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2回目の人生
押し殺した気持ち
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「俺。いや…僕はこれで」
「何を言っているの?貴方のしようとしている行為は女性を蔑むものですよ?」
「そ、そんなつもりは…」
「ならお座りなさい。女性が席につくなり、逃げるように席を立つなど以ての外」
「違うんだ。その…」
セレイナにやり込められるカイゼルは必至で言い訳を考えているが、汗も蒸発しそうなほどに顔は赤い。
意に介さず、セレイナは侍女に3人分の茶と菓子を言いつけると頬杖をついてカイゼルとヴィオレッタを交互に見やる。
「あの先生はカイゼル様とお知り合いなので御座いますか?」
年齢も全く違う2人。どうみても接点があるとは思えない。
今回の人生は王太子妃教育が終わったのが6歳と言う年齢だったため王妃教育の序盤で教えられた「閨房の中での房事」や側妃を召し上げる事になっても国王である夫の気を引くための「閨房術」の知識はそのままある。
何故そのような事を?と思いもした前世だったが、今回は覚えているだけにレオンとの房事など想像もしたくない。
女性は座学でそれを学ぶが、高位貴族の子息は娼館などで実際に体験をしたり、妙齢の未亡人を相手にすると聞いた事があった。それはレオンも同じだがレオンの場合はうっかりでも妊娠をさせてしまう事は出来ないので完全に閉経をした女性が相手になると講師に言われたものだ。
――まさか、セレイナ先生がカイゼル様の…――
「ホホホ…ご安心なさいな。わたくしは臆病な赤目の獅子の尻を叩くだけよ」
「やめれくれよ‥‥もう!」
「臆病な赤目の獅子でございますか?」
ちらりとカイゼルを見れば髪色はミントグリーン。瞳の色は‥…「赤」だった。
目が合ったカイゼルはふいっと顔を逸らすが、そうするとこれまた真っ赤になった耳が見える。
あの日のように赤く染まった耳‥‥何故か悲しく思えてしまった。
――そうよね…少しづつ変わったのだもの。カイゼル様も…――
かの日、ユーダリスはカイゼルが心の中だけでヴィオレッタを想ってると言ったが心は目には見えないもの。ユーダリスに記憶があるからそう勘違いをしたのだろうと思うと切なくなった。
「とても臆病すぎるほどでね。もう延々と惚気なのか妬きもちなのか聞かされてウンザリよ」
くすくすと笑いながらセレイナはカイゼルをペシリと手にした扇で軽く叩く。
「その挙句にどうすればいい?どうしたら!とわたくしに言われても‥‥ねぇ?」
少し首を傾けて今度はヴィオレッタに微笑むセレイナ。
「あぁもう!だから止めてくれよ!」
ガタンと椅子が音をたてるほどに勢いよく立ち上がったカイゼルに座れと扇を軽く振る。
「だからぁ。いいんだって。この話はもうやめよう」
「まぁまぁ。可愛いひ孫のお話を折角聞いてあげたのに?【とても美しいんだ!】【胸を締め付けられるんだ!】っと恋愛歌劇俳優よりも熱のこもった言葉を聞いてあげたのに?」
「わぁぁぁ!やめて。やめて!それ以上は!!」
「え?あの‥‥ひ孫とは…どういう…」
「わたくしの亡夫でありパトロンはこの臆病物のひいお爺様よ?」
「えっ?では‥‥」
「そうだよ!セレイナさんは俺のひい義祖母!あぁもう!相談するんじゃなかった」
「何を言ってるの。ヴィオレッタがわたくしの元で習い事を始めたら飛んできた癖に」
ヴィオレッタは中等部に入学してすぐにセレイナの元でオペラを習い始めた。
そしてレオンとは必要最小限に、その側近たちとは極力距離を取ってきた。会話をするのも挨拶か、天気の話で前回の人生では中等部の1学年から彼ら側近も【ヴィオレッタ嬢】と呼んでいたが、現在そう呼ぶのはレオンだけ。
もっともレオンは【ヴィオレッタ】と呼び捨てではある。
側近の彼らは【コルストレイ侯爵令嬢】と呼ぶ関係にある。
心の中の想いを悟られないように敢えて距離を置いた。少しづつ違う流れの中でもカイゼルの気持ちは‥と考えるともう目の前のカイゼルを見る事が出来ない。
「あら!いけない。わたくしったら。午後は刺繍をするはずだったのよ」
いや、茶の約束をしていましたよね?とヴィオレッタは顔をあげてセレイナを見ると小さくウィンクを返される。あぁこの女性にはお見通しなのだと悟る。
恋愛歌劇、悲劇歌劇も含め舞台上で人々の心を鷲掴みにするほどの熱演という恋愛をしてきたセレイナには15,16歳の男女の心の中などお見通しなのだ。
