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2回目の人生
予期せぬ先客
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中等部を卒業し、高等部への入学もエスカレーター式に決まり入学式を待つだけとなった。
ユーダリスが屋敷を訪れて3週間が過ぎた。来週には入学式である。
太陽がもうすぐ空の真上に到達するかと言う時刻。
ヴィオレッタは兄のエヴァンスとともに馬車に揺られる。
兄は先だって父から「薄い書類」を手渡されてマレフォス侯爵邸への「お使い」を頼まれた。ヴィオレッタはマレフォス侯爵邸への途中にあるセレイナの小さな屋敷に向かう。
ガタンと馬車が止まり、御者が扉を開けるとエヴァンスが先におりてヴィオレッタの手を取る。
「少し長引くかもしれない。夕方までには迎えに来る」
「ごゆっくりされても良いのですよ?」
「何を言っている。私は父上の代理と稽古だ」
「えぇ。しっかりと、そして手早くお使いを済ませられませ」
今日のマレフォス侯爵邸への用事など、兄の手にかかれば一刻も掛からずに終わるだろう。
本当の目的はマレフォス侯爵令嬢との2人きりの時間を過ごすものである。
エヴァンスはヴィオレッタよりも3歳年上。入れ違いで学園を卒業し今年から文官として父の補佐をしている。その点は前世と全く同じであるが、前回と違うのは先週から武術を始めた。
マレフォス侯爵家は当主は騎士団長総督、その息子のケルスラーはレオンの側近でレオンを護衛する騎士。即位と同時に近衛隊の団長となる。
ご令嬢はケルスラーの下に2人。あとは7歳の弟が1人いる。
ケルスラーのすぐ下になるご令嬢はまだ14歳だが武を嗜むご令嬢である。名をブリンダと言う。
ヴィオレッタが知る限り兄には女性の影が前回は一切なかった。
哀しい事に「僕の亡骸は埋もれるほどの本と埋葬ほしい」と言うほどの本の虫である。
見た目は麗しいのに中身が残念過ぎて、それを知る令嬢からは釣り書きも来なかった。
中にはそれを知らない猛者から釣り書きが届いたが、見合いの席で挨拶もそこそこに延々と「本を愛する気持ち」を語る兄エヴァンス。勿論翌日にはお断りの丁寧な手紙が届く。
そんな兄が父に剣が手元にない場合の護身術だと「組手」のある柔術を学ぶように言ったのが先々週のこと。
それなりに体力もあり学園でも本の虫ながら剣術の成績も良かったエヴァンスは年下のブリンダにこれでもかと床に組み伏せられた。
一方的に完敗をしたエヴァンスは屋敷に戻り、夜中まで武術の本を読み漁る。
「どこかに投げを交わすヒントがある筈だ」そう言うところがエヴァンスの短所なのだが長所でもある。
微笑ましくも思いつつ、ヴィオレッタは感じるものがあった。
――前世では全く交流のなかった2人、やはり変わってきている――
エヴァンスが馬車に乗り込み、見送るとセレイナの小さな屋敷の玄関に向かって歩く。
今日は送り迎えが兄、行き先はセレイナの屋敷と在って侍女は付いていない。
玄関の呼び鈴を鳴らすとセレイナの侍女が扉を開ける。
「あら、コルストレイ侯爵令嬢。すみません、お客様が来られておりまして」
「では少しお庭を見せて頂いても構いませんでしょうか」
「それは構いませんが…」
「長くなりそうですの?」
「そうですね。かれこれ2刻半ほどになりますし…いつ終わるやら」
しかし、茶の約束をしていたヴィオレッタはにこりと笑って、「待ちますわ」と言った。
歩いて帰れる距離ではないし、昼間とは言え郊外を令嬢が1人で歩くなど誘拐してくれと言うような物。兄が迎えに来るまでは待つという選択肢しかないのである。
セレイナの小さな屋敷には屋敷の数倍もある広さの庭園がある。
その中でもブーゲンビリアの咲き誇る一画は見事としか言いようがない。
初舞台でほんの端役であったセレイナのほんの数十秒の歌声に魅せられ、唯一で最大のパトロンとなった貴族の男性がこの庭に来たときに、あまりの殺風景さに一面をブーゲンビリアで埋めたという。
「今はもうこの広さを面倒見るのが精一杯なの」
パトロンが亡くなり、年老いた侍女と2人で生活を始めたセレイナの屋敷には庭師もいない。
剪定などは時期ごとに頼んでいるようだが、このブーゲンビリアの一画だけは誰にも触らせずセレイナが世話をしている。ブーゲンビリアの花言葉は「あなたは魅力に満ちている」出会ってから無くなるまでその言葉を言い続けたという男性を目の前にしたかのように頬を染めて世話をするセレイナをヴィオレッタはいつも羨ましく思っていた。
「本当に意気地のない事!」
セレイナの呆れたような声が聞こえる。決して盗み聞きをするつもりはなかった。
先ほどまでは聞こえていなかったため油断したとヴィオレッタはその場から立ち去ろうとドレスに手をかけた時、部屋の中にいる2人が目に入った。
――どうしてここにカイゼル様が?――
そう思ったと同時にセレイナと目が合う。ドレスを掴んだ手を持ち替えて簡単なカーテシーを取る。
顔をあげると、カイゼルがこちらを見ているという視線を感じた。
心臓が早鐘をうつようにトクトクと音が聞こえ、ドレスを持つ手に汗を感じる。
「丁度良かった。あなたも付き合いなさいな。ヴィオレッタこちらへ」
どうしようか、どうすればいい、と頭の中は考えを巡らせるが今更逃げ出す事は出来ない。
ヴィオレッタは静かにテラスに向かって歩いていく。
セレイナに急かされて部屋からテラスに出てこようとするカイゼル。
階段1段分ほどの段差のあるウッドデッキのテラスまで来るとカイゼルが手を差し出す。
その手に震えが気付かれないようにと願いながら手をのせる。
「き…気を付けて…」
「えっ?」
「いや、その‥‥足元が…上がっているから」
「あ…そうですね。少し手を引いて頂けると…助かるのですが」
「そうしよう」
しかし思ったよりも引いた力が強く、片足を段にかけたばかりの時点でバランスを崩したヴィオレッタはカイゼルの胸の中にストンと納まった。
咄嗟の事でカイゼルは引いた手はそのままに、空いた手でヴィオレッタの背を抱きとめる。
ほんの一瞬の事だったが、ヴィオレッタには静止した時間の長さのように思えた。。
懐かしいような‥‥胸が締め付けられるような香りに包まれて、体が熱くなるのを感じた。
「これこれ。まだわたくしがここにいるのですよ?」
セレイナの言葉に現実に引き戻された感覚になり、ふとカイゼルを見上げる。
真っ赤になったカイゼルは少し上を向いている。クイっと動く喉仏。
「も、申し訳ございません」
「あ、あぁ…いや…すまない」
体が離れる時に、胸がキュっと苦しくなり切なさを感じた。
ユーダリスが屋敷を訪れて3週間が過ぎた。来週には入学式である。
太陽がもうすぐ空の真上に到達するかと言う時刻。
ヴィオレッタは兄のエヴァンスとともに馬車に揺られる。
兄は先だって父から「薄い書類」を手渡されてマレフォス侯爵邸への「お使い」を頼まれた。ヴィオレッタはマレフォス侯爵邸への途中にあるセレイナの小さな屋敷に向かう。
ガタンと馬車が止まり、御者が扉を開けるとエヴァンスが先におりてヴィオレッタの手を取る。
「少し長引くかもしれない。夕方までには迎えに来る」
「ごゆっくりされても良いのですよ?」
「何を言っている。私は父上の代理と稽古だ」
「えぇ。しっかりと、そして手早くお使いを済ませられませ」
今日のマレフォス侯爵邸への用事など、兄の手にかかれば一刻も掛からずに終わるだろう。
本当の目的はマレフォス侯爵令嬢との2人きりの時間を過ごすものである。
エヴァンスはヴィオレッタよりも3歳年上。入れ違いで学園を卒業し今年から文官として父の補佐をしている。その点は前世と全く同じであるが、前回と違うのは先週から武術を始めた。
マレフォス侯爵家は当主は騎士団長総督、その息子のケルスラーはレオンの側近でレオンを護衛する騎士。即位と同時に近衛隊の団長となる。
ご令嬢はケルスラーの下に2人。あとは7歳の弟が1人いる。
ケルスラーのすぐ下になるご令嬢はまだ14歳だが武を嗜むご令嬢である。名をブリンダと言う。
ヴィオレッタが知る限り兄には女性の影が前回は一切なかった。
哀しい事に「僕の亡骸は埋もれるほどの本と埋葬ほしい」と言うほどの本の虫である。
見た目は麗しいのに中身が残念過ぎて、それを知る令嬢からは釣り書きも来なかった。
中にはそれを知らない猛者から釣り書きが届いたが、見合いの席で挨拶もそこそこに延々と「本を愛する気持ち」を語る兄エヴァンス。勿論翌日にはお断りの丁寧な手紙が届く。
そんな兄が父に剣が手元にない場合の護身術だと「組手」のある柔術を学ぶように言ったのが先々週のこと。
それなりに体力もあり学園でも本の虫ながら剣術の成績も良かったエヴァンスは年下のブリンダにこれでもかと床に組み伏せられた。
一方的に完敗をしたエヴァンスは屋敷に戻り、夜中まで武術の本を読み漁る。
「どこかに投げを交わすヒントがある筈だ」そう言うところがエヴァンスの短所なのだが長所でもある。
微笑ましくも思いつつ、ヴィオレッタは感じるものがあった。
――前世では全く交流のなかった2人、やはり変わってきている――
エヴァンスが馬車に乗り込み、見送るとセレイナの小さな屋敷の玄関に向かって歩く。
今日は送り迎えが兄、行き先はセレイナの屋敷と在って侍女は付いていない。
玄関の呼び鈴を鳴らすとセレイナの侍女が扉を開ける。
「あら、コルストレイ侯爵令嬢。すみません、お客様が来られておりまして」
「では少しお庭を見せて頂いても構いませんでしょうか」
「それは構いませんが…」
「長くなりそうですの?」
「そうですね。かれこれ2刻半ほどになりますし…いつ終わるやら」
しかし、茶の約束をしていたヴィオレッタはにこりと笑って、「待ちますわ」と言った。
歩いて帰れる距離ではないし、昼間とは言え郊外を令嬢が1人で歩くなど誘拐してくれと言うような物。兄が迎えに来るまでは待つという選択肢しかないのである。
セレイナの小さな屋敷には屋敷の数倍もある広さの庭園がある。
その中でもブーゲンビリアの咲き誇る一画は見事としか言いようがない。
初舞台でほんの端役であったセレイナのほんの数十秒の歌声に魅せられ、唯一で最大のパトロンとなった貴族の男性がこの庭に来たときに、あまりの殺風景さに一面をブーゲンビリアで埋めたという。
「今はもうこの広さを面倒見るのが精一杯なの」
パトロンが亡くなり、年老いた侍女と2人で生活を始めたセレイナの屋敷には庭師もいない。
剪定などは時期ごとに頼んでいるようだが、このブーゲンビリアの一画だけは誰にも触らせずセレイナが世話をしている。ブーゲンビリアの花言葉は「あなたは魅力に満ちている」出会ってから無くなるまでその言葉を言い続けたという男性を目の前にしたかのように頬を染めて世話をするセレイナをヴィオレッタはいつも羨ましく思っていた。
「本当に意気地のない事!」
セレイナの呆れたような声が聞こえる。決して盗み聞きをするつもりはなかった。
先ほどまでは聞こえていなかったため油断したとヴィオレッタはその場から立ち去ろうとドレスに手をかけた時、部屋の中にいる2人が目に入った。
――どうしてここにカイゼル様が?――
そう思ったと同時にセレイナと目が合う。ドレスを掴んだ手を持ち替えて簡単なカーテシーを取る。
顔をあげると、カイゼルがこちらを見ているという視線を感じた。
心臓が早鐘をうつようにトクトクと音が聞こえ、ドレスを持つ手に汗を感じる。
「丁度良かった。あなたも付き合いなさいな。ヴィオレッタこちらへ」
どうしようか、どうすればいい、と頭の中は考えを巡らせるが今更逃げ出す事は出来ない。
ヴィオレッタは静かにテラスに向かって歩いていく。
セレイナに急かされて部屋からテラスに出てこようとするカイゼル。
階段1段分ほどの段差のあるウッドデッキのテラスまで来るとカイゼルが手を差し出す。
その手に震えが気付かれないようにと願いながら手をのせる。
「き…気を付けて…」
「えっ?」
「いや、その‥‥足元が…上がっているから」
「あ…そうですね。少し手を引いて頂けると…助かるのですが」
「そうしよう」
しかし思ったよりも引いた力が強く、片足を段にかけたばかりの時点でバランスを崩したヴィオレッタはカイゼルの胸の中にストンと納まった。
咄嗟の事でカイゼルは引いた手はそのままに、空いた手でヴィオレッタの背を抱きとめる。
ほんの一瞬の事だったが、ヴィオレッタには静止した時間の長さのように思えた。。
懐かしいような‥‥胸が締め付けられるような香りに包まれて、体が熱くなるのを感じた。
「これこれ。まだわたくしがここにいるのですよ?」
セレイナの言葉に現実に引き戻された感覚になり、ふとカイゼルを見上げる。
真っ赤になったカイゼルは少し上を向いている。クイっと動く喉仏。
「も、申し訳ございません」
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