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2回目の人生
ゲパン伯爵令嬢
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「レオ様」
その声に移動教室の為に廊下を歩いていたレオンは立ち止まった。
立ち止まったレオンから数歩下がった位置でチラリとその声の主の顔を見て目を逸らせるのはヴィオレッタ。
「ご令嬢。殿下を不敬にも名前呼びなどと。どこの者だ。家名は」
ケルスラーが睨みつけながら問うと、一歩下がって制服のスカートを少し抓みカーテシーを取る。
「これは失礼を致しました。わたくしはゲパン伯爵が娘、アンジェ・セイ・ゲパンと申します。レオン王太子殿下のお名前につきましては先だっての茶会にてお許しを頂きましたが、このような場では不適切であったようですね。申し訳ございません」
「あ、いいんだケルスラー。レオって呼んでと言ったのは僕なんだ」
「そうで御座いましたか。承知いたしました。ゲパン伯爵令嬢、失礼をした」
「いいえ、場所をわきまえずわたくしこそ申し訳ございません」
不敵に微笑を浮かべるアンジェに遠巻きでその様子を見ていたユーダリスの目は険しい。
ヴィオレッタは前回一切の関りがなかったアンジェに少しばかり戸惑う。
人の名前と家名、顔を結び付けて覚えるのは特に不得手ではない。
紹介をされれば忘れないし、一通りは貴族名鑑で確認をしたはずだ。
「ヴィオレッタ。紹介しよう。アンジェこっちへ」
「はい。レオ様」
「彼女はレクシー母上の遠戚でね。今日からこの学園に編入になったんだ」
「ヴィオレッタ様。初めまして」
「すまないゲパン伯爵令嬢。殿下が紹介したとはいえ、家名でなく名前呼びはどうかと。まずはコルストレイ侯爵令嬢に許可を得てから…がよろしいのではないか?」
「ケルスラー。固い事を言うな。ヴィオレッタも困っているじゃないか」
そう言われてヴィオレッタを振り返るケルスラーに苦笑いともとれる笑みを返す。
「申し訳ございません。授業に遅れますのでこれにて」
「えっ?待ってよ。もうついでだからアンジェと茶でもどうだろうか?」
「申し訳ございませんが本日はわたくしが日直のですので」
「あ、あぁそうか。そうだったな」
会釈をする程度に首を傾け、その場を後にする。
授業が始まるのは間違いない。だが、レオンはすっかりアンジェの保護者気取りで校内を案内すると言い始めてしまいアンジェもレオンの腕に手を回し、さながら婚約者気取りである。
それを見て、ユーダリスは鼻で笑った。
「あぁ、お前たちは授業に出ねばならんだろう。僕は大丈夫だから行ってくれ」
「しかし。その間に何かあれば…」
「そうです。それに殿下も欠席をしても良い理由にはなりません」
「あら?レオ様が良いと言っているのにあなた方は何様のつもりなのかしら」
「アンジェ。言葉が過ぎるぞ。男なら一度は強く物言いをしたいものだ」
「そ、そんなつもりでは御座いません」
引き留めるケルスラーと、憮然とするカイゼル、我関せずで教室に歩き出すジョルジュ。
レオンはアンジェと共に逆方向に歩き始めると、軽く手を振った。
「ケルスラーさん、カイゼルさん、行きましょう。遅れると地理の講師は五月蠅いです」
「しっしかし、こういう時に事故なりが起こってしまえば問題だ」
「ケルスラー。無理だろう。校内にいるんだ。この前のように市井でないだけマシだ」
「カイゼル‥‥」
「そうそう。考えるだけ無駄ですよ。校内なら警備もいますしね。行きましょうよ」
ケルスラーは勝手に授業を欠席する行為もであるが、校内とはいえ女子生徒と2人きりなのが問題なのではと強く言おうと思ったが、もう廊下を曲がり姿が見えなくなったレオンにため息を吐いた。
「ここが中庭なんだ。昼はここで昼食を取る者もいる」
「レオ様もここで昼食を?」
「いや、僕は主に王族専用の部屋で彼らと一緒だな」
「ヴィオレッタ様もですか?」
「いや、彼女は来ないな。昼休憩の時は習い事の本を読んだり纏めたりしている」
「まぁ、そんな我儘を許されているの?」
「我儘というか‥‥中等部の頃からだからその流れかな」
「ふーん」と返事をしたアンジェはレオンの腕を軽く引いて、校舎の中を案内してくれと誘う。
その姿を見かけた生徒は思わず二度見して目を見張った。
あまりにも近いこの2人の距離を問題だと思わないのは当事者のレオンだけである。
腕を組むだけではなく、立ち止まった2人は池の中を見るのに頬を寄せていたりと誰が見ても不適切だと思える行動が特に印象に残ってしまうのは無理もない事だった。
【婚約者はコルストレイ侯爵令嬢ではなかったのか?】
疑問に思う者が、家に帰り爵位を持った父に問うてもなんらおかしくはない。
