殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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2回目の人生

過去の記憶になぞらえるも

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「ヴィオレッタ嬢、アンジェにこれ以上近づくな」

ユーダリスは馬車に乗り込むなり小窓のカーテンを閉めヴィオレッタに言った。
薄暗くなった車内。侯爵家の馬車ゆえに防音はある程度は出来るがあまりの声にヴィオレッタは声を落とすようにと小さく囁く。

ハッとしてユーダリスはカーテンを小さく開けて外を見る。
動きだした馬車を追走してくる者はいないが声を出した時は動くかどうかの微妙なところである。

「どうなさったの」
「あれはとんだ女狐だ。関りを持つのは危険すぎる。絶対に離宮には行くな」
「行くも何も返事はしておりません。アンジェ様がお待ちですよ?と申しましたらすっかり。鶏は三歩歩けば忘れると申しますが、三歩どころか…振り向けば忘れておりましたわ」

「あぁ、あれは無類の馬鹿だからな」
「まぁ、酷い仰りようですこと」
「君を離宮に誘うように言ってる場に出くわしてね。焦ってしまった。断ったなら良かった」
「断ってはおりませんよ」
「えっ?」
「言いましたでしょう?ニワトリ三歩だと」

ブっと噴き出してユーダリスは笑い始める。一度笑い始めると止まらないようで「ニワトリ…ヒッヒィ…まさに…ヒャッヒャッヒャ‥」と目には薄っすらと涙も出ている。
その様相がおかしくて思わずヴィオレッタも笑ってしまった。

「ハァ~‥‥君が冗談を言うなんてね。以前では考えられない」
「わたくしとて人間。面白いかは別として冗談も嫌味も言いますわ」
「まぁ、考えられないのはこうやって向かいあって話をする事ではあるがな」
「その意見には同意致しますわ。で?何故危険ですの」

もう一度今いる車内を見回して、扉にある小窓と馬車の背面にある小窓から外を覗き見る。
その様子から、御者にも聞かれてはマズいのかと隣に座る様に促す。
少し考えて、「カイゼルには絶対に言わないでくれ」と前置きをして腰を下ろす。

「あの女はアレクセイ殿下絡みだ。君にこれを伝えるのは忍びないが…」
「何でございましょうか」

表情からするに良い話ではない事は分かるが、元々好感度はない相手の事である。何を言われたところで困るものでもない。最も、侯爵家まで火の粉が飛ぶような事はごめん被りたいところである。

「順を追って話そう。僕も確認をしたい事がある」

「そう。では先に言っておくわね。お兄様だけど今月中にはマレフォス侯爵家のブリンダ様と婚約をする。これは決定事項。前回は婚約者はずっといなかったから番狂わせもいいところだけれど」

「と、言う事はケルスラーの…侯爵家同士が強く結びつくわけか…だから…」
「何ですの?」
「まず、もう1人僕たちと同じように前の事を知っている人間がいる」
「それは‥‥アンジェ様だと仰るの?」
「いや、違う。あの女だが伯爵令嬢でも何でもない。2年くらい前まで平民だった女だ」
「平民…ね、確かレクシー様の遠戚だとか」
「だから言っただろう?アレクセイ殿下絡みだと!確認が出来たわけじゃないが、多分レクシー妃殿下はと僕は確信をしている」

同じように前回起こった事を知っている人間、レクシーの名に沈黙が流れる。
ユーダリスもまだ整理しきれないようで何から話せばいいのかを思案している様子である。
ヴィオレッタは考えた。2年もあればある程度までは令嬢として振舞えるようになる。時間としては十分だ。過去のジェシーがかなり振り切っていたように思うが「まともに市井で」生きてきたからだろうか。

だが成り上がるチャンスがあるのなら全力で掴みに来る者もいるだろう。
王家と言うものを相手にしても、多少危険な輩とつながっていれば消される心配も当然考慮して何処かに保険も掛けているはずである。
ユーダリスは真面目な顔つきになり話始める。

