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2回目の人生
予期せぬ出会い
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既視感しかない庭園。
違うのはまだ自分をエスコートして歩く隣の男に【真実の愛】の相手である昼も夜もあくせくと働く女性が現れていないだけである。
「まぁ、ヴィオレッタ。よく来てくれたわね」
「王妃様。ご機嫌麗しく。本日も見事なバラに目も香りも楽しませて頂き幸せに存じます」
「もう!あと何年もしないうちに娘になるのだからそんな言い回しは止めて頂戴」
急かされて椅子に座ると、レオンが珍しい菓子が手に入ったと籠を指さす。
この国ではなかなか口に入れる事は難しく、「僕が君の為に」を強調して用意したと言う。
王妃も「この日に間に合ってよかった」と手のひらを合わせて幸せそうだ。
ヴィオレッタは少しだけ微笑んで礼を言う。
籠の菓子は、確かにこの国では珍しいが王妃も隣の男も肝心な事を忘れている。
その菓子を先日茶会用にと持ってきたのはコルストレイ侯爵家の当主。ヴィオレッタの父だ。
既にもう食べたからではなく、その事実をすっかりとどこかに飛ばしている親子に呆れてしまう。
国王との会話は外交問題、治安問題、税制の問題と多岐にわたり、時折「なるほど」と思えることもあり、またヴィオレッタの思い付きのような意見も参考にするときちんと熟慮してくれる。
ついつい熱がこもり、時間の経つのを忘れてカイゼルの父であるドレヴァンツ宰相閣下に「そろそろお時間です」と止められる事もしばしば。屋敷に帰っても興奮冷めやらぬ事もあるのだが…。
王妃とレオンとの会話は違う意味で屋敷に帰った後は疲れがどっと押し寄せる。
王妃だけならば、農業改革について話す事もあり意見を交わす事もある。
だがそこにレオンが絡むと途端に「どうでも良い話」しか話題がなくなる。
難しい話をしてもレオンが理解できず、「洪水でまだ水が引かない土地」なら「池だと思えばいい」と言い出すし、「山火事の延焼がやっと止まった」と言えば「しばらくは炭に困らなくていいね」と言う。
「習い事の方はどう?」
「まだまだで御座います。以前よりは声を腹から出せるようにはなりました」
「じゃ、そろそろ演目を決める?姫と王子の恋物語のような話がヴィオレッタには似合うね」
「いえ、まだそういう域には到達しておりません」
「またまたぁ。僕のヴィオレッタなんだ。片手間で出来るよ」
――気持ち悪い、何が僕の…なのかしら――
表情には出さない。レオンは思ったままを口にしているのである。
そしてそれを王妃も咎めようとしない。判っていても息子可愛さに肯定をするだけである。
学園の高等部に上がり、今までとは違う雰囲気を感じながらも変わらぬこの関係。
「そろそろ王妃教育を始めようと思うのだけれど、なにか要望はあるかしら?」
「その件なのですが、学園生活を殿下も満喫したいでしょうし卒業してからの2年間へ延期と言うのは難しいでしょうか。いえ、講師の方々への配慮は当然あるとは思うのですが…」
ヴィオレッタは思い切って王妃教育の開始時期の延長を提案した。
ダメと言われれば従うまでであるが、前回は既に終わっている王太子教育も全て無駄だった。
ジェシーが現れるのは卒業後であるが、レオンとジェシーが知り合うのは時期的に卒業直後なのである。あわよくば出会って直ぐの頃に大きくアクションを起こして婚約解消若しくは破棄に持ち込みたい。
いい加減庶民からの税金での教育なのである。無駄にはしたくないのと中等部であれほど必要最低限の接触しかしなかったにも関わらずレオンは何も変わらない。呆れるほどに変わらない。
近くにいなければ、徐々に任される公務も積極的に行うかと思えばおざなりなのだ。
周りの従者には申し訳ないと思うが、手伝う相手がヴィオレッタから従者になっただけ。
この男には余程に大きな転機がないと無理なのかも知れない
これはヴィオレッタだけではなく、既にレオンの側近から降りたユーダリスも同意見だった。
ケルスラーは脳筋ではないが、線引きをする性格なので主と言えど公務書類には手を貸さない。
カイゼルはカイゼルで宰相候補となればそれ以上の公務書類が別にあり、「ではこちらをお手伝い頂けると?」と大きな書類の山をレオンに見せれば手伝ってくれとは言わなくなった。
新しく側近となったのはジーベル伯爵家の次男。ジョルジュである。
王太子の側近が次男で良いかの論議は当然にあった。嫡男が家を継ぐ以上次男は自分で家を興す必要がある。もしくは爵位持ちの長女の元に婿に入るかだ。
王太子の側近となれば婿入り先はかなり限定をされる。子爵以下は論外となる。
その為ジョルジュはお世辞にも側近としての自覚があるとは言えない。
考え方として、「良いところに就職は決まっている」ので後は「婿入り先」を探すのに忙しいのだ。
すぐに見つかるかと思えばそうではない。将来王を支える側近が夫(婿)だという事は万が一の時は連座を待逃れる事は出来ない。
出来の悪さは広く貴族に知れ渡っているレオン。その側近を婿にと考える家は少ない。
実際、ケルスラーのマレフォス侯爵家もカイゼルのドレヴァンツ公爵家も辞意を申し出ている。
アベント侯爵はユーダリスが中等部修了時に既に辞する事が受理された。
コルストレイ侯爵家はヴィオレッタが婚約者である以上、パワーバランスからエヴァンスが選ばれる事はない。
残る高位貴族も手をあげたがらない。
「そうねぇ‥‥王太子妃教育も早々に終わっているし問題はないわね。なにより貴女にはおさらいをするような時間も必要なさそうだし。いいわ。そうしましょう」
「ありがとうございます」
この効果なのか。高等部にあがり初めての長期休暇を控えた学園で一つの出会いがあった。
予想しない出会いに、ヴィオレッタとユーダリスは警戒感を強めた。
「レオ様」
移動教室でレオンと並んで歩く途中呼び止める声が聞こえた。
ヴィオレッタはレオンからさらに数歩距離を取り、今回の人生にしか知りえない声の持ち主から視線を逸らせた。
違うのはまだ自分をエスコートして歩く隣の男に【真実の愛】の相手である昼も夜もあくせくと働く女性が現れていないだけである。
「まぁ、ヴィオレッタ。よく来てくれたわね」
「王妃様。ご機嫌麗しく。本日も見事なバラに目も香りも楽しませて頂き幸せに存じます」
「もう!あと何年もしないうちに娘になるのだからそんな言い回しは止めて頂戴」
急かされて椅子に座ると、レオンが珍しい菓子が手に入ったと籠を指さす。
この国ではなかなか口に入れる事は難しく、「僕が君の為に」を強調して用意したと言う。
王妃も「この日に間に合ってよかった」と手のひらを合わせて幸せそうだ。
ヴィオレッタは少しだけ微笑んで礼を言う。
籠の菓子は、確かにこの国では珍しいが王妃も隣の男も肝心な事を忘れている。
その菓子を先日茶会用にと持ってきたのはコルストレイ侯爵家の当主。ヴィオレッタの父だ。
既にもう食べたからではなく、その事実をすっかりとどこかに飛ばしている親子に呆れてしまう。
国王との会話は外交問題、治安問題、税制の問題と多岐にわたり、時折「なるほど」と思えることもあり、またヴィオレッタの思い付きのような意見も参考にするときちんと熟慮してくれる。
ついつい熱がこもり、時間の経つのを忘れてカイゼルの父であるドレヴァンツ宰相閣下に「そろそろお時間です」と止められる事もしばしば。屋敷に帰っても興奮冷めやらぬ事もあるのだが…。
王妃とレオンとの会話は違う意味で屋敷に帰った後は疲れがどっと押し寄せる。
王妃だけならば、農業改革について話す事もあり意見を交わす事もある。
だがそこにレオンが絡むと途端に「どうでも良い話」しか話題がなくなる。
難しい話をしてもレオンが理解できず、「洪水でまだ水が引かない土地」なら「池だと思えばいい」と言い出すし、「山火事の延焼がやっと止まった」と言えば「しばらくは炭に困らなくていいね」と言う。
「習い事の方はどう?」
「まだまだで御座います。以前よりは声を腹から出せるようにはなりました」
「じゃ、そろそろ演目を決める?姫と王子の恋物語のような話がヴィオレッタには似合うね」
「いえ、まだそういう域には到達しておりません」
「またまたぁ。僕のヴィオレッタなんだ。片手間で出来るよ」
――気持ち悪い、何が僕の…なのかしら――
表情には出さない。レオンは思ったままを口にしているのである。
そしてそれを王妃も咎めようとしない。判っていても息子可愛さに肯定をするだけである。
学園の高等部に上がり、今までとは違う雰囲気を感じながらも変わらぬこの関係。
「そろそろ王妃教育を始めようと思うのだけれど、なにか要望はあるかしら?」
「その件なのですが、学園生活を殿下も満喫したいでしょうし卒業してからの2年間へ延期と言うのは難しいでしょうか。いえ、講師の方々への配慮は当然あるとは思うのですが…」
ヴィオレッタは思い切って王妃教育の開始時期の延長を提案した。
ダメと言われれば従うまでであるが、前回は既に終わっている王太子教育も全て無駄だった。
ジェシーが現れるのは卒業後であるが、レオンとジェシーが知り合うのは時期的に卒業直後なのである。あわよくば出会って直ぐの頃に大きくアクションを起こして婚約解消若しくは破棄に持ち込みたい。
いい加減庶民からの税金での教育なのである。無駄にはしたくないのと中等部であれほど必要最低限の接触しかしなかったにも関わらずレオンは何も変わらない。呆れるほどに変わらない。
近くにいなければ、徐々に任される公務も積極的に行うかと思えばおざなりなのだ。
周りの従者には申し訳ないと思うが、手伝う相手がヴィオレッタから従者になっただけ。
この男には余程に大きな転機がないと無理なのかも知れない
これはヴィオレッタだけではなく、既にレオンの側近から降りたユーダリスも同意見だった。
ケルスラーは脳筋ではないが、線引きをする性格なので主と言えど公務書類には手を貸さない。
カイゼルはカイゼルで宰相候補となればそれ以上の公務書類が別にあり、「ではこちらをお手伝い頂けると?」と大きな書類の山をレオンに見せれば手伝ってくれとは言わなくなった。
新しく側近となったのはジーベル伯爵家の次男。ジョルジュである。
王太子の側近が次男で良いかの論議は当然にあった。嫡男が家を継ぐ以上次男は自分で家を興す必要がある。もしくは爵位持ちの長女の元に婿に入るかだ。
王太子の側近となれば婿入り先はかなり限定をされる。子爵以下は論外となる。
その為ジョルジュはお世辞にも側近としての自覚があるとは言えない。
考え方として、「良いところに就職は決まっている」ので後は「婿入り先」を探すのに忙しいのだ。
すぐに見つかるかと思えばそうではない。将来王を支える側近が夫(婿)だという事は万が一の時は連座を待逃れる事は出来ない。
出来の悪さは広く貴族に知れ渡っているレオン。その側近を婿にと考える家は少ない。
実際、ケルスラーのマレフォス侯爵家もカイゼルのドレヴァンツ公爵家も辞意を申し出ている。
アベント侯爵はユーダリスが中等部修了時に既に辞する事が受理された。
コルストレイ侯爵家はヴィオレッタが婚約者である以上、パワーバランスからエヴァンスが選ばれる事はない。
残る高位貴族も手をあげたがらない。
「そうねぇ‥‥王太子妃教育も早々に終わっているし問題はないわね。なにより貴女にはおさらいをするような時間も必要なさそうだし。いいわ。そうしましょう」
「ありがとうございます」
この効果なのか。高等部にあがり初めての長期休暇を控えた学園で一つの出会いがあった。
予想しない出会いに、ヴィオレッタとユーダリスは警戒感を強めた。
「レオ様」
移動教室でレオンと並んで歩く途中呼び止める声が聞こえた。
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