あっという間に広がった噂だがヴィオレッタは意に介さない。
どちらかと言えば、噂が本当であってほしいと願っているほどだった。
側妃のレクシーなのか、それとも王妃から注意を受けたようでアンジェは一定距離を取ってレオンに接するようになる。ただ、一緒にいる時間はヴィオレッタよりも遥かに長い。
節度を持った距離はヴィオレッタよりもさらに引いた位置だった。
長期の休みに入る前日、馬車に乗ろうとしたヴィオレッタはレオンに呼び止められる。
「ヴィオレッタ」
「レオン王太子殿下、どうされました」
「休暇中はどうするんだ?良ければ離宮に招待したい。アレクセイも君に会いたいと」
「えっ?」
思いがけない名前に返事に窮してしまう。どうしてここでアレクセイ第二王子殿下が?とその裏を読んでしまう。しかし滅多に側妃に与えられている離宮から出てこないアレクセイについては圧倒的情報不足。
知りたいと思う気持ちと、レオンと一緒という不快感で考え込んでしまう。
「今年からはアンジェもいるし、退屈はしないと思うんだが」
「アンジェ様でございますか」
「あ、妬きもち?大丈夫。アンジェとは何もない。妹のようなものだ」
「いえ、そのような事は思っておりませんのでご安心ください」
「良かった。変な噂もあるしヴィオレッタが困っていると思ってたんだ」
ふとレオンの後ろを見れば、レオンの馬車に乗り込もうとしているアンジェが目に入る。
話をしているのが気に食わないのか、ギっと睨んでいる表情が見える。
ヴィオレッタは返事をしない事にした。
「レオン王太子殿下、アンジェ様が待たれているようですが?」
「えっ?あ、本当だ。すまない。また今度」
他に注意が行ってしまうと、自分の発言も忘れ、返事も聞かぬままでも気が付かない。
レオンがアンジェの方に走っていくと、途端にアンジェの表情も柔らかくなる。
取り敢えずはレオンが馬車に乗るまではこの位置にいなければならない。
レオンが乗り込む直前ヴィオレッタに手を振る。それに小さく頭を下げて応える。
ヴィオレッタはやれやれ…と馬車に乗りこもうとしたがまた呼び止められた。
「ヴィオレッタ嬢」
今度はユーダリスである。
息を切らせて走ってくるユーダリスの横をレオンとアンジェを乗せた馬車がすれ違っていく。
「間に合った‥‥ハァハァ…ハァハァ…」
「どうしましたの?」
「とりあえず‥‥馬車に乗せてくれ」
「えっ?わたくしの馬車に?」
「そうだ‥‥聞かれてはマズい事がある」
ヴィオレッタは周りに気配がない事を察するとユーダリスを先に馬車に乗せた。
その声に移動教室の為に廊下を歩いていたレオンは立ち止まった。
立ち止まったレオンから数歩下がった位置でチラリとその声の主の顔を見て目を逸らせるのはヴィオレッタ。
「ご令嬢。殿下を不敬にも名前呼びなどと。どこの者だ。家名は」
ケルスラーが睨みつけながら問うと、一歩下がって制服のスカートを少し抓みカーテシーを取る。
「これは失礼を致しました。わたくしはゲパン伯爵が娘、アンジェ・セイ・ゲパンと申します。レオン王太子殿下のお名前につきましては先だっての茶会にてお許しを頂きましたが、このような場では不適切であったようですね。申し訳ございません」
「あ、いいんだケルスラー。レオって呼んでと言ったのは僕なんだ」
「そうで御座いましたか。承知いたしました。ゲパン伯爵令嬢、失礼をした」
「いいえ、場所をわきまえずわたくしこそ申し訳ございません」
不敵に微笑を浮かべるアンジェに遠巻きでその様子を見ていたユーダリスの目は険しい。
ヴィオレッタは前回一切の関りがなかったアンジェに少しばかり戸惑う。
人の名前と家名、顔を結び付けて覚えるのは特に不得手ではない。
紹介をされれば忘れないし、一通りは貴族名鑑で確認をしたはずだ。
「ヴィオレッタ。紹介しよう。アンジェこっちへ」
「はい。レオ様」
「彼女はレクシー母上の遠戚でね。今日からこの学園に編入になったんだ」
「ヴィオレッタ様。初めまして」
「すまないゲパン伯爵令嬢。殿下が紹介したとはいえ、家名でなく名前呼びはどうかと。まずはコルストレイ侯爵令嬢に許可を得てから…がよろしいのではないか?」
「ケルスラー。固い事を言うな。ヴィオレッタも困っているじゃないか」
そう言われてヴィオレッタを振り返るケルスラーに苦笑いともとれる笑みを返す。
「申し訳ございません。授業に遅れますのでこれにて」
「えっ?待ってよ。もうついでだからアンジェと茶でもどうだろうか?」
「申し訳ございませんが本日はわたくしが日直のですので」
「あ、あぁそうか。そうだったな」
会釈をする程度に首を傾け、その場を後にする。
授業が始まるのは間違いない。だが、レオンはすっかりアンジェの保護者気取りで校内を案内すると言い始めてしまいアンジェもレオンの腕に手を回し、さながら婚約者気取りである。