「僕が前回の事を思い出していても、特に変わった事はなかった。僕は動かなかったからね」
「頭のおかしい子と言われても?」
「あぁ、そのままだったら今頃去勢されて神殿で1日中、神を称える歌を毎日歌ってただろうね。だから僕は動かなかった。でも、2年前に気が付いたんだ」

「2年前?わたくしが気が付いたのは4年ほど前、中等部に上がる前の年よ」
「だからだ。君は大きくは動かなかった。特に最初の1年はデザートをメロンからイチゴに変える程度の動きしかしなかったはずだ。食べるものは違ってもデザートを食べたという事実は動かない」

「言い得て妙ですが、そんなところですわね」

「だが、その程度では影響がないとわかった君が更に動いた。それが呼び名と習い事だ。前回行っていなかった習い事をする。そしてそれをする事で殿下との時間を削減した。しばらくは問題なかったが1年、2年と過ぎていくうちに歪が生じたんだと思う。その辺りで僕はまだ殿下の側近候補だったけど妙な動きに気が付いた」

「妙な動き‥‥」

「あぁ、側近候補は中等部の頃、月に1回は報告をあげなければならないんだが、僕は側妃のレクシー様に呼ばれたんだ。【どうして君の事を家名で呼ぶのか】とね。でも名前で呼んでた前回が特殊なんだよ。君は主の婚約者で未来の王妃。家名で呼ぶのが当たり前のハズなんだ。

その上君は公務も行わなかった。その時も聞かれたんだ。何故公務をしないのかと。高等部に上がれば別だが中等部の頃から君が公務を手伝うのも異常なんだよ。だけど聞かれた。何故かと問われて君が習い事をしているからではないかと言ったら怖い顔をしていたけどね。

命の危険を感じたから中等部を卒業した時に側近を降りた。前回は移住の手続きが進まない事で探りを入れてて…アレクセイ殿下の奇行にたどり着いて殺された。
今回は向こうから接触をしてきたけど、レクシー様はアレクセイ殿下の母親。もううんざりだと思った。だから側近を降りて距離を取ろうとしたんだけど、君が習い事を始めたのはエヴァンス殿の入知恵かという事をしきりに聞いてきたから、エヴァンス殿の事を聞きたいと言ったんだ。

側近候補を辞した後は表立っては動かずに小さな情報を集めていた所にあの女が現れた。
そしたら約2年前。あの女がゲパン伯爵の貴族籍に掲載された事が判った。レクシー様の口利きで幼少期に誘拐されて、もう死んだと思った子が生きていたからと記載が成されたんだ。

なかなか口が堅かったけどね。探った甲斐があったよ。」

「探った?」

「僕は側近候補を辞しても貴族院の事務次官の息子だからね。最も・・・前回も同じような事をして拘束されたんだけどね。多分、思っている以上に人生が変わりすぎてるんだと思う。突然あの女を編入させたのは君とケルスラーの家を君たちを通して監視するためだと思うよ。エヴァンス殿の婚約を聞きつけたんだろう。前回ではあり得ない組み合わせの婚約になるからね。

レクシー妃殿下は僕たちより長く生きている。僕たちが死んだあとアレクセイ殿下が王太子だ。レオン殿下は玩具にされて殺されたから。もしかしたら思ったようにすんなりと王位につけなかったのかも知れないし、アレクセイ殿下が暗殺されたのかも知れない。だが前を知っているとなれば阻止も可能だ」

「どうかしら、仮説にしてもかなり無理があるわね。わたくしたちが死んだ後でアレクセイ殿下を王位に付ける為だとしても、それだと腑に落ちない事があるのよ」

「腑に落ちない?どのあたりが?」

「前回全てをひっくり返した張本人の殿下。わたくしが見た限りでアンジェ様に対しては本当に妹のようなものとしか思ってないはず。馬鹿だけどその辺りは馬鹿なりに王子は王子と言う所かしら」


危険だから、動くなと言うユーダリスにヴィオレッタは微笑を返す。
ゆっくりと馬車の速度が落ちユーダリスの屋敷の前に馬車が止まる。
ユーダリスを下ろし馬車はまた走り出した。
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