2人きりになったテーブル。顔を背けたままのカイゼルの耳はまだ赤い。
穿った関係性を想ってしまった自分をヴィオレッタは恥じて、そして悔いる。
「あの、カイゼル様?」
「ひゃいっ‥‥はい?」
名を呼ばれ、思わず噛んだカイゼルは口を手で覆うとコホンと咳ばらいをする。
その仕草がおかしくて、つい「ふふふっ」っと笑ってしまった。
「可愛い…」
「えっ?」
「いや…なんでもない。空耳だ」
ヴィオレッタの記憶にあるカイゼルはかなり率直に愛の言葉を囁いたが目の前のカイゼルは違う。
好意はあるのだろうなと嬉しく感じるものの、前回も今回もきっとカイゼルを縛るのは【レオンの婚約者】という枷なのだろう。
この胸の内を伝えたい気持ちは言葉になって喉元まで出かかっているが、言えない。
前回は命が消える少し前にカイゼルに対して温かい気持ちが芽生えた。
今回はそれを自覚した時から、まだ会ってもないカイゼルを慕う気持ちが膨らんでいった。
続きを望んで良いのなら…想い合えるのなら…何度も考えた。
しかしそうなったら隠し通す事は難しい。
中等部で敢えて距離を取ったのは違う人生を歩いているのだという気持ちだけではない。
カイゼルを慕っているという気持ちを抑えることが難しかったからである。
レオンに気づかれれば「王太子の婚約者」である立場が邪魔をする。カイゼルとてお咎めなしでは済まない。
言い出せない理由はもう一つあった。
前回、恋愛には【れ】の字もなかった兄エヴァンス。組み伏せられた悔しさもあるのだろうが意地になっているその中にブリンダへの愛情を感じるのだ。
人の気持ちも変わる。
そう思うと、まだ表れていないジェシーもだが、高等部になれば異性との関係はより意識する年齢。
カイゼルが【真実の愛】の相手と巡り合ったら‥‥。
ここで思いを伝えた後に巡り合ってしまったら?
前回、レオンがジェシーへの愛を語った時は冷めた目で【それで?】と聞き流せたがカイゼルの口からそれを言われた時に自分は我慢できるのか、受け流せるのか…。
とても耐えきれないだろう。
この茶の席で少しだけ長く会話を交わしたが、お互い心に思いを秘めて帰路につく。
向かいに座る兄エヴァンスは打ち身なのか少々赤くなっている部位が見える。余程に疲れたのだろうか、すっかり寝入ってしまっている。
――お兄様に気づかれる心配はなさそう――
「レオンの婚約者」なのだという仮面をつけて、カイゼルを前に気持ちを押し殺し通したヴィオレッタは馬車の中で少しだけ泣いた。
「何を言っているの?貴方のしようとしている行為は女性を蔑むものですよ?」
「そ、そんなつもりは…」
「ならお座りなさい。女性が席につくなり、逃げるように席を立つなど以ての外」
「違うんだ。その…」
セレイナにやり込められるカイゼルは必至で言い訳を考えているが、汗も蒸発しそうなほどに顔は赤い。
意に介さず、セレイナは侍女に3人分の茶と菓子を言いつけると頬杖をついてカイゼルとヴィオレッタを交互に見やる。
「あの先生はカイゼル様とお知り合いなので御座いますか?」
年齢も全く違う2人。どうみても接点があるとは思えない。
今回の人生は王太子妃教育が終わったのが6歳と言う年齢だったため王妃教育の序盤で教えられた「閨房の中での房事」や側妃を召し上げる事になっても国王である夫の気を引くための「閨房術」の知識はそのままある。
何故そのような事を?と思いもした前世だったが、今回は覚えているだけにレオンとの房事など想像もしたくない。
女性は座学でそれを学ぶが、高位貴族の子息は娼館などで実際に体験をしたり、妙齢の未亡人を相手にすると聞いた事があった。それはレオンも同じだがレオンの場合はうっかりでも妊娠をさせてしまう事は出来ないので完全に閉経をした女性が相手になると講師に言われたものだ。
――まさか、セレイナ先生がカイゼル様の…――
「ホホホ…ご安心なさいな。わたくしは臆病な赤目の獅子の尻を叩くだけよ」
「やめれくれよ‥‥もう!」
「臆病な赤目の獅子でございますか?」
ちらりとカイゼルを見れば髪色はミントグリーン。瞳の色は‥…「赤」だった。
目が合ったカイゼルはふいっと顔を逸らすが、そうするとこれまた真っ赤になった耳が見える。
あの日のように赤く染まった耳‥‥何故か悲しく思えてしまった。
――そうよね…少しづつ変わったのだもの。カイゼル様も…――
かの日、ユーダリスはカイゼルが心の中だけでヴィオレッタを想ってると言ったが心は目には見えないもの。ユーダリスに記憶があるからそう勘違いをしたのだろうと思うと切なくなった。
「とても臆病すぎるほどでね。もう延々と惚気なのか妬きもちなのか聞かされてウンザリよ」
