101 / 102
最終章
99
しおりを挟む
まるっきり二人だけだと思うと、幾分緊張して、抱きしめられた身体が強張る。
「…二人きりでは心配ですか?」
俺の様子に気が付いたのか、そっと身体を離すと、ユリウスは隣から覗き込むようにして尋ねてくる。
「…違う、違うんだ。…その、そう言えば、誰かに付けられているんじゃなかったのか?またユリウスに何かあったら…」
「ああ、それでしたら…、ノア様に危害が及ぶようなことは決してございません。」
やはり誰かに付けられていたんだろう。いくらユリウスでも、今ここで大勢に襲われるようなことがあれば、ただでは済まされない。
「そのような顔をしなくても、大丈夫です。さあ、召し上がって下さい。」
「でも…」
ユリウスの長い指が、見慣れない果実の皮を剥くと、鮮やかな黄色い果肉を口元に差し出される。
「召し上がって下さい。…勿論この家の中にはいませんが、周囲から見張られているのは確かです。」
「やっぱり…。どうしたら…」
「王家の影の者たちです。黒紫鋼のこともありますし、王がノア様のことを廃嫡し、このまま放っておくとは思えません。」
「え?」
「ノア様に危害が加えられることのないよう、この先もずっと見張られるはずです。見えない護衛が付いていると思えば良いのです。…気になりますか?」
…そう言うことか。だからユリウスは平然としていられたんだな。
もう一度差し出された果肉を口にすると、少し酸味があるその味に、むくむくと食欲が湧いてくる。
目前に広がる海を眺めながら、俺たちは静かに二人だけの夕飯を愉しんだ。
昨晩と違って、今日は目が冴えている。
小さな家なのに、寝室は二つ用意してあり、それぞれの部屋からは海が望めた。
当然のように隣の寝室に向かおうとするユリウスに首を傾げる。
「共寝しないのか?」
俺たちは婚姻したのだから、そうするのが普通じゃないんだろうか。
「…いえ、わたしは隣に。」
困惑した様子で部屋を出ようとするユリウスを引き留め、隣で寝るように寝台をぽんぽんと叩いて促す。
「…婚姻したんだろう。俺のこと、伴侶だって、そう言っていたじゃないか。まさか、形だけとか、そういうことなのか?」
「そのように思われていたのですか?」
そう言って隣に座ると、先に寝転んでいた俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「だって、ユリウスは俺のこと慕っている訳じゃないだろう?ユリウスが慕っているのはノアールだけだから。」
ユリウスの手がぴたりと止まる。
「ずっとそのように?」
ぐしゃぐしゃにされた髪のまま頷く。
「それでもいいんだ。ノアールの代わりでも。ユリウスとずっと一緒にいられるなら。」
これは卑屈な想いから来た言葉じゃない。本当にそう思っている。
「…お慕いしてます。ノア様のことを。それでなければ、ここまですることはありませんでした。」
「無理しなくてもいいんだ。ノアールとユリウスが想い合っていたことは知ってるし、それでも俺は…」
「ノア様、本当に心からお慕いしてます。嘘偽りはございません。」
「でも…」
寝転ぶ隣にするりと身を入れると、ユリウスはそっと抱きしめてくれた。
「先程は萎縮されていたようですが、こうされて嫌ではありませんか?」
さっきは二人きりに緊張していただけだ。
ユリウスの懐かしい匂いに包まれ、今はむしろ身体が弛緩していく。
「…全然、嫌じゃない。」
「そうですか。無理矢理に婚姻を結んでしまわせたかと…。少し急ぎ過ぎたのではないかと、案じておりました。」
「そんなこと…」
「あの日、ノア様にお助けいただき、目が覚めたとき、この先心の赴くままに生きてみても良いのではないかと、そう思ったのです。」
耳元で低く響く、想い人の声に耳を傾ける。
「ノアール様のことは確かにお慕いしておりました。忘れることはできません。ですが、いつの間にか目の前にいるノア様のことを愛おしいと感じるようになっていたことも事実です。」
ゆっくりと、言葉を選びながらユリウスは話を続ける。
「ノア様によってまた生を与えられた時、これからは生きていて感じるこの想いに忠実に生きてみたいと、そう思ったのです。」
それから、会えずにいた三年の間に何をしていたのか、ユリウスは全てを話して聴かせてくれた。
俺を迎え入れるために、三年という月日をかけて、全てを整えてくれたのだ。
「…お迎えにあがったとき、ノア様の心が変わってしまっているかもしれないと、正直なところ不安でした。」
「変わる訳がないだろ。ずっと、ずっと待っていた。待ちくたびれたぐらいだ。」
「…本当に、お慕いしております。」
「俺も、ユリウスのこと…」
軽く口付けを落とされ、ユリウスの温もりに包まれながら、その日は二人静かに抱き合って眠りについた。
遠くから聴こえる波音は途絶えることがなく、いつしか二人の寝息と重なり合って、静かに響いていた。
「…二人きりでは心配ですか?」
