、ユリウスの言っていた目的地のようだった。




「お気に召されたようで何よりです。」

ここに到着してから、ほぼずっとバルコニーで過ごしている。

目の前に広がるのは、果てしなくどこまでも広がる海だ。

何時間見ていても、いつまでも決して飽きることがない。

ユリウスは約束を覚えていてくれた。自分すら忘れかけていたあの約束だ。

剣の勝負を挑んで、なぜか勝つことができたあの日の約束は、ユリウスの見ていた海を二人で観に行きたい、そういう内容だった。

一度は反故されたその約束を、ユリウスは忘れずに叶えてくれた。

「少し風が出て来ました。こちらを。」

手渡された毛布にくるまり、また海に目をやる。

城にいたままでは、決して見ることができなかった景色だ。

日中は陽光に照らされ、きらきらと眩しく輝き、今は夕日に照らされ、静かに悠々と輝いている。

「夕飯はここで頂きましょうか。」

海に気を取られたまま頷くと、バルコニーに夕飯の準備が整えられていく。

本当に、ここには二人だけだ。

使用人も誰もいない。

ユリウスの部下だった元騎士は、何かの気配を案じてここに残ると言ってくれたが、ユリウスから何かを耳打ちされると、一人納得したようで、そのままここを去ってしまった。

高台の海が望めるこの小さな家には、ユリウスと俺の、本当に二人だけしかいない。

夕飯の準備を終えたユリウスが、いつの間にか隣に座っていた。

毛布の上から、優しく抱擁される。

「お寒くないですか?」

「…全然。とっても、あったかい。」

「鼻が赤くなっています。」

「本当に、寒くないぞ。」

頬を撫でる海風は冷んやりとしているのに、どうしてだろう、心も身体もなぜかほかほかとしている。










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