くすくすと笑いながらセレイナはカイゼルをペシリと手にした扇で軽く叩く。
「その挙句にどうすればいい?どうしたら!とわたくしに言われても‥‥ねぇ?」
少し首を傾けて今度はヴィオレッタに微笑むセレイナ。
「あぁもう!だから止めてくれよ!」
ガタンと椅子が音をたてるほどに勢いよく立ち上がったカイゼルに座れと扇を軽く振る。
「だからぁ。いいんだって。この話はもうやめよう」
「まぁまぁ。可愛いひ孫のお話を折角聞いてあげたのに?【とても美しいんだ!】【胸を締め付けられるんだ!】っと恋愛歌劇俳優よりも熱のこもった言葉を聞いてあげたのに?」
「わぁぁぁ!やめて。やめて!それ以上は!!」
「え?あの‥‥ひ孫とは…どういう…」
「わたくしの亡夫でありパトロンはこの臆病物のひいお爺様よ?」
「えっ?では‥‥」
「そうだよ!セレイナさんは俺のひい義祖母!あぁもう!相談するんじゃなかった」
「何を言ってるの。ヴィオレッタがわたくしの元で習い事を始めたら飛んできた癖に」
ヴィオレッタは中等部に入学してすぐにセレイナの元でオペラを習い始めた。
そしてレオンとは必要最小限に、その側近たちとは極力距離を取ってきた。会話をするのも挨拶か、天気の話で前回の人生では中等部の1学年から彼ら側近も【ヴィオレッタ嬢】と呼んでいたが、現在そう呼ぶのはレオンだけ。
もっともレオンは【ヴィオレッタ】と呼び捨てではある。
側近の彼らは【コルストレイ侯爵令嬢】と呼ぶ関係にある。
心の中の想いを悟られないように敢えて距離を置いた。少しづつ違う流れの中でもカイゼルの気持ちは‥と考えるともう目の前のカイゼルを見る事が出来ない。
「あら!いけない。わたくしったら。午後は刺繍をするはずだったのよ」
いや、茶の約束をしていましたよね?とヴィオレッタは顔をあげてセレイナを見ると小さくウィンクを返される。あぁこの女性にはお見通しなのだと悟る。
恋愛歌劇、悲劇歌劇も含め舞台上で人々の心を鷲掴みにするほどの熱演という恋愛をしてきたセレイナには15,16歳の男女の心の中などお見通しなのだ。
2人きりになったテーブル。顔を背けたままのカイゼルの耳はまだ赤い。
穿った関係性を想ってしまった自分をヴィオレッタは恥じて、そして悔いる。
「あの、カイゼル様?」
「ひゃいっ‥‥はい?」
名を呼ばれ、思わず噛んだカイゼルは口を手で覆うとコホンと咳ばらいをする。
その仕草がおかしくて、つい「ふふふっ」っと笑ってしまった。
「可愛い…」
「えっ?」
「いや…なんでもない。空耳だ」
ヴィオレッタの記憶にあるカイゼルはかなり率直に愛の言葉を囁いたが目の前のカイゼルは違う。
好意はあるのだろうなと嬉しく感じるものの、前回も今回もきっとカイゼルを縛るのは【レオンの婚約者】という枷なのだろう。
この胸の内を伝えたい気持ちは言葉になって喉元まで出かかっているが、言えない。
前回は命が消える少し前にカイゼルに対して温かい気持ちが芽生えた。
今回はそれを自覚した時から、まだ会ってもないカイゼルを慕う気持ちが膨らんでいった。
続きを望んで良いのなら…想い合えるのなら…何度も考えた。
しかしそうなったら隠し通す事は難しい。
中等部で敢えて距離を取ったのは違う人生を歩いているのだという気持ちだけではない。
カイゼルを慕っているという気持ちを抑えることが難しかったからである。
レオンに気づかれれば「王太子の婚約者」である立場が邪魔をする。カイゼルとてお咎めなしでは済まない。
言い出せない理由はもう一つあった。
前回、恋愛には【れ】の字もなかった兄エヴァンス。組み伏せられた悔しさもあるのだろうが意地になっているその中にブリンダへの愛情を感じるのだ。
人の気持ちも変わる。
そう思うと、まだ表れていないジェシーもだが、高等部になれば異性との関係はより意識する年齢。
カイゼルが【真実の愛】の相手と巡り合ったら‥‥。
ここで思いを伝えた後に巡り合ってしまったら?
前回、レオンがジェシーへの愛を語った時は冷めた目で【それで?】と聞き流せたがカイゼルの口からそれを言われた時に自分は我慢できるのか、受け流せるのか…。
とても耐えきれないだろう。
この茶の席で少しだけ長く会話を交わしたが、お互い心に思いを秘めて帰路につく。
向かいに座る兄エヴァンスは打ち身なのか少々赤くなっている部位が見える。余程に疲れたのだろうか、すっかり寝入ってしまっている。
――お兄様に気づかれる心配はなさそう――
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