俺の様子に気が付いたのか、そっと身体を離すと、ユリウスは隣から覗き込むようにして尋ねてくる。
「…違う、違うんだ。…その、そう言えば、誰かに付けられているんじゃなかったのか?またユリウスに何かあったら…」
「ああ、それでしたら…、ノア様に危害が及ぶようなことは決してございません。」
やはり誰かに付けられていたんだろう。いくらユリウスでも、今ここで大勢に襲われるようなことがあれば、ただでは済まされない。
「そのような顔をしなくても、大丈夫です。さあ、召し上がって下さい。」
「でも…」
ユリウスの長い指が、見慣れない果実の皮を剥くと、鮮やかな黄色い果肉を口元に差し出される。
「召し上がって下さい。…勿論この家の中にはいませんが、周囲から見張られているのは確かです。」
「やっぱり…。どうしたら…」
「王家の影の者たちです。黒紫鋼のこともありますし、王がノア様のことを廃嫡し、このまま放っておくとは思えません。」
「え?」
「ノア様に危害が加えられることのないよう、この先もずっと見張られるはずです。見えない護衛が付いていると思えば良いのです。…気になりますか?」
…そう言うことか。だからユリウスは平然としていられたんだな。
もう一度差し出された果肉を口にすると、少し酸味があるその味に、むくむくと食欲が湧いてくる。
目前に広がる海を眺めながら、俺たちは静かに二人だけの夕飯を愉しんだ。
昨晩と違って、今日は目が冴えている。
小さな家なのに、寝室は二つ用意してあり、それぞれの部屋からは海が望めた。
当然のように隣の寝室に向かおうとするユリウスに首を傾げる。
「共寝しないのか?」
俺たちは婚姻したのだから、そうするのが普通じゃないんだろうか。
「…いえ、わたしは隣に。」
困惑した様子で部屋を出ようとするユリウスを引き留め、隣で寝るように寝台をぽんぽんと叩いて促す。
「…婚姻したんだろう。俺のこと、伴侶だって、そう言っていたじゃないか。まさか、形だけとか、そういうことなのか?」
「そのように思われていたのですか?」
そう言って隣に座ると、先に寝転んでいた俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「だって、ユリウスは俺のこと慕っている訳じゃないだろう?ユリウスが慕っているのはノアールだけだから。」
ユリウスの手がぴたりと止まる。
「ずっとそのように?」
ぐしゃぐしゃにされた髪のまま頷く。
「それでもいいんだ。ノアールの代わりでも。ユリウスとずっと一緒にいられるなら。」
これは卑屈な想いから来た言葉じゃない。本当にそう思っている。
「…お慕いしてます。ノア様のことを。それでなければ、ここまですることはありませんでした。」
「無理しなくてもいいんだ。ノアールとユリウスが想い合っていたことは知ってるし、それでも俺は…」
「ノア様、本当に心からお慕いしてます。嘘偽りはございません。」
「でも…」
寝転ぶ隣にするりと身を入れると、ユリウスはそっと抱きしめてくれた。
「先程は萎縮されていたようですが、こうされて嫌ではありませんか?」
さっきは二人きりに緊張していただけだ。
ユリウスの懐かしい匂いに包まれ、今はむしろ身体が弛緩していく。
「…全然、嫌じゃない。」
「そうですか。無理矢理に婚姻を結んでしまわせたかと…。少し急ぎ過ぎたのではないかと、案じておりました。」
「そんなこと…」
「あの日、ノア様にお助けいただき、目が覚めたとき、この先心の赴くままに生きてみても良いのではないかと、そう思ったのです。」
耳元で低く響く、想い人の声に耳を傾ける。
「ノアール様のことは確かにお慕いしておりました。忘れることはできません。ですが、いつの間にか目の前にいるノア様のことを愛おしいと感じるようになっていたことも事実です。」
ゆっくりと、言葉を選びながらユリウスは話を続ける。
「ノア様によってまた生を与えられた時、これからは生きていて感じるこの想いに忠実に生きてみたいと、そう思ったのです。」
それから、会えずにいた三年の間に何をしていたのか、ユリウスは全てを話して聴かせてくれた。
俺を迎え入れるために、三年という月日をかけて、全てを整えてくれたのだ。
「…お迎えにあがったとき、ノア様の心が変わってしまっているかもしれないと、正直なところ不安でした。」
「変わる訳がないだろ。ずっと、ずっと待っていた。待ちくたびれたぐらいだ。」
「…本当に、お慕いしております。」
「俺も、ユリウスのこと…」
軽く口付けを落とされ、ユリウスの温もりに包まれながら、その日は二人静かに抱き合って眠りについた。
遠くから聴こえる波音は途絶えることがなく、いつしか二人の寝息と重なり合って、静かに響いていた。
241
あなたにおすすめの小説
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
伯爵令息アルロの魔法学園生活
あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる