殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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2回目の人生

ユーダリスとの取引②

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「僕はさっさと側近を辞すればよかったと後悔したけどね」

少しおどけた顔で肩をすくめ、両掌を上にあげるユーダリス。
余りにショックの強い話にヴィオレッタは混乱をせずにいる事など出来なかった。

「で、カイゼルなんだけど‥‥」

カイゼルと言う言葉にヴィオレッタはハッとして顔をあげた。目の前のユーダリスは先ほどまでと違ってその表情が一気に硬くなっているのを感じる。
あの瞬間、ヴィオレッタは痛みを感じなかった。何か冷たいものが首に触れたと思うと赤い霧のようなものが見え、直ぐに何も見えなくなった。ただカイゼルの声だけが耳に聞えたが、それも小さくなりそこからは覚えていない。

「カイゼル様は…まさか殿下を?」

殴りつけたのではないか、まさか抜刀したのではと思うと辛くギュッと目を閉じた。

「いや、正直に言うけど僕が知っているのは君が亡くなったと聞かされて慌てて侯爵家に走って到着してからだ。申し訳ないが君の最期については判らない。君の死因は僕には判らないままだった。誰も話してくれなかったからね。だが僕は僕が処刑されるときに、君は王家の誰かに殺されたんだろうと思った」

「わたくしを‥‥死に追いやった‥いえ殺したのはジェシー。側近への宝剣で首を斬られたの」
「まさか‥‥どうしてあの女が宝剣を?」
「カイゼル様がレオン殿下に返したの。カイゼル様とレオン殿下が二言三言言い合いをしている時にジェシーがそれを手にしたのよ」

「えっ?でもあの宝剣には目釘のように簡単に抜けない栓があったはずだ」
「力任せに‥‥」

引き抜く仕草をして、その後、手を首にやるヴィオレッタを見てユーダリスは「なるほどね」と呟き「ご愁傷様だったね」と言った。

「君の棺。献花したんだが既に顔も見えないくらいに花に埋もれててね。そうか…首を‥」
「斬られてからは全く記憶がないのよ」
「そりゃそうだろう。僕も首を落とされてからは記憶はないからね。それでカイゼルなんだがやっと理由が分かったよ。ドレヴァンツ公爵からは君たちは結婚するはずだったと聞いた」

「えぇ、帝国に行って…だけれど」

「カイゼルは見る影もない程に憔悴していてね。話しかけても反応もなかったんだ。君を埋葬した翌日カイゼルは君の墓を抱きしめるようにして剣で喉を突いて死んでいたよ」

漏れ出そうになる声を、手で口を覆って堰き止める。
「フッ‥ウッ…」っと思わずユーダリスから顔を背け目を閉じると東棟に行く直前のカイゼルの顔が目に浮かび、涙が零れ出てしまう。
ユーダリスはその様子をソファに浅く腰掛け、両手を膝の前に突き出すようにして組み静かに見守った。
指で涙を押すように止めながら「ごめんなさい。お見苦しいところを」と小さく声を出す。

「それで‥‥カイゼルなんだが僕と君とは違って何も覚えていないと言うか知らないと思う」

ユーダリスは、カイゼルにそれとなく「除幕式で銅像が倒れたりとかないよな」と聞くと「あるわけがない」と答えたり、中等部の剣術大会でも前回と全く同じ動きで8位までの入賞だった事や、中等部入学前に試験的な遠征で足を滑らせて滑落。骨折をした事まで同じだったと話す。

「もし、知っているのなら骨折するような滑落はしないと思うんだ。知っていれば滑落したとしてもアイツ受け身は得意なんだ。もっとましなケガで終わらせたはずだ」

ふと疑問が沸く。中等部に入学の前というともしや自分と同じ頃なのでは?と。
ヴィオレッタが1回目の人生の記憶を取り戻した、いや、これが2回目の人生なのだという転機となったのは特にこれと言った事象はなかったが、王立公園の除幕式の日である。
ユーダリスは何時なのかと。

「あの…何時頃思い出されたのです?」
「いつ‥‥そうだな…気がついたら?4歳で君が婚約をしたと聞いた時、父上にもう知ってると答えたのを覚えているからね。でもかなり 頭のおかしい子 って言われたよ。ちなみにケルスラーも何も知らないようだ。勿論レオン殿下もね。アレクセイ第二王子殿下は会う機会がないから判らないが」

アレクセイと名前を聞いて先程の話を思い出し、ブルリと体が震える。
本当だとすれば、いや真実なのだろうが悍ましい事この上ない。今回もなのだろうかと思うと気持ちが悪くて仕方がなかった。

「他にもあるが、それは追々。全てになるとかなり長いからね」
「そうですわね。で‥‥わたくしに聞きたい事とはなんでしょうか」
「取引…成立って事でいいかな。あ、勿論嘘は吐いてない。途中でそれを見て僕がどう思ったかという主観は入っていたと思うが、それも素直な気持ちだ」

「えぇ。それでわたくしに何を?」
「君の兄上。エヴァンス殿の事だ」
「はっ?」

そんなはずはと思いながらもユーダリスを穿った目で見てしまい、目が合ったユーダリスは慌てて違う!と否定をするが、否定の大きさに更に穿った目を向けてしまう。

「違うぞ?そんな目で見るな。確かに僕は君の兄上であるエヴァンス殿を尊敬している。好きだという気持ちはあるが、あくまでも師弟としての気持ちだ。君だって女友達の事を好きってあるだろう?それと同じ・・・いや少し違うが愛とかそんなのではない」

まだ疑いの目を向けつつも約束である。

「お兄様の何を聞きたいと?」
「判ってくれた?‥‥うわぁ、目が怖い~‥‥その…変わった事はなかったか?」
「変わった事?」
「あぁ、誰かにつけられているとか、見られているとか」
「特にはないと思いますが、何か御座いますの?」

またも手で近づけと手招きをすると、小さな声で話を始める。

「昨年から高等部になった折には正式に側近候補となるから王宮に度々出向いていたんだが、半年ほど前に妙な噂を聞いたんだ。だから僕は側近を辞するという行動に出た」

「半年前…」

「噂の域だが、前回はなかった事だ。レクシー側妃殿下がエヴァンス殿の事を調べていると」
「何ですって?」
「しぃぃ!大きな声を出すな。まだ噂だが少しづつ前回と違う事も感じる事がある。だから注意をしてほしい。何と言ってもレクシー側妃殿下はあのアレクセイ第二王子殿下の母だからな」

恐怖で手に汗をじっとりとかいてしまう。握れば落ちるのではないかと思うほどに。
確かにヴィオレッタもレオンとの愛称呼びを止めたり、習い事を始めたり、極力会う時間を減らしたりとしている。一本道は既に枝分かれしてさらにまた枝分かれをしているのかも知れない。

しかし、何もしなかった時期もあるし、自覚をしていない12年間もある。そこまでは前回と同じなのであればアレクセイ第二王子殿下は既に生まれているという事である。
駒が揃った状態で途中から何かが変わる。

「判りました。お兄様の事は何かあればご相談致します」
「僕も出来る範囲で調べてみる。どこで藪をつついてヘビが出るか判らない。気を付けて」
「えぇ。アベント侯爵令息」
「ユーダリスでいい。愛称呼びは‥‥カイゼルに殺されたくないから止めとく」
「えっ?どういう…」
「気が付いただろう?ただ‥‥カイゼルはまた心の中だけで君を想ってるよ」

ぶわっと胸に熱い思いが広がっていく。ただ前回と違うのはヴィオレッタもその思いを秘めておかねばならないという事である。そう、レオンと婚約をなかった事にするまでは気付かれてはならない。

少しづつ違い始めた人生。
ユーダリスが帰った後、窓の外を眺め独り言つ。

「カイゼル様‥‥」
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