それを見て、ユーダリスは鼻で笑った。
「あぁ、お前たちは授業に出ねばならんだろう。僕は大丈夫だから行ってくれ」
「しかし。その間に何かあれば…」
「そうです。それに殿下も欠席をしても良い理由にはなりません」
「あら?レオ様が良いと言っているのにあなた方は何様のつもりなのかしら」
「アンジェ。言葉が過ぎるぞ。男なら一度は強く物言いをしたいものだ」
「そ、そんなつもりでは御座いません」
引き留めるケルスラーと、憮然とするカイゼル、我関せずで教室に歩き出すジョルジュ。
レオンはアンジェと共に逆方向に歩き始めると、軽く手を振った。
「ケルスラーさん、カイゼルさん、行きましょう。遅れると地理の講師は五月蠅いです」
「しっしかし、こういう時に事故なりが起こってしまえば問題だ」
「ケルスラー。無理だろう。校内にいるんだ。この前のように市井でないだけマシだ」
「カイゼル‥‥」
「そうそう。考えるだけ無駄ですよ。校内なら警備もいますしね。行きましょうよ」
ケルスラーは勝手に授業を欠席する行為もであるが、校内とはいえ女子生徒と2人きりなのが問題なのではと強く言おうと思ったが、もう廊下を曲がり姿が見えなくなったレオンにため息を吐いた。
「ここが中庭なんだ。昼はここで昼食を取る者もいる」
「レオ様もここで昼食を?」
「いや、僕は主に王族専用の部屋で彼らと一緒だな」
「ヴィオレッタ様もですか?」
「いや、彼女は来ないな。昼休憩の時は習い事の本を読んだり纏めたりしている」
「まぁ、そんな我儘を許されているの?」
「我儘というか‥‥中等部の頃からだからその流れかな」
「ふーん」と返事をしたアンジェはレオンの腕を軽く引いて、校舎の中を案内してくれと誘う。
その姿を見かけた生徒は思わず二度見して目を見張った。
あまりにも近いこの2人の距離を問題だと思わないのは当事者のレオンだけである。
腕を組むだけではなく、立ち止まった2人は池の中を見るのに頬を寄せていたりと誰が見ても不適切だと思える行動が特に印象に残ってしまうのは無理もない事だった。
【婚約者はコルストレイ侯爵令嬢ではなかったのか?】
疑問に思う者が、家に帰り爵位を持った父に問うてもなんらおかしくはない。
あっという間に広がった噂だがヴィオレッタは意に介さない。
どちらかと言えば、噂が本当であってほしいと願っているほどだった。
側妃のレクシーなのか、それとも王妃から注意を受けたようでアンジェは一定距離を取ってレオンに接するようになる。ただ、一緒にいる時間はヴィオレッタよりも遥かに長い。
節度を持った距離はヴィオレッタよりもさらに引いた位置だった。
長期の休みに入る前日、馬車に乗ろうとしたヴィオレッタはレオンに呼び止められる。
「ヴィオレッタ」
「レオン王太子殿下、どうされました」
「休暇中はどうするんだ?良ければ離宮に招待したい。アレクセイも君に会いたいと」
「えっ?」
思いがけない名前に返事に窮してしまう。どうしてここでアレクセイ第二王子殿下が?とその裏を読んでしまう。しかし滅多に側妃に与えられている離宮から出てこないアレクセイについては圧倒的情報不足。
知りたいと思う気持ちと、レオンと一緒という不快感で考え込んでしまう。
「今年からはアンジェもいるし、退屈はしないと思うんだが」
「アンジェ様でございますか」
「あ、妬きもち?大丈夫。アンジェとは何もない。妹のようなものだ」
「いえ、そのような事は思っておりませんのでご安心ください」
「良かった。変な噂もあるしヴィオレッタが困っていると思ってたんだ」
ふとレオンの後ろを見れば、レオンの馬車に乗り込もうとしているアンジェが目に入る。
話をしているのが気に食わないのか、ギっと睨んでいる表情が見える。
ヴィオレッタは返事をしない事にした。
「レオン王太子殿下、アンジェ様が待たれているようですが?」
「えっ?あ、本当だ。すまない。また今度」
他に注意が行ってしまうと、自分の発言も忘れ、返事も聞かぬままでも気が付かない。
レオンがアンジェの方に走っていくと、途端にアンジェの表情も柔らかくなる。
取り敢えずはレオンが馬車に乗るまではこの位置にいなければならない。
レオンが乗り込む直前ヴィオレッタに手を振る。それに小さく頭を下げて応える。
ヴィオレッタはやれやれ…と馬車に乗りこもうとしたがまた呼び止められた。
「ヴィオレッタ嬢」
今度はユーダリスである。
息を切らせて走ってくるユーダリスの横をレオンとアンジェを乗せた馬車がすれ違っていく。
「間に合った‥‥ハァハァ…ハァハァ…」
「どうしましたの?」
「とりあえず‥‥馬車に乗せてくれ」
「えっ?わたくしの馬車に?」
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